学位論文要旨



No 122934
著者(漢字) 孫,在賢
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ジェーヒョン
標題(和) 韓国語諸方言アクセントの記述研究
標題(洋)
報告番号 122934
報告番号 甲22934
学位授与日 2007.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第605号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,善道
 東京大学 教授 熊本, 裕
 東京大学 教授 林,徹
 東京大学 准教授 西村,義樹
 東京大学 准教授 福井,玲
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,韓国語アクセントの全体像を明らかにすることを目的に,諸方言アクセントの広範かつ網羅的な記述を行なった。その成果として新しい資料を豊富に提示し,その上に立って従来の報告をかなり修正した。

本論文は,全部で5章から構成される。序章では,本研究の目的およびその意義を述べる。第1章から第4章が,その具体的内容で,第5章は全体のまとめである。

第1章では,朝鮮半島の東南部に位置する慶尚道方言について検討する。まず,慶尚北道の大邱方言を取り上げ,従来の慶尚北道のアクセント体系に対する音韻論的解釈とは異なる解釈を提案する。そのアクセント体系は,従来の研究で言われてきたようにn音節語にn+1の対立をもつものではなく,n音節語に2n-1(ただし,1音節語のみ2n)の対立をもつ体系と捉えられる。その上に立って,これまでの先行研究を検討しつつ,活用形のアクセントなど様々な角度から考察する。慶尚道方言のアクセント体系には,上記のように音節数の長さに応じてアクセントの対立数が増えるアクセントタイプ(多型アクセント)以外にも,音節数が増えてもアクセントの対立数の増加がないタイプ(N型アクセント)が存在する。N型アクセントのサブタイプは,忠清道や全羅道との境界地域を中心には3型と4型アクセントが,南海岸沿いを中心に5型アクセントが分布している。各アクセントタイプについて音韻論的解釈を行なっていく。

第2章では,朝鮮半島中央部の東側に位置する江原道方言について検討する。江原道は,地理的に慶尚道と咸鏡道の中間に位置し,主として多型アクセント地域として分類できる慶尚道・咸鏡道方言のアクセント体系およびそれらの変遷をたどる際に非常に大きな意味をもつと考えられるが,従来の研究では,江原道のほとんどの地域がソウル方言と同様に無アクセント地域として扱われてきた。しかし,実際には2種類と3種類のアクセントの対立をもつ2型と3型アクセントがかなり広く分布し,また4種類のアクセントの対立をもつ4型アクセント,そして各音節語のアクセントパターンが一通りに現れる1型アクセントも存在していることも明らかになった。これらによって,従来の見解に大幅な修正を行なうことができた。とりわけ,江原道方言の3型・2型アクセントの成立を,平昌・旌善郡の6地点を通じて考察した結果,これらの地域でのアクセントの成立には,高い音節を後ろに延ばそうとする「高の延長」と,末尾音節を低くしようとする「末尾低下」の二つの変化が関係していることを明らかにした。

第3章では,朝鮮半島の西南部に位置する全羅道方言について考察する。全羅道方言は,江原道方言とともに主にアクセントの対立のない方言として知られ,またアクセントの対立を認める研究者の間でも見解が分かれる場合が多い。ここではまず光州方言を中心に考察した上で,他の方言と接しながらこれらの体系より単純化したアクセント体系を取り上げる。光州方言は,3型アクセントとして捉えられるが,第1章の慶尚道方言と第2章の江原道方言で見られる3型アクセントとは,その内実がかなり異なり,分節音がアクセントに深く関与している。全羅道方言では,アクセント体系における分節音とアクセントの関係に注目して考察を深める。

第4章では,朝鮮半島中央部の西側に位置するソウル方言について検討する。ソウル方言は単語ごとに一定した音調特徴が定まっていない無アクセント方言としてよく知られている。しかし,その音調型について,今まで整理されていない部分をきちんと整理していくとあるパターンが見えてくる。それを体系的に整理した結果,ソウル方言は同じ長さのアクセント単位に1種類のアクセント型しかない1型アクセントとして位置づけられることがわかった。

第5章は,全体のまとめで,第1章から第4章までの内容に基づき,韓国語諸方言のアクセントタイプを中心にまとめる。

審査要旨 要旨を表示する

韓国に分布する諸方言アクセントの全体像の解明を目的とする本論文は,その主要なタイプを網羅的に調査してそれらの体系を明らかにするとともに,「無アクセント」方言とされてきたソウル方言も新たな観点から検討して「1型アクセント」と位置付けたものである。

主な調査対象は,朝鮮半島東南部の慶尚道,中央部東側の江原道,西南部の全羅道の諸方言である。主要方言の記述内容は,名詞のアクセント体系,複合名詞のアクセント規則,助詞のアクセント,動詞・形容詞の活用形のアクセントに及ぶ。

第1章は,早くからアクセントの存在が知られ,研究も多い慶尚道方言を扱う。その中心は執筆者の母語の大邱市方言で,n音節語にn+1ないしn+2の対立を認める従来の説を退け,n音節語に2n-1の対立のある体系を提唱する。続いて,このようにアクセント単位の長さに応じてアクセントの対立数も増える「多型アクセント」とは別に,大邱市の周辺地域には,アクセント単位の長さが増えても対立が一定数N以上には増えない「N型アクセント」のうち,5型アクセント,4型アクセント,3型アクセントの諸タイプが存在することも明らかにし,5型から4型への移行のプロセスを推定する。

続く章では,無アクセントとも有アクセントとも言われて諸説があった江原道方言を取り上げる。現地調査の結果,4型アクセント,3型アクセント,2型アクセント,そして言い切り形と接続形の区別をもちながらも環境を指定すれば音調型は1つに決まる1型アクセントが分布していることを明らかにし,先行研究を大幅に修正する。

全羅道方言では,3種の音調型と分節音との間に相補分布の関係があり分節音からアクセントが予測できるとされていた光州方言を,詳細な観察により,実はその予測が不可能な3型アクセント体系であると認定した点が目を引く。

本論文の特長は,以上に見るように,多数の調査語彙を用いた現地調査によって多くの新事実を明らかにした点にある。その一方で,新資料の提示に力を注ぐあまり,個々の方言の分析になお詰めるべき課題を残したことも否めない。前提となる1単位形の認定基準,長母音の音韻論的取り扱いなどがそれで,その1型アクセントの定義も必ずしも明確ではない。終章のまとめも,これだけの調査をしたのだから,それを踏まえて独自の論を展開して欲しかったところである。

しかしながら,韓国にあると見られる有アクセント方言の主要なタイプを一人で調査し,その実態と分布の概略を明らかにした功績は大きい。今後の韓国語アクセント研究にとって必ず参照すべき基本文献の一つとなるに違いない。本審査委員会は,本論文を博士(文学)にふさわしいものと判断する。

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