学位論文要旨



No 122956
著者(漢字) 赤木,大輔
著者(英字)
著者(カナ) アカギ,ダイスケ
標題(和) 高分子ナノミセル型非ウィルス遺伝子ベクターを用いた動脈壁に対する遺伝子導入についての研究
標題(洋)
報告番号 122956
報告番号 甲22956
学位授与日 2007.09.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2965号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 福原,浩
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

遺伝子治療は近年の分子生物学の進歩を背景に遺伝子治療の意味する内容は大きく変化し、遺伝子治療の対象疾患は致死性の先天性遺伝性疾患のみならず、悪性腫瘍や重症感染症、非致死性の変性疾患や加齢性疾患等に広がりつつある。

血管をターゲットとした領域において、炎症と動脈硬化の強い関連、そして、動脈硬化巣のコントロールのための研究が進んできている。血管の内膜肥厚は炎症を基盤に進行することから動脈硬化のモデルとされ、機序の解明が進んで来ている。それに伴い疾患治療の可能性は増大しており、注目を集めている分野である。

しかし、従来の遺伝子治療の研究において、最も大きな問題の一つは、遺伝子デリバリーシステムであった。安全性に問題のあるウィルスに依存しない、安全性の高い非ウィルス性遺伝子デリバリーシステムへのニーズは極めて大きいと考えられる。

近年新しい遺伝子デリバリーシステムとして高分子ナノミセル型構造体を利用したシステムが考案された。こればベクターの安定性、生体適合性に非常に優れたシステムである。DNAは天然のポリアニオンであるため、水溶性のポリエチレングリコール (poly(ethylene glycol); PEG) とカチオン性ブロックとを連結したブロック共重合体と溶媒中に混合することによって高分子ミセル (polyplex micelle) が形成される。高分子ミセルにおいてはポリカチオン鎖と複合体形成した周囲を、親水性で自由度の高いPEG層が覆うという二層構造からなる水溶性会合体が形成されている。

遺伝子デリバリーを進めていくにあたっては、エンドソームからの脱出のための機構の付与が必要となるが、この機構を付与したポリカチオンとしてアスパラギン酸の側鎖にエチレンジアミンユニットを導入したものが近年合成された (P[Asp(DET)])。この側鎖のエチレンジアミンユニットをもつアスパラギン酸誘導体とPEGブロックとのブロック共重合体 (PEG-b-P[Asp(DET)])は、pDNAと複合体形成し、高分子ミセルとなる。先に述べた高分子ミセルとしての高い生体適合性を有するのみならず、環境pHによりエチレンジアミンユニットの構造が変化することによりエンドソーム脱出能力を持ち、いわゆるprimary cellsに対しても高い遺伝子発現を得ることが報告されてきた。

この高い遺伝子発現と高い生体適合性を得ることにできる高分子ナノミセル型遺伝子ベクターは血管疾患治療・血管外科治療支援における遺伝子治療に大きく寄与する可能性があると考えられる。血管への遺伝子デリバリー方法として血管内投与は、血管内注射やカテーテルを用いて比較的低侵襲で繰り返し適用可能であり、応用範囲が広いというメリットがある。しかし、本来の血管壁構成細胞に対する細胞毒性の可能性に加え、血管内ではアニオンの血清タンパクや血球細胞との相互作用があるため、ベクターによっては血液構成成分と相互作用し凝集体や血栓形成を起こす可能性があり血管閉塞や塞栓を引き起こしうる。これは原疾患の状態を悪化させることが容易に予想され、血液適合性の評価は極めて重要である。

これらの可能性を考慮し、病的部位である内膜肥厚を伴った血管壁に対する遺伝子導入を検討することが必要と考えられた。

本研究では、ミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)の血管内投与による血管壁への遺伝子導入を評価することを目的とした。コントロールとして、高い遺伝子導入効率を示すとされている遺伝子導入試薬として利用可能である分枝型ポリエチレンイミン (branched polyethyleneimine; BPEI, Sigma) とpDNAとのpolyplex、およびPEGの生化学的もしくは生物学的作用を評価するためにPEGブロックをもたないポリカチオンのアスパラギン酸誘導体ホモポリマー (P[Asp(DET)])とpDNAとのpolyplexを用いた。本研究には第1章としてin vitroの系として内膜肥厚部位の主要構成細胞である血管平滑筋細胞に対する遺伝子導入と細胞毒性を評価した。第2章としてミセルの血液適合性を、主要な血漿タンパクであるアルブミン、血小板、赤血球に対し検討した。第3章として内膜肥厚を惹起した系において動脈壁に対し遺伝子導入の評価を行った。

方法・結果

1)培養血管平滑筋細胞に対する高分子ミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)による遺伝子導入の評価及び毒性試験

In vitroの遺伝子発現検討では、血管平滑筋細胞に対し、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は一定の遺伝子発現を得ることを確認した。しかし、発現程度はP[Asp(DET)] polyplexやBPEI polyplexより低かった。

In vitroでの細胞毒性評価では高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)はP[Asp(DET)] polyplexと比べ低毒性であった。BPEI polyplexと比べ極めて低毒性であった。

2)血管内投与を念頭に置いた物性評価;高分子ミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)における血液適合性の検討

アルブミンとの凝集実験では、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は凝集を認めなかったが、P[Asp(DET)] polyplexとBPEI polyplexはアルブミンを含んだ状況にて凝集した。

また、血小板、赤血球との相互作用を評価したが、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は凝集を認めなかったが、P[Asp(DET)] polyplexとBPEI polyplexは凝集を示した。ミセルの血球成分との低相互作用と抗血栓性が示唆された。

3)ウサギ頸動脈内膜肥厚モデルにおける血管内投与による動脈壁に対する遺伝子導入

ウサギ頸動脈擦過モデルにおける遺伝子導入実験において、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は、血管閉塞することなく高い遺伝子発現を得ることができた。一方、P[Asp(DET)] polyplexやBPEI polyplexは高率で血管の血栓閉塞を認めた。血管内投与における遺伝子導入においては、遺伝子発現効率と毒性に加え、血液成分との相互作用が低いことが重要であることが示唆された。

考察

遺伝子治療のターゲットとしての血管病変は、一般に動脈硬化もしくは動脈硬化に伴う疾患に関連している。血管内腔において遺伝子ベクターと血液の構成成分との相互作用には注意が必要である。ほとんどの非ウィルス遺伝子ベクターはDNAとコンプレックス形成するために正にチャージした構造を有しており、このため細胞に対しては膜障害性を持ち程度の差こそあれ毒性を示す。また、負にチャージした血清タンパクや血球細胞はとは、正にチャージした非ウィルスベクターは血清タンパクと凝集する可能性がある。遺伝子ベクターの周囲でのタンパクの凝集は遺伝子送達能を障害する可能性があることに加え、血栓形成を誘導する可能性があり原疾患を悪化させる可能性がある。また、本論文でも検討したが、血小板や赤血球とも相互作用し、血栓形成を引き起こす可能性がある。

実際、ウサギ頸動脈を介したin vivo実験において、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター (PEG-b-P[Asp(DET)] micelle) は全く血管内投与後動脈閉塞を認めなかったにもかかわらず、BPEI polyplexとP[Asp(DET)] polyplexは一定の割合で血栓閉塞を示した。カチオン性polyplexの凝集は非特異的な血液成分との凝集を誘導する正の電荷を有する性質のためと考えれられる。

血管病変をターゲットとする遺伝子ベクターの開発において、最も重要な問題の一つはin vivoにおける遺伝子導入効率である。今回の実験は、傷害を加え内膜肥厚が惹起された動脈に対して行われたが、以前の研究において内膜肥厚を伴う動脈と正常の動脈とでは生物学的に差があることが示されているため、本研究は、適切な動物モデルで施行されて得られたデータであり高い信頼度のあるデータであると考えられる。そして、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)のもつ低い細胞毒性や良好な膠質安定性もin vivoにおける抗血栓形成、低毒性かつ高遺伝子発現に大きく寄与しているものと考えられる。

動脈硬化巣・外科手術支援をターゲットとし血管内投与を念頭に置いた遺伝子治療のための非ウィルス遺伝子ベクターは,高い遺伝子発現能、低毒性、生体適合性が重要であるが、この観点から高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は有望な特徴を有しており、今後の展開に期待が持ちうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

新しい遺伝子デリバリーシステムとして、水溶性のポリエチレングリコール (poly(ethylene glycol); PEG) とカチオン性ブロックとを連結したブロック共重合体とプラスミドDNAにより形成される高分子ナノミセル 型遺伝子ベクター(polyplex micelle) がある。本研究は、このpolyplex micelleのうち、高い遺伝子発現を得るためにエンドソームからベクターが脱出するための機構を付与した高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)の血管内投与による血管壁への遺伝子導入を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.培養血管平滑筋細胞に対する遺伝子導入実験において遺伝子発現は、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は一定の遺伝子発現を得ることを確認した。しかし、遺伝子発現の程度はP[Asp(DET)] polyplexやBPEI polyplexよりやや低かった。また、細胞毒性評価では高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)はP[Asp(DET)] polyplex及びBPEI polyplexと比べ低毒性であった。

2.アルブミン、血小板、赤血球との凝集実験では、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は凝集を認めなかったが、P[Asp(DET)] polyplexとBPEI polyplexは凝集を示した。ミセルの血液構成成分との低い相互作用と抗血栓性が示唆された。

3.ウサギ頸動脈擦過モデルにおける遺伝子導入実験において、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は、血管閉塞することなく高い遺伝子発現を得ることが可能であった。一方、P[Asp(DET)] polyplexやBPEI polyplexは高率で血管の血栓閉塞を認めた。血管内投与における遺伝子導入においては、遺伝子発現効率と毒性に加え、血液成分との相互作用が低いことが重要であることが示唆され、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)は動脈壁に対する遺伝子導入において有用であることが示唆された。

以上、本論文はこれまで具体的な有用性を示すことが困難であった、動脈硬化巣・外科手術支援をターゲットとし血管内投与を念頭に置いた非ウィルス遺伝子ベクター開発の分野において、高分子ナノミセル型遺伝子ベクター(PEG-b-P[Asp(DET)] micelle)が動脈壁に対し高い遺伝子発現能かつ高い生体適合性を有することを示したものであり、遺伝子治療の進歩のために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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