学位論文要旨



No 122912
著者(漢字) 井上,達也
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,タツヤ
標題(和) 網膜視細胞特異的に発現する新規遺伝子mr-sのクローニングと機能解析
標題(洋) Cloning and characterization of mr-s, novel SAM domain protein, predominantly expressed in retinal photoreceptor cells
報告番号 122912
報告番号 甲22912
学位授与日 2007.07.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2962号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 准教授 元野,史郎
 東京大学 准教授 川口,浩
内容要旨 要旨を表示する

個体発生の際、組織特異的に発現する遺伝子はしばしば細胞のアイデンティティーを決める重要な役割を担う。網膜視細胞特異的に発現する遺伝子はこれまで数多く報告されているが、これらのなかにも発生期の網膜において重要な役割を担うものが存在する。我々は、NCBI (National Center for Biotechnology Information)のDigital Differential Displayを用いて、網膜視細胞特異的に発現する遺伝子のスクリーニングをおこない、これらのなかから新規遺伝子mr-s (major retinal SAM domain protein)を単離した。mr-sは、C末端にSAM (sterile alpha motif) domainをもつ全長542アミノ酸からなるタンパク質をコードしている。また、mr-s 遺伝子はヒトからゼブラフィッシュにいたる脊椎動物で進化的に保存されている。網膜発生の分子メカニズムがよく保存されているこれらの種間でmr-s が存在することから、mr-s 遺伝子が視細胞の発生において重要な機能を果たすと考えられた。mr-sタンパク質はSAM domain以外に既知のドメイン構造を持たないため、我々はSAM domainをもつ他のタンパク質のSAM domainのアミノ酸配列とmr-sタンパク質のSAM domainのアミノ酸配列を比較した。この結果、mr-sのSAM domainは、polyhomeoticやTELといった転写因子のSAM domainと配列が似ていることが明らかになった。このことからmr-sタンパク質が転写制御に関わる分子である事が推測された。mr-sの遺伝子発現を調べるために行ったin situ ハイブリダイゼーションの結果、 mr-sは胎生18日目頃より網膜の外層に発現しはじめ、出生後3日目から6日目の網膜視細胞に特に強い発現がみられた。この時期は、網膜視細胞の終末分化が起きることが知られており、mr-sが視細胞の発生、特に終末分化に重要である可能性が示唆される。さらに我々はノザンブロットあるいはRT-PCRにより、mr-sが網膜特異的に発現することを確認した。

SAM domainはタンパク質相互作用に関わることが知られており、実際にpolyhomeoticやTELはSAM domainを介してポリマーを形成して機能することが報告されている。mr-sのSAM domainがタンパク質相互作用に関わっているかどうかを調べるために、我々は全長mr-sを用いてYeast two-hybridスクリーニングを行った。28個のポジティブクローンのうち、5個はSAM domainを含むmr-sのcDNAであった。さらに、mr-sタンパク質同士の結合を確かめるため、免疫沈降法を行った。HEK293T細胞において、mr-sタンパク質同士が相互作用し、その結合は主としてSAM domainを介した結合であった。これらの結果から、mr-sタンパク質が、polyhomeoticやTELといった転写制御に関わる分子と同様に、SAM domainを介してmr-sタンパク質同士で結合していることが示唆された。

さらに、われわれはmr-sタンパク質が実際に転写活性を持つかどうかをルシフェラーゼアッセイによって検討した。その結果、Yeastの転写因子であるGAL4のDNA結合領域を融合させたmr-sタンパク質は転写抑制活性をもち、さらにmr-sの転写抑制にはC末端領域の80アミノ酸が必要である事をあきらかにした。

本研究において、われわれは網膜視細胞に特異的に発現する遺伝子mr-sを単離した。mr-sは出生直後の網膜視細胞で強い発現がみられる。mr-sタンパク質はC末端領域にSAM domainをもつが、これは既に報告されているpolyhomeoticやTELといった転写制御に関わる分子のSAM domainと相同性が高い。また、mr-sタンパク質は、主としてSAM domainを介した自己結合能をもち、ルシフェラーゼアッセイの結果から転写抑制活性をもつ事が明らかとなった。これらの結果から、mr-s遺伝子が網膜発生期において転写制御因子として重要な役割を担う事が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、網膜視細胞の発生期に視細胞特異的に発現する新規遺伝子mr-s (major retinal SAM domain-containing protein)のクローニングと機能解析をおこなったものであり、下記の結果を得ている.

1.NCBIのDigital Differential Displayを用いて、マウス網膜に特異的に発現するEST断片をスクリーニングした。これらのなかから、in situハイブリダイゼーションにて視細胞に発現を認めるものを選び、マウス網膜のcDNAライブラリーを用い、ライブラリースクリーニングによって全長cDNAを得た。mr-sの全長cDNAは2250塩基で、542アミノ酸からなり、C末端にSAM domainをもつタンパク質をコードしていた。

2.mr-sタンパク質は、ゼブラフィッシュからヒトまで保存されており、このことからもmr-sが網膜視細胞の発生に重要な役割を果たしている可能性が考えられる。mr-sタンパク質のC末端に存在するSAM (sterile alpha motif) domainは、タンパク質相互作用に関わるドメインとされており、現在300を超えるタンパク質で報告されている。mr-sのSAM domainのアミノ酸配列を他のSAM domainを含むタンパク質と系統樹解析によって比較したところ、mr-sのSAM domainは転写制御に関わる分子として知られているpolyhomeoticやTELのSAM domainと相同性が高く、mr-sが転写制御に関わる分子である可能性が示唆された。

3.mr-sは、網膜視細胞に特異的に発現する。In situハイブリダイゼーションの結果、mr-sの発現はマウスでは胎生18日頃より網膜外層に認められ、生後6日前後にピークとなる。この時期は視細胞の終末分化する時期であり、mr-sが視細胞の終末分化に何らかの機能を果たしている可能性が示唆される。Northern blotあるいはRT-PCRにてもmr-sが網膜に特異的な遺伝子であることが明らかとなった。

4.さらにmr-sの転写が網膜視細胞の発生に必須のホメオボックスCrxに直接制御をうけていることをルシフェラーゼアッセイを用いて明らかにした。mr-sの転写開始点の上流1.2kbpのプロモーター領域をルシフェラーゼにつないだものをレポーターとして、CrxをHEK293T細胞に共発現した場合、コントロールに比べて有意に転写活性が上昇した。また、この領域に含まれる3カ所のCrx結合モチーフに変異を起こしたレポーターでは転写活性の上昇が認められなかった。この結果から、mr-sはCrxの直接制御を受ける遺伝子であると結論づけた。

5.SAM domainはタンパク質相互作用に関わるドメインとしてしられており、またpolyhomeoticやTELといった転写因子はSAM domainを介して自己結合することが知られている。実際、yeast two-hybrid screeningや免疫沈降法により、mr-sがSAM domainを介して自己結合することが明らかとなった。また、HEK293T細胞に強制発現したmr-sを免疫染色すると細胞内でも主として核内に局在が認められた。以上のことからmr-sタンパク質が、polyhomeoticやTELと同様に転写因子として働いている可能性が示唆された。

6.また、mr-sタンパク質が転写因子の性質を持つかどうかを検討するため、酵母の転写因子であるGAL4のDNA結合ドメインとmr-sが融合したタンパク質をHEK293T細胞に発現させて、GAL4の結合するDNA配列にルシフェラーゼをつなげたレポーターに対する影響を検討した。その結果、この融合タンパク質は、ルシフェラーゼの転写を抑制した。さらに、mr-sタンパク質の転写抑制活性は、SAM domainよりもさらにC末端の80アミノ酸に存在した。この領域は、mr-sのなかでも種間で比較的よく保存されており、重要な役割を担う可能性があると考えられた。

以上、本論文では網膜視細胞の発生期に特異的に発現する遺伝子mr-sのクローニングと機能解析をおこなった。本研究は網膜発生の詳細を理解する上で重要な貢献をなすと考えられる。また、SAM domainを持つ転写因子はこれまでいくつか報告があるが、これらの転写制御のメカニズムはいまだ明らかになっていない。本研究でmr-sの分子機能を明らかにすることによって、他のSAM domainを含む転写因子の分子メカニズム解明にもつながることが期待される。よって、本研究は、学位の授与に値するものと考えられる。

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