学位論文要旨



No 122995
著者(漢字) 馮,欣
著者(英字)
著者(カナ) ヒョウ,シン
標題(和) 高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理における微生物群集解析とジシクロヘキシルアミン分解細菌の解析と分離
標題(洋)
報告番号 122995
報告番号 甲22995
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6612号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 准教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 栗栖,太
 日本大学 教授 矢木,修身
内容要旨 要旨を表示する

水溶性切削油剤とは、自動車工場などの金属加工工程に使われている潤滑油の一種である。日本国内において年間約5万トンの水溶性切削油剤の原液が使用されている(1997年度)。水溶性切削油剤の原液は30~50倍に希釈されてから使用されるため、年間150~250万トンの水溶性切削油剤希釈液が使われている計算となり、その大部分は廃液として処理されている。水溶性切削油廃液従来の処理法として、焼却、エマルジョン破壊、凝集沈殿、生物処理及びUF膜が挙げられる。しかし、水溶性切削油廃液は含油廃水であるために、生物処理では低負荷で処理しなければならず、処理費用が高い。さらに水溶性切削油廃液に含まれている界面活性剤、錆止め剤と防腐剤などは活性汚泥中の微生物活性を阻害し、難分解性物質が分解されず放流先の水系に悪影響を及ぼす恐れがある。したがって、より良い処理法の開発が望まれている。

高温接触酸化法とは高温好気条件下で好熱性細菌より有機物を分解する処理システムである。好気好熱性細菌の有機物分解速度および自己分解速度が速いことから、汚泥の発生量が少ない。また廃液を固体担体に吸収させ処理を行うため、廃液と酸素の接触面積が大きくなり、十分な酸素供給が保証できる。また高温好気条件下で、水分が水蒸気となり系外に排出されるため、処理水も出ない。さらに高温処理であるため、病原菌を死滅させることも可能である。

水溶性切削油廃液処理への高温接触酸化法の適用に関する研究(馮ら,2004)を行った結果、処理が可能であることが判明した。本研究ではさらに高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理における微生物群集解析を行い、処理能力と微生物群集の関連性について検討した。また水溶性切削油廃液処理の問題点の一つは難分解性物質の処理であるため、本研究では水溶性切削油廃液に含まれている難分解性物質ジシクロヘキシルアミン(DCHA)に注目し、DCHAの分解細菌の解析と分離を行った。

第4章では高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理の処理能力を調べると同時に、微生物群集解析を行い、処理能力と微生物群集の関連性について考察した。高温接触酸化法により水溶性切削油廃液の処理実験を行った結果、廃液油分の6~7割を除去することができた。廃液各成分の減少率を調べた結果、同定できた7成分の内にDCHAを除いた他の6成分であるドデカン二酸、パルミチン酸、リノール酸、オレイン酸、ステアリン酸とp-t-ブチル安息香酸の減少率は運転期間が長くなるにつれてほぼ100%に達した。DCHAに関しては運転期間が長くなるに従って、減少率が上昇したとはいえ、最大80%であった。DCHAの除去は他の成分より明らかに悪かった。また水溶性切削油廃液を投入し始める前に、易分解性有機物を投入して6日間通気(Warm-up運転)を行なった場合、運転開始直後から高い油分減少率を達成することができた。

PCR-DGGE法により微生物群集構造を解析した結果、運転期間中に優占種の入れ替わりが見られた。Warm-up運転が行なわれた場合、実験初期においてはコンポストと酵母エキスを分解する微生物が優占的にリアクターに存在していたと思われる。運転開始後、微生物群集は徐々に廃液処理に適する菌相に変化したと考えられた。

リアクター運転開始28日後と60日後のサンプルを用いてCloning-Sequencingを行った結果、28日後のサンプルから95クローン、60日後のサンプルから94クローンが得られた。得られたクローンについて相同性検索を行なった結果、28日後のサンプルから得られた95クローン中54%がBacillus属の近縁種であった。一方、60日後のサンプルから得られた94クローン中72%がBacillus属の近縁種であった。またBacillus属細菌以外に、今まで高温接触酸化法による廃棄物・廃水処理の研究例で報告されたことがないCohnella属、Tuberibacillus属細菌などもリアクター内に存在していた。各サンプルのクローンにおいて99%以上の相同性をもつものを一つのOTU(Operational Taxonomic Unit)とみなし、28日後から15個のOTU、60日後から21個のOTUが得られた。28日後のサンプルから最も検出される頻度が高かったOTU28-3(48%)はBacillus thermozeamaizeの近縁種であった。60日後のサンプルから得られたOTU 60-6は最も検出頻度が高く(43%)、Bacillus thermoamylovoransの近縁種であった。

第5章では水溶性切削油廃液中に含まれている難分解性物質DCHAに注目し、高濃度DCHAの水溶性切削油廃液とDCHA水溶液をそれぞれ作成し実験に用いた。高濃度DCHA廃液の添加による他成分の処理効率の変化は見られなかった。また高濃度DCHAの水溶性切削油廃液を添加したリアクターにおいても、DCHA水溶液を添加したリアクターにおいても、DCHAの減少率は元の水溶性切削油廃液を添加したリアクターとほぼ変わらなかった。

ただし、高濃度DCHAの水溶性切削油廃液を添加したリアクターと元の水溶性切削油廃液を添加したリアクター、また高濃度DCHAの水溶性切削油廃液を添加したリアクターとDCHA水溶液を添加したリアクターのPCR-DGGE結果を比較すると、DCHAの減少率が変わらなかったにもかかわらず、バンドパターンには違いが見られた。このことから高濃度と低濃度の場合、優占的にDCHAの除去に関わる微生物が異なる可能性が示唆された。高濃度DCHAの除去に関わっている可能性のある細菌としてBacillus polygonumi とBacillus sp. BGSC W9A92の近縁種が挙げられた。

第6章では本実験系のサンプルを用いてDCHA分解細菌の分離を試みた。普通寒天培地と、第4章で作成したクローンライブラリーを参考に選定したTuberibacillus calidusとGeobacillus caldoxylosilyticusの培養に適する培地を用いて、11菌株を分離することができた。シーケンシングによりそれぞれの配列を決定した。11菌株は系統上ではBacillus属またはGeobacillus属の近縁種であった。

分離できた菌株についてさらにDCHAの分解能力を調べた結果、CYC12、2SG53、2SG54と2SG56株の4株はDCHA分解能力を持っていた。培養を行った結果、DCHAの分解能力が最も高かったのは2SG53株であり、14日間で添加したDCHAの71%が分解された。14日後のODを調べた結果、ODが高い菌株のDCHA分解率も高かった。

DCHAの分解能力を持っている4菌株を同定するため、16SrDNAの全長配列を調べた。2SG53株はGeobacillus kaue strain BGSC W9A78の近縁種(相同性98%)であった。2SG56株はGeobacillus thermodenitrificans NG80-2との相同性は100%であった。2SG54とCYC12両株の相同性は99%であり、両方ともBacillus smithiiの近縁種(相同性99%)であった。

本研究では高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理における微生物群集解析を行なった結果、処理に関わっている細菌は主にBacillus属かその近縁種であった。廃液中の難分解性物質DCHAの濃度変化に対する微生物応答を調べた結果、高濃度と低濃度の場合、優占的にDCHA分解に関わる微生物が異なることが示唆された。DCHA分解細菌を4株分離することができた。16SrDNAの全長配列を調べた結果、4菌株はそれぞれGeobacillus kaue strain BGSC W9A78、Geobacillus thermodenitrificans NG80-2及びBacillus smithiiの近縁種であった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、「高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理における微生物群集解析とジシクロヘキシルアミン分解細菌の解析と分離」と題して、7つの章から論文を構成している。

第1章では、研究の背景と目的、および論文の構成を述べている。

第2章では、水溶性切削油剤の成分組成や切削油廃液処理の現状に関連した既存の研究について詳細に整理している。また、好熱性細菌の特性、高濃度有機廃液などに適用事例のある高温接触酸化法の特徴やその処理特性に関する文献整理を行っている。

第3章では、水溶性切削油廃液の組成分析結果を示すとともに、廃液に含まれる成分のうち難分解性物質であるジシクロヘキシルアミン(DCHA)の特性を整理している。また、木片を担体とした高温接触酸化処理実験における化学分析方法と微生物解析手法を説明している。そして、高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理の処理能力を調べる基礎実験を行い、廃液の微生物分解の確認とともに処理効率に影響する含水率の適正範囲を調べる実験を行い、木片150gに対して2日1回の20ml廃液添加条件や最適含水率50%の調整方法など運転管理条件の設定を行っている。

第4章では、高温接触酸化リアクターを長期運転し、ウォームアップ運転の効果、油分減少率の増加過程における微生物群集解析を行った結果を示している。まず、廃液油分の6~7割を分解除去できること、GC-MSにより定量分析可能な10成分のち、カルボン酸類とp-t-ブチル安息香酸の減少率がほぼ100%であること、DCHAは運転期間が長くなるにつれ減少率が上昇するものの80%程度に留まり他の成分より除去が明らかに悪いことなどを明らかにしている。

また、PCR-DGGE法による微生物群集解析結果から、実験開始8日間以上経つとバンドパターンは実験開始前と大きく変わり、p-t-ブチル安息香酸またはDCHAの減少率増加に対応して強度を増しているバンドを見出している。またリアクターから回収した木片サンプルを用いてCloning-Sequencingを行い、配列の相同性検索を行った結果、得られたクローンのほとんどは多くの好気性有胞子細菌が属しているBacillales目のBacillus属やGeobacillus.属に分類されること、PCR-DGGE結果と照合したところ、7クローンがCloning用試料のバンド位置と一致したことを報告している。

第5章では、第4章の水溶性切削油廃液を添加したリアクターIと比較するために、DCHAを高濃度にした水溶性切削油廃液を添加する実験を行った結果を示している。両実験のPCR-DGGE結果を比較した結果、DCHAの減少率に大きな違いがないにも関わらず、バンドパターンが違っていたことを明らかにしている。このことから、水溶性切削油廃液中のDCHA濃度が高い時と低い時にDCHA分解を担う微生物が異なる可能性を指摘している。さらに、高濃度条件下でDCHA分解に関わっている細菌を反映している想定される二つのバンド見出した上、それらがBacillus polygonumi とBacillus sp. BGSC W9A92の近縁種であることを示している。また、DCHA水溶液のみを添加したリアクターでのPCR-DGGE結果から、運転期間が長くなるにつれ明らかに優占化していた特定のバンドを見出している。

第6章では、DCHA分解細菌の分離と分離した菌株によるDCHAの分解能力について調べた結果をまとめている。分離用試料としてDCHA水溶液のみを添加したリアクターの木片サンプルを用いている。培養には第4章のCloning-Sequencing結果に基づいて、リアクター内に存在している細菌の培養に適した培地3種類(CYC Medium,Yeast Extract Medium,2 ×SG Medium)、一般細菌の培養に使われているNutrient agarと無機塩MM培地に水溶性切削油廃液1%を加えたMMM培地を作成し、あわせて5種類の培地を用いている。60℃にて平板培養を行った結果、CYC Medium,2 ×SG Medium,Nutrient agarから全部で11株を分離している。これらの11株の近縁種はBacillus属かGeobacillus属かのどちらかに属していることを明らかにしている。DCHAの分解実験を行った結果、11株中4株が試験管での液体培養条件にてDCHAを分解する能力を持っていることを確認している。4株中最も分解能力が高かったのは2SG53株であり、Geobacillus kaue strainBGSC W9A78の近縁種であったこと、DCHA濃度100mg/Lの2×SG Medium培養液を14日間のDCHAの減少率は71%であったことを報告している。

第7章では、上記の研究成果から導かれる結論と今後の課題や展望が述べられている。

以上の成果では、高温接触酸化法による水溶性切削油廃液処理における微生物群集解析を行い、処理能力と微生物群集の関連性について検討している。特に、水溶性切削油廃液処理の問題点の一つである難分解性物質ジシクロヘキシルアミン(DCHA)に注目し、培養と分子生物学的手法を組み合わせてDCHAの分解細菌の解析と分離を行った。これらの知見は、従来の生物処理方法では困難であった水溶性切削油廃液処理の効率化に役立つだけでなく、難分解性物質であるDCHAの分解細菌に関して非常に有用なデータや知見を提供しており、都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである。

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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