学位論文要旨



No 122931
著者(漢字) 有田,宗貴
著者(英字)
著者(カナ) アリタ,ムネカタ
標題(和) III族窒化物半導体微小共振器型光源の作製と評価に関する研究
標題(洋) Fabrication and Characterization of III-Nitride Semiconductor Nanocavity Light Emitters
報告番号 122931
報告番号 甲22931
学位授与日 2007.09.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6585号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 准教授 染谷,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

近年、原理的に盗聴不可能な暗号通信としての量子暗号通信が注目されている。量子鍵配布では単一光子の列を自在に送受信できることが望ましく、実用化に向けて単一光子発生器の研究が盛んに行われている。衛星経由量子通信においては回折損を低減できる短波長が有利であり、窒化物半導体を用いて単一光子発生器を構成すれば、このような要求に応えられる。また、他の一般的な半導体と比較して励起子結合エネルギーが大きいため、窒化物半導体量子ドットを利用すれば室温でも安定して単一光子を発生させることができると期待される。一方、単一光子発生器の効率を高めるための工夫として微小共振器構造の導入が挙げられる。微小共振器によって光の取り出し効率が改善されるとともに、放射パターンの制御を通じて外部光学系との結合効率の改善も見込まれる。

垂直微小共振器の基本構造は面発光レーザと共通する点が多い。現在実用化されている窒化物半導体青紫色レーザは端面発光型であるが、これが面発光レーザに置き換えられれば、低しきい値、高速変調、優れた温度特性、二次元集積化などの面発光レーザの特長に加え、既存の青紫色レーザでは実現が困難な鋭い指向性や、真円に近い理想的なモードパターンなども得られると期待される。

本論文では、電流注入型青色面発光レーザや短波長単一光子発生器の実現に向けた研究である、III族窒化物半導体微小共振器型光源の作製と評価について述べる。

第一に、面発光デバイスの要素技術である導電性窒化物半導体ミラーの結晶成長を行い諸特性について調べた。窒化物半導体の結晶成長は有機金属気相成長法(Metalorganic Chemical Vapor Deposition: MOCVD)を用いて行った。基板にはc面サファイア(Al2O3)を用い、低温(450~480℃)でGaNバッファ層を堆積した後、約1070℃でGaNを成長する。一方InGaN量子井戸層、AlGaN/GaN DBRに最適な成長温度はそれぞれ720~820℃および1092℃である。まず一様ドープの条件におけるSiドーピング量依存性を調べた結果、1×1018/cm3程度のキャリア濃度であればほぼノンドープDBRと遜色ない反射率を得られることがわかった。続いてDBR全体の平均キャリア濃度を5.0×1017/cm3に固定してDBR総周期数を変化させたところ、広い範囲でノンドープDBRとほぼ同等の反射率が得られることがわかった。さらに、n-GaN層キャリア濃度を1×1018/cm3に固定してn-AlGaN層キャリア濃度のみをおよそ3×1018/cm3まで高めれば、光学的特性を劣化させずに電気的特性を改善できることが分かった。また、臨界膜厚以下の極薄膜で形成されたAlGaN/GaN超格子構造を導入し、クラックの発生を抑制しつつ直列抵抗の低減を図った。26周期の超格子DBRを実際に作製し、GaN層とAlGaN/GaN超格子とがほぼ完全にpseudomorphicに結晶成長していること、光学的特性に関しても反射率94.5%と、通常のDBRと全く遜色ない反射率が得られることを確認した。電流駆動面発光レーザへの応用の観点から42周期DBR(33周期ノンドープDBR上の9周期n型DBR)を成長し、99%の反射率を確認した。

第二に、窒化物半導体面発光デバイス用のデバイスプロセスを開発した。一般的に窒化物半導体面発光デバイスに用いられる誘電体DBRは絶縁性であるため電流注入方法に工夫が必要となる。本論文ではまず金属リング型電極について検討しキャリアの拡散長の問題を指摘した。その上でこの問題を解決すべく共振器内透明電極として酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide: ITO)を利用した。スパッタ成膜されたITO膜を窒素雰囲気中でアニールすることにより電気特性と透過率が改善される。また、窒化物半導体の高密度アレイの作製に好適な二層レジストを用いたリソグラフィ技術を確立した。さらに、高反射率の窒化物半導体DBRを高品質かつ大面積で均一に得るための基板処理法を開発した。

第三に、これらの知見を応用してInGaN垂直微小共振器型LEDを試作し、その特性について調べた。図1に作製した構造の概略図を示す。n-GaN/n-AlGaN DBR(26周期)の上に、n-GaN:Si層、InGaN量子井戸活性層、p-GaN:Mg層からなる3λキャビティを構成した。Mg活性化アニール、ITO(40nm)スパッタ成膜に続き、Cl2/Xeプラズマエッチングでメサを形成した。最上面にSiO2/ZrO2誘電体多層膜(10.5周期)をEB蒸着によって積層しフッ酸でパターニングした後、n型DBR表面にn型電極(Al)を真空蒸着によって形成した。作製した素子のELスペクトル(図2(a))において、明瞭な微小共振器の効果による単色性の向上を確認した。キャビティのQ値はおよそ110と見積もられた。また、発光の放射角依存性を通常のLED構造と比較したところ、指向性の向上(図2(b))および放射角度の増大に伴う発光ピーク波長の短波長へのシフトが明瞭に観測された。

また、作製した素子の電気的特性は、超格子DBRを利用することによって通常のDBRより良好な電気的特性が得られることが分かった。過去に例のない窒化物半導体DBRの縦方向電気伝導を実現した本研究の成果がもつ意義は大きい。

第四に、III族窒化物半導体フォトニック結晶微小共振器の作製プロセスを開発した。窒化物半導体の屈折率は比較的小さいため、それらを用いてフォトニック結晶微小共振器を構成する場合いくつかの課題が存在する。共振波長が短波長であるためフォトニック結晶パターンを微細化する必要が生じ、150nm程度の周期構造を作製可能な微細加工技術が必須となる。また、GaN量子ドットの成長に通常用いられる6H-SiC基板はフォトニック結晶スラブの構成材料であるAlNよりも高い屈折率を持つため、この基板を除去しない限り共振器中への光の閉じ込めは不完全なものとなる。本研究では6H-SiC基板の除去方法を独自に開発し、AlNエアブリッジ構造を作製することに初めて成功した。具体的には、光電気化学エッチングを用いて6H-SiC基板をAlNとの界面に沿って横方向にエッチングすることができることを見出した。この結果AlNエピタキシャル膜が広い範囲(典型的には直径30~50・m)に亘ってリフトオフされるとともに、その内部に結晶成長時に蓄積された面内圧縮歪みも開放され、再現性よく凸型エアブリッジ構造を得ることが可能である。図3にこのようにして得られたAlNエアブリッジ構造の模式図(図3a)およびレーザ顕微鏡による実際の構造の観察像(図3b)を示す。図4にはフォトニック結晶構造の電子顕微鏡観察像を示す。円孔マスクパターンを使用したにもかかわらず六角形の空孔が得られた。これは結晶方位を反映したものであり、反応性イオンエッチングや光電気化学エッチング中に起こった化学反応によって、化学的に不安定な指数面が選択的に除去される結果と考えられる。

第五に、上述の新たな手法によって作製した、GaN量子ドットを含むAlNフォトニック結晶微小共振器の光学特性を評価した。顕微フォトルミネッセンス測定は室温で行い、励起光源には波長266nmのモード同期レーザを使用した。サンプルからの発光をNA0.6の対物レンズで集光し、さらにピンホールを通過させて測定範囲を空間的に制限した(プローブ範囲の直径約2・m)。サンプルからの発光は分光器に接続されたCCDカメラによって検出される。図4に示されるような構造をL7共振器と呼ぶが、このL7共振器でフォトニック結晶周期の異なる複数の試料についてフォトルミネッセンス測定を行った結果を図5に示す。これらの共振器はすべて同一の充填率(r/a=0.30)を有する。すべての共振器から鋭いピークが観察され、なおかつフォトニック結晶の周期に従ってこのピークがシフトしていることがわかる。また、これらの発光は共振器の位置に空間的に局在していることが発光像から確かめられた。観測されたピークが共振器モードであることを強く示唆している。周期150nmのL7共振器において、基本モードの発光線幅から求めた共振器Q値は、2,400以上という高い値であった。この値は現時点で窒化物半導体フォトニック結晶として最高の値である。これらの結果は本研究において作製された窒化物半導体微細構造の品質が十分高いものであることを示す。

以上をまとめると、本論文ではn型AlGaN/GaN DBRの成長を行い、窒化物面発光デバイスプロセス基盤技術を開発した。この知見を応用してInGaN垂直微小共振器型LEDを作製し、その特性を確認した。また、AlNエアブリッジ構造の作製方法を独自に開発し、窒化物半導体フォトニック結晶ナノ共振器において史上最高値であるQ値2,400を達成した。これらの成果は窒化物半導体単一光子発生器や電流注入型青色面発光レーザなどの革新的な光デバイスのさらなる研究進展に大きく寄与するものである。

審査要旨 要旨を表示する

III族窒化物半導体は、青色LED・レーザを中心とした応用面と大きな励起子束縛エネルギーなどの特徴的な物性が関心を集めており、近年、光微小共振器構造を導入した高性能発光素子作製技術の確立が求められている。本論文は、"Fabrication and Characterization of III-Nitride Semiconductor Nanocavity Light Emitters" (日本語訳:III族窒化物半導体微小共振器型光源の作製と評価に関する研究)と題し、III族窒化物半導体微小共振器型光源、具体的には微小共振器LEDおよびフォトニック結晶ナノ共振器の作製と評価について論じており、8章より構成されている。英文で書かれている。

第1章の「Introduction」(序論)では、窒化物半導体の一般的な物理特性と光微小共振器構造の原理・特性、それらを応用したデバイスの特徴を概説している。

第2章は「Crystal Growth of III-Nitride Semiconductors by Metalorganic Chemical Vapor Deposition」(有機金属気相成長法によるIII族窒化物半導体の結晶成長)と題し、MOCVD法による窒化物半導体分布ブラッグ反射鏡およびGaN量子ドットの成長条件について概説している。またGaN量子ドットの下地層であるAlNの結晶品質を向上させる条件について実験的考察を行っている。

第3章は「MOCVD Growth of Electrically Conductive AlGaN/GaN Distributed Bragg Reflectors with High Reflectivity」(高反射率導電性AlGaN/GaN DBRのMOCVD成長)と題し導電性窒化物半導体DBRの結晶成長条件について論じている。成長条件を最適化し、AlGaN/GaN超格子構造の導入が有用であること、また99%の反射率を有するn型窒化物半導体DBRが作製可能であることをそれぞれ実験的に示している。

第4章は「Development of Fabrication Processes for III-Nitride Vertical-Cavity Surface-Emitting Devices」(III族窒化物半導体垂直共振器面発光デバイス作製プロセスの開発)と題し、窒化物半導体面発光デバイスのプロセス開発について論じている。共振器内透明電極ITOの電気的・光学的特性の改善手法、面発光デバイス高密度化に対応する二層レジストフォトリソグラフィ技術、高反射率DBRの歩留り向上に寄与する基板処理法について、その有用性を実験的に示している。

第5章は「Fabrication and Characterization of InGaN Vertical Microcavity LEDs」(InGaN垂直微小共振器LEDの作製と評価)と題し第3章・第4章での知見を用いてInGaN垂直微小共振器型LEDを試作し、その特性を評価・検討している。EL測定を行って明瞭な単色性の向上・指向性の向上を確認し、それらが微小共振器の効果によることを議論している。また、AlGaN/GaN DBR のポテンシャルと電気伝導特性について考察を行い、実験結果をよく説明できることを明らかにした。

第6章は「Development of Fabrication Processes for AlN Photonic Crystal Nanocavities」(AlNフォトニック結晶ナノ共振器作製プロセスの開発)と題し、AlNフォトニック結晶ナノ共振器の作製プロセスについて論じている。理論的考察からSiC基板除去の必要性について論じ、実際に光電気化学エッチングを用いたAlN凸型エアブリッジ構造のユニークな作製方法を提案・実証している。

第7章の「Characterization of AlN Photonic Crystal Nanocavities with GaN Quantum Dots」(GaN量子ドットを有するAlNフォトニック結晶ナノ共振器の評価)では、第6章の手法によって作製したAlNフォトニック結晶ナノ共振器の顕微分光を行い、その光学特性について議論している。共振器モードを観測し、2,400以上という窒化物半導体フォトニック結晶として最高のQ値を確認している。

第8章の「Concluding Remarks」(結論)では、本論文の主要な結果をまとめると同時に、この研究の将来の方向性について議論している。

以上これを要するに、本論文は、III族窒化物半導体微小共振器型光源の実現に向けて、結晶成長及びプロセスに関わる諸要素技術の基盤研究を行い、高性能な垂直微小共振器LEDを作製するとともに、優れた光学特性を有する高性能なフォトニック結晶ナノ共振器を実現したものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50131