学位論文要旨



No 123004
著者(漢字) 西井,俊明
著者(英字)
著者(カナ) ニシイ,トシアキ
標題(和) 一酸化炭素を炭素源とする単層カーボンナノチューブのCVD合成機構解明とその制御
標題(洋)
報告番号 123004
報告番号 甲23004
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6621号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

単層カーボンナノチューブ(SWNT)の合成技術の中でも装置構造が簡単で量産に向いた手法の一つとしてCVD法を挙げることができる.代表的なCVD法を概観すると,気相中で原料のCOと触媒前駆体としてのFe(CO)5を反応させるHiPco法,アルコールを原料に触媒担持多孔質粒子上に生成させるACCVD法および流動層中でCOを原料に触媒担持多孔質粒子上に生成させるCoMoCAT法などのバルク合成が先ず挙げられるが,何れも不純物や担体を除去するための精製プロセスが必要であり,精製によるSWNTの劣化も工業化の障害となっていた.一方で,種々の工業プラントにおいては,SWNTの炭素源となり得るCOが大量に生成されており,COを炭素源とするSWNTの低コスト量産技術の開発が期待される.SWNTの物性測定に関しては,ACCVD法により高品質のSWNT供給が可能となり,急速に研究が進みつつある.したがって,今後は基板上でのパターニングなどのSWNT成長制御技術の確立が,実用化の課題となろう.そこで,本研究ではCOとH2の混合ガスを扱う工業プラントでのSWNT併産を念頭において,COを炭素源とするSWNT生成機構を解明し,さらにその成長制御を目指した.

(1) COCCVDによるSWNTの合成

まず,石英基板上にディップコートしたCo/Mo二元触媒を用い,常圧,800℃前後でCOとH2の混合ガスを原料とする石英基板上へのCVD(COCCVD)法によるSWNT合成に成功した.

原料ガス中のH2/COモル比を0~4まで変化させたところ,SWNTの生成収率は800℃~850℃ではH2/COモル比1付近で極大となり,さらに温度が高くなるとH2/COモル比が小さいほど収率が単調増加する傾向が得られた.熱力学的平衡計算を交えた検討の結果,COを炭素源とするSWNTの合成では,一般には不均化反応(Boudouard反応) 2CO→C+CO2が利用されているが,部分平衡状態でH2をH2/COモル比1程度添加することによって逆水性ガス反応CO+H2→C+H2OによりSWNTの生成収率を向上させ得ることがわかった.このようにCOCCVD法は,常圧,800℃前後でCOとH2を触媒表面で反応させ,総括反応として固相炭素と水を発生させる逆水性ガス反応を積極的に利用する点が,他のCOを利用したCVD法と異なっており,石炭ガス化や水蒸気改質などの工業プラントにおいてSWNTを比較的低温で量産する可能性が得られた.

(2) SWNT生成に与える触媒活性化の影響

CVD法によるSWNTの合成では,一般にCVDに先立ち触媒をH2雰囲気の下で加熱することにより活性化を図るが,活性化プロセスとSWNT生成挙動の関係はこれまで十分明らかにされていない.そこで,コンビナトリアル法によるCo/Mo二元機能触媒を用いたSWNTのCOCCVD合成実験を行った結果,活性化プロセスにおける触媒自身の酸化状態の変化に応じSWNT生成活性が変化する他,触媒の拡散・溶融や相変化によって基板上の触媒分布が変化する可能性が確認された.

(3) SWNT生成における触媒反応機構

SWNT成長における触媒の働きについては,依然不明な点が多い.そこで,基板上での触媒CVD法としてACCVD法とCOCCVD法に限定し,コンビナトリアル法により,遷移金属から貴金属に亘る種々の二元触媒を用いたSWNT合成実験を通じ触媒反応機構について考察した.

CVD後の触媒表面でSWNT生成の顕著な位置を確認した結果,二元触媒の組合せによって触媒総量一定線上と触媒組成比一定線上の2種に分かれることがわかった.これを二元触媒元素間のAllred-Rochowの電気陰性度差と対比した結果を,Fig.1に示す.

CVDでは,触媒や基板表面で炭素源分子が非解離吸着し,その後炭素源分子が表面拡散しながら重合と炭素以外の原子の離脱による炭素ネットワーク化が進行するプロセス(A),あるいは炭素源分子が非解離吸着して,その後炭素原子と触媒原子が相互拡散をしながら炭素原子が重合して炭素ネットワーク化が進行するプロセス(B)が考えられる.ここでは,炭素ネットワーク化後の構造を支配する機構には触れず,COCCVDを例にSWNT核生成に係る触媒反応機構に限定して考察する.

常圧,800℃,H2/COモル比1の非平衡COCCVDにおけるSWNT生成を支配する逆水性ガス反応について考え,プロセス(A)に関しては,Fig.2のように解釈した.電気陰性度差の大きな組合せの二元触媒では,電子が電気陰性度の大きな原子に偏在する.この結果,CO分子の炭素が電気陰性度の大きな触媒原子に配位結合し,C-O結合が弱まる.一方,H2分子は電子が不足傾向にある電気陰性度の小さい触媒原子表面で解離吸着した後,触媒原子に電子が移行し,隣接する炭素原子と酸素原子を水素化する.そして,隣接する炭素原子に結合した水素と水酸基が結合し,水を生成しながら炭素ネットワークが進展する.電気陰性度の小さな組合せの二元触媒では,触媒元素と基板間で同様のメカニズムが生ずるものと考えられる.この結果,電気陰性度差の大きな二元触媒では,触媒組成が特定の位置でSWNT生成活性が高くなり,電気陰性度差が小さい場合は,双方の触媒総量一定の一で活性が高くなるものと考えられる.一方プロセス(B)については,(A)同様にCOの炭素原子が触媒金属表面に配位結合した後,触媒原子の活発な熱拡散によって炭素原子の周囲を触媒原子が取り囲みC-O結合が切断され,触媒中に炭素が固溶するものと考えられる.そして,炭素濃度が固溶限に至り触媒微粒子表面に炭素が析出し始めるものと考えられる.

従来,SWNT生成に関しては,炭素源の触媒中への溶解および炭素析出からなるVLS機構を中心に解釈されていたが,新たに,触媒元素間の電気陰性度差に起因する表面反応機構が関与する可能性が得られた.また,AuおよびPtを触媒として,ACCVDのみならずCOCCVDでもSWNTが生成することを発見した.

(4) SWNTの成長制御

低コスト量産に好適なCOCCVD法による基板上でのSWNTの垂直・水平成長のメカニズムを,実験的に解明した.

触媒としては,Co/Mo二元触媒を用い,石英基板上に引上げ速度4cm/minでディップコートしたもの(A),引上げ速度2cm/minでディップコートしたもの(B)および石英基板上にCo/Moを分散したゾル-ゲルガラス膜を成膜したもの(C)を調製した.これらの触媒を,常温からCVD温度まで30min間H2雰囲気で昇温しながら活性化し,反応温度800℃付近でのCOCCVD実験に供した.生成したSWNTの電子顕微鏡写真をFig.3に示す.触媒(A)を用いたCase1では原料ガスのH2/COモル比によらずSWNTがランダムに成長しているのに対し,触媒(B)を用いたH2/COモル比1のCase2ではSWNT生成域にむらがあるものの基板に対して垂直成長し,触媒(B)を用い最初の10min間はH2/COモル比2としてその後モル比1に戻したCase4では整然とSWNTが垂直成長した.一方,触媒(C)を用いたH2/COモル比1のCase3では,基板に沿って方向はランダムではあるが針状に直線的にSWNTが成長した.これらのSWNT成長挙動については,次のように考察した.

SWNTと石英基板間の相互作用力は比較的強く,SWNTの核生成密度が低いと成長方向を変えて基板上を這うように成長し始めるが,密度が高いと隣接核から成長するSWNT側面間に強いπ電子相互作用力が働きバンドルを形成しながら基板に対して垂直な方向へと成長する.ディップコート時の引上げ速度を遅くすることによって,SWNTがランダム成長から垂直成長に変化したということは,引上げ速度の低下により,SWNT生成活性を有する基板上の近接触媒微粒子の間隔が短くなったものと推察できる.ディップコートでは,基板の引上げ速度が遅いほど基板上の触媒金属を含む液膜が薄くなり,溶媒の蒸発と共に基板上に触媒微粒子が自己組織化しやすくなる.一方,基板の引き上げ速度が速くなると,基板上の液膜が厚くなり,溶媒蒸発中に触媒微粒子の凝集が起こり易くなる.触媒の凝集が生じると,凝集粗大化した触媒粒子はSWNT生成に寄与せず,疎に分散した残りの微粒子のみがSWNT生成活性を有することになる.ガラス膜中に触媒微粒子を分散固定した触媒(C)では,表面に露出する触媒微粒子の密度が下がり,通常のディップコートの場合に比べ触媒微粒子間の間隔が著しく長くなることが想定される.このように,触媒微粒子間隔がSWNTの成長モードに影響していることが推察される.

また,SWNTの核生成には,触媒微粒子表面で炭素の規則正しい六員環ネットワークが成長し,SWNT先端のキャップ構造が形成される必要がある.炭素の析出反応のみでは,アモルファス構造も生じる可能性があり,これは触媒微粒子表面での六員環ネットワーク成長の阻害要因になる.非平衡のCOCCVDでは,H2/COモル比1付近で逆水性ガス反応による炭素析出が支配的になるが,H2添加量を増やすとメタン生成反応C+2H2→CH4で触媒表面のアモルファス炭素を分解させることが可能と考えられる.Case2に対しCase4のCVDでSWNTの垂直成長が顕著になったことは,Case4のCVD開始初期にアモルファス炭素の分解により触媒失活の割合が激減し,多数の隣接する触媒クラスターでSWNTの核生成が起こった結果と考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「一酸化炭素を炭素源とする単層カーボンナノチューブのCVD合成機構解明とその制御」と題し,一酸化炭素と水素の混合ガスを扱う工業プラントでの単層カーボンナノチューブ (single-walled carbon nanotube, SWNT) 併産を念頭において,一酸化炭素を炭素源とする常圧下でのSWNT生成機構を解明し,さらにその成長制御を試みたものであり,論文は全7章よりなっている.

第1章は,「序論」である.従来のSWNT合成技術ならびに生成機構および成長制御に関する研究成果を外観し,未解決問題について検討した上で,本論文の研究目的を述べている.

第2章は,「合成装置と触媒調製方法」であり,本研究で用いたSWNT合成装置と合成用触媒の調製方法の詳細を示している.

第3章は,「COCCVD法によるSWNTの合成」である.Co/Mo二元触媒を用い,一酸化炭素と水素の混合ガスを原料とする常圧下での触媒CVD (carbon monoxide catalytic chemical vapor deposition, COCCVD) 法によるSWNT合成を試み,その特徴を明らかにしている.さらに,水素を一酸化炭素と等モル量添加することによって,無添加時に比べSWNTの生成収率が向上することを見出し,水素を含めた反応機構について考察している.

第4章は,「SWNT生成に与える触媒活性化の影響」である.Co/Mo二元触媒を用いたSWNTのCOCCVD合成を行い,触媒の組成および酸化状態ならびに活性化プロセスの条件と,SWNT生成状態の関係を明らかにしている.

第5章は,「SWNT生成における触媒反応機構」である.二元触媒として遷移金属から貴金属に亘る広範な元素より選択し,これらを触媒とするCOCCVD法およびアルコールを原料とする触媒CVD (alcohol catalytic chemical vapor deposition, ACCVD) 法によるSWNT合成を比較し,炭素源,触媒の組成および酸化状態ならびに活性化プロセスの条件と,SWNT生成状態の関係を明らかにしている.さらに,実験結果を基に,SWNT生成に関わる触媒表面における反応機構について考察している.

第6章は,「SWNTの成長制御」である.Co/Mo二元触媒を用い,COCCVD法によるSWNT合成を試み,触媒調製条件および合成初期の水素添加割合と,基板に対するSWNTの成長方向の関係を明らかにしている.さらに,これらの実験結果を基に,SWNTの成長制御に関わる因子について考察している.

第7章は,「結論」であり,上記の研究結果をまとめたものである.

以上を要するに,本論文では,一酸化炭素を炭素源とする常圧下でのSWNTの触媒CVD合成における水素添加割合,触媒の組成,酸化状態および調製方法,ならびに活性化プロセスの条件の影響を明らかにし,従来の一酸化炭素のみを原料とする合成のように反応場の高温・高圧化や未反応成分を含む排気ガスの再循環を図ることなく,水素を添加してその割合を調整することにより,常圧下でSWNTの収率を向上できることと垂直配向合成など基板上での成長制御の可能性を示している.本論文による知見は,石炭ガス化や天然ガス改質などの現存する大規模な工業プラントで扱われる合成ガスを原料とするSWNTの低コスト量産に寄与するものであると考えられる.さらに,単層カーボンナノチューブのCVD合成反応に関する新たな知見を与えており,分子熱工学の発展に寄与するものであると考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク