学位論文要旨



No 122932
著者(漢字) 熊谷,康顕
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,ミチアキ
標題(和) 鉄微粒子内包型高分子ミセルを用いた腫瘍集積性MRI用造影剤に関する研究
標題(洋) Study on polymeric micelles encapsulating iron oxide nanoparticles as tumor-targeted magnetic resonance imaging (MRI) contrast agents
報告番号 122932
報告番号 甲22932
学位授与日 2007.09.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6586号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 准教授 吉田,亮
 東京大学 准教授 山崎,裕一
 日本大学 教授 米山,隆之
内容要旨 要旨を表示する

これまでガンの克服に向けて多くの治療に関する研究が重ねられてきたが、近年では、ガンが早期に発見し適切な治療が施されれば、高い存命率が得られることから、ガン患者のQOL(Quality of Life)の向上を目的に、治療技術の発展だけでなく、診断技術の発展が求められている。現在のガン診断として、生体組織検査、X線CT(Computed Tomography)、PET(Positron Emission Tomography)等が用いられているが、画像診断技術の一つであるMRI(Magnetic Resonance Imaging)はラジオ波や磁場を利用しているため、人体への侵襲が無く安全で繰り返し使用することが可能であると同時に、腫瘍のような軟部組織のコントラストが強いという利点を持っており、ガンの早期発見や、抗ガン剤の効果のモニタリングといったガンのイメージングを実現する技術として大きな期待が寄せられている。MRIでガン診断をする際、腫瘍と正常組織との画像コントラストを増強するため造影剤を用いるが、現在市販されているMRI用造影剤は、細網内皮系に捕捉される、あるいは、短時間で腎臓から排出される、等の欠点があり、腫瘍への集積性が低いという問題を抱えている。これまでの酸化鉄コロイドを用いたMRI用造影剤の一番の問題点は塩に対する安定性が低いことであった。塩安定性が低い場合、酸化鉄コロイドは血中に投与された直後から急激に凝集し、細網内皮系に捕捉される、あるいは、腎排泄されるといったことが知られている。

そこで本研究では、EPR効果を利用した腫瘍集積性MRI用造影剤として、ポリエチレングリコール(PEG)―ポリアスパラギン酸(P(Asp))ブロック共重合体とβ-FeOOHもしくはmagnetite微粒子からなる粒径100nm以下の単分散高分子ミセルを作製し、物性評価及び坦ガンマウスを用いたin vivo MRIを行い、腫瘍での造影効果を得るための検討を行った。

Chapter 1では、MRI用造影剤について説明し、腫瘍をターゲットとするMRI用造影剤の研究について触れ、その問題点を挙げる。

Chaper 2では、ガンの診断を行うために必要な腫瘍集積性MRI用造影剤として、ポリエチレングリコールとポリアスパラギン酸からなるブロック共重合体(PEG-PAsp)を表面修飾したβ-FeOOHという結晶構造を持つナノ微粒子を作製し、物理化学評価とin vivo MRIを行い、腫瘍集積性について論じる。これまでに血中滞留性を上げるためにポリエチレングリコールを表面修飾した酸化鉄微粒子の作製した研究例は数多くあるものの、in vivo MRIにおいて腫瘍集積性が向上した等の報告は少なく、かつ、表面修飾したポリマーと酸化鉄微粒子との相互作用との関連性にまで言及したものはない。そこで、本章では、血中滞留性向上の有効性についてFT-IRとゼータ電位測定等の物理化学評価面から論じる。

Chapter 3では、PEG化β-FeOOH微粒子表面に葉酸リガンドを導入した造影剤を作製し、腫瘍集積性に必要な葉酸リガンドの有効比率について、粒径と表面電荷の物理化学評価と、葉酸レセプターが大量発現している腫瘍モデルを用いたin vivo MRIの結果の両面から論じる。本研究より以前に要酸in vivo MRIを行っている例はなく、PEGがスペーサーとして機能することにより、血中での安定性が向上し、確実に標的部位に到達していることが分かる。

Chapter 4では、最も一般的にMRI用造影剤として使用されるマグネタイト(Fe3O4)微粒子表面にPEG-PAspブロック共重合体を修飾させ、その物理化学評価を行った。アスパラギン酸ユニットの違う二種類のブロック共重合体を用いてFeとカルボン酸の比率を変えることにより変化する粒径や表面電荷、PEG密度等の評価を行い、FT-IRによって得られるポリマーとマグネタイト表面との相互作用メカニズムの評価と合わせて、血中滞留性との関連性を論じる。最後に、Chapter 5では、Summaryを述べる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、患者のQuality of Life(QOL)向上のために、ガンを早期発見するための新規診断システムの開発が求められているが、とりわけ磁気共鳴画像診断装置(MRI)は非侵襲的で安全であることから、大きな期待が寄せられている。特に、ガン特異的に集積するMRI用造影剤の開発には多くの関心が寄せられており、MRIを用いたガン診断には不可欠と考えられている。ポリマーをコーティングした磁性微粒子は、Enhanced Permeability and Retention (EPR)効果と呼ばれるガン組織特異的に集積する効果が期待され、近年いくつかの研究グループがポリエチレングリコール(PEG)ベースのブロック共重合体を表面修飾した磁性微粒子を用いて、in vivo MRIにて評価している。しかしながら、ポリマーをコーティングした磁性微粒子の物理化学的評価とin vivo MRI評価の関係を明らかにしている研究は少ない。本論文では、ステルス性の高いポリエチレングリコールと鉄との親和性があるカルボン酸を側鎖に有するポリアスパラギン酸のブロック共重合体(PEG-PAsp)に着目し、これをコーティングした磁性微粒子の腫瘍集積性MRI用造影剤としての開発が目的とされている。特に、ポリマーと磁性微粒子表面との相互作用が腫瘍集積性を高めるのに重要であると考え、本論文では腫瘍集積性MRI用造影剤として必要な物理化学的評価に重きをおき、in vivo MRI評価とともにガンの早期発見への検討を行っている。以下、各章毎に、本論文の審査結果の概要を述べる。

第1章の序論では、臨床で使用されているMRIを始めとする非侵襲画像診断装置の一般的な特徴をコスト、安全性、解像度、造影剤の投与量、応用範囲など多方面から述べるとともに、ガンを早期発見するために高分子ミセル型の新しいMRI用造影剤の設計の必要性について、本研究の意義及び論点を述べている。

第2章では、ポリエチレングリコールとポリアスパラギン酸のブロック共重合体(PEG-PAsp)を修飾したβ-FeOOH型水酸化鉄ナノ微粒子を作製し、MRI用造影剤としての物理化学的評価と、腫瘍集積性MRI用造影剤としての検討としてin vivo MRIも行っている。先行研究例ではPEGを表面修飾した鉄微粒子の物理化学的評価までの検討は行われているものの、腫瘍集積性MRI用造影剤としての検討を腫瘍モデル用いたin vivo MRI実験までをも含めて系統的に実施した報告例はほぼ皆無であるのが実情であった。本章では、腫瘍集積性MRI用造影剤としての材料設計指針について物理化学的評価から検討を行い、PEGによるステルス性、粒径制御、PEG-PAspとβ-FeOOHとの相互作用が腫瘍集積性に密接に関係することを見いだしている。具体的には、透過型電子顕微鏡や動的光散乱法により、粒径70nm程度の単分散紡錘型微粒子が得られたことを確認し、赤外分光法及びζ電位測定により、生理条件のpHにおいてPEG-PAspとβ-FeOOHとの相互作用が静電的かつFeとカルボン酸のbidentate chelationを介した多点結合によるものであることを確認し、これらが生理条件下での安定性をもたらすことを見出した。また、in vivo MRIにて得られた微粒子の腫瘍集積性の有無を評価した結果、制御された粒径、表面電荷、PEG-PAspとβ-FeOOHとの強固な結合が血中安定性の向上に寄与し、EPR効果による腫瘍集積性をもたらすと結論づけている。

第3章では、さらなるガン診断精度向上を目指し、ガン細胞表面に過剰発現している葉酸結合タンパクとの特異的結合を利用する能動的ターゲティングの達成を図り、PEG末端に葉酸リガンドを導入した葉酸装着型PEG-PAsp修飾β-FeOOH微粒子を調製し、その物理化学的評価とin vivo評価を行っている。その結果、葉酸導入率を25%に制御したPEG-PAsp修飾β-FeOOH微粒子において、粒径制御が可能でかつ、in vivo MRIにて葉酸未装着の造影剤微粒子に比べて腫瘍造影効果が高まることを確認している。疎水性である葉酸の導入率が過剰になれば血中滞留性に優れた粒径を維持することも困難となるが、本論文では粒径制御と能動的ターゲティングを両立する最適導入率を見出し、さらには両者が最適化された葉酸装着型造影剤微粒子は診断精度の向上に有効な手段であることを結論づけている。

第4章では、難治性ガンの一つである膵臓がんの診断に注目し、造影効果の高いマグネタイト微粒子にPEG-PAspを表面修飾させたものを新たに作製し、物理化学的評価とin vivo評価を行っている。本章ではPEG-PAspのアスパラギン酸連鎖長を変えることにより、微粒子の表面PEG密度と電荷の制御を図り、腫瘍集積効果への影響を検討している。また、膵臓ガン組織は他のガン組織と異なり血管が未発達で線維が豊富にある領域が多いため、EPR効果による腫瘍集積が有効でないことが予測される。そこで、ナノ微粒子の腫瘍集積を促進させるTransforming Growth Factor-β (TGF-β)阻害剤との併用が有効であると考え、in vivo MRIによる膵臓ガン診断を試みている。物理化学的評価においてアスパラギン酸連鎖長に着目すると、アスパラギン酸連鎖がより短いPEG-PAsp修飾マグネタイト微粒子の表面電荷は負であるが絶対値はより小さく、表面PEG密度も増大したが、粒径や添加塩に対する安定性にはアスパラギン酸連鎖長依存性は見られずほぼ同程度であることを確認した。また、PEG-PAspとマグネタイト微粒子の相互作用は、静電的ではなくmonodentate chelationを介した多点結合であり、β-FeOOHとの違いを等電点の違いによるキレート構造変化であることを見出した。In vivo MRI及び病理標本観察を行った結果、TGF-β阻害剤を併用しない場合には腫瘍造影効果は認められなかったが、併用した場合にはアスパラギン酸連鎖長が38量体のPEG-PAspを用いて微粒子を調製したときのみ腫瘍造影効果を確認した。以上より、PEG-PAsp修飾マグネタイト微粒子の血中滞留性向上を図る設計において重要なのは、ポリマーとマグネタイト微粒子の結合の強さであることを見出している。また、上記のようなMRI診断用造影剤微粒子を調製する戦略が膵臓ガン診断において有効であることを示した世界初の例であると結論づけている。

以上のように本論文では、ブロック共重合体を修飾した二種類の鉄微粒子のMRI用造影剤作製を出発点として、種々の腫瘍モデルを使ったin vivo MRI評価を通じ、鉄微粒子の優れた腫瘍集積性を決定付ける最大の要因が表面修飾ポリマーと鉄微粒子の結合の強さに基づいたブロック共重合体設計及びリガンド導入設計であることを見出している。これらのシステムは、MRIを用いたガンの早期発見や治療効果の診断システムへの展開のみならず、治療薬と組み合わせたインテリジェントDDSへと多岐に渡った展開が期待できるナノデバイス創出への礎となる。本論文の内容は、その独創的なアプローチや高い有用性から考えてマテリアルを中核とする医工融合の分野において極めて秀逸であり、展開されているアプローチは新しいドラッグデリバリーシステム用材料の創製につながる重要な知見を提供しうるものと判定される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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