学位論文要旨



No 123017
著者(漢字) 朴,敬花
著者(英字)
著者(カナ) パク,キョンファ
標題(和) Si-MOSトランジスタ2次元電子系の移動度とエネルギー緩和機構に関する研究
標題(洋) Mobilities and Energy Relaxation Mechanisms of Two‐Dimensional Electrons in Si Metal‐Oxide‐Semiconductor Field‐Effect Transistors
報告番号 123017
報告番号 甲23017
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6634号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田島,道夫
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 教授 平本,俊郎
 豊田工業大学 副学長 榊,裕之
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、現在VLSIの主要な構成要素として用いられているSi-MOSトランジスタ内の2次元電子系の散乱機構に関する研究について記している。様々な散乱機構が関与する2次元電子系の移動度は、デバイスの性能を決定する重要なパラメータであり、実験と理論を詳細に比較することによって、電子系の支配的な散乱機構を明らかにした。また、外部から印加された電界による電子加熱効果を詳細に調べることによって、電子と結晶格子の相互作用の強さを特徴づける定数を求め、音響フォノン散乱の強度について議論する。さらに、薄い酸化膜を持つSi MOSFETsの輸送特性を詳細に調べることにより、2次元電子系の電子有効質量の増加を観測し、ゲート酸化膜の薄膜化による影響についても議論する。

第一章は序論であり、Si-MOSトランジスタ構造の原理や現在進められている開発の傾向、さらに2次元電子系の散乱機構などに関する従来の研究を紹介した後、本研究の目的を明らかにする。Si-MOSトランジスタの反転層内には、2次元的な伝導を示す電子系が形成され、VLSIの主要構成要素として用いられている。Si-MOSトランジスタ2次元電子系では、不純物散乱、音響フォノン散乱、界面ラフネス散乱が支配的であることが知られており、それに関する様々な研究が従来から行われている。しかし、プロセスの技術の発展に伴い、これまで顕著に見られなかった伝導特性などが現れつつある。また、シリコン中の2次元電子系ではスクリーニング効果が重要であり、各々の散乱機構に与えるスクリーニング効果の影響も詳細に検討する必要がある。また、トランジスタの室温付近の動作で重要な音響フォノン散乱に関しても、音響フォノン散乱の強さを表すシリコンの物理定数(変形ポテンシャル定数)は様々な異なる値が報告されており、精密にその値を決めることが必要である。さらに、Si-MOSトランジスタの微細化に伴い、酸化膜厚さが超薄膜化した場合、反転層の電子がゲート中に存在する正電荷から受けるクーロン力は大きくなり、その影響を検討することは重要である。

第二章では、シリコン2次元電子系の散乱機構の解明のため、ホール効果により移動度を電子密度と温度の関数として系統的に調べた。その結果、不純物散乱が支配的な領域で非常に強い温度依存性があることを見出した。そこで様々な散乱メカニズムの理論との比較を行い、温度上昇によるスクリーニングの低下を考慮することによって、移動度の強い温度依存性を説明できることを示した。高電子密度領域では界面ラフネス散乱が支配的であり、実験結果を最もよく説明する界面ラフネスの大きさは、これまで報告されている値より界面がより平坦であることを示すものであった。一方、温度が高くなると音響フォノン散乱が支配的になる。音響フォノン散乱の強度を決定するパラメータである変形ポテンシャル定数が、従来バルクシリコンについて報告されてきた値ではなく、本論文の第三章で議論するより大きな値(12 eV)を仮定すると、良い一致が得られることがわかった。また、従来から移動度の電子密度依存性におけるユニバーサルな依存性が議論されているが、スクリーニング効果の温度・電子密度依存性を考慮すると、移動度は温度と電子密度の関数として複雑な振る舞いをすることを明らかにした。

第三章では、シリコンMOSトランジスタ内の2次元電子の加熱効果を詳細に調べることによって、室温付近の主要な散乱である音響フォノン散乱に関する、より精密な議論を行った。電子系に電界を印加するとジュール熱により電子は加熱される。一方、加熱された電子系はフォノンを放出して冷却される。この加熱と冷却の釣り合いにより、電子系の温度が決定する。本研究では、磁気抵抗測定を用いて、電子系への入力電力と電子温度の関係を詳細に調べた。電子1個あたりの入力電力が3×10(-17) Wを越えると、電子温度が急激に上昇することを見出した。電子冷却課程には、フォノン散乱のみ関与するため、電子温度の上昇のデータとフォノン散乱による電子冷却の理論計算の比較により、音響フォノン散乱の強度を精密に決定することができる。そこで、フォノン散乱によるエネルギー損失レートの理論計算と実験の比較を行い、フォノン散乱の強度を決定するパラメータであるシリコン伝導帯の変形ポテンシャ定数を求めた。その結果、従来、バルクシリコンで用いられてきた変形ポテンシャ定数の値(9 eV)より大きな値(12±2 eV)の時に最もよく電子加熱の振る舞いを説明できることを見出した。さらに、この値を用いて室温付近の移動度を計算したところ、実験とのよりよい一致が得られた。

第四章では、薄いゲート酸化膜を持ったSi-MOSトランジスタ反転層中のキャリア輸送特性を調べた。薄い酸化膜を持つSiトランジスタ中の電子の有効質量を磁気抵抗の温度依存性より求めた。その結果、電子密度の低下に従い、電子の有効質量が増加する傾向が観測された。この電子密度依存性は反転層内の電子間の相互作用によるものと考えられている。さらに、25 nmと5 nmの酸化膜を持つ試料について、電子の有効質量を比較したところ、薄い酸化膜を持つ試料中での有効質量の方が大きいことがわかった。この原因はまだ明らかではないが、薄い酸化膜を持つ構造中では、チャネル中の電子とゲート酸化膜中の正電荷との相互作用が強くなり、それによるクーロンドラッグである可能性がある。

第五章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめている。シリコン2次元電子系の移動度を系統的に調べることにより、スクリーニング効果の温度・電子密度依存性が重要であること、さらにそれにより移動度は温度や電子密度の関数として複雑な振る舞いをすることを明らかにした。また、電子系のエネルギー緩和機構を調べることにより、音響フォノン散乱の強度を表す重要な物理定数である変形ポテンシャル定数が、シリコンの伝導帯に対して12±2 eVであることを決定した。さらに、薄い酸化膜を持つSi-MOSトランジスタの輸送特性を調べることにより、電子の有効質量が増大する効果を観測した。

本研究によるSi-MOS構造内の2次元電子系の散乱機構の詳細な検討は、先端Si-MOSトランジスタの伝導特性の理解に大きく貢献するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

シリコンMOS (metal-oxide-semiconductor)型電界効果トランジスタは、超LSIを構成する要素として、最も重要かつ不可欠のデバイスである。シリコンMOSトランジスタ中には、シリコン酸化膜とシリコン基板の界面に2次元的な自由度を持つ電子層が形成されることが知られており、電子の伝導特性は1960年代より活発な研究がなされてきた。しかし、現在でも2次元電子の伝導特性には未解明な点が多い。本論文は、"Mobilities and Energy Relaxation Mechanisms of Two-Dimensional Electrons in Si Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistors" (「Si-MOSトランジスタ2次元電子系の移動度とエネルギー緩和機構に関する研究」)と題し、シリコンMOSトランジスタ中の2次元電子の伝導特性における散乱や電子間相互作用の効果を精密な実験と理論計算により論じたものである。論文は5章より構成されており、英文で記されている。

第一章は序論であり、基本的なシリコンMOSトランジスタ構造の概要を説明するとともに、従来から議論されてきた2次元電子系の移動度の研究や最近の研究動向を紹介した後、本研究の目的を明らかにしている。

第二章では、シリコン2次元電子系の散乱機構を解明するため、ホール測定を用いて電子移動度の温度依存性や電子密度依存性を精密に調べている。その結果、不純物散乱が支配的な領域で非常に強い移動度の温度依存性が現れることを見出した。この特徴は、ガリウムヒ素など化合物半導体のトランジスタでは見られない現象である。シリコン中の電子は比較的重い有効質量を有している。さらに伝導帯に複数の谷を持つバンド構造を有している。従って、電子の状態密度が大きく、電子間相互作用により強いスクリーニング効果が期待される。しかし、一方、大きな状態密度のためフェルミエネルギーが小さくなり、温度上昇とともに容易に電子系の縮退が解け、スクリーニングが弱まる。このような強いスクリーニング効果と、その温度上昇による低下が複雑な移動度の温度依存性を発現させていることを説明している。さらに、音響フォノン散乱と界面ラフネス散乱も含めて、移動度と理論計算の比較を行い、スクリーニングの温度・電子密度依存性が、散乱に非常に大きな影響を与えており、一般に知られている簡単なべき乗の依存性とはかなり異なる複雑な依存性を示すことを明らかにしている。

第三章では、電界による電子の加熱効果を詳細に調べることにより、室温領域で重要な散乱となる音響フォノン散乱の強度に関して議論を行っている。電界を印加すると電子系はジュール損により加熱され、電子系の温度は上昇する。一方、温度が上がった電子系はフォノンを放出して冷却する。このジュール熱による温度上昇とフォノン放出による冷却のバランスにより電子系の温度(電子温度)が定まる。本論文では、電界による入力電力と電子温度の関係を磁気抵抗測定により精密に測定し、その振る舞いを音響フォノン散乱の理論と比較することにより、電子温度の上昇が音響フォノンの放出により律速されていることを示している。さらに実験と理論の比較より、音響フォノン散乱の強度を決定する重要なパラメータであるシリコン伝導帯の変形ポテンシャルが12±2 eVであると決定している。この値は、従来、バルクシリコン中の電子移動度から決定された値(9 eV)よりも大きな値であり、この値を用いることによりシリコンMOS2次元電子系の移動度の実験値とよりよい一致を見ている。

第四章では、シリコンMOSトランジスタのゲート酸化膜の薄膜化による反転層中の電子の輸送特性について議論している。薄い酸化膜を持つシリコンMOS2次元電子系の有効質量を磁気抵抗測定により精密に測定したところ、電子密度の低下とともに、電子の有効質量が増加するという現象を観測した。この依存性はバンドの非放物線性から予測されるものと逆の振る舞いである。電子密度が低下すると、電子間の平均距離よりも、電子とゲート中の正電荷との距離が近くなり、それによるクーロンドラッグを受けると考えられ、観測された現象が、反転層中の2次元電子系とゲート中の正電荷とのクーロン相互作用によるものであると示唆している。

第五章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめている。

以上のように本論文は、シリコンMOS構造内の2次元電子を対象に電気伝導測定と理論計算とを詳細に比較し、電子伝導の理解にはスクリーニング効果やフォノン散乱の強度を厳密に考慮することが必須であることを示すとともに、酸化膜が極薄のMOS構造における電子の有効質量増大に関する新知見を提供しており、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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