学位論文要旨



No 122996
著者(漢字) 長岩,明弘
著者(英字)
著者(カナ) ナガイワ,アキヒロ
標題(和) オンライン流量・負荷量予測モデルの開発と浸水防除と合流改善のための下水道施設運転手法の研究
標題(洋)
報告番号 122996
報告番号 甲22996
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6613号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 准教授 荒巻,俊也
 東京大学 准教授 中島,典之
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

都市域の下水道において,雨天時の浸水の防除は重要な役割の一つである。国土交通省では新たに都市型水害に対するマニュアルを作成し,総合的な浸水対策の推進を提言している。さらに国内の都市域に多く採用されている合流式下水道では,近年のお台場へのオイルボールの漂着をきっかけとして,下水道システムから雨天時に汚水の一部が未処理のまま公共用水域に越流すること(CSO:Combined Sewer Overflow)に伴う汚濁現象への住民の認識が高まり,合流式下水道の改善や雨天時汚濁対策が全国で進められている。このように雨天時の合流式下水道では,降雨の変化に対応した雨水の排除とともに越流負荷量の削減が必要であり,計測と制御の技術による適切な施設の運転管理が求められている。

これに対して降雨や管路内の水位などの計測値を用いて雨水排水ポンプや滞水池などの貯留施設を運用するオンライン運転制御は,浸水防除と合流改善ができる技術である。例えば,流量や汚濁負荷量の予測値を示すことができれば,ポンプ場の運転員は現在の運転を確認したり,あるいは,いくつかの運転シナリオの中から浸水の危険を冒さずに越流負荷量を削減できるような運転を選択するといった形で施設を運転することができる。そこで本研究では,下水道ネットワーク内の重要なポイントにおける流量や負荷量を計測された情報を使ってオンラインに予測(10~30分程度)して,雨水排水や貯留など複数ある運転の選択肢の中から,直面する状況に応じて適切に浸水回避と排出負荷量削減ができる施設運転手法を研究する。

本来下水道ネットワーク内の流量や負荷量の解析は,実際に計測されたデータを使って行うことが一般的である。しかし雨天時の流量や負荷量の予測モデルの構築や検証することに十分な計測データを得ることは難しい。そこで本研究では分布型モデルを用いて通年の連続シミュレーション結果を得て,その結果を仮想的な代替計測値として使用する。このため,分布型モデルのパラメータのキャリブレーションと検定を行った。

パラメータのキャリブレーションでは,負荷量解析において,地表面,および管路内の負荷堆積と降雨による負荷流出を考慮した一年間を通した連続シミュレーションにより,これまでのパラメータは流出負荷量が多くなる問題点を指摘し,新たに地表面堆積モデルの増加係数と管路内堆積・浸食モデルの比重によるパラメータキャリブレーションを提案した。そして実際に計測された負荷量データとの検証を行って,求めたパラメータの妥当性を示した。また一年間を通したシミュレーションにより,分布型モデルの負荷量解析の計算誤差が数%以内であることを示した。

流出解析では,降雨強度,降雨量が異なる様々な雨に対して,計測値と代替計測値の流量の二乗誤差平均平方が最大流量の10%以下であることを確認した。

さらに分布型モデルの計算精度を検証するために,通年のシミュレーションに対して流出解析と負荷量解析のマスバランスを計算した。この結果,流出割合として0.4程度,負荷量のマスバランスとして数%の誤差であり,信頼できる計算結果と評価した。以上により,分布型モデルによるシミュレーション結果が代替計測値として利用できることを示した。

オンライン流量予測モデルに関して,雨が強いときのみならず越流が発生するタイミングとなる降り始めなどにも精度よく,越流負荷制御にも活用できるオンライン予測モデルを構築するために,システム同定手法による単純な線形モデルに,流出解析に基づいた知見である初期損失や浸透能を入力に加味した予測モデルを提案した。

そこで,まず同定データに強い雨のときのデータを追加することで,流量予測精度を改善できることを確認した。また入力を降雨強度から初期損失や浸透能を考慮した有効降雨に換えることで,越流が発生してから滞水池貯留量程度までの流量が少ないときの予測精度も改善できることが検証した。以上のことより,提案する流量予測モデルは,貯留施設運用による越流負荷削減にも適用可能であると考える。

またオンライン負荷量予測モデルに関しては,汚濁負荷の流出解析に基づいて,オンラインの時系列負荷量データを用いたシステム同定モデルによる負荷量予測の可能性について,代替計測値を用いて検討し,予測誤算を評価した。

そこで,吐け口における汚濁負荷量は,時系列の計測データを用いたAR(Auto Regressive)モデルで予測できた。しかし負荷量が急激に変動するときには,1タイムステップの予測遅れが見られた。

この1タイムステップの遅れをなくすために,先見情報として上流管路の負荷量の時系列データを入力として追加したARX(Auto Regressive eXogenous)モデルを提案した。そしてこの上流管路の情報は,吐け口の負荷量予測の有用な情報になることが確認できた。またARXモデル開発にとって,有用な先見情報となる上流管路の選択は重要である。この選択手順として,相関解析だけでなく,最上流端からの管路内汚濁負荷の累加堆積量や流下時間の解析が有効であることを示した。

下水道施設の運転において,大雨の時に浸水させないことは,必須の条件である。これに対して合流改善(排出負荷量の削減)は,二次的な目標となっているのが現状である。このような浸水防除と合流改善のための運転には,次のような状況判断が必要となる。

1) 浸水する危険性は非常に低く,合流改善対策が重視できる

2) 浸水する危険性は低く,合流改善対策も検討できる

3) 浸水する危険性があり,合流改善対策には限界がある

4) 浸水する危険性が高く,合流改善対策は中止しなければならない

本研究では,浸水防除と合流改善を効果的に達成するために,これらの状況が判断できる運転指標と運転手法を提案した。

現在の状況を定量化する運転指標においても,浸水防除に対する指標が合流改善に対する指標より重要性と緊急性を持つことになる。これに対して提案した浸水回避余裕率は,今後の降雨や運転によって状況が時々どう変わるかを表す一つの指標として,状況判断に有用な情報になるものである。

また合流改善の評価指標に用いられている負荷削減率は,一降雨イベント単位や一年間の運転に対する評価指標である。このため現時刻までに対しての負荷削減率は,合流改善効果を必ずしも十分でない。しかし定められた合流改善目標と比較して現在どういう状況にあるかが示されるこの負荷削減率は,合流改善対策を続けるかどうかの運転選択の補助情報として有用な情報になるものと考えられる。

最後に,これら浸水回避余裕率と負荷量削減率の指標を用いた運転方法を,仮定した下水道ネットワークと施設で模擬して,浸水防除と合流改善の視点から評価した。その結果,これらの指標が下水道施設のオンライン運転に活用できる可能性があることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、「オンライン流量・負荷量予測モデルの開発と浸水防除と合流改善のための下水道施設運転手法の研究」と題して、7つの章から論文を構成している。

第1章では、研究の背景と目的、および論文の構成を述べている。

第2章では、合流式下水道排水区における施設運転や制御に関する国内外のリアルタイムコントロールの研究事例、オンライン流量や汚濁負荷量の予測手法について詳細に整理している。

第3章では、実際の合流式下水道排水区(排水面積168.7ha、計画処理人口14600人、管路数934本)を対象にして、地表面および管路内の堆積物負荷流出を考慮した分布型モデルによる連続シミュレーションを通年で行い、そのうちの数降雨の雨天時観測データが再現できるようなパラメータの検定を行っている。このパラメータに基づいた流出量解析では、降雨強度、降雨量が異なる数降雨について、計測値と計算値の流量の二乗誤差平均平方が最大流量の10%以下になることを確認している。また、SSに関する汚濁負荷量解析では、地表面堆積モデルの増加係数を1.85kg/ha/day、地表面堆積物および下水由来の粒子状物質の比重を1.4とすることで、再現性のある計算結果が得られることを示している。これらの結果は、複数の降雨データを用いて検定を十分に行った分布型モデルのシミュレーション結果を、オンライン予測モデルの開発における代替計測値として利用できることを示唆している。

第4章では、オンライン流量予測モデルを構築するために、モデルの同定が容易で、迅速な計算が可能なシステム同定手法(線形モデル)の適用を試みている。様々な降雨条件でパラメータ検定された分布型モデルによる流量計算結果を代替計測値として追加し、降雨入力情報に初期損失や浸透能を加味することで、流量予測精度が著しく改善されることを示している。本章で提案された流量予測モデルは、雨水貯留施設運用や越流負荷削減対策に対して、十分な精度を有した流量予測データを提供できることを示唆している。

第5章では、合流改善のためのオンライン負荷量予測モデルの構築を行っている。越流地点(吐け口)における汚濁負荷量は、時系列の計測データを用いたAR(Auto Regressive)モデルで予測可能なものの、ファーストフラッシュ現象のように負荷量が急激に変動する場合には、1タイムステップの予測遅れが見られることを明らかにしている。この遅れの問題を解決するために、先見情報として上流管路の負荷量の時系列データを追加入力するARX(Auto Regressive eXogenous)モデルを提案している。有用な先見情報となる上流管路の選択にあたっては、分布型モデルによる雨天時汚濁流出解析結果をもとに、予測地点と上流管路地点の間の負荷量の相関解析に加えて、最上流端からの管路内汚濁負荷の累加堆積量や流下時間の解析が有効であることを示している。

第6章では、浸水防除と合流改善を効果的に達成するためのトレードオフ運転手法の開発を行っている。具体的には、浸水対策用の雨水貯留施設を合流改善にも活用する場合を想定し、評価指標の提案と運転手法を検討した結果を示している。貯留施設の残留分を示す浸水回避余裕率や合流改善を示す総流入負荷量に対する負荷削減率といった指標を採用することで、トレードオフの状況下において、貯留施設の運転管理者の意思決定を支援するオンライン情報と予測情報を提示し、実際の運転手法の例を示している。現段階では、模擬的な下水道ネットワークと貯留施設を仮定して、30分先までの予測をしながらトレードオフ運転手法を評価し、初歩的なリアルタイムコンとロール手法の適用可能性を検討している。しかし、浸水リスクと合流改善の評価指標が改良され、降雨予測精度が向上することで、より実務者に有用な下水道施設のオンライン運転手法の開発につながる可能性を指摘している。

第7章では、上記の研究成果から導かれる結論と今後の課題や展望が述べられている。

以上の成果では、降雨、流量や負荷量などの時系列データを入力とした高速計算可能な簡易なモデル構築手法を提案して、合流式下水道排水区における流量・汚濁負荷量のオンライン予測(10~30分程度)の適用可能性について考察を行っている。時々刻々と変化する状況下において、浸水回避と排出負荷量削減につながる施設運転手法の選択方法を議論したことは、今後のリアルタイムコントロール手法の開発に役立つだけでなく、降雨予測等が改良されることで実務レベルにおいても将来活用が期待される成果であり、都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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