学位論文要旨



No 122917
著者(漢字) 関口,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) セキグチ,ユウイチロウ
標題(和) 現実的状態方程式による大質量星の重力崩壊の一般相対論的数値流体シミュレーション
標題(洋) Simulation of stellar core collapse in full general relativity with a realistic equation of state
報告番号 122917
報告番号 甲22917
学位授与日 2007.07.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第765号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 柴田,大
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 准教授 小河,正基
 東京工業大学 准教授 白水,徹也
 早稲田大学 教授 山田,章一
内容要旨 要旨を表示する

大質量星の中性子星またはブラックホールへの重力崩壊、およびそれに付随する超新星爆発は、理論および観測、双方の観点において天体物理学における最も重要な現象の一つである。重力崩壊で解放される重力エネルギーは、電磁波、ニュートリノ、及び重力波の多様な形で放射される。

ニュートリノ及び重力波は、電磁波では知り得ない崩壊コアの高密度中心領域の情報をもたらすため、それらの観測は現在の天体物理学において非常に重要な位置を占めている。一方、観測から物理な情報を引き出すために、重力崩壊の理論的研究が同時に必要である。大質量星の重力崩壊は非常に非線形かつ動的な現象であるため、その解明のためには、数値シミュレーションを行うことが必要となる。

さらに、大質量星の重力崩壊は、恒星質量程度のブラックホールの主要な形成メカニズムとしても重要である。特に、初期に恒星のコアが高速回転している場合には、崩壊の結果、ブラックホールのまわりに高温の降着円盤が形成されると考えられる。そのような系は、近年盛んに研究されているγ線バーストと呼ばれる高エネルギー天体現象の中心動力源として有力視されており、その形成過程の研究は重要性を増している。

これらの現象の解明のためには、ニュートリノの放射といった微視的物理過程を考慮にいれた、多次元の一般相対論的数値シミュレーションが必要である。これに対し、私は世界で初めてセルフコンシステントな方法でこれらを考慮にいれた、多次元の一般相対論的数値流体コードを作成した。具体的には、相対論的平均場理論に基づく有限温度の現実的状態方程式を組み込み、ニュートリノの生成過程として電子捕獲反応を組み込み、ニュートリノの放射過程はneutrinoleakageschemeと呼ばれる近似法を用いている。一般相対論的流体力学方程式は、高精度衝撃波捕獲法によって解いている。

本博士論文において、開発したコードの詳細な解説を行うとともに、幾つかのシミュレーションを行い、その妥当性および精度を示す。シミュレーションの初期条件として、恒星の進化の理論計算に基づく現実的モデルを採用する。シミュレーションによっ得られた結果は、近似的な半定量的評価と合致しており、また過去に行われた同様のシミュレーションの結果とも無矛盾である。

本博士論文において、コードの妥当性の評価とともに、さらに重力波の計算も行っている。コアのバウンス後、ニュートリノの放射によってコア内に負のエントロピー勾配および負のレプトンフラクション勾配が形成される。そのような領域はLedoux不安定であり、対流を起こす。本博士論文において、対流による重力波の放出を初めて一般相対論的に計算した。採用したneutrinoleakageschemeでは、対流に伴って放射される重力波の振幅は、コアのバウンス時に放射される重力波の振幅と同程度であり、太陽系から10kpc内ので発生すれば、現在稼働中の重力波検出器によって観測することができる。

回転重力崩壊の場合には、コアのバウンス時に強い重力波が放出される。回転の効果により、ニュートリノの放射(ニュートリノ球)は非球対称になるが、コアのダイナミクスはニュートリノの放射に強く影響をうけるため、結果として放出される重力波の波形もその影響をうける。本博士論文において、非球対称のニュートリノ放射が重力波放出に与える影響を初めて明らかしている。

作成された計算コードは精度、妥当性ともに十分信頼のおけるものであることが示されており、本コードを用いて、ブラックホール形成過程の現実的解明をはじめとして様々な天体物理学における知見を得ることが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽の約10倍を超える質量を持つ恒星(以下、大質量星)が進化の最終段階で起こす重力崩壊と超新星爆発に関して申請者の行った最新のシミュレーション研究について報告している。

大質量星の重力崩壊、及びそれに付随する超新星爆発は、正確に理解されていない高エネルギー宇宙現象の一つである。重力崩壊の結果、重力エネルギーは熱エネルギーに変換され、電磁波、ニュートリノ、重力波といった形で放射される。これらは重力崩壊現象を解明する上での情報を運んでくるので、これらを観測することによって現象の解明が試みられている。しかし観測事実は限られるため、あらかじめ現象を理論的に詳細に理解しておく必要がある。そのためには理論シミュレーションが不可欠なので、シミュレーション研究はこの分野において重要な位置を占めている。これまでにも様々なシミュレーション研究がなされてきたが、本研究の新しさは近似のない完全に一般相対論的な枠組みの中でシミュレーションを行うことで課題の解決を目指している点にある。一番の貢献は定量的な結果を導出することが可能な、信頼性の高い最新の計算コードを構築したことであるが、論文ではそのコードの詳細を述べることを主目的としている。

本論文は7章から構成されている。第1章では、大質量星の重力崩壊が内含する様々な物理現象について概観し、既存の研究のレビューを踏まえて研究の方向性を導き出すとともに、本研究の問題意識と目的を明らかにしている。第2章では、基礎方程式であるアインシュタイン方程式および一般相対論的流体力学方程式を発展方程式として数値的に解くための最新の定式化についてまとめている。第3章では、重力崩壊現象を理論的に正確に解明するために考慮すべき高密度核物質の状態方程式、電子捕獲反応、ニュートリノ放射などの微視的物理過程について詳述している。第4章では、シミュレーションを行うにあたって必要となる数値的手法についてまとめている。特に、一般相対論的流体力学方程式を解くことで時間発展させた諸保存量から、密度や温度といった基本的な熱力学量を安定に再構築する手法は、本研究で開発されたものでその独創性が評価できる。第5章で数値シミュレーションの初期条件として用いる、大質量星中心核のモデルについて述べたあと、第6章においてシミュレーションによって得られた結果をまとめている。計算の精度を示すとともに、得られた結果が半定量的な解析結果と合致しており、また過去の研究結果と無矛盾であることを示している。つまり、構築された計算コードは正確な計算結果が導出可能であることを示している。重力波の波形の計算もなされているが、回転の効果による非球対称のニュートリノ放射が重力波に与える影響は、本研究によって初めて明らかにされたもので、博士論文として高く評価できる。

以上述べたように、本論文では大質量星の重力崩壊で重要となる微視的物理要素全てが組み込まれた、完全に一般相対論的計算コードが世界で初めて報告されている。そして、構築されたコードは精度、妥当性ともに十分信頼のおけるものであることが示されている。今後はこのコードによって、重力崩壊現象の理論的解明が飛躍的に進むと期待され、この分野における大きな学術的貢献が認められる。よって本審査委員会は、博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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