学位論文要旨



No 122992
著者(漢字) 鄭,新源
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,シンウォン
標題(和) 加齢による明るさ知覚の変化特性に関する研究 : 姿勢が及ぼす影響に注目して
標題(洋)
報告番号 122992
報告番号 甲22992
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6609号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 客員助教授 前,真之
 東京大学 准教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

建築空間における光環境の知覚は、人間の視覚系と、姿勢の変化や光源の位置など他の要因が複合的に作用し合って知覚特性が変化している。したがって、加齢による光環境知覚の変化も視覚系機能の衰退とともにこれらの要因の複合的な影響について検討する必要があると考えられる。

本研究では、その中でも、人間が建築空間内で多様な姿勢で生活していて、なお、加齢によりそのパターンが変化することに注目した。それで、姿勢の変化とそれによる光源と人間との相対的変化の相互影響を明らかにし、さらに、その特性が加齢によってどのように変化するのかについて検討することを研究の目的としている。

具体的には、実際の建築空間で測定したデータから姿勢による視野内光環境の変化を考察し、その要素を取り入れて実験を行い、各要素の知覚特性を座位と臥位で検討した。そして、その結果に基づいて高齢者を対象に実験を行い、若年者と高齢者との変化特性を比較し、加齢による変化について検討を行った。

論文は、全体6章で構成され、第1章は、序論として研究背景、研究目的、研究構成、研究の位置づけで構成した。

第2章では、建築空間内の明るさ知覚に影響を及ぼす要素について、既往研究および文献による考察を行った。さらに、この研究の基礎となる、姿勢による視知覚特性の変化、そして、加齢による身体や視知覚能力の変化などについても考察した。

第3章では、第2章で考察した要因が明るさ知覚に及ぼす影響を検討する基礎実験を姿勢別に行った。

第4章では、第3章で検討された、明るさ知覚への影響が有効な要因を実験に取り入れた上で、若年者と高齢者の比較実験を行い、加齢による変化を考察した。

第5章では、以上の実験の結果を分析し、検討された要因に対する知覚特性を含む、加齢による変化特性を、論文の結果として導出した。

そして、第6章を終章として論文をまとめた。

では、本研究の結果について実験の結果をもとに述べる。

第3章では、実空間で行った光環境測定により、姿勢により視野内の光源位置と輝度レベルが変化することがわかった。そして、その変化要因における明るさ知覚特性を検討する基礎実験を行った。

この実験により、中心視と周辺視ともに光源位置により明るさ知覚に変化が生じ、即ち、視野上方の光源を最も暗く知覚し、視野下方の光源を最も明るく知覚することが明らかになった。なお、光源位置による知覚特性は、周辺視の方で強く見られた。

輝度レベルにおいても中心視と周辺視は同じ傾向の結果を見せ、レベルHで光源を最も暗く、レベルMで光源を最も明るく知覚した。特に、レベルHで光源を暗く知覚する特性は中心視の方で強く見られた。

この結果に基づいて、第4章では、姿勢別条件や方法も揃えた上で、「姿勢」、「注視条件」、「光源位置」、「輝度レベル」を要因と取り入れ、加齢による明るさ知覚の変化特性を検討するための実験を行った。

その結果、若年者は、視野内光源位置により比較光源の明るさ知覚に差が生じる特性があり、それが姿勢によって変化することもあることが明らかになった。即ち、座位で視野下方からの比較光源を最も明るく知覚した特性が、臥位では表れなかった。

注視条件は中心視より周辺視の方が比較光源を明るく知覚する特性が表れ、この特性は比較光源の位置、輝度レベル、姿勢と関係なく同じ傾向であった。

輝度レベルにおいても明るさ知覚特性に差が生じ、レベルHで比較光源を最も暗く知覚し、レベルMで比較光源を最も明るく知覚する傾向が、臥位より座位で大きくなることが明らかになった。

高齢者実験では、視野内光源位置により明るさ知覚に差が生じる特性は、姿勢によって変化することが明らかになった。即ち、最も明るく知覚する比較光源の位置が姿勢により異なり、座位では視野下方、臥位では視野側方であった。

注視条件によっても、視野内光源位置により明るさ知覚特性が変化することが明らかになった。即ち、周辺視で視野下方からの比較光源を最も明るく知覚する特性が、中心視では表れなかった。

輝度レベルにおいては、レベルLで比較光源を最も暗く知覚し、レベルMで比較光源を最も明るく知覚する特性が表れた。この特性は姿勢、比較光源の位置、注視条件と関係なく同じ傾向であった。

第5章では、第4章の若年者と高齢者の結果を比較検討した。その結果、座位では、光源位置において、視野側方で若年者と高齢者の差が最も大きく、高齢者が同じ明るさを得るためには若年者より1.15~1.21倍の明るさを必要とする結果となった。なお、視野下方では特に70代が光源を暗く知覚する傾向をみせ、若年者より約1.16倍の明るさを必要とする結果となった。

輝度レベルにおいては、レベルLで若年者と高齢者の差が最も大きく、高齢者が同じ明るさを得るためには若年者より1.25~1.30倍の明るさを必要とする結果となった。なお、レベルMでは特に70代が光源を暗く知覚する傾向が現れ、若年者より約1.19倍の明るさを必要とする結果となった。

臥位において、光源位置では、70代が視野下方と視野側方で若年者と差をみせ、視野下方では約1.12倍、視野側方では約1.06倍の明るさを必要とする結果となった。

輝度レベルにおいては、座位と同じくレベルLで最も若年者と差をみせ、高齢者は若年者より1.14~1.18倍の明るさを必要とする結果となった。なお、レベルMでは特に70代が若年者と差をみせ、約1.10倍の明るさを必要とする結果となった。なお、この臥位における結果は、ほぼ座位と同じ傾向をみせたが、若年者と高齢者の差が座位よりは小さくなっている特性をみせた。

注視条件においても、若年者と高齢者は明るさ知覚に差をみせた。中心視において、光源位置は、若年者と高齢者は大きな差をみせ、70代が視野上方で約0.92倍の明るさで若年者と同じ明るさに知覚する結果だけが大きな特性であった。

輝度レベルにおいては、姿勢での特性と同じくレベルLで高齢者が最も暗く知覚した結果であったが、姿勢での場合よりその差は小さかった。なお、レベルHでは0.88~0.89倍の明るさで若年者と同じ明るさに知覚する結果となった。

周辺視においては、すべての要因で高齢者が若年者より光源を暗く知覚する特性が表れた。なお、その特性は60代より70代でより顕著に表れた。

光源位置においては、60代は、若年者より、視野下方で約1.10倍、視野上方と視野側方で1.16~1.17倍の明るさを必要とした。70代は、視野上方が約1.22倍、視野下方が約1.28倍、視野側方が約1.30倍の明るさを必要とする結果となった。

輝度レベルにおいては、他の要因と同じくレベルLで最も光源を暗く知覚する特性をみせ、高齢者が若年者と同じ明るさを得るためには1.39~1.43倍の明るさを必要とする結果となった。なお、70代はレベルMでは約1.29倍の明るさを必要とする結果をみせ、周辺視は、本研究の要因の中で最も光源を暗く知覚する特性をみせた。

以上の研究結果に基づいて、今後は、本研究で取り入れなかった要因についてもより詳しく検討を行い、光環境計画に応用できるデータとして蓄積させていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

高齢者にとって光環境は多くの役割があり今後の多様な居住の要求の中で高齢者の特性に対する対応が重要であるとの認識のもと,本論文では,高齢者の身体機能の衰えにより行動や生活パターンが変化することに注目し,人間の位置変化の要因としての姿勢が光環境にもたらす物理的変化を考察すること,その各要因に対する明るさ知覚特性を若年者と高齢者を対象とした実験により検討すること,若年者と高齢者の明るさ知覚特性を比較考察すること,そしてその結果から,加齢による明るさ知覚変化に対応した光環境計画への応用を提案することなどを目的として研究を行っている。

まず第1章では序論,第2章では関連先行研究について考察している。

第3章では,姿勢による視野内光環境の変化及び明るさ知覚への影響について検討するため,実際の建築空間で測定した光環境データに基づいて,実験の要因を取り組み,視野内光源に対する明るさ知覚の注視条件別特性を座位で検討し,さらに姿勢による明るさ知覚変化を検討するため,臥位でも実験を行い,1)視野内光源位置,輝度レベル,注視条件により,建築空間内の光源に対する明るさ知覚が変化する。2)座位と臥位で明るさ知覚特性が変化する可能性がある。ことなどを明らかにしている。

第4章では,第3章で得られた結果に基づいて,実験要因,方法,被験者設定を行い,若年者と高齢者を対象とした実験を行い,若年者について,1)視野内光源位置により比較光源の明るさ知覚に差が生じる特性は,姿勢によって変化する,即ち座位で視野下方からの比較光源を最も明るく知覚した特性が,臥位では表れない。2)注視条件は中心視より周辺視の方が比較光源を明るく知覚する特性が表れ,この特性は比較光源の位置,輝度レベル,姿勢と関係なく同じ傾向である。3)輝度レベルにより比較光源の明るさ知覚特性に差が生じ,レベルHで比較光源を最も暗く知覚し,レベルMで比較光源を最も明るく知覚する傾向が現れ,この特性は臥位より座位で大きくなる。ことなどを明らかにしている。一方高齢者については,1)視野内光源位置により明るさ知覚に差が生じる特性は姿勢によって変化する,即ち最も明るく知覚する比較光源の位置が姿勢により異なり,座位では視野下方,臥位では視野側方である。2)注視条件によっても,視野内光源位置により明るさ知覚特性が変化すること,即ち周辺視で視野下方からの比較光源を最も明るく知覚する特性が,中心視では表れない。3)輝度レベルにおいては,レベルLで比較光源を最も暗く知覚し,レベルMで比較光源を最も明るく知覚し,なおこの特性は姿勢,比較光源の位置,注視条件と関係なく同じ傾向である。ことなどを明らかにしている。

第5章では,第4章での結果を比較することにより,若年者と高齢者の明るさ知覚特性として考察し,さらにその差に基づいて,高齢者が若年者と同じ明るさを得るための必要輝度について検討を行っている。1)姿勢においては,高齢者が若年者よりすべての光源位置に対して暗く知覚するが,光源位置間の明るさ知覚は若年者と同じ傾向の特性をみせる。2)注視条件においては,中心視より周辺視を明るく知覚した若年者の特性とは異なり,高齢者は中心視と周辺視の明るさ知覚特性に差がみられないが,光源位置間の明るさ知覚特性の傾向は若年者と同じである。3)輝度レベルにおいて,高齢者はレベルLで光源を最も暗く知覚し,この特性は姿勢や注視条件と関係なく見られる。ことなどを明らかにしている。この結果に基づいて,高齢者が若年者と同じ明るさを得るために必要な輝度を倍数で計算し,1)座位の光源位置において,視野側方が最も必要輝度が高くなり,本実験では約1.21倍の輝度が必要である。2)輝度レベルにおいて,レベルLとレベルMでは若年者より高齢者の方が光源を暗く知覚し,特にレベルLは,座位では約1.25倍,臥位では約1.15倍の輝度が必要である。3)輝度レベルHでは,高齢者が若年者より光源を明るく知覚し,若年者と同じ明るさを得るためには輝度を低くする必要であり,この特性は座位,臥位,中心視で同じ傾向である。4)中心視においては,全体的に高齢者と若年者の間に明るさ知覚に大きな差はない。5)周辺視は,高齢者と若年者間の明るさ知覚の差が他の要因と比べても最も大きく,すべての光源位置で高齢者は若年者より必要輝度が高く,特に70代と60代の間にも差があり,70代の方がより高い輝度を必要とする。6)周辺視において,レベルLはもっとも必要輝度が高く,本実験では約1.40倍の輝度を必要とする。などの結果を導いている。

最後に第6章では,結論として,論文のまとめ,研究結果の応用提案及び今後の課題について述べている。

以上本論文では,まず姿勢,視野内光源位置,輝度レベル,光源の注視方法により明るさ知覚に差が生じるという基本的条件を明らかした上で,若年者と高齢者の各要因別結果の比較により加齢による変化特性を検討し,比較結果に基づいて高齢者が若年者と同じ明るさを得るための必要輝度という知見を導出している。これは,高齢者を対象とした今後の照明計画にとって重要な意義があると考えられる。さらに研究の総括としてこれらの成果をもとに,多灯照明設計あるいは足元灯,廊下灯,階段灯などの夜間照明の設置位置や明るさ設定など,光環境計画への応用を具体的適用例として提案しており,総じて本論文の工学に対する寄与は大きいといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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