学位論文要旨



No 123015
著者(漢字) 新妻,実保子
著者(英字)
著者(カナ) ニイツマ,ミホコ
標題(和) 空間メモリによる実空間における人の活動支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 123015
報告番号 甲23015
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6632号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 准教授 佐藤,洋一
内容要旨 要旨を表示する

空間内で活動する人間や移動ロボットが環境からの情報支援や物理的支援を受けることにより,活動をより高度化しようとする空間知能化について研究が進められている.本研究では人の知的活動を支援するため,人による知能化空間の能動的な利用と知能化空間による能動的なサービスの設計を目標として,「人の活動を支援する人と知能化空間のインタフェースの追求」と「空間知能化におけるサービス設計方針の明確化」を研究目的とする.

本論文では,まず序論にて本研究の背景である空間知能化についての現状と課題について論じ,研究の目的を述べた.そして,本論文の構成について説明した.

第2章では,人の活動支援を目的した様々なアプローチを紹介し,その共通する支援ポイントとして「情報をいかに記録するか」,「情報をいかに提示するか」,「情報をいかに扱いやすくするか」という"情報"とその取り扱いが挙げられることを示した.しかしながら,この3点を同時に実現するものはほとんど見当たらないことから,下記の3点を研究が解決すべき課題と位置づけた.

・日々あふれるほどの情報の中から利用者が活動目的(内容)に応じて必要な情報を選択し,蓄積できること.

・本来の活動を妨げることなく,また,活動場所を限定されることなく情報の選択・蓄積・取り出しを行えるヒューマンインタフェースであること.

・人の活動履歴が知能化空間にとっても有用な情報になりうるために,人と知能化空間の両方が用意に共有できる情報の蓄積形式であること.

これらを解決するための方策として「実空間における人の習慣を利用した情報の蓄積と取り出しを実現するシステム」を示した.

第3章では,実空間における情報の蓄積と取り出しを実現するシステムは,作業遂行過程における付加的作業による負荷を軽減することが重要な役割であることから,円滑な情報の蓄積と取り出しが望まれる.そのため,「想起しやすい情報の配置」,「配置位置の忘却しにくいタグ付け」そして,「本来の作業を妨げることのない瞬時かつ直感的な情報へのアクセス」を本システムが満足すべき要件として挙げた.

想起しやすい情報の配置により情報へのアクセス性を高めるため,空間内に三次元位置座標をメモリアドレスとして埋め込むことにより実環境の物理的な位置への情報の蓄積を可能にする.これにより,活動環境そのものを利用して情報を分類して配置することができる.この三次元メモリアドレスを空間メモリアドレスと名づけた.空間メモリアドレスとそこへ蓄積する情報とを紐付ける仮想的なタグをSpatial-Knowledge-Tag (SKT)と名づけた.さらに,直感的にかつ誰にでも簡便に情報へアクセスできるようにするため,情報を蓄積した三次元位置へ手を伸ばす直接的なアクセス法を採用する.このアクセス法における手先の位置をhuman indicatorと名づけた.これらの三つの機能を有する実空間への情報の蓄積と取り出しを実現するシステムを,「空間メモリ」と名づけて提案した.

以上のように,空間メモリは実空間において情報を蓄積し,また取り出すことを実現する新しいコンセプトに基づくシステムであることから,利用者にとってメンタルモデルの獲得のしやすさ,またその修正のしやすさが重要となる.これを実現するため,人とシステムとのコミュニケーションを促進することをヒューマンインタフェースの設計指針とする考えに基づき,空間メモリが有するべき機能を設計し,そのシステム構成と実装について示した.

第4章では,ヒューマンインタフェースとしての空間メモリの有効性を検証するため,次の3点に関する評価実験を行った.

1.情報の空間的配置の記憶持続性の検証実験

2.空間メモリを用いた作業効率の検証実験

3.空間メモリを用いたユーザ認証手法の検証実験

情報の空間的配置の記憶持続性とそのアクセス性を検証するため,7つのSKTの位置と内容を覚え,ランダムに指定されたSKTを閲覧する課題を行い,課題達成時間の経時変化を調べた.その結果,初回の課題遂行の際にSKTの配置を学習すればそれ以後の学習は不要かまたは50%以下の時間ですべてのSKTの閲覧が可能であり,初回実験終了後から約4週間経過後も2回目の達成時間と同等かまたはそれ以下の時間で達成された.また,課題遂行間隔に着目すると,約20日間空間メモリを使用せずに課題を遂行した場合も試行間隔の短い課題遂行時と比較して同等かそれ以下の時間で課題を達成する結果が得られた.このことから蓄積した情報の学習後の忘却性は低く,空間メモリは容易に扱えるシステムであることが確認された.

空間メモリを用いたスムーズな情報活用が作業に与える影響を具体的な課題に空間メモリを使用することにより検証した.情報を集めてテキストファイルを作成する課題を設定し,空間メモリを使用した場合と使用しない場合との作業時間の比較を行い,作業効率を入力時間の観点から定量的に評価した.各入力作業効率の平均値に対してt検定を適用した結果,片側検定における有意水準5%で有意な差が認められた.このことから,情報へのアクセスの早さは作業効率に影響を与え,空間メモリを用いることで作業が効率化されることが示された.

最後に,SKTをパスワードとして配置することにより,空間メモリを用いたユーザ認証手法について検証した.配置したSKTが実物体に近い位置に配置されると他者にとってSKTの位置を把握しやすいという知見が得られた.一方,空中上など広い範囲にSKTを配置された場合にはSKTの作成者とそれ以外のユーザとのアクセス動作回数には大きな違いがあり,区別可能であることが示された.

第5章では,空間知能化における課題の一つであるサービスの設計と実装方法における現在の課題とその方策を示した.いかに適切にサービスを選択し,いかに適切に提供するか,というサービス設計において課題となるのは,空間の利用者ではない者が環境の使われ方を一意的に想定してサービスを埋め込むということである.このとき,サービス内容と提供されるコンテキストの間に不一致が生じることはもちろんのこと,空間の利用者にその不一致を解決するすべが用意されていないということが問題となる.また,これまでの知能化空間研究においては,利用者が能動的にサービスを実装するという視点も欠けていた.

このような背景から,本研究では,どのようなサービスが必要または有用かということは空間の利用者がもっともよく知っていると考え,サービスの選択は利用者が行う.そして,それをどのように実装するかという方策について以下の二つのアプローチを示した.

一つは,空間メモリを用いて利用者が直接空間にサービスを実装するというアプローチである.そしてもう一つは,利用者以外の者による一意的なサービスの設計ではなく,利用者の活動が反映されたサービスの設計を行う方法である.そしてそのためには,知能化空間が人の活動内容を観測し,その観測結果に基づいて利用者が空間をどのように利用しようとしているのかという空間の意味づけを獲得することが必要であることを論じた.本章では,一つ目のアプローチである,空間メモリを使用した空間の利用者によるサービスの実装について説明した.

第6章では,5章で述べた2つのアプローチのうち,2つ目に対応する「人が空間を利用する際の空間への意味づけ」を獲得するための手法について述べた.ここで「空間の意味づけ」とは「リラックスするために使用する場所」や「議論するために使用する場所」という空間の使用目的として定義した.空間の意味づけを知能化空間が獲得する際にも観測できるのは人の行為とその行為に使用されるモノである.そこから,人が主体的に作成した空間メモリは,ある場所におけるある目的に基づいて作成されたモノであり,人がその場所をどのように利用しようとしているのかという空間の意味づけが含まれている,と考えることができる.したがって,空間に配置された空間メモリを解析することにより,空間の意味づけを抽出するアプローチを提案した.空間メモリの解析手法としてクラスタリングによるSKTの分類を提案し,クラスタリングのためのSKT間の類似度を定義した.SKT間の距離のみを用いて定義する類似度とSKT間の距離に加えて空間メモリの使用履歴を考慮した類似度の2つを示し,それぞれのクラスタリング結果を示した.その結果,SKT間の距離のみを用いた類似度ではある空間の人の活動エリアを分割するのに適しているが,活動内容の分類までを行うことはできないことが示された.一方,使用履歴に基づく類似度を定義した場合,SKT間の物理的近さに影響されることなく,人の活動内容に強く関連したSKT群に分類することが可能であることが示された.その結果,同一のエリアに複数の活動内容を観測できることが示された.これは,従来椅子のスイッチや人の位置情報のみでは獲得できない,空間メモリを用いた活動観測の成果である.

そして,空間メモリに蓄積される情報の種類に応じて数値を割り当てることにより,「どのようなモノを使用している活動であるか」という観点から活動内容を記述する手法を示した.これにより,「複数の活動内容が存在する」というだけでなく,それぞれの活動を数値的に記述し,比較することを可能にした.最後に,空間メモリの使用事例を通して得られた知見をもとに現在のシステムが有する制約とその対策法,また空間メモリの応用について論じた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「空間メモリによる実空間における人の活動支援に関する研究」と題し全7章から構成され、生活空間などの実空間における人の活動とその支援を目的としたインターフェースである空間メモリを提案し、実空間での情報の蓄積と取り出しを実現し、人の活動支援を具体的なサービスとして構成する手法をまとめたものである。

第1章は「序論」として、本研究の背景である空間知能化に関する現状と課題について述べ、研究目的をインタフェースとサービス設計の観点から明らかにしている。

第2章は「活動支援技術の現状と課題」と題し、人の知的活動支援を目的とした様々な研究を、支援される活動内容と活動範囲の観点から紹介し、「情報をいかに記録するか」、「情報をいかに提示するか」、「情報をいかに扱いやすくするか」という"情報"の取り扱いが課題であることを示し,この3点を同時に実現するものとして「実空間における人の習慣を利用した情報の蓄積と取り出しを実現するシステム」を解決方策として提案している。

第3章は「実空間における情報の蓄積と取り出しを実現する空間メモリ」と題し、空間内に3次元位置座標をメモリアドレスとして埋め込むことにより、実環境の物理的な位置への情報の蓄積および取り出しを可能にする空間メモリに関して論じている。この3次元メモリアドレスを空間メモリアドレスと名づけ、空間メモリアドレスとそこへ蓄積する情報とを紐付ける仮想的なタグをSpatial-Knowledge-Tag (SKT)と名づけ、直感的にかつ誰にでも簡便に情報へアクセスできるシステムを提案している。これにより,活動環境そのものを利用して情報を分類して配置することができることを示している。さらに、空間メモリの仕様とその実現システムの詳細について述べ、実空間に埋め込んだ情報をパスワードとして利用したユーザ認証手法を提案し実現している。

第4章は「ヒューマンインタフェースとしての空間メモリの検証」と題し、1.情報の空間的配置の記憶持続性の検証実験 2.空間メモリを用いた作業効率の検証実験 3.空間メモリを用いたユーザ認証手法の検証実験 の3つの評価実験を行い、空間メモリの有用性を検討している。

第5章は「空間知能化におけるサービスの設計と実装」と題し、空間メモリを用いたサービス設計をミュージアムでのコンテンツ配置を具体例として論じている。

第6章は「活動記録プラットフォームとしての空間メモリ」と題し、空間メモリシステムが人の活動履歴を記録するプラットフォームとして位置づけられることを示し、配置された空間メモリを解析することによって人の活動内容が読み取れることを提案し実験により検討している。

第7章は「結論」として、本研究で得られた成果をまとめ、残された問題と今後の研究方向を述べている。

以上を要するに、本論文は、実空間内での情報の蓄積と取り出しを実現するインタフェースである空間メモリを提案し且つ実現し、その実空間への実装を通して人の活動支援をサービスとして設計する指針を明確にしたもので、電気工学に貢献すること大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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