学位論文要旨



No 123011
著者(漢字) 丁,世珉
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,セミン
標題(和) 深海に隔離された二酸化炭素のマルチスケール拡散に関する数値的研究
標題(洋) Numerical Study on Multi-scale Diffusion of CO2 Purposely Injected in the Deep Ocean
報告番号 123011
報告番号 甲23011
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6628号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 学外 Baixin,Chen
内容要旨 要旨を表示する

The direct injection of carbon dioxide CO2 into the deep ocean is one of the feasible ways for the mitigation of the global warming. On the other hand, there is a concern about its environmental impact near the injection point. To minimize its biological impact, it is necessary to make CO2 disperse as fast as possible and it is thought that injection with a pipe towed by a moving ship is effective for this purpose.

Although field experiments are desirable to assess the method, such experiments are expensive, and, therefore, various numerical model studies have been conducted to predict the dilution process in small scale (O(1 km)) or large scale (O(104 km)), respectively. Because the injection ships are planned to move in the site with O(102 km), a mesoscale model is required to build a bridge between the small-scale and a large-scale regional model.

To numerically investigate the time change of CO2 concentration by turbulence diffusion in both small- and mesoscales, a moving and nesting grid technique was developed and used in combination with the double low-wavenumber forcing technique to generate proper ocean fluctuating flow field, which is important for the dispersion process of CO2 concentration. The nested small-scale grid system moves in the mesoscale grid system along the trajectory of a moving ship injecting CO2 in the deep ocean.

Moreover, to overcome the artificial diffusion of concentration at the interfaces of two different grid systems, a new diffusion model, called particle Laplacian method (PLM) based on Lagrangian mesh-free method, was developed for anisotropic diffusion in the ocean.

From the results of numerical simulations, the developed techniques demonstrated its efficiencies and applicable to the future studies to give an outline for the optimization of the CO2 ocean sequestration system, by which biological impacts should be minimized and insignificant.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地球温暖化対策技術として考えられている二酸化炭素海洋隔離法に関して、実際の作業スペースである100kmスケールの海域を想定し、この中規模海洋空間に放出船が二酸化炭素を放出しながら航走した場合の海水に溶解した二酸化炭素の挙動を数値的に解析し、解析結果の最大濃度と、濃度別の水塊体積のヒストグラムを生物の二酸化炭素に関する無影響濃度と比較し、航走法によって、生物影響のない隔離が可能であることを示したものである。従来、二酸化炭素の海洋隔離法の数値シミュレーションは、放出域極近傍の100mスケール、近傍域1kmスケール、北西太平洋を解析対象とする10000kmスケールに限られており、実際の二酸化炭素の放出船の事業規模は100kmスケールにおける放出後の二酸化炭素の挙動を解析するモデルはこれまで存在しなかった。

開発された数値解析法の特徴は、二酸化炭素放出船の航走に合わせて移動する小規模計算領域を、100kmスケールの中規模計算領域に重合させた移動ネスティング法を用いた点、両計算領域に海洋の変動流場を再現するため、観測値を中規模領域にフォーシングし、中規模領域の計算結果を小規模領域にフォーシングするというダブルフォーシング法を開発した点、小規模領域から中規模領域に出て行く二酸化炭素濃度の領域の境界で起こる数値拡散を防ぐために粒子法を用いた点、水平方向と鉛直方向で拡散係数の異方性を有する海洋流場に粒子法を適応するため、新たに拡散係数比を基にした座標変換を用いた点が挙げられる。この結果、本論文で新たに開発した数値計算法により、これまで解析されてこなかった中規模スケールでの海洋隔離された二酸化炭素の挙動が明らかにすることが可能となり、本論文の目的は達成された。

第1章は序論で、本論文の背景として、温暖化や海洋表層酸性について触れた後、二酸化炭素海洋隔離法の概要が説明されている。また、これまでなされてきた関連研究をレビューし、特に海洋隔離法の物理モデルに関する研究が、二酸化炭素放出点近傍域の小スケールと北西太平洋を対象とした大スケールに限られていることを説明している。これを受け、本論文の目的は、これまでなされてこなかった事業規模スケールでの二酸化炭素拡散を解析する数値手法を開発し、それを用いて実際の想定海域において放出された二酸化炭素の挙動を解析し、生物への影響濃度と比較することで、海洋隔離法の有効性を調査することである旨が述べられている。

第2章では、新たに開発した数値計算手法である移動ネスティング格子法、ダブル低波数フォーシング法および、拡散異方性粒子法について解説している。二酸化炭素濃度の拡散を精度よく解析するには計算格子は小さいほど良いが、100kmスケールの中規模計算領域内を全て細かい格子で切ることは計算機能力上不可能である。そこで、100kmスケールの中規模領域を3.5km格子で切り、そこに400m格子で切った7kmスケールの小規模計算領域を重合し、この小規模領域を、放出船の航走に合わせて移動させる移動ネスティング法を開発した。また、中規模領域の海洋変動流場の再現には、観測から求めた波数スペクトルのうち、計算領域より大きな成分を低波数フォーシングすることで、計算領域より小さな高波数成分を再現し、さらに小規模領域の変動流場は、中規模領域の計算結果を小規模スケール領域に低波数フォーシングして、高波数成分を再現するというダブルフォーシング法を開発した。ところがネスティング格子系を使用すると、小規模領域から中規模領域に出て行く二酸化炭素濃度に関して、領域の境界で格子サイズが大きく異なるために数値的な拡散が起きる。これを防ぐため、小規模領域の境界において二酸化炭素濃度を表現する粒子を多数発生させ、中規模領域内では二酸化炭素濃度の移流拡散は粒子法によってラグランジェ的に解析することで、中規模領域内でも小規模領域と同等な精度を確保し、同時に、いったん中規模領域に出た二酸化炭素を含む水塊を再度小規模領域が通過する場合に、中規模領域から小規模領域に入ってくる二酸化炭素濃度も数値拡散することなく扱うことが可能となった。さらに、粒子法を海洋中の物質拡散に応用する際、海洋中での拡散係数が水平方向と鉛直方向で異なるため、従来の形のままでの粒子法の適用は適切でないため、座標変換された空間で等方的な拡散となるように、水平・鉛直方向の拡散係数比から鉛直方向の座標系の伸張比を定めるという新たな手法を考案した。

第3章では、100km×100kmのスケールで年間1000万トンの二酸化炭素を隔離するというシナリオに従い、1隻の放出船による二酸化炭素の拡散と生物影響を調べている。ここでは粒子法は用いず、放流船が動かない場合と、2ケースの航路で移動する場合の3通りの計算を行い、その結果、移動しない場合よりも移動した方が拡散が大きく、移動する場合でも航路により残留濃度は異なり、Moving Ship法の利点を確認している。但し、小領域から中規模領域に二酸化炭素濃度が出て行く際に数値拡散が起きるという課題も明示した。

第4章は、粒子法を用いた、小・中規模領域での二酸化炭素拡散の計算結果を示している。粒子法の適応により、第3章で示された課題が克服され、高精度な解析が可能となった。第3章と同様のシナリオに従った計算の結果、小・中規模両領域内の二酸化炭素濃度の最大値は、中深層の代表種である動物プランクトンに対する観測された影響濃度より小さいこと、またほとんどの水塊の二酸化炭素濃度が全ての生物の予測無影響濃度より小さいことを示している。

第5章では、さらに隔離規模を拡大し、100km×300kmのスケールで年間5000万トンの二酸化炭素を隔離するというシナリオに従い、30隻の放出船による二酸化炭素の拡散と生物影響を調べたものである。放出船と共に移動する小規模領域を30個使用することは、計算機の記憶容量上不可能であるため、6隻ずつ5つの小規模領域を移動ネスティングさせている。粒子法も計算機の能力上、使用していない。但し計算時間に関しては、並列化をすることで高速化を図っている。二酸化炭素の放出には、二酸化炭素液滴の上昇と溶解および、それらに船速を考慮したモデルを用い、より現実に近いソース項として与えている。計算の結果、このシナリオでは、最大濃度は動物プランクトンの観測された影響濃度より小さかったが、全ての生物の予測無影響濃度より二酸化炭素濃度の大きな水塊体積は第3・4章の場合より増加することを示した。

第6章では本論文の結論が述べられている。

以上、本論文は、二酸化炭素の海洋隔離法に関して、放出した二酸化炭素の拡散を実際の事業規模にて高精度に解析する数値解析法を開発し、これを事業想定海域に適応し、中深海での生物影響につき解析したもので、開発した数値解析法自体の独自性が高く、よって工学的な価値も高い。また今後の温暖化対策のオプションとして海洋隔離法が有効であることを提言した点において社会的な価値も高い。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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