学位論文要旨



No 123010
著者(漢字) 金田,祥平
著者(英字)
著者(カナ) カネダ,ショウヘイ
標題(和) 微量液滴ハンドリングデバイスによるDNAの反応・分離操作に関する研究
標題(洋)
報告番号 123010
報告番号 甲23010
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6627号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,輝夫
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 鳥居,徹
 東京大学 准教授 村山,英晶
 東京大学 講師 小穴,英廣
 理化学研究所 先任研究員 細川,和生
内容要旨 要旨を表示する

マイクロ流体デバイス(Microfluidic Devices)とは,微細加工技術を用いて基板上に形成した微小な流路 (Microchannel) の内部において,様々なバイオ分析や化学反応などを行うデバイスのことを指し,その一連の技術はマイクロフルイディクス (Microfluidics) と呼ばれる.今や,この技術は,無機化学分析から生体分子解析,細胞操作など,多岐にわたる応用が期待され,化学,生物,デバイス技術など多くの技術者の注目を集めることとなった.マイクロ流体デバイスは分析処理の高速化が可能であるのみならず,デバイスの製作技術においても半導体製作技術にみられる一括転写加工を用いるため,高い生産性が期待できる.また,バイオ分析用途については,高齢化社会の到来に伴う先端的な医療および診断技術へのニーズから,近い将来,巨大なマーケットが想定できることなどを考慮すると,今後ますます技術としての重要性は増すものと考えられる.バイオ分析では,スクリーニングに代表されるように,大量の試料に対してその多様性を解析の対象とする場合が多いので,低コストかつ短時間に解析結果を得ることが求められる.それらの実現には解析の並列処理が求められるが,マイクロ流体デバイスを応用することは有望な手段のひとつとなりうる.

マイクロ流体デバイスの中でも,液滴方式で溶液を取り扱えば,反応分析に必要なボリュームを大幅に少なくすることが可能である.しかしながら,従来の液滴ハンドリングデバイスでは,液滴混合による化学反応による分析が主流であり.反応および分離分析操作を伴う遺伝子解析のような用途に使用するには制限があった.特に,マイクロ化学分析システム(μTAS)研究で発展した,分離分析技術である電気泳動との組み合わせが困難という問題がある.

本論文中の1章では,以上の背景をふまえ,反応・分離技術を融合した液滴ハンドリングデバイスを開発し,その遺伝子診断応用を目的とすることを論じている.

2章では,微量液滴を反応操作に用いることを前提とし,微細管ベントバルブおよびパッシブストップバルブと空気操作を組み合わせ,微量液滴の生成および合一操作をオンデマンド化するデバイスのコンセプトを提案した.また,試作したデバイスで微量液滴ハンドリングのオンデマンド化と自動化を実現した.加えて,流路の幾何学的形状によって,精度よく液滴を生成可能であることを示した.

3章では,生成した液滴を電気泳動のサンプルプラグとして用いる新しい電気泳動フォーマットを提案し,オンデマンド型デバイスにおいて,電気泳動操作の全自動化を実現した.液滴をサンプルプラグとして用いることで,プラグ-ポリマー溶液間での,DNAの濃縮作用による,分離能の向上を確認した.

4章では,オンデマンド型デバイス上で,反応から電気泳動までの操作を連続的に実現し,RFLP法およびPNAプローブ法によるDNAの一塩基変異検出操作をデバイス上で実現できた.これより,一塩基変異を特定する遺伝子診断に,本デバイスを使用できることが確認できた.また,デバイスのオンデマンド性を活かし,DNA/PNA反応において,液滴の配置を工夫することで,その反応効率化の増大することを示した.

5章では,本論文の各章についてまとめ,今後の展開について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、マイクロ流体デバイス上においてpL(ピコリッター)スケールの微量液体をハンドリングし、複数の反応・分離操作を伴うバイオ分析の高速化、自動化を図るための技術を構築しようとするものである。マイクロ流体デバイスにおける液体操作には、いくつかの方法があるが、デッドボリュームを最小限に抑え、なおかつ流路内に発生する気泡の影響を受けない方法として、液滴単位で微量液体をハンドリングする方法が、これまでに何通りか提案されている。本論文は、それらのうち、疎水性微細管ベントを介して空気圧によって液滴を駆動する方式を採用し、その機能を発展させることを目指すものである。具体的には、液体サンプルの輸送、位置決め、pLスケールの液滴の生成および合一等の操作を実現するため、空気圧操作と疎水性ベントに加え、パッシブストップバルブ構造を組み合わせた「オンデマンド型微量液滴ハンドリングデバイス」を提案している。デバイスを実際に設計・製作し、上記の各種操作や電気泳動によるDNAの分離操作などの機能を実現し、デバイスの設計要件ならびに必要な技術課題を解決するに至っている。

さらに、開発したデバイスの応用として、DNAの反応・分離に関わる複数の操作が必要とされる一塩基置換検出を取り上げ、具体的な分析操作を実現した。DNAの一塩基置換検出法として、制限酵素による RFLP (Restriction Fragment Length Polymorphism)法とペプチド核酸(PNA: Peptide Nucleic Acid)をプローブとして用いる二つの手法を考え、常染色体劣性遺伝病である嚢胞性線維症の原因となるCFTR(Cystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator)遺伝子上の一塩基置換をモデル系として、その検出を試みた。デバイス上での液体操作としては、2種類の溶液から液滴を生成、両者を合一することによってDNAの反応操作を実現するとともに、反応後の液滴をサンプルプラグとして電気泳動を行い、反応産物の分離操作を行っている。RFLP法の実験では、 デバイス上で、サンプルDNA溶液と制限酵素反応液から約420 pLの液滴を生成・合一させて反応を行った後に、その産物であるDNA断片を電気泳動によって分離し、一連の反応・分離操作を10分以内に、かつ自動的に行えることを示した。PNAプローブ法の実験では、反応・分離操作によるDNAの一塩基置換検出が3分以内で高速に実現可能であることを示した。さらにPNA-DNA反応条件について、液滴を合一させる際の相互の位置関係と混合時間に関する検討を行った結果、液滴の配置によって反応操作に必要な時間をさらに短縮できることが明らかになった。

本論文の第1章では、研究の目的と概要および背景を述べており、前半はマイクロ流体デバイスの技術的な特徴とその歴史的背景を、後半は微量液滴ハンドリング技術をバイオ分析に応用することの重要性を論じている。

第2章では、微細管ベントとパッシブストップバルブを組み合わせ、空気圧操作により液体ハンドリングを行なう手法を提案し、2種類の液体サンプルから、必要な時に必要な量、必要な種類の溶液の液滴を生成するオンデマンド形式のハンドリングが可能であることを示し、その性能評価を行っている。

第3章では、生成した液滴をサンプルプラグとして用いる新しい電気泳動方式を提案し、従来のチップ電気泳動では困難であった、ポリマー溶液導入の簡便化・自動化を実現する方法を示している。さらに本手法では、液滴とポリマー溶液界面における濃縮効果によって、分解能の向上および分析時間の短縮が可能であることも併せて議論、考察している。

第4章では、オンデマンド型デバイス上で、RFLP法およびPNAプローブ法によるDNAの一塩基置換検出を行った結果について述べ、デバイスの遺伝子検査応用への可能性について考察している。また、DNA-PNA反応において、液滴の配置によって反応操作の時間短縮が可能であることを示し、PNAプローブ法による一塩基置換検出の高速化の可能性について議論している。

最後に、第5章において論文のまとめと、開発した微量液滴ハンドリングデバイスの遺伝子関連分野への応用展開の見通しについて述べている。

以上のように、本論文は、マイクロ流体デバイスのバイオ分析への応用を想定し、複数の反応・分離操作を自動的に実行するための微量液滴ハンドリング技術を構築し、実際に一塩基置換検出に必要なDNAの反応・分離操作を連続的かつ高速に実行可能であることを示したものである。本論文で研究、開発された技術は、近い将来の先端的な診断手法として期待される遺伝子診断における微量・低侵襲化、高速化を支える技術的基盤を与えるものであり、工学に資するところがきわめて大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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