学位論文要旨



No 122984
著者(漢字) 林,永哲
著者(英字)
著者(カナ) イム,ヨンチョル
標題(和) 完全非破壊手法による鉄筋腐食の評価に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 122984
報告番号 甲22984
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6601号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

1999年6月に起きた新幹線のトンネル覆工コンクリートの剥落事故のように高度成長時期に多量に建設されたコンクリート構造物は高齢化,老巧化して,近い将来補修・補強や解体の時期を迎えるものが増えることは避けられない.このようなコンクリート構造物に対し,適切な維持管理により建物の長寿命化を図るためには,耐久性に影響を与える損傷を早期に発見し,軽微な劣化段階で対策を講じることが必要であり,鉄筋コンクリート構造物に発生する様々な劣化現象に対応する非破壊的診断技術が社会的に求められている.

一方,コンクリート構造物の耐久性問題において最も深刻な劣化現象である鉄筋の腐食は,目視で確認することが難しく,コンクリート内部で進行している腐食劣化であると言える.このようなコンクリート構造物の腐食劣化診断技術としては,自然電位法や分極抵抗法などの,鉄筋の電気化学的性質の変化を特定し,腐食の有無を調査する方法が開発されているが,その診断結果の精度についてはいまだ十分なものではない.さらに,部分的にかぶりコンクリートをはつるなどの処置や,測定装置と測定対象である鋼材を結線する必要があり,それによる2次劣化も避けられない問題である.

上記のような劣化の再誘発の可能性が高い診断方法では,構造物の安全を求めて行う検査の真の役割が失われ,維持管理に関する社会の認識に混乱を生じさせる恐れがあるので,躯体に損傷を与えず,完全非破壊手法により劣化を評価できる診断技術開発は,構造物の健全な維持管理を行うために,現在社会的な重要性が高まっている.

コンクリート構造物の劣化診断技術の開発は,どのような劣化機構によりコンクリート表面に劣化現象が現れるのかを探ることが診断手法開発の出発点である.その現象を踏まえた上で,非破壊試験は測定技術の完成後,使用する装置の簡便さ,実構造物への適用性,測定精度,測定および解析にかかるコストなどが求められ,技術開発が進められている.

非破壊試験機による測定の原理は,均質な物質中にある不均質な部分の探索であり,不連続部の検索である.しかし,均質と不均質の対比が明確でない鉄筋コンクリートは,非破壊試験機にとって相性がよい材料とは言い難い.

現在,様々な非破壊試験法がコンクリート構造物に適用されているが,診断分野において飛躍的に発展しつつある試験方法もあれば,適用において問題点の残る試験方法も多数ある.その中でもコンクリート構造物における鋼材の腐食は,完全非破壊検査方法の視点からみると,まだ明確な解決手法が提案されていない代表的劣化現象である.その理由としては,既存の診断技術開発の考え方をそのまま適用することで測定ツールを探るスタンスと,腐食診断研究に関わる研究者の減少が挙げられる.さらに診断技術に関する情報共有における混乱なども一つの原因として指摘されている.したがって,このような諸問題を解決し腐食診断技術を進歩させるためには,まず技術開発段階での新たな方向からのアプローチが提案される必要がある.

上記の社会的要望に応えるために本論文では,鉄筋コンクリート構造物に生じる腐食劣化を,かぶりコンクリートをはつることなく完全非破壊手法で判断できる診断技術の開発を最終目的とし,特に以下の項目を明らかにすることを目的にしている.

[1] 完全非破壊手法によるコンクリート表面での診断における鉄筋位置特定の可能性についての検討

[2] 完全非破壊手法による腐食劣化度評価の等価回路の想定

[3] 鉄筋真上でのコンクリートの比抵抗推定モデルの構築

[4] 完全非破壊手法による分極抵抗算出の可能性を試み,想定等価回路と比抵抗モデルからなる腐食劣化度評価手法の提案

[5] 本手法における測定方法のマニュアル作成

本論文での主な研究内容は以下のようにまとめられる.腐食劣化診断技術の開発という本論文の特徴上,鉄筋コンクリート構造物の腐食診断に対し,完全非破壊手法により現場で精度の高い測定を達成するため,診断の全体的システム構築に関する基礎的研究を行った.まず,診断上,想定される等価回路モデルを改めて提案し,腐食評価における判断基盤を構築した.また,鉄筋真上のコンクリート比抵抗および測定上の測定範囲・電極間隔を推定するためのコンクリート比抵抗推定モデルを提案し,完全非破壊手法による腐食評価の精度確保についての検討を行った.それにより腐食度の指標として分極抵抗を等価回路に,比抵抗モデルによるコンクリートの最適比抵抗を補完することによって算出を試みた.

本論文は,全6章で構成され,各章の概要および主な内容を下記のようにまとめる.

第1章では,完全非破壊手法による腐食検査技術開発の社会的要望および技術開発における重要性について,研究の背景,目的,位置づけおよび範囲,論文の構成を示した.

第2章では,本研究に関連する既往の研究および診断方法について,主に電気化学的診断方法を中心とし,診断技術開発という観点に沿い,理論的概念を中心にまとめた.まず,腐食メカニズムから,既存腐食評価方法の鉄筋コンクリート構造物への適用の考え方,実用化においての問題点,また本研究の主な概念となる比抵抗法について概説した.

第3章では,コンクリート躯体を破壊せず,完全非破壊手法による腐食診断を行うために欠かせない鉄筋位置の特定について実験的検討を行った.

躯体内部のある位置に埋設されている鉄筋に対する腐食劣化の非破壊診断には,まず鉄筋位置の確定が腐食度判断の前に行われ,これによりさらに精度の高い劣化度を推定することが可能となる.しかし,鉄筋の位置を推定するには,判断の根拠のひとつとして建設時の設計計算書や設計図が残っていれば,時間・経済的損失を低減させることもできるが,建築年数がかなり経った建物では実際の図面からの位置推定は難しく,なおかつ施工不良の場合も数多いと考えられる.鉄筋かぶり・径探査に関する超音波法,電磁波レーダ法などは,それらを高精度に判定できるようにまでなってきている.しかし,診断を行う現場の状況により,内部探査が困難な場合があり,その補完方法が必要となる場合がある.上記の内部探査法との併用を念頭に置き,本手法による鉄筋の位置特定に関する実験的検討を行い,鉄筋の位置およびかぶり・径による比抵抗の変化について実験的考察を行い,本手法の非破壊的腐食診断への適用可能性を実証することを目的とする.

その結果,比抵抗法による鉄筋位置探査において,良好な反応を表したかぶり厚さの影響に対しては,今後設計図に基づいて検査を行うことを前提にする場合,かぶりコンクリートの施工不良及び独自での腐食度評価を簡易に検査できると考えられる.

第4章では完全非破壊手法による腐食劣化評価手法の開発に向け,コンクリート表面から構造物の躯体を破壊せず,腐食診断・評価を行うための理論的モデル構築について論じている.

まず,コンクリート表面測定による腐食評価に対し,等価回路を想定し,腐食の測定および評価に関するツールを構築した.コンクリート表面から測定を行う際に形成される電気的等価回路の構成について,各素子(抵抗及び電気二重層)の組み合わせから本手法による診断時間の短縮および腐食度を表す分極抵抗算出の考え方などについて理論的考察と,実験的検証を行い,従来の電気化学的手法に対する本手法の利点について論じた.

次に,比抵抗モデルを構築し,コンクリート表面から直接鉄筋の腐食度を診断する際に,考慮すべきコンクリートの比抵抗推定について検討を行い,鉄筋が真下に存在する場合,提案した比抵抗モデルからコンクリート内部の全体的比抵抗を等価した最適コンクリート比抵抗を求めることが可能となった.これは鉄筋の影響がない箇所でのコンクリートの比抵抗とよく合っていることが実験的に検証された.また,本手法による測定範囲及び電極間隔などの検討も行い,本手法よる腐食診断の基準を今後提案することができると期待される.4章では,最も重要な分極抵抗算出を両モデルからなる手順で試み,完全非破壊手法による腐食劣化評価の可能性を示した.

第5章では,本研究から得られた結果に従い,完全非破壊手法による腐食劣化評価のマニュアルを作成し,今後本手法の現場への適用可能性について論じる.現場適用には電源の安定した供給及び隣接する鉄筋の影響などを含めて考慮すべきだが,本論文においては,本手法の根本的な考え方を中心にまとめる.

第6章では,本論文における総括の結論として論文の全体的なまとめを述べる.また,本手法の腐食度診断・評価においてさらに考慮しておくべき今後の研究課題について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

林永哲氏から提出された「完全非破壊手法による鉄筋腐食の評価に関する基礎的研究」は、鉄筋コンクリート構造物の最も典型的でかつ最も構造物の性能に影響を与える劣化現象である鉄筋腐食に対して、コンクリートを傷つけることなくコンクリートの表面から鉄筋の腐食状態を完全非破壊的に評価する手法を開発したものである。本論文では、第一に鉄筋の位置、かぶり厚さおよび直径をコンクリートの表面から把握し、続いて同一の装置を用いて鉄筋の腐食状態を評価できる一連の評価手法を開発している。手法の開発に際しては、コンクリートおよび鉄筋の比抵抗を推定できるモデルを提案するとともに、コンクリート、鉄筋および腐食部からなる電気等価回路を適切に設定し、鉄筋腐食状態の指標となる分極抵抗を算出することを可能としている。

本論文は6章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、範囲、構成などが的確に述べられている。

第2章では、鉄筋腐食に対する電気化学的診断方法に関する既往の研究に関して、網羅的にレビューがなされており、診断技術の開発という観点に沿って理論的概念が要領よく纏められているとともに、既往の診断方法の鉄筋コンクリート構造物への適用の考え方および実用化に際しての問題点が指摘されている。

第3章では、鉄筋腐食状態の評価に先だって必要となる鉄筋の位置・かぶり厚さ・直径に関する情報を電気化学的に評価する手法を開発するための実験が行われている。実験の結果、鉄筋の位置およびかぶり厚さは比抵抗法によって評価可能であることを明らかにしている。しかしながら、鉄筋径に関しては、かぶり厚さおよび電極間隔をパラメータとした更なる実験的検討が必要であるとしている。

第4章では、コンクリート表面からの測定系に対する電気等価回路が適切に構築されており、診断時間の短縮および鉄筋腐食の定量評価につながる鉄筋の分極抵抗を算出するための理論的考察が行われている。また、理論的な比抵抗推定モデルが構築された上で、鉄筋の分極抵抗を算出する上で必要となるコンクリートの比抵抗を鉄筋の影響を受けることなく推定できる手法が提案されており、その推定値の妥当性について検証がなされている。以上の結果を踏まえて、構築した電気等価回路に基づき、鉄筋の腐食状態を変化させた鉄筋コンクリート試験体に対して、電極をWenner配置として印加交流電流の周波数を変化させて、腐食鉄筋の分極抵抗をコンクリートの表面から完全非破壊的に測定するための実験を実施し、本手法により分極抵抗値を適切に推定可能であることを確かめている。加えて、本手法で評価された鉄筋の分極抵抗値が100Ω以下である場合には、鉄筋が既に腐食している可能性が高いという実用的な結論が得られている。さらに、本手法の精度および実用性の向上に向けての今後の課題が適切に纏められている。

第5章では、第3章および第4章により得られた結果に基づいて、Wenner電極配置による比抵抗測定によってコンクリート中の鉄筋の腐食状態を完全非破壊的に評価するためのマニュアルが作成されている。本マニュアルは、実用上非常に有意義な成果であると評価される。

第6章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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