学位論文要旨



No 122958
著者(漢字) 深堀,浩樹
著者(英字)
著者(カナ) フカホリ,ヒロキ
標題(和) 特別養護老人ホーム入居者に面会する家族介護者の施設家族介護負担感尺度の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 122958
報告番号 甲22958
学位授与日 2007.09.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2967号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 講師 宮本,有紀
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

欧米においては、要介護高齢者が施設に入居した後も、一部の家族介護者は面会を通じ入居者への介護を継続するといわれている。それら施設の家族介護者に関する欧米の先行研究では、家族介護者に着目した研究・実践の利点として「1)家族介護者自身の健康状態の改善」、「2)施設が提供するケアの質の向上」、「3)家族介護者の面会による入居者の健康状態の改善」などが指摘されており、施設において入居者に加え家族介護者をも含めて支援を行うことで、入居者・家族介護者双方を利することが期待される。

しかし、本邦の施設の家族介護者に関する研究・実践の現状は、知見の蓄積が遅れ、実践も活発とはいえない状況である。本邦における施設の家族介護者に関する研究・実践の発展のためには、施設においても家族介護者が介護を行っていることを示すデータの蓄積と、本邦の施設の家族介護者に活用可能な介護負担感尺度の開発が必要である。そこで、施設入居高齢者の家族介護者の介護の実態を明らかにした上で、施設の家族介護者が感じている介護負担感を測定するための「施設家族介護負担感尺度」を開発し、関連要因を検討することを目的として以下の2つの研究を行った。

なお、本研究では、要介護高齢者の施設入居後も、家族員が面会等を通して要介護高齢者を利するための行動をとり続けている場合、「施設家族介護」を行っていると見做し、その家族員を「家族介護者」と定義する。

II.特別養護老人ホーム入居者に面会する家族介護者の経験に関する研究(研究1)

【目的】

施設入居高齢者の家族介護者の介護の継続の実態を明らかにするための概念枠組みを提示する。

【方法】

東京都内の3つの特別養護老人ホームの入居者の家族介護者21名を対象とし、2004年11月から12月にフォーカス・グループ・インタビューを実施した。分析は、質的データ分析支援用ソフトウェアの一種であるATLAS.ti Ver5により、Grounded Theory Approachの継続比較分析法を参考として質的・帰納的に行った。

【結果】

家族介護者の年齢は50代7名、60代7名、70代5名、80代2名で、性別は男性5名、女性16名であった。入居者との続柄は、娘8名、息子2名、嫁3名、妻3名、夫2名、妹・姪・義理の弟各1名であった。分析の結果、施設入居高齢者の家族介護者の経験として、≪施設家族介護≫、≪施設家族介護の中での否定的認識≫、≪施設家族介護の中での肯定的認識≫が抽出され、それらに影響する要因として≪施設家族介護に影響する要因≫が抽出された。入居者の家族介護者のうち入居後も頻繁に面会を続ける者は、面会の中で≪施設家族介護≫を実施することで介護を継続していた。また、家族介護者は、面会を通して入居者や施設職員と接する中で≪施設家族介護の中での否定的・肯定的認識≫を経験していた。家族介護者の≪施設家族介護≫および≪施設家族介護の中での否定的・肯定的認識≫のあり方は≪施設家族介護に影響する要因≫の影響を受け、個々の家族介護者・入居者によって異なると考えられた。

【考察】

本研究では、施設家族介護に関する概念枠組みを本邦で初めて提示した。この概念枠組みは研究の蓄積が十分でないわが国においても、研究者・臨床家に容易に理解されうるものと考えられる。本研究で得られた概念枠組みの概念および概念間の関連は、概ね欧米での先行研究と類似していたが、同時に、わが国の特徴を反映していると考えられる結果も得られた。したがって、本研究は、今後、わが国で施設の家族介護者を対象とした実践活動の上でも、また、尺度開発や介入手法の開発などの研究活動の上でも基礎的な資料となりうると考えられた。

III.特別養護老人ホーム入居者に面会する家族介護者の施設家族介護負担感尺度の開発(研究2)

【目的】

施設高齢者の家族介護者が感じている介護負担感を測定するための「施設家族介護負担感尺度」を開発し、関連要因を検討する

【方法】

先行研究および研究1から、6因子55項目からなる施設家族介護負担感尺度項目案を作成した。対象は、尺度項目の選定や妥当性・信頼性の検討のための対象集団Aと、再現性・妥当性の検討のための対象集団Bとし、平成17年11月~平成18年9月にかけて自記式質問紙調査を実施した。対象集団Aは東京都A区と三重県B市の7施設の、対象集団Bは三重県C市の3施設の、特別養護老人ホームに入居する高齢者の家族介護者とした。

対象集団Aに対する調査項目はストレス認知理論を基盤とした理論的枠組みに基づき、家族介護者の基本属性(性別、年齢、続柄など)、ストレッサー(入居者の性別・年齢、日常生活動作能力、施設までの距離、施設生活への満足度など)、資源(ソーシャルサポート、介護への規範意識など)、認知的評価(施設家族介護負担感)、対処(面会頻度)、ストレス反応(精神的健康度(GHQ-12))とした。さらに、基準関連妥当性の検討のため、米国で開発された尺度であるNursing Home Hassles Scale(NHHS)も調査項目に加えた。対象集団Bには、施設家族介護負担感尺度案55項目と家族介護者の基本属性・ストレッサーの一部を質問した。さらに、基準関連妥当性の検討のため全般的負担感を単項目で質問した。

分析は、まず、項目分析として施設家族介護負担感尺度項目案の分布を確認し、欠損値が多い、または回答に著しい偏りがある15項目を除外した。項目選択と因子的妥当性の確保のため、対象集団Aで探索・検証的因子分析を行い4因子を得た。多特性-尺度化分析および下位尺度間の相関係数の算出から弁別・収束的妥当性を、施設家族介護負担感尺度および下位尺度とNHHS、GHQ-12および全般的負担感との間の相関係数の算出から基準関連妥当性を検討した。さらに、Cronbach's αとItem-Total相関分析により信頼性を、対象集団Bの再テスト法から算出した各項目の回答の一致率、修正一致率、重み付きκ係数、および施設家族介護負担感尺度および下位尺度の級内相関係数から再現性を確認した。施設家族介護負担感尺度のストレス認知理論による理論的枠組みへの適合を確認し、施設家族介護負担感の関連要因を検討するため、構造方程式モデリングによるパス解析を行った。統計解析パッケージには、AMOS 6.0.1、R 2.4.1、SPSS Ver14 J for Windowsの3つを用いた。

【結果】

対象集団Aの家族介護者312名は、男性が39.1%、平均年齢は62.38歳であった。続柄は娘(31.7%)が多く、9割以上が結婚経験があり、教育歴は高等学校卒の人が37.5%であった。職業は無職・専業主婦の人が47.1%で、治療が必要な疾患がある人は36.9%であり、暮らし向きは良い人が7割強であった。対象集団Bの家族介護者69名は、女性が5割強、平均年齢は61.46歳、入居者との続柄は娘が60.9%であった。職業は無職・専業主婦の人が40.6%で、治療が必要な疾患を46.4%が持っていた。

探索的・検証的因子分析から、「職員との交流の負担」5項目、「拘束感」5項目、「入居者への負い目」3項目、「入居者の衰弱への悲しみ」3項目の4因子16項目を施設家族介護負担感尺度の項目として選択した。多特性-尺度化分析等から弁別的・収束的妥当性が、施設家族介護負担感および下位尺度とNHHS(r=0.220~0.459)、GHQ-12(r=0.186~0.458)、全般的負担感(r=0.267~0.526)の間の有意な相関から、基準関連妥当性が認められた。施設家族介護負担感と下位尺度のCronbach's αは0.767~0.866で、16項目の重み付きκ係数は各々0.374~0.739、施設家族介護負担感と下位尺度の級内相関係数は0.756~0.882であり、内的一貫性、再現性も認められた。

上記の312名のうち、257名を対象としたパス解析により、施設家族介護負担感の関連要因を探索した。適合度がもっとも高かった最終モデルから、家族介護者の年齢が若く(-0.21、p < 0.001)、家族からのソーシャルサポートを受けておらず(-0.20、p < 0.001)、在宅介護経験が多く(0.14、p < 0.01)、面会頻度が多い(0.21、p < 0.001)ほど、かつ、入居者の認知症の症状が重く(0.13、p < 0.05)、施設からの距離が遠く(0.22、p < 0.001)、施設生活への満足度が低い(-0.36、p < 0.001)ほど施設介護家族負担感が高いとの結果を得た。

【考察】

今回開発した施設家族介護負担感尺度は、わが国の特別養護老人ホームの家族介護者を対象とした本邦初の尺度であり、その新規性と有用性は高い。本尺度は、統計学的分析の結果、ある程度の妥当性・信頼性を有すると認められ、研究活動および実践活動に活用可能であると考えられる。また、本研究から得られた施設家族介護負担感の関連要因は、本邦の施設高齢者の家族介護者を対象とした実践活動への示唆を与えるものである。本尺度は、本邦における、施設の家族介護者を対象とした研究活動および実践活動の展開の上で礎となるものである。

IV.結語

本研究は、本邦において「施設家族介護」という新たな概念を提示した。本研究で得られた「施設家族介護」に関する概念枠組みと開発した「施設家族介護負担感尺度」は、施設の家族介護者に関する研究および実践活動におけるパラダイムシフトを生じさせる可能性もあり、その学術的価値は高い。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、特別養護老人ホームに入居している要介護高齢者の家族を対象として、家族が行っている介護の実態を質的研究手法により明らかにすること、施設入居高齢者の介護を継続している家族介護者の「施設家族介護負担感尺度」を開発すること、および、施設家族介護負担感に関連する要因を検討することの3点を主要な目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1.入居者の家族介護者のうち入居後も頻繁に面会を続ける者は、面会の中で、≪施設家族介護≫を実施することで特別養護老人ホームにおいても介護を継続していたことが示された。

2.家族介護者は、面会を通して入居者や施設職員と接する中で≪施設家族介護の中での否定的認識≫と≪施設家族介護の中での肯定的認識≫を経験していた。

3.家族介護者の≪施設家族介護≫および≪施設家族介護の中での否定的・肯定的認識≫のあり方は≪施設家族介護に影響する要因≫の影響を受け、個々の家族介護者・入居者によって異なると考えられた。

4.LazarusとFolkmanのストレス認知理論を基盤として、施設家族介護負担感尺度項目案を作成し、東京都A区と三重県B市の特別養護老人ホーム7施設(東京都3施設、三重県4施設)に入居する高齢者の家族介護者312名を対象とした分析から、「職員との交流の負担」、「拘束感」、「入居者への負い目」、「入居者の衰弱への悲しみ」の4因子16項目からなる施設家族介護負担感尺度を開発した。

5.統計学的分析の結果、本尺度には一定の妥当性・信頼性が認められ、本邦において使用可能な尺度であると考えられた。

6.構造方程式モデリングを用いたパス解析により、施設家族介護負担感尺度の関連要因を探索し、家族介護者の年齢が若く(-0.21、p < 0.001)、家族からのソーシャルサポートを受けておらず(-0.20、p < 0.001)、在宅介護経験が多く(0.14、p < 0.01)、面会頻度が多い(0.21、p < 0.001)ほど、かつ、入居者の認知症の症状が重く(0.13、p < 0.05)、施設からの距離が遠く(0.22、p < 0.001)、施設生活への満足度が低い(-0.36、p < 0.001)ほど施設介護家族負担感が高いとの結果を得た。

以上、本研究は、特別養護老人ホーム入居者の家族介護者の経験の詳細を質的データを用いて学術的に示すとともに、施設家族介護負担感尺度を開発しその関連要因を明らかにした。本研究は、わが国において、「施設家族介護」という新たな概念を提示し、「施設家族介護」により生じる負担感の測定を可能にした点で、学位の授与に値すると考えられる。

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