学位論文要旨



No 123021
著者(漢字) 土井,荘一
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,ソウイチ
標題(和) 燃料被覆管材特性劣化を踏まえたPWR燃料安全性評価に関する研究 : 主に反応度投入事象時のPWR燃料機械的破損予測について
標題(洋)
報告番号 123021
報告番号 甲23021
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6638号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 准教授 陳,迎
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

原子力発電の安全性確保と共に効率的利用は、優先課題である。これを実現するには、多様な環境条件で使用される燃料の安全性確認が重要な要件のひとつであり、燃料破損限界を適正に評価することで燃料有効活用が図れ、また性能護湘を目指した改良燃料材料の性能向上を適切に評価できる。

ところで現在の軽水炉安全性評価において燃料破損限界は、燃料照射試験等に基づいて燃料エンタルピが制限値として設定されている、或は被覆材変形量が歪み基準で制限されている。現状では、燃料破損エンタルピ限界は、燃焼度の関数で整理されているが新たな使用環境或は改良材を使用する場合にはその都度照射試験により性能限界を確認する必要があり、燃料安全性の確認が容易ではない。また、燃焼が進んだPWR燃料での破損例である図1を見ると脆性破壊と延性破壊が混在し、小さな歪み量で破損に至っており、歪み基準のみでは必ずしも十分に評価できているとは言い難い。

ところでこの破損限界は、主に被覆管材特性に支配されていることから材料特性に基づく、破損限界評価手法を確立することで多様な燃料使用環境下での性能限界、或は改良被覆管材の性能向上の評価が可能となり、燃料安全性が適正に評価できる。この様な背景のもとに延性破壊、脆性破壊の二つの観点からPWR燃料の破損限界の予測手法を確立し、その有効性を確認した。また、破損限界予測から燃料安全性を維持するために必要な被覆材要求性能を設定することも可能となった。さらにその特性測定手法を確立し、その有効性を確認した。

2.研究の目的

1)燃料被覆管の延性特性及び脆化特性の2つの観点から燃料破損評価手法を確立する。

2)被覆管の脆化評価手法を確立する。

3)燃料要求性能に対する必要被覆管特性を設定る。

3.過出力時燃料機械的破損評価手法

(1) 燃料機械的破損評価手法

PWRプラントでは、制御棒の異常な引抜き等による反応度投入及び原子炉内の燃料出力分布変化を想定し、その場合でも燃料破損を回避する、或は破損が想定される場合には、その破損量を適切に評価することが求められている。この様な過出力条件では、燃料ペレットの温度上昇による熱膨張から被覆管変形(PCMI;Pellet-Clad Mechanical Interaction)により機械的破損に到る。従って燃料破損に対して被覆管特性が重要な因子となる。被覆管金属材料では、通常延性破壊を示すが燃料使用期間が伸長すると照射脆化が進み、脆性破壊を示すようになる。被覆管破損例として破損位置での横断面観察を図1に示す。被覆管外面(同図、上側)での照射・水素脆化が進んだ領域で脆性的な亀裂を示している。このような被覆管に対する破損評価手法として応力、歪み量評価が適用され、最近では歪みエネルギー密度評価 が検討されているが亀裂進展評価は、十分になされているとは言い難い。そこで破壊力学評価とを組合わせることで脆化の進んだ被覆管材について広い温度範囲で適正な破損評価が可能であることを示した。即ち、以下の判断基準に対してより厳しく判定される方で破損が予測されるとした。

○SED;歪みエネルギー密度(延性破損)評価

SED=∫σdε≧CSED(限界SED)

σ;応力、ε;歪み

○応力拡大係数(脆性破損)評価

KI≧KIC(破壊靭性値)

KI;応力拡大係数、KI=σF√(πa)、

F;亀裂形状係数、a;亀裂長

(2)破損判断基準

1) 限界歪みエネルギー密度(CSED; Critical Strain Energy Density)

被覆管材の破損に至るまでの変形に要した歪みエネルギー密度は、その限界値が材料特性により決まることから、通常の引張試験結果からの降伏強さ、応力指数、破断伸びからCSEDを算出し、制限値として設定した。得られたCSED値は、照射と共に主に破断伸びの低下と共に低下する。この延性の低下は照射脆化、特に水素吸収量の増加によるものである。そこでこの水素吸収量と比例関係にある被覆管外面酸化膜厚で整理された公開文献データii共に図2示す。外面酸化膜のの増加に伴いCSEDが低下していることが分かる。

2) 破壊靭性値K(IC)モデル

破壊靭性値も温度、中性子照射量、水素吸収量の依存性を示し、公開されているジルカロイ材のデータ を用いて破壊靭性値のいモデル化を行った。このモデルと実測データの比較を図3に示す。ここでも水素吸収量の増加と共にK(IC)が低下していることが分かる。

(3) RIA模擬パルス試験への適用

反応度投入事象を模擬したJAEA NSRRパルス試験に対して過渡変化時燃料挙動解析コードFRAP-T6(ir) を用いて過出力状態での燃料挙動を解析した。燃料エンタルピの増加と共に燃料温度が上昇、熱膨張によりペレットが被覆管を押し広げる。この燃料エンタルピ増加に対する被覆管変形から歪みエネルギ密度及び応力拡大係数を破損判断基準と共に図4に示す。これにより判断基準に到る燃料エンタルピを評価した。

このようにして各判断基準に到る燃料エンタルピを被覆管脆化要因の一つである水素吸収量で整理して図5に示した。同図にはパルス試験結果も合わせて示してあり、これより、室温条件で実施されたこれらパルス試験において破壊靭性値による破損予測が適切であることが分かる。一方、290℃以上の高温で実施された仏国CABRI炉パルス試験に対しても同様な評価を行った。結果を図6に示す。被覆管温度が高く、被覆管の延性が大きくなることから破壊靭性値が大きくなり、歪みエネルギー密度評価による破損予測が支配的となる。

以上より延性破壊評価と脆性破壊評価を組み合わせることで照射脆化の進んだ被覆管材に対して適正な破損予測が可能となった。

4.インテ゛ンテーション法による破壊靭性値測定

前述のように照射脆化が進んだ燃料の破損においては被覆管の破壊靭性値評価が重要となるが、被覆管の破壊靭性値測定データはほとんどなく、現在その試験方法等の検討がされている。これは、一般的な靭性値測定では、厚肉材を対象としており、薄肉被覆管材に対しての測定方法は必ずしも確立していない。そこで主にセラミック材に対して適用され、簡便的なインデンテーション法にる破壊靭性値測定手法の適用を検討した。

(1) 破壊靭性値測定評価方法確立

脆化材料では、マイクロインデンテーションにより図7に示したような圧痕の周りに亀裂が生じる。この亀裂長に対して破壊靭性値は下式で算出 される。

KIC∝(P/c(3/2))、P;荷重、c;亀裂長

この様な亀裂が生じた場合、得られる荷重-押込み量曲線において図8に示した傾きの変化、ポップインが観察され、このポップイン量と亀裂長が比例関係にあることを確認した。従ってポップイン量から亀裂長が推定され、前式より破壊靭性値が算出される。

(2) 破壊靭性値測定結果

高水素吸収ジルカロイ4材及び高温酸化ジルカロイ4材での測定結果を図9に示す。水素吸収材で約1.5MPa√mが得られており、これは水素化物ZrH1.6に対する報告値 、約1MPa√mと同等であり、本測定手法が妥当であることを確認した。これにより、脆化の進んだ被覆管材についてインデンテーション法により破壊靭性値が測定可能となった。

(3)最小破壊靭性値評価

本測定方法では、大きく脆化が進んだ材料で十分な荷重を与えないとポップイン(亀裂)が生じなく、測定ができないが燃料安全性の観点からは逆に亀裂が発生するほとに脆化が進んでいないことが確認されたことになる。従って亀裂が生じない場合でも圧痕の対角長以下の亀裂が生じていると仮定することで保守的に最小破壊靭性値が評価できる。これらの結果の有用性については後述の燃料破損評価において検討する。

5.PWR燃料安全要求性能

材料特性に基づいた燃料破損予測評価より、逆に燃料の負荷条件に対して燃料破損を回避するために必要な被覆管材特性を評価することができる。破壊靭性値に対していくらまでの燃料負荷(燃料エンタルピ)が許容されるかを整理すると図10に示したとおりとなる。ところでここに前述のインデンテーション法により、測定した破壊靭性値を示す。ここでの材料では亀裂を生じていないので"最小破壊靭性値"が評価されたが、燃料の破損はこのように低靭性値域で重要である。この被覆管脆化測定により燃料安全性(破損回避)がどの程度の負荷まで維持されるかを評価できる。

6.まとめ

PWR燃料での過出力条件下での燃料破損評価を被覆管機械特性に基づく評価手法を確立した。この評価方法の適用により照射が進んだ時点では、脆性破損が支配的となることを確認できた。またこれより破壊靭性値特性の把握が重要であることからインデンテーション法による比較的簡便に破壊靭性値の測定手法を確立した。

これにより従来、燃料照射試験によりその破損限界を確認してきたがこの研究により被覆管材特性から破損予測が可能となった。また逆に燃料材料特性に対する要求性能を設定でき、これにより新しい燃料使用条件下での燃料安全性を確認することが容易となると共に新しい材料の改良の方向が設定できるようになった。

R.O.Montgomery et al., Review and Analysis of RIA-Simulation Experiments on Intermediate and High Burnup Test Rods, Proceedings 1997 ANS Topical Meeting, Orland, Mar. 1997.R.L.Yang et al., Industry Strategy and Assessment of Existing RIA Data, Proceedings 2000 ANS Topical Meeting, Park City, Apr. 2000.F.H.Huang, Brittle-fracture potential of irradiated Zircaloy-2 pressure tubes, Journal of Nuclear Materials 207 (1993).Larry J. Siefken et al., FRAP-T6: A Computer Code for the Transient Analysis of Oxide Fuel Rods, NUREG/CR-2148 EGG-2104, May 1981.G.R.Anstis, P.Chantikul, B.R.Lawn and D.B.Marshall, "A Critical Evaluation of Indentation Techniques," J.Am.Ceram.Soc., 64[9], 533-38(1981).L.A.Simpson et al., Fracture toughness of zirconium hydride and tis influence on the crack resistance of zirconium alloys, JNM 87(1979)303-316.

図1 被覆管脆化の進んだ高燃焼度燃料被覆管破損例

図2 CSED制限値と実測データとの比較

図3 ジルカロイ材KIC制限値と実測データの比較

図4 FRAP-T6コード解析によるNSRRパルス試験時、燃料エンタルピ増加に対する応力拡大係数及び歪みエネルギー増加評価

図5 室温からのNSRRパルス試験結果に対する燃料破損予測比較

図6 290℃からのCABRIパルス試験結果に対する燃料破損予測比較

図7 1200℃水蒸気下で酸化されたジルカロイ4被覆管材α-Zr相でのマイクロインテ゛ンテーションによる圧痕と亀裂

図8 マイクロインテ゛ンテーションによる荷重-押込み量曲線でのポップイン

図9 ポップイン法による脆化ジルカロイ4材破壊靭性値測定結果

図10 反応度投入事象時、燃料脆性破損回避に要する燃料特性(破壊靭性値)

審査要旨 要旨を表示する

原子力発電の安全性確保と効率的利用を実現するには、合理的な燃料安全性基準の確立が重要である。本論文では、主に延性破損を念頭とした基準に代わるものとして、延性破壊と脆性破壊を組み合わせて合理的に加圧水型原子力炉燃料の破損限界評価手法の基盤を検討した成果をとりまとめている。また、従来の考え方とは逆に、燃料安全性を確保するための被覆材要求性能を設定することが有効であることを示し、特性測定手法の確立とともに有効性の確認を体系的に行う手法を提案して、燃料破損限界を適正に評価することで、性能向上を目指した改良材料の有効性評価への適用性を検討している。

本論文は9章で構成されている。

第1章では、今後の燃料安全研究の課題とあるべき姿を述べている。

第2章は、本論文における研究の背景並びに目的を述べている。燃料被覆管の延性特性及び脆化特性の双方の観点から燃料破損評価手法を確立するとともに、被覆管の脆化評価手法を確立して、燃料要求性能に対する必要被覆管特性を設定することを本論文の目的と設定している。

第3章は、燃料の安全基準について議論しており、燃料破損限界破損限界は、主に被覆管材特性に支配されていることから、材料特性に基づく破損限界評価手法を確立することによって、多様な燃料使用環境下での性能限界、あるいは改良被覆管材における性能向上を適切に評価することが可能となり、科学的合理性を持った燃料安全基準が達成されることを詳述している。

第4章は、過出力時における燃料機械的破損評価手法を体系的に検討している。使用期間中において、中性子照射脆化と水素脆化が進行してゆく被覆管に対しては、過出力条件での燃料ペレットの温度上昇による熱膨張から破損にいたるまでの評価手法として、歪みエネルギー密度による延性破損評価と破壊靭性に基づく脆性破損評価が必要であることを論じている。また、破損判断基準としての限界歪みエネルギー密度を引張試験結果からの降伏強さ、応力指数、破断伸びから算出し、被覆管外面酸化膜厚データに基づいて、延性の低下は主に水素吸収量の増加によることを論じている。また破壊靭性値についても、温度、中性子照射量、水素吸収量に依存するモデルを構築することに成功している。

さらに本章においては、使用期間中に脆化が進んだ薄肉材料としての被覆管における破壊靭性値測定手法として、マイクロインデンテーション法の適用性を実験的に検討している。高水素吸収ジルカロイ4材及び高温酸化ジルカロイ4材において、ポップイン量と亀裂長が比例関係にあることを示しており、また、亀裂が生じなくても圧痕の対角長の亀裂が生じていると仮定することで、保守的に最小破壊靭性値が評価できることを示し、燃料破損評価への適用性を議論している。

第5章では、開発した燃料破損限界評価手法を、各種の燃料の試験炉におけるパルス照射試験へ適用することを試みている。被覆管温度が室温からの試験であるNSRRパルス試験に対しては、過渡変化時燃料挙動解析コードFRAP-T6を用いて過出力状態での被覆管応力を解析し、投入される燃料エンタルピ増加に対する歪みエネルギー密度及び応力拡大係数を検討している。試験での燃料破損結果に基づいて、水素吸収に伴う破壊靭性値の低下による破損判断基準が適切であることを検証している。さらに290℃以上の高温で実施されたCABRIパルス試験に対しても同様な評価を行い、被覆管の延性破損が支配的である場合と、燃焼度に伴い水素吸収による脆化が進むに伴い、脆性破損が見られることを明確に示すことに成功している。これらの検討から、脆性破壊評価を加えることで照射脆化の進んだ被覆管材に対して適正な破損予測が可能となったこと、また、材料の脆化の支配的要因の一つである水素吸収量で破損限界が評価できることから、水素吸収量を低減する改良被覆管材に対してもその性能向上が評価可能となることを議論している。

第6章においては、燃料の負荷条件に対して燃料破損を回避するために必要な被覆管材特性を評価しており、第4章で開発したインデンテーション法により評価可能な最小破壊靭性値に基づいて、燃料安全性の観点から要請される被覆管材料性能を提示できることを示している。

第7章及び第8章は、本論文のまとめと結論を示している。

また、第9章と添付資料は、それぞれ謝辞と実験結果の詳細を示している。

以上を要するに、本論文は、加圧水型原子炉燃料での過出力条件下での燃料破損評価を被覆管機械特性に基づいて評価する手法を確立して、燃料材料特性に対する要求性能を設定できることを提示したものであり、新しい燃料使用条件下での燃料安全性を従来の照射試験実績に基づく検証より容易かつ合理的に達成するとともに、被覆管材料改良の方向性を明示することを可能とするものであると高く評価できる。

以上から本論文は、システム量子工学、特に原子炉燃料システム工学の発展に寄与することが少なくない。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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