学位論文要旨



No 122949
著者(漢字) 西,賢二
著者(英字)
著者(カナ) ニシ,ケンジ
標題(和) 新規エンドサイトーシス経路によるヘルペスシンプレックスウイルスVP22-PTDの細胞内取り込み
標題(洋) Cellular internalization of Herpes Simplex virus protein VP22-PTD via a novel endocytic pathway
報告番号 122949
報告番号 甲22949
学位授与日 2007.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5083号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 西郷,董
 東京大学 准教授 程,久美子
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
 東京大学 講師 明川,文清
内容要旨 要旨を表示する

細胞内に任意のペプチドやタンパク質、核酸などの生体高分子を導入する手法は、生物学の研究面のみならず、医療面からも需要が高い。しかし、これらの生体高分子は、脂質二重膜からなる細胞膜を透過することはできない。そのような中で、ここ10数年間に、細胞の中にペプチドやタンパク質を導入することができる、ペプチドやタンパク質ドメインがいくつか同定されている。それらは、protein transduction domain(PTD)や cell penetrating peptide(CPP)と呼ばれている。最も初期に発見されたCPPは、ヒト免疫不全ウイルス1型の転写活性化因子由来のTATと、キイロショウジョウバエのアンテナペディアのホメオドメイン由来のpenetratinである。多くのCPPは8から30アミノ酸よりなり、塩基性アミノ酸の割合が高いこと、または両親媒性であることがその特徴である。そして、ペプチドやタンパク質、核酸などの導入したい物質をCPPと共有結合させることや混ぜることにより、細胞内に取り込ませて、機能させることに成功している。

CPPに関する初期の研究では、細胞への取り込みが37℃でも4℃でも、エンドサイトーシスの阻害剤存在下でも同じようにおこることから、CPPはエンドサイトーシスと異なる機構で細胞に取り込まれると考えられてきた。しかし、これらの結果は、細胞の固定によって細胞表面に結合していたCPPが核内に局在が変化すること、強く細胞表面に結合しているCPPを細胞内に導入したものとして取り込み量を多く見積もっていたことによる誤りであることが明らかになった。そこでCPPの細胞への取り込み機構は再評価され、エンドサイトーシスが関与することが分かってきた。

短いペプチド型のCPPだけでなく、より長いタンパク質型のPTDも存在する。その中で最もよく使われているPTDは単純ヘルペスウイルス1型のVP22タンパク質由来のものである。VP22は、キャプシドとエンベロープの間のテグメントと呼ばれる領域の主要な構造タンパク質である。そして、発現細胞からゴルジ体を介さないメカニズムで分泌され、再び周囲の細胞内に入る特性をもつという報告がなされている。VP22のC末端側半分(アミノ酸残基159-301、VP22.C1)は、他のαヘルペスウイルスのVP22ホモログ間でよく保存されていて、細胞に取り込まれる能力を有する。VP22.C1はフルオレセイン標識したオリゴヌクレオチドと直径0.3-1.0μmの粒子を形成する。この粒子は細胞に取り込まれ、光照射により粒子が分解され、細胞内でアンチセンス効果が引き起こされる。また、VP22.C1融合タンパク質が細胞内に導入され、生理機能を発揮したという例も報告されている。以上のことから、短いペプチド性のCPPと同様に、VP22.C1を用いてタンパク質や核酸を細胞に導入できる可能性があると考えられる。ところが、今日まで、VP22.C1が細胞に取り込まれる機構についての解析はなされていない。そこで、本研究では、VP22.C1にGHPを融合したタンパク質(以下ではVP22-GFPと呼ぶ)を用いて、その取り込み機構を解析することにした。

上述のように実験手法により誤った結論が導かれる可能性があるので、これまでの実験手法を改善し、パラホルムアルデヒドによる細胞固定はVP22-GFPの局在に影響を与えないこと、トリプシン処理で細胞表面に吸着したVP22-GFPを取り除くことによって細胞内に取り込まれた量が正確に測定できることをまず明らかにした。

第一に、VP22の導入には142アミノ酸からなる領域が使われており、他のCPPに比べて長いので、より短くなるかをVP22.C1内の一部を欠失させた変異体タンパク質を作製して調べた。作製したVP22(159-267)-GFP、VP22(225-301)-GFP、VP22(268-301)・GFPの3つのタンパク質はいずれもVP22(159-301)・GFPと比べて取り込みは20%以下であった。VP22(268-301)は細胞に取り込まれるのに必要な部分として報告されていたが、それだけでは十分な取り込みが起こらないことが分かった。この結果からVP22のPTDはVP22(159-301)であると考えられる。

次に、CPPでは細胞表面のグリコサミノグリカンがその取り込みに重要な役割を果たしているという報告があるので、VP22-GFPの取り込みに対するグリコサミノグリカンの役割を調べた。細胞をコンドロイチン硫酸分解酵素であるコンドロイチナーゼABCまたはヘパラン硫酸分解酵素であるヘパリチナーゼで処理したとき、後者でのみVP22-GFPの細胞表面への吸着及び細胞への取り込みが減少した。ヘパラン硫酸とコンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸、及びヘパラン硫酸の硫酸基の生合成に関わる酵素がそれぞれ欠損している3種類のCHO-Kl変異細胞株においても、野生型の細胞株に比べ、VP22-GFPの細胞表面への吸着及び細胞への取り込みの著しい減少が見られた。この結果は、ヘパラン硫酸の硫酸基がVP22-GFPの細胞表面への吸着及び取り込みに特に重要であることを示す。そこで、硫酸基との結合に関わると予想されるVP22-PTD内の23個の塩基性アミノ酸を一つずつアラニンまたはグルタミン酸に置換したGFP融合タンパク質を作成し、その細胞への取り込みを調べた。取り込み量にほとんど影響を与えない置換と取り込み量に影響を与える置換があったことから、VP22-PTD内のアミノ酸の位置依存的なヘパラン硫酸との相互作用があると考えられる。

そして、VP22-GFPの取り込みは4℃や細胞内ATP枯渇下で著しく抑えられることから、エンドサイトーシスが関与していることが分かった。エンドサイトーシスにはクラスリン依存性のもの、カベオラ依存性のもの、クラスリン/カベオラに非依存的で脂質ラフトを介するものなど様々な経路がある。そこで、ドミナントネガティブ型のタンパク質の過剰発現、RNAi、薬剤処理などの方法を用いてVP22-GFPがいかなるエンドサイトーシス経路によって細胞に取り込まれるのか解析した。VP22-GFPの取り込みは、ドミナントネガティブ型のダイナミン2が発現している細胞で著しく低下した。クラスリン依存性エンドサイトーシスの阻害剤クロロプロマジンによってVP22-GFPの取り込みは増加し、クラスリン重鎖遺伝子に対するRNAiによってもその取り込みは抑えられなかった。脂質ラフトは、コレステロールやスフィンゴ脂質に富んだ細胞膜上のマイクロドメインで、低温でTritonX-100などの非イオン性界面活性剤に不溶であることが知られている。細胞表面のVP22-GFPは脂質ラフトのマーカーCD59と同様に低温でのTritonX-100処理に対して耐性であった。さらに、コレステロールを除去するメチル-β-シクロデキストリンやアクチンフィラメントを破壊するサイトカラシンDといった脂質ラフト依存性エンドサイトーシスの阻害剤で、VP22-GFPの細胞への取り込みは減少した。また、カベオラ依存性エンドサイトーシスと異なり、取り込み初期の段階においてVP22-GFPはカベオリン1と共局在せず、Srcファミリーキナーゼを阻害するPP2によって取り込みが阻害されず、チロシンポスファターゼを阻害するバナジン酸によって取り込みが阻害された。以上の結果から、VP22-GFPはクラスリン/カベオラ非依存的に、ダイナミンに依存して脂質ラフトを介するエンドサイトーシスで取り込まれることが分かった。

この経路ではこれまでRhofamilyGTPaseがその取り込みに関わることが知られている。ところが、VP22-GFPの取り込みはRhofamilyGTPaseの阻害剤であるClostridium difficileのトキシンBによって阻害されなかった。さらに、RhofamilyGTPaseに属するRhoA、Cdc42に対するRNAiによっても、ドミナントネガティブ型のRac1を細胞に発現させても、VP22-GFPの取り込みは阻害されなかった。この結果は、これまで知られている脂質ラフト依存性のエンドサイトーシスとは異なり、RhofamilyGTPase非依存的な機構でVP22-GFPは細胞に取り込まれることを示す。また、Arf6に対するRNAiにより、VP22-GFPの取り込みが抑えられたことから、その取り込みにはArf6が関わることが示唆される。

さらに、細胞に取り込まれた後のVP22-GFPの局在を調べた。取り込み後15分において初期エンドソームのマーカーであるEEA1とはよく共局在したが、リソソームのマーカーであるLAMP1やゴルジ体のマーカーであるGM130との共局在は見られなかった。1時間後においては、EEA1との共局在は減少し、LAMP1との共局在が見られるようになった。このときもGM130との共局在は見られなかった。VP22-GFPがリソソームに入ることは、エンドソームの酸性化を抑えてリソソーム酵素の働きを阻害するクロロキンで処理したときに、その取り込み量が増加することからも確認できた。さらに、VP22-GFPとトランスフェリンを細胞に同時に取り込ませたとき、取り込みの定常状態で両者の共局在が観察されたので、VP22-GFPの一部はリサイクリングエンドソームにも入っていることが示唆された。

以上、VP22-PTDの細胞表面の結合及ひ細胞への取り込みにはヘパフン硫酸か必要なこと、VP22-PTDの細胞への取り込みはクラスリン/カベオラ/RhofamilyGTPasesに非依存的でダイナミン/Arf6必要とする脂質ラフト依存性エンドサイトーシスによって起こること、取り込まれたVP22-PTDはまず初期エンドソームに入り、そしてリソソーム及びリサイクリングエンドソームに向かうことが示された。特に、VP22-PTDの取り込み様式は、これまでに知られているエンドサイトーシスとは異なる機構で起こっており、興味深い結果である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章はイントロダクション、第2章は実験方法、第3章は結果、第4章は総合討論と結論である。

細胞内に任意のタンパク質を導入する手法は、遺伝子操作によらず一過的にgain-of-function変異を作出できるので、生命科学の研究面のみならず、医療面からも重要である。ここ10数年の研究により、細胞の中に生体高分子などを導入することができるペプチドやタンパク質ドメインが同定され、それらはCPPやPTDと呼ばれている。最もよく研究されているのCPPは、HIVウイルスの転写活性化因子由来のTATであり、10アミノ酸程度の、塩基性アミノ酸に富んだ配列である。そして、CPPと導入したい物質を共有結合させたり、混ぜることで、細胞内に取り込ませ、機能発現できるようになってきている。

CPPに関する初期の研究では、細胞への取り込みはエンドサイトーシスとは異なる機構でおこると考えられてきた。しかし、その後の研究により、現在ではエンドサイトーシスが関与することが分かってきた。短いペプチド型のCPPだけでなく、長いタンパク質型のPTDも存在する。その中で最もよく使われているPTDは、単純ヘルペスウイルスのVP22タンパク質由来のものである。VP22は、テグメントと呼ばれる領域の主要な構造タンパク質である。VP22のC末端側半分(VP22.C1)は、細胞に取り込まれ、融合タンパク質の生理機能を誘発する能力を有すると報告されている。ところが、今日まで、VP22.C1のような高分子量PTDの細胞への取り込み機構についての詳細な解析はなされていない。

本論文では、VP22.C1にGFPを融合したタンパク質(VP22-GFP)を用いて、その取り込み機構を解析した。まず、142アミノ酸からなるVP22領域の様々な欠失変異体や、VP22.C1の全塩基性アミノ酸を一つずつアラニンやグルタミン酸に置換した変異体をつくり、細胞表面への吸着と細胞内への取り込みを調べた。その結果、VP22.C1の全領域が細胞への吸着、取り込みに関わっていることが示唆された。

次に、VP22-GFPの取り込みに対するグリコサミノグリカンの役割をコンドロイチナーゼ処理、ヘパリチナーゼ処理及びCHO-K1のヘパラン硫酸合成変異株を用いて調べた。さらに、抗ヘパラン硫酸抗体との二重染色により、ヘパラン硫酸とVP22-GFPとの細胞表面での共局在性を調べた。その結果から、ヘパラン硫酸が、VP22-GFPのレセプターかあるいはコレセプターとして機能していることが示唆された。

エンドサイトーシスにはクラスリン依存的、カベオラ依存的、クラスリン/カベオラに非依存的で脂質ラフトを介するものなど様々な経路ある。そこで、ドミナントネガティブ型のタンパク質の過剰発現、RNAi、薬剤処理などの方法を用いて、VP22-GFPがいかなるエンドサイトーシス経路によって細胞に取り込まれるのかを解析した。その結果、VP22-GFPはクラスリン/カベオラ非依存的に、ダイナミンに依存して脂質ラフトを介するエンドサイトーシスにより取り込まれることが分かった。この経路ではこれまでRho family GTPaseがその取り込みに関わることが知られている。ところが、VP22-GFPの取り込みはRho family GTPaseの阻害剤であるClostridium difficileのトキシンBによって阻害されなかった。さらに、Rho family GTPaseに属するRhoA、Cdc42に対するRNAiによっても、ドミナントネガティブ型のRac1を細胞に発現させても、VP22-GFPの取り込みは阻害されなかった。また、Arf family GTPasesの一つであるArf6に対するRNAiにより、VP22-GFPの取り込みが抑えられた。これらの結果から、VP22-GFPはRho family GTPase非依存的/Arf6依存的な新規機構によって細胞に取り込まれることが判明した。

さらに、細胞に取り込まれた後のVP22-GFPの局在を調べた。その結果、取り込み初期においては初期エンドソームのマーカーEEA1と、後期においてはリソソームマーカーLAMP1と共局在することが分かった。さらに、VP22-GFPとトランスフェリンを細胞に同時に取り込ませたとき、取り込みの定常状態で両者の共局在が観察され、VP22-GFPの一部はリサイクリングエンドソームにも入っていることが示唆された。

本論文は、タンパク性のPTDによる細胞への取り込み機構の詳細を初めて明らかにし、かつそれが全く新規のエンドサイトーシスにより行われることを示したもので、プロテイントランスダクションの分子機構の解明に大きな寄与をしているといえる。

なお、本論文は,西郷 薫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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