学位論文要旨



No 122966
著者(漢字) 鈴木,仁研
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,トヨアキ
標題(和) 遠赤外線光伝導型検出器における放射線影響の研究と「あかり」による近傍銀河観測への応用
標題(洋) Investigation of radiation effects on far-infrared photoconductors and its application to AKARI observations of nearby galaxies
報告番号 122966
報告番号 甲22966
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5087号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山崎,典子
 東京大学 教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 准教授 佐々木,真人
 金沢大学大学院 教授 村上,敏夫
内容要旨 要旨を表示する

銀河毎に対するgas surface density と star formation rate (SFR) surface density との間には、ベキ乗則の相関を示すことが分かっている(K-Slaw)。そのべキNは、銀河サンプルによって1≦N≦2を示し、銀河スケールでの星形成の物理過程の違いを示唆しているのではないかと考えられている。しかし、こうした違いが銀河内においても見られるのか否かは、よく分かっていない。NGC5457(M101)は、 face-on銀河、大きなサイズ、発達した渦巻腕、そして4つのgiant HII 領域という特徴をもつため、銀河内のK-S lawを調べる研究において最適なターゲットである。また、渦巻銀河において、warm dust 成分のfar-infrared (far-IR) luminosity は、SFRの見積りに適している。それ故、cold・warm dust成分のfar-lR luminosityの寄与をそれぞれ分離し、各成分の空間分布を調べる必要がある。そのためには、赤外線天文衛星「あかり」による遠赤外線観測が必要不可欠である。本論文では、cold・warm dust成分の空間分布に基づいて、銀河内におけるK-Slawを調べ、NGC 5457 での星形成過程の物理的解釈を行う。

信頼性のあるcold・warm dust 成分の空間分布を得るためには、検出器に対する軌道上での放射線影響に対する補正処理が必要不可欠である。そこで、地上でのプロトン照射試験に加え、軌道上での「あかり」の放射線環境による遠赤外線Ge:Ga検出器(FIS-SW,LW)への放射線影響を調べた。検出器出力信号には、多数のスパイク(glitches)が確認され、tailを伴うプロファイル(glitchafter-effect)も存在した。FIS-SW,LW 検出器への放射線 hitting によるgIitchesは、観測データに2つの深刻な影響を引き起こす。一つは、exponential tail を有するglitchafter-effect、もう一つは、South Atlantic Anomaly (SAA) 域内の高いradiation influxによる検出器感度の変化である。得られた放射線影響の基礎データに基づいて、補正方法を構築し、Performance Veriflcation (PV)phaseで取得した5つの近傍銀河観測データに適用した。得られた全ての測光バンドの遠赤外線画像は、独立した観測間で再現性のある結果を得ており、放射線影響に対する補正が効果的に行われていることを確認した。

「あかり」による4つの測光バンドで得たNGC 5457の遠赤外線画像は、渦巻腕やHll 領域、銀河中心のbar構造を示した。また、銀河全体のspectral energy distribution (SED)から、warm dust(55 K) 成分に加えて、 cold dust (18K) 成分の存在があることが分かった。 Cold dust の空間分布は、比較的、銀河中心に集中し、銀河全体に広く分布する(図1)。一方、warm dust の空間分布は、銀河外縁部の4つのbright spots や銀河中心付近のCO分布に似たbar-like featureに存在した(図2)。4つbright spotsは、giant Hll 領域に空間的に一致し、そこでのstar formation efficiencyは、銀河中心などの他の領域に比べて有意に高く、天の川銀河にある最も活発なgiant Hll領域の一つであるW49Aよりも高いことが分かった。こうした場所では活発な星形成が行われており、特に、lRAS衛星やISO衛星での観測でははっきりと見られなかったbar-1ikefeatureでは、分子雲で満たされたbar全体で星形成が行われているという様子を示唆している。天の川銀河とは異なり、NGC5457は、銀河外縁部に非常に活発な星形成領域を有するpeculiar normal spiral galaxyである。

こうしたNGC5457の特異な星形成活動の物理的背景を調べるために、giant Hll領域,それらが存在するouterarmsと、lnner armsの3つの領域でgas surface densityとstellar surface densityとの関係を調べた。その結果、両関係はべキ乗則の相関を示し、Nは、inner arms (N=2)と giant Hll領域・outer arms (N=1) 間で有意な差があることを明らかにした。この違いは、星形成の物理過程の違いを反映していると思われる。lnner arms領域では、NGC5457 が発達した渦巻腕を持つことを考えると、N=2は、spiral density waveによる cloud-cloud collisionによって星形成が起きていると解釈できる。一方、giant Hll領域・outer armsでは、N=1は重力不安定と関係付けられる。特に、giant Hll領域では、high velocity gas infall によるParker不安定によって星形成が行われていると思われる。今日まで、活発な星形成を起こしているgiant Hll領域の形成をトリガーとする可能性としてhigh velocity gas infaI1説が有力視されてきた。本観測結果は、初めてこの説を観測的に支持するものである。また、K-SLaw の研究において、銀河内のK-SLawのベキが必ずしも同じではないという発見は、星形成の物理過程だけでなく、K-SLawのべキを一定として扱ってきた銀河の化学・光度進化モデルにも新たな知見を与えるものである。

図1.NGC5457のcold dust空間分布。

銀河中心に多く集中し、銀河全体に分布している。

図2.NGC5457のwarm dust空間分布。

銀河中心付近のbar構造とdiskの周囲にある4つのbright spots(giant HII regions)に集中している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなり、1章ではこの論文の目的と構成、2章で銀河の進化と星形成活動に関する広範なレビューが述べられている。3章では本論文で解析に用いた「あかり」衛星の検出器の特徴、4章では「あかり」検出器の地上での陽子ビームを用いた放射線起源のバックグランドについて評価、与章では軌道上での放射線起源と考えられるバックグラウンドとそれを除去するための手法が詳細に検討される。6章ではNGC5457という近傍銀河の観測とその結果が調べられ、7章ではその結果をもちいて銀河全体の赤外線画像、スペクトルから星形成領域の特徴を明らかにし、星形成活動とガスの量について定量的な議論を行なっている。8章では結論が述べられる。

星形成活動が何によって誘起されるのかは銀河進化にとって重要な問題である。銀河中のガスの表面密度と星形成率を銀河ごとに調べると、べきにしてN=1~2の相関があり、.Kennicutt-Schmidt 則(K-S則)として知られている。この理由については、ガスの密度のゆらぎの重力的不安定性ならば1乗、ガス雲同士の衝突ならば2乗、などが提唱されている。本論文では、銀河単位ではなく、銀河の中の星形成領域ごとの詳細な観測を目的とし、距離7.4Mpcという近傍にある渦巻き銀河NGC5457(MlO1)の観測を行なっている。

2006年に打ち上げられた赤外線衛星「あかり」搭載の遠赤外線検出器FISは、50~180μmの遠赤外線領域で4バンドの検出器を持ち、空間分解能は40-60秒角程度である。これはNGC5457では1-2kpc程度に相当する。

FIS検出器は基本的にはGe半導体であるが、軌道上で宇宙線等の入射があると、グリッチと呼ばれるスパイク状の誤信号が生じたり、応答が変化することが予想された。本論文では打ち上げ以前に100MeVの陽子ビームを検出器に照射し、グリッチ波形、頻度、照射後の減衰特性を調べている。また応答の変化がブレークダウン電圧以上のバイアスを短時間かけることで回復することを検証した。軌道上でも、このような現象は観測され、応答の回復を行なった。グリッチの減衰は典型的に数秒であり、8秒角/秒でスキャンを行なう本観測では画像に偽信号を作る。本論文ではグリッチを信号から除去し、ゆっくりとした応答変化を補正するアルゴリズムを決定し、画像についてはSpitzer衛星と、フラックス強度についてはISO衛星と比較、較正を行なった。NGC5457の観測では、まず銀河全体の赤外線放射が冷たい(18+4K)ガス起源と,暖かい(55+9-22K)ガス起源の2成分で表されることを示した。ガスと遠赤外線光度との比から、NGC5457全体の星形成率は通常銀河と同程度である。「あかり」の撮像能力により、各バンドごとの画像を詳細に得ることができる。冷たい成分は銀河中心に集中が見られるがほぼ全面に広がっており、ダスト・ガス量の指標と考えられる。一方暖かいガスは銀河中心付近と渦状腕にスポット状に存在し、温度のばらつきも大きく、巨大HII領域に空間的に一致するものもあり、重い星からの紫外光がダストを加熱している活発な星形成領域を示しているものと考えられる。このようにして「あかり」の4バンド測光によりNGC5457内の24領域についてガスと星の表面密度を求めK-S則を検証した。その結果内部渦状腕ではN=2,外部渦状腕および巨大HII領域ではN=1と一致することを示した。これは渦巻き銀河の腕を形成する密度波によって穏やかに星形成がおき、外部渦状腕ではガスの降着によって重力不安定性が誘起されHII領域のような活発な星形成を起こすという、一っの銀河内でも星形成の誘因が異なっていることを示唆する。

この結果はK-s則に対する新たな観測的知見であり、今後これらの議論を他の銀河に適用し、星形成の誘因を広く調べる道を拓いた。

なお、本論文は金田英宏、巻内慎一郎、中川貴雄、岡田陽子、土井靖生、芝井広、川田光伸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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