学位論文要旨



No 122959
著者(漢字) 新垣,円
著者(英字)
著者(カナ) アラガキ,マドカ
標題(和) ボランティア学習が高校生の自尊心・ソーシャルスキル・向社会的行動に与える短期影響:準実験的デザインによる評価
標題(洋)
報告番号 122959
報告番号 甲22959
学位授与日 2007.06.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2968号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 教授 衛藤,隆
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
 東京大学 准教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

研究の目的と意義

我が国の教育においては、ボランティア活動の「思いやりの育成」や「生きる力の形成」といった効果が期待され、学校内で推進させる試みが1990年代から盛んになった。しかし、ボランティア学習を行うことで期待される効果が得られるのかどうかについては研究の蓄積が不十分である。海外においては、米国のサービスラーニングについての研究が複数見られるが、我が国のボランティア学習とは目的及び手法が異なっており、海外の効果評価をそのまま適用することは難しく、我が国独自の効果評価が必須である。また、我が国のボランティア学習において、座学のみの場合と体験学習を行った場合の効果の違いを検討した研究は見られない。さらに、我が国において、体験活動の質の違いによる効果の違いを検討したものは見られない。

以上のような背景から、本研究は以下の3点を目的とした。

目的1.ボランティア学習を行っている研究校とボランティア学習を行っていない対照校とを比較し、ボランティア学習が高校生の自尊心、向社会的行動、ソーシャルスキルを高めることを検証する。

目的2.ボランティア学習を行っている研究校において、座学及び体験学習経験者と座学のみの生徒を比較し、体験学習が高校生の自尊心、向社会的行動、ソーシャルスキルを高めることを検証する。

目的3.ボランティア体験学習経験者において、体験学習の質が高いほど高校生の自尊心、向社会的行動、ソーシャルスキルを高めることを検証する。

本研究はボランティア学習が高校生の自尊心、向社会的行動、ソーシャルスキルに与える影響を我が国で初めて対照群を設置した縦断的な研究デザインにより検討する準実験的研究である。平成19年度から都立高校で奉仕学習が必修化されたことから、研究の緊急性は高く、社会的意義の高いものである。

調査対象と方法

奉仕活動パイロットスクールと研究グループに指定されている東京都立高校21校の中から、学校特性及び活動内容を考慮に入れて1年次にボランティア学習を導入しているA校、B校、C校の3校を選定し研究群とした。また、ボランティア学習を1年次に行っていない学校を1校選び(R校)、上記3校の中で学校特性の似ているA校の対照群とした。目的1.の対照群、研究群の比較にはA校とR校を、目的2.および目的3.においては研究群3校を合わせて用いた。4校の1年生全799人を対象に、2006年の1学期と半年後の2時点において、質問紙調査を実施した。分析はいずれも共分散分析を行い、独立変数として目的1.では学校を、目的2.では体験学習の有無を、目的3.では体験学習の質を用い、コントロール変数として性別、過去のボランティア学習経験の有無、過去の自主ボランティア参加の有無、調査期間中の部活参加の有無、アルバイト参加の有無、学校ストレス強度、家庭ストレス強度、友人ストレス強度、従属変数の1回目測定値を投入した。目的2.と目的3.においては学校もコントロール変数に含めた。従属変数には自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動の各変数の2回目測定値をそれぞれ用いた。

結果

調査対象者799人のうち、第1回目、第2回目調査それぞれの回収数は718(回収率89.9%)、661(回収率82.7%)であった。そのうち、1回目と2回目の両方に回答した600人を分析対象とした。

1.R校(対照校)に対するA校(研究校)の効果

R校に対するA校の効果を調べたところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに学校の効果は有意ではなかった(各p=0.678、p=0.629、p=0.130)。

2.体験学習未経験者に対する体験学習経験者の効果

体験学習の効果を検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに体験学習の効果は有意ではなかった(各p=0.532、p=0.522、p=0.288)。

3.体験の質による効果の違い

興味との合致度による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに興味との合致度の効果は有意ではなかった(各p=0.283、p=0.965、p=0.325)。参加の積極性による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに参加の積極性の効果は有意ではなかった(各p=0.439、p=0.151、p=0.141)。意義の理解度による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに意義の理解度の効果は有意ではなかった(各p=0.836、p=0.236、p=0.887)。体験満足度による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに体験満足度の効果は有意ではなかった(各p=0.589、p=0.323、p=0.373)。

考察

ボランティア学習が自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動に与える効果について学習前後2回の質問紙調査を行った結果、対照校に対して研究校の効果は見られなかった。ボランティア学習を行っている学校においては、体験学習の効果も見られず、体験の質が効果に与える影響も見られなかった。

効果が見られなかった理由として、第一に、学習の方法による影響が考えられる。まず、座学の学習内容の影響が考えられる。次に、体験学習の活動内容の影響が考えられる。また、体験学習の時間が関係している可能性が考えられる。今後、研究者が内容や時間を操作して設定できるような介入研究を行うことで最適な活動時間や活動内容が明らかになると考えられる。

体験満足度、興味との合致度、参加の積極性、意義の理解度による効果の違いを検討したところ、いずれも有意な効果は見られなかった。興味との合致度や参加の積極性が高くても効果が高くなかったのは、米国における先行研究と一致しなかった。米国においては、企画から生徒が関わることが推奨されており、日本のボランティア学習で想定されている積極性は米国のものよりも水準が低かった可能性が考えられる。また、振り返りの内容や時間が意義の理解度に影響すると指摘されており、今後、生徒の主観的な意義の理解度だけでなく、実際に行った反省の内容や反省のために費やした時間など客観的な指標を併用することでより正確に意義の理解度を把握することができると考えられる。

ボランティア学習の効果が見られなかった理由として、第二に、質問項目が適切ではなかった可能性が考えられる。自尊心については、米国の先行研究において全般的な自尊心が向上していなくても、ボランティアに関する自信の向上が見られたというものがあり、ボランティアに特定すれば向上が見られた可能性が考えられる。

向社会的行動については、実際の行動を質問したため効果が現れにくかった可能性が考えられる。先行研究では、米国において実際の行動ではなく生徒の内面の倫理的成長を検証したものが見られる。今後、内面の倫理的成長についての質問項目を加えることが必要である。また、米国においては向社会的行動の増加ではなく反社会的行動の減少に効果があったとする論文が見られ、今後、質問項目として検討する余地が残されている。

ボランティア学習の効果が見られなかった理由として、さらに、測定時期が影響した可能性が考えられる。ソーシャルスキルについては、第1回目測定時期が高校入学時であったため、学校生活への期待感の低下による得点低下の現象が起きた可能性が考えられる。

限界と今後の課題

本研究の限界の第一に、対照群の設定が不完全であった点が挙げられる。また、体験群、未体験群の比較においてセレクションバイアスを排除できなかった。我が国において介入研究を行う場合、クロスオーバーデザインにより時間差をつけて全員に介入する方法や、ボランティア学習の内容や時間を変えてその違いによる影響を検討するなど、生徒全員に何らかの方法で介入する研究が実現可能性が高いと考えられる。次に、都立高校の高校1年生のみを対象としたため、結果の一般化には注意を要する。今後、私立高校や他地域での調査を行うことや、他の学年や年代において検討する余地が残されている。また、調査期間の短さや、内容による効果の差の検討ができなかった点が挙げられる。さらに、交絡要因として、生徒の家庭の社会経済的要因を調整していなかったことが挙げられる。また、使用した尺度について信頼性が十分でなかったことが考えられる。今後の更なる検討事項として、自主的にボランティアに参加していた生徒について他の生徒と差があるかどうか分析することや、R校とA校の学校特性が結果に影響しているかどうか調べることが挙げられる。

結論

本研究は、ボランティア学習が自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動に与える効果について対照群を置いて縦断的に評価した我が国で最初の研究である。ボランティア学習を行っている研究群と対照群を比較し、高校生に与える効果を評価すること、体験の有無の効果を評価すること、ボランティア体験の質が効果に与える影響を評価することを目的とし、都立高校の1年生799人を対象に学習前後2回の質問紙調査を行った。その結果、対照校に対して研究校の効果は見られなかった。ボランティア学習を行っている学校においては、体験学習の効果も見られず、体験の質が効果に与える影響も見られなかった。ボランティア学習の効果が見られなかった理由として、学習方法の影響や調査項目、調査時期の問題が考えられた。今後、体験学習の最適な時間や内容に関して検討する必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ボランティア学習が自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動に与える効果について、対照群に対する研究群の効果を検証すること、体験の有無の効果を評価すること、ボランティア体験の質が効果に与える影響を評価することを目的とし、学習経験前と学習開始6ヶ月後に計測し検証した、縦断的デザインによる準実験的研究である。本研究では、下記の結果を得ている。

1.対照校に対する研究校の効果

対照校に対する研究校の効果を調べたところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに学校の効果は有意ではなく、対照校に対して研究校の効果は見られなかった。

2.体験学習未経験者に対する体験学習経験者の効果

体験学習の効果を検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに体験学習の効果は有意ではなく、体験学習未経験者に対する体験学習経験者の効果は見られなかった。

3.体験の質による効果の違い

興味との合致度による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに興味との合致度の効果は有意ではなかった。参加の積極性による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに参加の積極性の効果は有意ではなかった。意義の理解度による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに意義の理解度の効果は有意ではなかった。体験満足度による効果の違いを検討したところ、自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動ともに体験満足度の効果は有意ではなかった。よって、効果の質として設定した興味との合致度、参加の積極性、意義の理解度、体験満足度の高低はいずれも自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動の向上に寄与しなかった。

以上、本研究はこれまで実証的に評価されてこなかったボランティア学習について、我が国で初めて対照群を置いた縦断的な研究デザインにより、高校生の自尊心、ソーシャルスキル、向社会的行動に与える効果について評価したものである。その結果、対照校に対して研究校の効果が見られず、ボランティア学習を行っている学校においては、体験学習の効果も見られず、体験の質が効果に与える影響も見られないことを明らかにした。本研究は今後のボランティア学習のあり方に重要な示唆を与えると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク