学位論文要旨



No 122929
著者(漢字) 金,銀熙
著者(英字)
著者(カナ) キム,ウンヒ
標題(和) 住宅室内の床段差がプライバシー意識とコミュニケーション意識に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 122929
報告番号 甲22929
学位授与日 2007.09.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6583号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 客員准教授 前,真之
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 准教授 西出,和彦
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、床段差により分けられた各空間を利用する人同士で互いに対して感じる印象に着目し、床段差が分けられた各空間を利用する人においてどう影響するかを検討することによって、今後、デザインの目的に合わせた床段差の設計資料になることを試みるものである。

本研究における床段差により分けられた各空間を利用する人同士でお互いに対して感じる印象としては、床段差のもつ物理的な形態の「分ける」ことと「繋ぐ」ことから、「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」に着目した。

そして、これらに関する既往文献の知見から、「テリトリーの境界」と「プライバシー」及び「コミュニケーション」の関係を図1.のような組織モデルの形態にまとめた。

図1のモデルから、住宅LD間でもテリトリーの境界として床段差があることは、LとDを利用する家族のプライバシーとコミュニケーションのレベルに影響を及ぼすのではないかと考え、以下のような仮説を建てた。

(1)LD間に床段差がある場合、より満足できるプライバシーが得られる

(2)(1)におけるプライバシーの確保がより満足できるほど、LDが家族構成員の居場所としてもより多く選ばれ、家族間の見かけたり会ったりする機会が増える

(3)LDに分かれて居場所を選んだ場合の家族間のコミュニケーションは、両空間が強く繋がれているほど、LからDに、DからLにいる家族間にコミュニケーションの発信がしやすく、コミュニケーションの達成されやすい

すなわち、家族共用空間であるLD間において床段差のもつ「分ける」と「繋ぐ」という性質のバランスがとれていると、最終的に家族間のコミュニケーションが達成されやすくなるのではないかと考えた。

もちろん、家族間のコミュニケーションとは家族のさまざまな特性が関わることであり、これを一概に定量化することは困難である。そして、住宅LD間に床段差があることが、すべてのケースにおける家族間のコミュニケーションレベルを必ず良くするとは言いがたい。ところが、「コミュニケーション」に影響する他の条件が同一であると仮定した場合、住宅LD間の床段差によりLDの利用度の向上やコミュニケーションの発信がしやすくなるとしたら、すくなくとも「コミュニケーション」の促す空間的な環境は改善されることと考えられる。

以上のことから、図1のモデルを基に、上記の3つの仮説を以下の項目を用いて明らかにすることにした。

(1)床段差のもつ「分ける」との意味は「プライバシー意識」に影響を及ぼすか?

(2)床段差のあることは居場所としての選択に影響を及ぼすか?

(3)床段差のもつ「繋ぐ」との意味は「コミュニケーション意識」に影響を及ぼすのか?

そして、(1)と(3)は第4章と第6章に、(2)は第5章においてそれぞれを検証する実験を行った。なお、「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」は、LD間の各空間で家族構成員が各々別に自分の好きな行動をとることにおいて、LからD、DからLにいる家族の存在に対して感じる印象を用いて評価することにした。

以下に本論文の構成について述べる(図2)。

第1章では、本研究の背景として、これまでの既往研究と、これから「床段差」のもつ空間に求められる研究に対して述べる。なお、住宅室内空間を本研究の評価対象とすることと論文の構成と研究方法を示す。

第2章では、実際、住宅室内空間において、床段差の現状を把握する。研究方法は、新建築住宅特集(1986年5月~2005年12月)に掲載されている20年間の3641件の住宅を表本とする調査を行う。その結果、住宅室内空間での床段差は、主にリビングとダイニングの間に最も多く設けられていることが分かった。なお、家全体がスキップ・フロアー(以下SFとする)になっている場合も多く見られた

第3章では、床段差のもつ「分ける」と「繋ぐ」の意味と、「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」の意味を述べる。なお、本研究において、「プライバシー意識」は「気になる」程度を、「コミュニケーション意識」は「声をかけやすい」程度などを用いたことに関して述べる。なお、既往文献の知見から、「テリトリーの境界」と「プライバシー」及び「コミュニケーション」の関係をまとめ、本研究の構成の基とする。

第4章では、住宅展示場の実空間を利用した現場実験を通じて、LDKがSFで構成されている「SF型」とLDKが一つに繋がっている「一体型」を対象に印象評価の比較を行った。その結果、床段差で分けられているLDは、高い位置のLから低い位置のDにいる相手が気になる度合いを和らげることが分かった。なおコミュニケーションの発信のしやすさは床段差のない「一体型」よりは落ちるが、その差は僅かであり、比較的に発信しやすいことが分かった。

第5章では、第4章のLD間の床段差のあることが、LDが居場所として選ばれることに影響するか、「利用意向度」を用いて「SF型」と「一体型」を比較してみることにした。「利用意向度」は「シール貼り」により利用しようと思う意向を表すものである。その結果、「SF型」と「一体型」による定量的な差は見られなかった。これは、利用したい空間を選択することが気に入る程度の優先する少数の空間で表現されるようであり、その結果、両実験対象における定量的な差は見られなかったと思われる。一方、各空間別分析から人々は住宅室内で居場所を選択するとき、「SF型」の室Aのようにパブリックでありながらもパーソナルで各空間の特徴や個性のある多様な空間を求めていると思われる。

6章では、現場実験での結果は統制されてない床段差以外の要因も影響すると考えられることから、床段差以外の他の要因を制御したCG画像実験を行った。その結果、「声を掛けやすい」と「相手の様子を分かる」のコミュニケーション意識は段高が高くなるほど評価が落ち、床の上下位置関係(段上・段下)による影響は見られなかった。一方、「居心地がいい」「ゆったりしている」などの空間に対する印象及び「相手が気になる」、「相手が近くにいると感じる」のプライバシー意識は、段上と段下での評価に有意差が確認された。プライバシー意識は、段上の段高30cmと45cmでは0cmより評価が落ち相手が気になると感じるが60cmより高くなると0cmより相手が気にならなくなり、段下では0cmより悪くて段高が高くなるほど大幅に落ちることが分かった。「ゆったりしている」などの評価性因子は段高が高くなるにつれ評価が落ちるが、そのうち段上は段下に比べ評価が高いことが分かった。

第7章では、第4章と第6章で分かったプライバシー意識の被験者の上下位置関係による影響をより詳しく見るため、床段差のある実空間を利用した実験を行った。なお、身の回りの個体領域が確保されることはプライバシーの得ることと強く関係していることから、「対人個体領域」「対物個体領域」を用いてプライバシー意識の変化を検討することにした。その結果、「対人個体領域」は段下が段上より大きい傾向が見られ、「対物個体領域」は段下が段上より大きいことに有意な差が確認された。「対人個体領域」は15cmの段差では拡大され30,45cmで縮まって60,75cmで大きく拡大され、段高ごとに異なる意味をもつと考えられる。「対物個体領域」は、段上は段高が高くなるにつれ領域が縮み、段下では45cmまでは大きくなり60,75cmでは小さくなることが分かった。なお、これは段差により生じる見上げと見下ろしの関係から段上と段下における個体領域の差に影響を及ぼしていると考えられる。

第8章では、第3章から第7章の結果を踏まえ、LとDの間の「床段差」がLD間で感じる「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」に及ぼす影響をまとめる。

第9章では、本研究から得られたすべての知見をまとめ、今後の床段差の計画のあり方に関して提案する。

本論文の流れは図2に示す。

以上の結果から、床段差のもつ空間の空間に対する印象及びプライバシー意識は段上と段下での評価に有意な差があり、段上の段高30cmと45cmでは0cmより評価が落ち相手が気になると感じるが、60cmより高くなると0cmより相手が気にならなくなり、段下では0cmより悪くて段高が高くなるほど大幅に落ちることが分かった。これは、床段差による視野の変化から段下での「個体領域」が段上より大きくなることがプライバシーをより保たれにくく感じることに影響したものと予想される。

一方、床段差を設けることは段上も段下も同時に発生するということを考えると、空間デザインにおいて床段差を計画するときは段上と段下になる空間において求められるプライバシーの度合いに合わせた計画が必要であると言える。又は両空間からの視線処理に対する工夫が求められると考えられる。

なお、床段差の持つ空間自体に対する印象をみた既往研究によると、段上と段下による有意な差はほとんど無いことから、「気になる」を用いて評価した「プライバシー意識」は床段差のもつ空間そのものに対する印象とは異なって、上下位置の影響が強いことと考えられる。

今後、本研究により得られた結果がデザインの目的に合わせた段差の設計資料となるためには、各段差の高さの持つ意味をより明らかにする研究が求められると思われる。

図1 「テリトリーの境界」と「プライバシー」及び「コミュニケーション」の組織モデル

図2 本論文の構成

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,床段差により分けられた各空間を利用する人同士で互いに対して感じる印象すなわち,床段差のもつ物理的な形態の「分ける」ことと「繋ぐ」ことから,「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」に着目し,家族共用空間であるリビング(L)ダイニング(D)間において,床段差のもつ「分ける」と「繋ぐ」という性質のバランスがとれている場合,家族間のコミュニケーションが醸成されやすくなるのではないかという仮説のもと,床段差が,分けられた空間を利用する居住者の行動にどのような影響があるかを実験により検討することによって,今後,空間の目的に応じた床段差の設計資料としようと試みたものである。

まず,第1章では,既往研究,論文の構成および研究方法を示している。

第2章では,住宅関連雑誌(1986年5月~2005年12月)に掲載された3641件の住宅を標本とする調査を行い,住宅室内空間での床段差は,主にLとDの間に最も多く設けられていることを導くなど,実際の住宅室内空間における床段差の現状を把握している。

第3章では,床段差のもつ「分ける」と「繋ぐ」の意味と,「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」の意味について関連づけを行っている。既往文献の知見から,「テリトリーの境界」と「プライバシー」及び「コミュニケーション」の関係をまとめ,本研究の構成の基軸としている。

第4章では,住宅展示場の実空間を利用した現場実験を通じて,LDKがスキップフロア(SF)で構成されている「SF型」とLDKが一つに繋がっている「一体型」を対象に印象評価の比較を行い,床段差で分けられているLDは,高い位置のLから低い位置のDにいる相手が気になる度合いを和らげること。コミュニケーションの発信のしやすさは床段差のない「一体型」よりは落ちるもののその差は僅かであり比較的発信しやすいこと。などを導いている。

第5章では,第4章のLD間の床段差のあることが,LDが居場所として選ばれることに影響するかどうかを,シール貼りにより利用しようと思う意向を表した利用意向度を用い,「SF型」と「一体型」とを比較し,利用したい空間が気に入った少数の空間に集中する傾向があり,「SF型」と「一体型」による定量的な差は見られなかったとしている。一方,各空間別分析から,住宅室内で居場所を選択するとき,パブリックでありながらもパーソナルで各空間の特徴や個性のある多様な空間を求めていると考察している。

第6章では,床段差以外の他の要因を統制したCG画像実験を行っている。その結果,「声を掛けやすい」と「相手の様子を分かる」のコミュニケーション意識は,段高が高くなるほど評価が落ち,床の上下位置関係による影響は見られなかった。一方,「居心地がいい」「ゆったりしている」などの空間に対する印象及び「相手が気になる」,「相手が近くにいると感じる」のプライバシー意識は,段上と段下での評価に有意差を確認している。プライバシー意識は,段上の段高30cmと45cmでは0cmより評価が落ち相手が気になると感じるが60cmより高くなると0cmより相手が気にならなくなり,段下では0cmより悪くて段高が高くなるほど大幅に落ちること。「ゆったりしている」などの評価性因子は段高が高くなるにつれ評価が落ちるが,段上は段下に比べ評価が高いこと。などを導いている。

第7章では,プライバシー意識の被験者の上下位置関係による影響をより詳しく見るため,床段差のある実空間を利用した実験を行い,身体回りの個体領域が確保されることがプライバシーの確保と強く関係していることから,「対人個体領域」「対物個体領域」を用いてプライバシー意識の変化を検討している。その結果,「対人個体領域」は段下が段上より大きい傾向が見られ,「対物個体領域」は段下が段上より大きいことに有意な差を確認している。「対人個体領域」は15cmの段差では拡大され30,45cmで縮まり60,75cmで大きく拡大など段高ごとに異なる意味をもつ。「対物個体領域」は,段上は段高が高くなるにつれ領域が縮み,段下では45cmまでは大きくなり60,75cmでは小さくなる。これは段差により生じる見上げと見下ろしの関係から段上と段下における個体領域の差に影響を及ぼしていると考えられる。などの知見を導いている。

第8章では,LとDの間の「床段差」がLD間で感じる「プライバシー意識」と「コミュニケーション意識」に及ぼす影響をまとめている。

第9章では,本研究から得られたすべての知見をまとめ,今後の床段差の計画のあり方に関して提案している。

以上の結果から,床段差のもつ空間の空間に対する印象及びプライバシー意識は段上と段下での評価に有意な差があり,床段差による視野の変化から段下での「個体領域」が段上より大きくなることがプライバシーをより保たれにくく感じることに影響しているという基礎的な知見を得ており,さらに研究の総括として,床段差を設けることは段上も段下も同時に発生するということを考えると,空間デザインにおいて床段差を計画するときは段上と段下になる空間において求められるプライバシーの度合いに合わせた計画,あるいは両空間からの視線処理に対する工夫が求められるという今後の床段差のあり方を考えるにあたり重要な建築計画上の方策を示しており,総じて本論文の工学に対する寄与は大きいといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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