学位論文要旨



No 123014
著者(漢字) 伊藤,恵理
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,エリ
標題(和) パイロットと自動操縦システムの協調制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 123014
報告番号 甲23014
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6631号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 長岡,栄
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

高度な自動制御技術が導入された航空機の操縦において、パイロットと自動操縦装置間で操縦の権限が適切に移譲されず、航空機事故を引き起こす原因となることが示唆されている。自動操縦装置が正常に作動しない異常事態においては、パイロットは直ちにオートパイロットをディスコネクトして手動操縦に切り替えるように訓練されているが、自動化システムがどのように作動するか予測が困難であるため、異常事態を判断することも難しい。また、Fly-by-Wire システムにより舵面を動かす高度な自動制御系を搭載した航空機について、パイロットの操縦に関連して発生する不安定振動(Pilot-Induced Oscillation: PIO)も問題視されている。このような問題点に鑑み、パイロットと自動化システムの協調関係を議論する必要がある。

そこで本研究は、人間と自動化システムが同時に制御入力を与える状況(人間と自動化システムが制御の権限を同時に有する状況)を許容し両者の与える制御入力の干渉を防ぐ設計思想を持つシステムを新たな協調制御システムとして定義し、既存のマン・マシンシステムの設計思想にとらわれない、新たな人間と自動化の協調制御システム"Human As a Control Module architecture:HACM architecture" を提案した。HACM architecture のコンセプトは、パイロットと自動制御系(自動操縦装置)が常に協調関係を保ち、パイロットが現状に不適切な操縦入力を与えた場合は自動制御系がその操縦を補い、逆に自動制御系の制御能力が及ばない状況や非常事態においてパイロットが自動制御系の操縦を補うという、人間と自動化の協調制御システムを実現することである。パイロットと自動操縦装置の操縦能力をオンラインで比較し、自動的に操縦入力に重み付けをして、両者の現状に不適切な操縦入力がインシデントや事故に繋がる連鎖を断ち切るように作用する。

本論文は、筆者が提案した人間と自動化の協調制御システムとその設計思想、提案機構を航空機運動に適用して有効性を検討した結果を中心にまとめている。本研究で提案した機構の設計思想が基づくヒューマンファクター、モジュール構造、人間(パイロットなど)を制御ループに含めた制御系設計手法についてまとめると共に、人間の運動制御能力に関する研究結果について示し、人間と自動化の協調関係を構築することの意義を示している。次に、提案機構を航空機運動に適用し、数値シミュレーションとフライトシミュレータ実験を介して、さまざまな飛行状態を模擬した基礎検討結果とPIO現象や過去の航空機事故例、次世代航空管制システムで提案されているコンセプトに応用した結果などを示し、有効性を確認した。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)伊藤恵理 提出の論文は「パイロットと自動操縦システムの協調制御に関する研究」と題し、8章からなっている。

高度な自動制御技術が導入された航空機の操縦において、パイロットと自動操縦システム間で操縦の権限が適切に移譲できないことがあり、航空機事故を引き起こす一因となっていることが指摘されている。飛行状態が自動操縦システムの限界を超えた場合、もしくは、自動操縦システムに異常が発生した場合は、パイロットは直ちに自動操縦を解除し、手動操縦に切り替えるように訓練されている。ただし、緊急事態においてこの切り替えを適切に行うことが困難なことは、過去の航空機事故の事故調査においても明らかになっている。本研究は、こうした状況を背景として、パイロットが手動操縦か、自動操縦かを選択するのではなく、パイロットと自動操縦システムが制御の権限を同時に保有する状況を許容し、両者の制御入力の干渉を防ぐ設計思想を持つシステムを新たな協調制御システムHACM(Human As Control Module)architectureとして定義しようとしている。この新たな思想の下で、航空機の自動操縦システムの設計手法を具体的に提案し、過去の事故例を含む様々な飛行状況への適用により提案する手法の有効性を検証するとともに、次世代航空管制システムで提案されている地上からの自動誘導システムのコンセプトの問題解決への応用を試みようとしている。

第1章は序論で、航空機の自動操縦の課題を航空機事故の分析から整理するとともに、従来の自動操縦システムの設計思想と、本論文で提案する協調制御システムの違いを明確にし、最後に本論文の構成を整理している。

第2章では、パイロットの操縦特性をニューラルネットワークにより分析した結果を報告している。人間が脳内に内部モデルを構築し、運動制御を行うとの仮定を採用し、航空機操縦に対する人間のフィードフォワードモデルとフィードバックモデルをニューラルネットワークにより同定し、人間の操縦の特性を分析するとともにその生理的限界を明らかにすることで、自動操縦システムとの協調の必要性について指摘している。

第3では、本論文で提案するパイロットと自動操縦システムの協調関係を築く手法について具体的に説明している。パイロットと、自動操縦システムの操縦入力が航空機の運動に及ぼす効果をARBITERと呼ばれるモジュール内で評価し、各入力の貢献比率を決定し、実際の操縦入力に反映させるという構造をHACM architectureとして提案している。

第4章では、航空機の縦の姿勢角制御に関してHACM architectureを適用し、提案する協調制御システムの特性を分析している。その結果、現時刻での入力の評価のみでは、ARBITER内に設定した航空機モデルの誤差の影響を強く受けることを指摘し、過去の入力の効果も反映して貢献比率を算出するような改善を行い、その効果を確認した。また、風の外乱がある場合など、自動操縦システムでは正確な姿勢維持が困難な場合でも、マニュアル操縦との協調により精密な操縦が容易に達成可能になることが示されている。

第5章では、航空機のPIO(Pilot Induced Oscillation)へ、HACM architectureを適用し、その効果を検証している。PIOはFly-by-Wire による自動操縦システムを備えた第4世代ジェット旅客機においては、パイロットのすばやい操作が舵面の駆動機構の動作速度を超えるため、リミットサイクル的な振動が飛行運動に発生する現象として知られている。HACM architectureは、適切でないパイロットの操縦を自動的に抑制することで、PIO問題を解決できる可能性があることを、簡単なフライトシミュレーション実験によって実証している。

第6章では、実際に発生した航空機事故を模擬したケースに対して、HACM architectureを適用し、その効果を検証している。最初に、高高度を巡航する大型旅客機がウィンドシアに遭遇し、急速なピッチアップの後、自動操縦システムが解除され、マニュアル操縦によりPIOが発生するケースを事故報告書を参考にモデル化し、パイロットが事故機と同じ操縦をおこなった場合に、事故機と同程度の垂直加速度が誘起されることを確認している。その後、HACM architectureを使用した場合には、パイロットと自動操縦システムの協調により、同じ操縦を行っても垂直加速度が約7分の3に減少させることができることを示し、提案する手法の有効性を示している。

第7章では、次世代の航空管制システムにおいて検討されている、地上からの自動速度制御が、従来の操縦システムと、どのように干渉するかを分析し、HACM architectureによる干渉回避の可能性を検討している。航空交通流を円滑にするための速度制御は、機上の操縦システムと干渉を起こし、長周期モードを誘発する可能性を指摘し、HACM architectureを利用すれば、地上からの速度制御指令と機上の操縦システムの協調制御により不適切な振動を排除できることを示している。

第8章では、本研究の成果をまとめると同時に、さらなる研究課題について述べている。

以上、要するに、本論文は、パイロットと自動操縦システムの協調を実現する航空機操縦システムの提案を行い、航空機操縦の数値シミュレーションとフライトシミュレータ実験を介して、各種飛行状態を模擬した基礎検討と、PIO現象や過去の航空機事故例、さらに次世代航空管制システムへの適用によってその有効性を示した。これらの成果は、航空工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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