学位論文要旨



No 122993
著者(漢字) 黄,泰然
著者(英字)
著者(カナ) ファン,テヨン
標題(和) 都市空間における圧迫感及び開放性に関する研究 : 可視空間量を考慮した評価指標について
標題(洋)
報告番号 122993
報告番号 甲22993
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6610号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 客員助教授 前,真之
 東京大学 准教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

現代の都市空間は、容積率の緩和などによって建築物の高層化・巨大化が進行され、日本国内でも100mを超過するビルが500棟に上っている。緩和措置は、都市空間の有効利用や産業集積等の便益がある反面、建設された高層建築物から受ける圧迫感のような視覚的な不快感や、眺望障害、プライバシーの侵害など、周辺環境に悪影響を及ぼし得る。

都市空間における圧迫感についてはこれまで多くの研究がなされてきたが、中でも武井らによってなされた研究が重要な知見とされている。武井らは、一棟及び建築群から受ける圧迫感の計測に関する研究で、圧迫感に対応する最も説明力のある物理指標として形態率を採用し、圧迫感の許容値及び受忍限度値を算定したが、人が対峙している建築物単体との関係に着目して研究がなされたので、周辺建築物の影響に対する考慮が十分とはいえない。人が視知覚の過程によって事物を認知するとき、明暗、形と大きさ、色など一般的な物理的特性が周りの環境に応じて相対的な物理量に知覚されているという松田の研究結果のように、都市空間の評価についても周辺建築物の影響を考慮するべきことは当然である。この様な観点でなされた研究には、日吉らによる周辺建築物の影響を考慮して大規模建築物から受ける圧迫感と許容限界値に関する研究がある。ただ、周辺環境になっているそれぞれの周辺建築物と視点との関係について重みを与えておらず、周辺環境要素を形態率の合計のみで処理するという立ち並んでいる建築物の間の建築物単体を対象とした研究であるため、多棟の建物を群として充分に考慮した空間評価にはなっていない。

また圧迫感に関するこれまでの一連の研究では、観測者が評価対象建築物を眺めている視線方向がいずれも建物の正面に対峙して評価を行なっているが、都市空間において建築物から受ける圧迫感が必ずその様な状況でのみ発生するわけではなく、建築物と対面する視線の方向及び角度の差が圧迫感に影響を与えることは考えられる。無論、視線方向と角度が変わることによって対象建物の形態率も変わるが、その変量も比例的に変化するとは考えられない。実験装置についても殆どの研究で全景映写装置を用いて画像評価実験を行っているが、これらの装置はある一定以上の仰角について呈示できないため高層建築物に対する検討が十分とは言えない。

圧迫感に対応する物理量としては、形態率・立体角率・天空率・建物の見かけの面積・建物からの距離・建物壁面の色・テクスチャ-・樹木量などが考えられる。その中で、武井らを始めとした殆どの研究が形態率を圧迫感に対応する最も説明力が高い物理指標として認めている。形態率は立体角率に高さの重み付けがされた物理指標であるが、形態率という一つの物理指標のみで様々な環境変数により構成されている高層化・巨大化された3次元的な都市空間の状況を合理的に説明できるのかは疑問である。

したかって、本研究は、都市空間の圧迫感および開放感の評価における画像評価が現場での評価に対してどの程度説明力があるかを把握し、現場評価と画像評価との対応関係を検討することにより、画像実験の妥当性を証明する。また、一棟建物および多棟の建物群の評価における圧迫感・開放感に対応する物理指標に関して検討し、それらとの関係式を求めることにより、最も圧迫感・開放感に対応している説明力のある物理指標を明らかにする。次に、建物の見かけや建物と対置した視線の向き、特定の建物、道路幅員、街路軸の方向などが圧迫感および開放感に及ぼす影響を明らかにすることより、可視空間量という評価指標に重みをつけるべき変数を把握する。最後に、一棟及び多棟の建物群を対象として都市空間の圧迫感・開放感の評価について両方とも説明力の高い物理指標と評価方法を提案する。

以下に本論文の構成について述べる。

第1章では、本研究の背景として、現代都市の法的規制の緩和などによって建築物の高層化・巨大化が進行され、それにより惹き起こされる視覚的な不快感について述べる。このような都市空間の不快感に対する評価感覚とは、圧迫感が代表的である。従来の既往研究では、人が対峙している建築物単体との関係に着目して研究がなされたので、 周辺建築物の影響に対する考慮が十分とはいえない。都市空間の評価についても周辺建築物の影響を考慮するべきことは当然であり、その影響について明らかにしなければならない。なお、周辺環境になっているそれぞれの周辺建築物と視点との関係について重みを与えておらず、周辺環境要素を形態率の合計のみで処理するという立ち並んでいる建築物の間の建築物単体を対象とした研究であるため、多棟の建物を群として充分に考慮した空間評価の必要性を示した。

第2章から第7章までは大きく2つに分けて研究を進む。第2章から第4章では一棟建物を対象として評価し、第5章から第7章では多棟の建物群を対象とする評価を行なう。

第2章では、都市空間の圧迫感および開放感の評価における画像評価が現場での評価に対してどの程度説明力があるかを把握し、現場評価と画像評価との対応関係を検討することにより、一棟建物の評価における画像実験の妥当性を証明する。そのため、東京大学本郷キャンパス内の4棟の建物(本部棟、医学部2号館、医学部新館、文学部3号館) 計20地点を評価対象と選定し、圧迫感および開放感と関連性があると認められた15個の評価項目(圧迫感9項目、開放感6項目)を決定し、現場実験と3種類の実験(現場評価実験、写真評価実験、CG評価実験)を行なう。画像評価実験の実験装置については、都市景観評価におけるその有效性が認められた傾斜投映装置と、全視野が覆われ周辺視効果が得られるため都市空間評価に有用に使われる半球ドーム型スクリーン(PVRS)を採用する。

第3章では、一棟建物の評価における圧迫感及び開放感に対応する物理指標に関して検討を通じて関係式を求め、最も説明力のある物理指標を明らかにするため、1棟を対象とする現場実験と画像実験を行なう。建物外観のプロポーションが圧迫感・開放感に及ぼす影響を検討するため、横長の建物から縦長の建物まで水準幅を持たせて評価対象と選定する。評価地点は、形態率が 2、4、8、16、32%を基準として考え、建物からの距離が異なる計20地点にする。評価方法は各評価建物に対峙した状態で設問紙に回答することとし、SD法を用いて評価する。

第4章では、第2章から第3章まで検討した結果の上で、一棟建物と関連性がある変数を変えながら様々な変数のパターンに対する空間評価実験を画像実験で行なう。さらに、特定建物の高さや街路幅員など建築法に係る物理的な要素も考えている。評価対象地は高層・中層・低層の建物が存在している三軒茶屋の住宅地とする。呈示画像は、GPSデータを読み込むことで簡単に3D映像ができるプログラムを開発して作成する(国土交通省国土技術政策総合研究所と共同研究)。

第5章では、多棟の建物群を対象とする圧迫感および開放感の評価における画像実験の有効性を明らかにする。評価対象は、街路に沿って高層、超高層建物が立ち並んでいる東京丸ノ内地区の仲通800mを研究の範囲に限定し、地域の特性をよく見せている代表的な建物と、高さおよび規模のバリエーションを考慮して選定する。評価項目は、第2章の現場評価実験に用いた15個の評価項目に都市空間の開放感の評価によく使われている形容詞2対を加えて計17個の評価項目に対して実験を行なう。各評価地点において立つ向きを指定され、その場で体の向きを変えることなく、見えている範囲の景観に対して評価を行なう。

第6章では、 多棟の建物群の評価における圧迫感及び開放感に対応する物理指標に関して検討を通じて関係式を求め、最も説明力のある物理指標を明らかにするため、多棟の建物群を対象とする現場実験と画像実験を行なう。評価対象は前章の同様な評価地点を採用し、設問紙によるSD法評価を実施する。

第7章では、第5章から第6章まで検討した結果の上で、建物群と空間全体の評価に影響を及ぼす変数を変えながら、画像による実験室での統制実験を行なう。周辺建物の状況や視線方向、道路幅員などをパラメータとし、第4章の同様な三軒茶屋の住宅地を研究の対象とする。呈示画像は静止画面以下、空間評価が可能な360°見回し映像を呈示する。

第8章「結論」では、第2章から第7章まで得られたすべての知見をまとめ、都市空間の圧迫感・開放感の評価について両方とも説明力の高い物理指標と評価方法を提案する。

以下に本研究で得られた結果をまとめる。

(1) 画像による現場評価の再現性

(1) 1棟建物を対象とする評価

現場実験と画像実験が同様な評価構造を示しており、本章の結果と既往研究の結果がほぼ一致することが分かった。また、現場実験と画像実験における距離に伴う圧迫感及び開放感と距離との関連性については、建物からの距離が近くなる地点では現場より画像の方が大きく感じているが、現場と画像のグラフの傾向はほぼ一致することが分かれる。しかし、画像ではPilotisのような建物の構造形式の影響は反映されないことが分かった。圧迫感および開放感に対する各実験間の相関は、全評価項目で高い相関を見られることが分かった。特に、「圧迫感がある」の項目の相関係数は0.85-0.93で、「開放感」の項目の相関係数は0.91-0.93と非常に高くなっている。

以上の結果から、一棟建物を対象とする評価における視覚的な圧迫感及び開放感の評価は、画像評価を行なうことで現場評価の傾向を十分に説明できることが明らかにした。しかし、画像の水平視野角が狭いため、至近距離での評価値は差が広がっている。より正確な評価のためには呈示装置に関する検討も必要であることも分かった。

(2) 多棟の建物群を対象とする評価

現場実験と画像実験が同様な評価構造を示しており、本章の結果と既往研究の結果がほぼ一致することが分かった。また、現場と画像間の相関については、圧迫感評価が0.78、開放感評価が0.81であった。いずれも異なる被験者群による現場評価と画像評価ということを考えると、今回用いたような丸の内地区の街区における建物群からの圧迫感と開放感に関しては、30°傾斜型リアスクリーンによるCG画像評価が有効であると考えて良いと思われる。しかし、画像の解像度や色彩などについては改良の余地が大きく、提示装置の改善は今後の課題である。次に、広い水平視野角が特性である120?Screenと、4000(lm)プロジェクターの新しい呈示装置を用いて再実験を行なった結果、前回の実験より「圧迫感」と「開放感」の全評価項目で相関が高くなっている。

以上の結果から、多棟の建物群を対象とする評価における画像実験の妥当性を明らかにした。

(2) 物理指標との対応

(1) 1棟建物を対象とする評価

形態率の対数値と圧迫感・不満感として対応関係を検討した結果、形態率との対応は比較的良好であり、これは武井らの既往文献と一致した結果である。また、立体角率の対数値と圧迫感の単純平均値との対応関係を検討した結果では、ほぼ形態率と同じような傾向を示しているが、形態率に比べては良くなかった。この結果から、圧迫感の説明力は立体角率よりも形態率の対応が良かった。一棟建物の評価における圧迫感及び開放感に対応する物理指標は、形態率と天空率が最も説明力のある物理指標である。しかし、より高精度に圧迫感を予測するためには、アスペクト比の考慮が必要であることが分かった。なお、開放感については天空率の以外、他の物理指標が結果に影響を及ぼしていると判断される。

(2) 多棟の建物群を対象とする評価

多棟の建物群に対応する物理指標を検討した結果、1つの指標で十分に説明できる物理指標はなかったが、既存の指標の中では形態率の説明力が高かった。また、視線方向によって圧迫感の差があったが、その決定係数はかなり低くなった。一方、開放感の場合は、視線向きとは有意差が見えなかった。

その結果より、多棟の建物群を評価するためには視線の方向性を考慮し、本研究の目的である可視空間量の考慮して評価をするときも、見回し空間量と見通し空間量に対する選択的な考慮が必要ではないかと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

規制緩和などによって建物の高層化・巨大化が進み,圧迫感などそれに伴う視覚的な不快感が現代の都市問題としてクローズアップされてきたが,従来の圧迫感の説明指標は,視点と建物単体との関係に着目したもので,多棟の建物を群として考慮した空間評価には対応できないなどの問題があった。そこで本研究では,都市空間の圧迫感及び開放感に対して,このような問題点を解消しかつ説明力のある物理指標を導出することを目的として,一棟建物および多棟の建物群の現場評価実験と画像評価実験を通じ,可視空間量と称する指標の提案を行っている。

第1章では,本研究の背景について述べている。

第2章では,東京大学本郷キャンパス内の建物を評価対象とした現場評価実験,写真評価実験,CG評価実験を行ない,都市空間の圧迫感及び開放感の評価において,画像評価が現場評価に対してどの程度説明力があるのかを把握し,現場評価と画像評価との対応関係を検討することにより,一棟建物の評価における画像実験の有効性を検証している。

第3章では,一棟建物の評価における圧迫感及び開放感に対応する物理指標に関する検討を通じて関係式を求め,説明力のある物理指標を明らかにするために,第2章の実験のデータを分析・検討している。そして一棟建物の評価における圧迫感及び開放感に対応する物理指標は,形態率と天空率の説明力が高いことを示し,より高精度に圧迫感を予測するためには,アスペクト比の考慮が必要であることを導いている。

第4章では,東京丸ノ内地区を評価対象とした傾斜投映装置による画像評価実験を行い,多棟の建物群を対象とする圧迫感および開放感の評価における画像実験の有効性を検証している。

第5章では,多棟の建物群の評価における圧迫感及び開放感に対応する物理指標に関する検討を通じて関係式を求め,説明力のある物理指標を明らかにするために,第4章の実験のデータを分析・検討している。そして多棟の建物群に対応する物理指標を検討した結果,既存の指標の中では形態率の説明力が高かったものの,一つの指標で十分に説明できる物理指標はなかったことなどを示している。

第6章では,都市空間の圧迫感及び開放感の評価において,住民を想定した「居住者グループ」と一般者を想定した「非居住者グループ」に分け,「単体建物のみから受ける圧迫感」,「視線方向の建物群から受ける圧迫感」,「視線方向の場所で感じる開放感」,「空間全体から受ける圧迫感」,「空間全体で感じる開放感」という状況に対し,説明可能な物理指標の導出のため,画像評価実験を行なっている。また空間内の物理量を指標化した総称としての可視空間量という概念を導入し,可視空間量における物理指標と圧迫感・開放感の相関関係を検討している。

圧迫感及び開放感の評価において,従来まで対応する物理指標として想定され用いられていた形態率や天空率の場合,本実験の結果においても良い対応を見せたものの,都市空間の圧迫感及び開放感の評価において想定し得るいずれの状況の場合でも,総じて本研究により提案した可視空間量の物理指標に比べて相関が低いことを明らかにしている。また単体建物のみから受ける圧迫感において,形態率とアスペクト比による回帰式の説明力が高いものの,1次結合された形式では物理量との対応が必ずしも明快ではなく,この問題を踏まえ,都市空間の圧迫感及び開放感の評価するための物理指標としては,従来の形態率や天空率よりも,今回提案した可視空間量の物理指標の有用性が高いと判断している。

可視空間量の候補として提案された物理指標の中では,総じて「Σ{立体角×距離}」の対説明力が高く,「Σ{立体角×距離^2}」と「Σ{立体角×距離^3}」はそれに準ずるものとなっている。ただいずれも高い数値でありその差は僅差であること,また「Σ{立体角×距離^3}」は,対象空間の容積に対応しており,都市空間のコントロールという観点からの明確性・制御性が高いと判断できること,などから,本研究の範囲では,都市空間の圧迫感及び開放感を評価するための可視空間量の物理指標として,「Σ{立体角×距離^3}」を提案するとしている。一方天空までの限界距離(可視空間量算出のための天空部分の打切り距離)に関する検討を行い,既往研究の結果などとも概ね合致するため,200m~500m程度が妥当であるとしている。さらにこの打切りの問題を今後の課題として位置づけている。

第7章では,結論としてすべての知見をまとめている。

このように,画像評価実験の有効性を十分検討した上で実験を遂行したこと,従来この領域で用いられてきた形態率の問題点を解消し,それに代わる有力な説明指標として可視空間量を提案したこと,その結果として空間容積という極めて常識的な指標に対応する「Σ{立体角×距離^3}」という物理量の妥当性を実証したことの意義は,今後の都市空間の規制を考える上でも極めて多大であると考えられ,総じて本論文の工学に対する寄与は大きいといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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