学位論文要旨



No 123034
著者(漢字) 鄭,海燕
著者(英字)
著者(カナ) ゼン,ハイヤン
標題(和) 選択塩化法を利用するチタンの新製造プロセスの開発
標題(洋) Development of a Novel Titanium Production Process Using Selective Chlorination
報告番号 123034
報告番号 甲23034
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6651号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岡部,徹
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 山口,周
内容要旨 要旨を表示する

チタン(Ti)は比強度が高く、耐食性、生体親和性などの優れた特性を持つ金属であり、航空・宇宙、海洋、電気、冶金・化学プラント、建材、民生品、医療・福祉など、様々な分野に利用されている。さらに、チタンは地殻中で9番目に賦存量が多い元素であり、銅(Cu)やステンレス鋼の必須元素であるクロム(Cr)やニッケル(Ni)より資源的には遥かに多く存在する。資源的に無尽蔵なチタンは、将来、次世代の高性能金属材料として広く利用される可能性を有している。しかし、現行のチタンの量産方法であるクロール法は生産性が極めて低く、製造コストが高いため、チタンは未だレアメタルである。

このような背景から、クロール法に代わる生産性の高い新製錬法の開発と早期実用化が強く求められている。そこで、本研究では、金属チタンを効率良く製造する環境調和型の新プロセスの開発を目指した研究を行った。具体的には、選択塩化法を利用してチタン鉱石あるいはチタン富化鉱(up-graded ilmenite(UGI))から鉄などの不純物を除去し、同時にチタン酸化物の成形体(プリフォーム)へ加工し、この原料プリフォームを金属カルシウム(Ca)の蒸気で還元する新しい製錬法に関する基礎的な研究を行った。本研究で明らかにされた具体的な成果を以下に述べる。

第1章では、チタンの発見から工業生産までの歴史、これまでに行われてきたチタンの製造プロセスの研究やその特徴について述べ、各種プロセスの問題点などを解析した。現行法の工業生産プロセスであるクロール法には下記の主な問題点がある。

1. 塩化物廃棄物の発生量を低減するため高品位のチタン鉱石を使用

現行のクロール法では、チタン鉱石の塩化工程で発生する塩化物廃棄物中の塩素は回収されず廃棄されている。そのため、塩化物廃棄物の発生量の低減化とプロセス全体からの塩素(Cl2)のロスを防ぐために、日本のチタン製錬では、酸化チタン(TiO2)の品位が95%程度の高品位のチタン鉱石(チタン鉱石(rutile)あるいはチタン富化鉱(UGI))を出発原料として用いている。高品位のチタン原料は高価であるため、現行のクロール法によるチタンの製造コストを増大させる主な要因となっている。

2. 塩化物廃棄物およびチタンスクラップの発生量の増加

チタン鉱石には主に鉄などの不純物が含まれているため、クロール法の塩化工程では塩化鉄(FeClx, x = 2, 3)を主成分とする廃棄物が発生する。この塩化物廃棄物の処理はコストがかかるだけでなく、環境負荷も大きいため、特に日本のように環境規制の厳しい国では、重要かつ深刻な問題となりつつある。将来、チタンの需要が増加すると、低品位のチタン鉱石も原料として使用しなければならない可能性があり、今後、塩化物廃棄物の量はさらに増大すると予想される。

3. クロール法の低い生産性

クロール法によるチタンの製造コストが高い理由の一つとして、還元プロセスの連続化ができず、バッチ式であることが挙げられる。クロール法は、確実に高純度のチタンが得られるという特徴がある。しかし、純粋な金属を得るまで、長い時間と多大な手間を要し、生産性が極めて低い。

上記の問題点に対して、本研究は選択塩化法を用いてチタン鉱石から鉄などの不純物を直接除去し、脱鉄後に得られたチタン酸化物のプリフォームを金属カルシウムの蒸気で還元し、均一なチタン粉末を効率良く製造する方法に関する研究を行った。このプロセスの利点は以下の通りである。

1. 選択塩化法により低品位のチタン鉱石中の鉄などの不純物を選択的に塩化除去してチタン原料を高品位化するため、安価なチタン鉱石を使用することが可能となる。

2. 選択塩化法により高品位化されたチタン原料を、プリフォーム還元法(PRP法)により還元し、チタン粉末を直接製造する方法は、他の酸化物の直接還元法に比べCaCl2の使用量を大幅に低減できる。また、反応容器からの汚染を効果的に防止でき、プロセスの半連続化、大型化が容易であるなどの利点がある。

3. 塩化工程から排出される塩化物廃棄物の中の塩素を、効率良く回収して有効利用するため、塩化物廃棄物の処理に関する問題が解決され、同時にチタン製錬における塩素ロスが大幅に低減できる。さらに、チタンスクラップを有効利用できるため、環境調和型の新しいプロセスとなり得る。

第2章では選択塩化による脱鉄の可能性を検討するため、チタン鉱石と塩化物の反応についての熱力学的な考察を行った。また、カルシウムによりチタン酸化物を還元してチタンを製造するため、チタン酸化物の金属熱還元に関する熱力学的な考察を行った。さらに、チタンのスクラップを利用して、塩化物廃棄物から塩素を効率良く回収する手法についても熱力学的な検討を行った。具体的には、熱力学データを用いて900~1300 Kの温度範囲でTi-O-Cl系、Ti-Fe-Cl系などの化学ポテンシャル図を作成し、種々の反応について熱力学的な考察を行った。この結果、反応系内の酸素や塩素の化学ポテンシャルを制御すれば、チタン鉱石に含まれる鉄のみを選択的に塩化して揮発除去できることがわかった。また、脱鉄処理したチタン酸化物を金属カルシウムの蒸気を還元剤として用いて還元し、低酸素濃度の金属チタンを製造できることを明らかにした。さらに、FeCl2などの塩化物と金属チタンの反応についても熱力学的な考察を行い、金属チタンのスクラップを用いて塩化物廃棄物中の塩素を抽出し、チタン原料(TiCl4)として分離回収する反応条件を解析した。

第3章では、第2章の熱力学的な考察結果を踏まえて、金属塩化物(CaCl2など)を塩素源とした選択塩化法により低品位のチタン鉱石中の鉄などの不純物を除去する基礎的な実験を行った。1023~1293 Kの反応温度において窒素と水の雰囲気下で低品位のチタン鉱石(ilmenite)とCaCl2を反応させた結果、試料中のチタン濃度は43.8%から77.3%に増加し、逆に鉄濃度が51.3%から16.7%に大幅に減少した。また、副生成物としてはFeCl2が生成した。一連の基礎実験の結果、CaCl2を塩化剤として用いて、チタン鉱石中の不純物の鉄を選択的に除去できることが実証できた。さらに、反応温度を上げると選択塩化脱鉄の効率が増大することもわかった。また、実験結果をもとに、選択塩化による脱鉄メカニズムを熱力学的に解析した結果、HClガスおよびCaTiO3の生成反応とともにチタン鉱石からの脱鉄反応が進行することがわかった。

第4章では、チタンスクラップを利用して、塩化鉄(FeCl2)などの塩化物廃棄物から塩素を回収すると同時に、チタン原料TiCl4を製造する手法について基礎的な実験を行った。900~1200 Kの反応温度でFeCl2と金属チタンを反応させたところ、金属鉄とTiCl4が得られ、チタンをTiCl4として分離回収できることを実証した。この回収実験の結果は、第2章の熱力学的な考察結果とよく一致した。また、1100 Kではチタンの反応率が90% に達し、金属チタンのスクラップを利用すれば、塩化物廃棄物から効率良く塩素を抽出できることがわかった。

さらに、チタンの反応率の温度に対する依存性、チタンスクラップの形態に対する依存性を調べることを目的とした実験を行った。反応温度の上昇に伴って反応率が高くなり、また、粉末のチタンスクラップを原料として利用する方が、チタンの粒やせんばん切りくずを原料として用いる場合よりも効率良く反応することがわかった。

第5章では、還元剤として金属カルシウム蒸気を用い、チタン鉱石を還元して金属チタンを製造する実験を行った。本研究で新たに開発したプリフォーム還元法により、天然のチタン鉱石から直接99%以上の均一な粉末状の金属チタンを製造できることがわかった。また、チタン鉱石を焼成してプリフォームを製造する際、CaCl2をフラックスとして用いれば、鉱石中の不純物の鉄を選択塩化により除去できることも実証した。プリフォームを製造する際に添加物として炭素を加えた場合、脱鉄反応がさらに効率良く進行することがわかった。

本研究で行った一連の基礎的な実験により、選択塩化法を利用してチタン鉱石あるいはチタン富化鉱から鉄などの不純物を除去し、直接還元用のチタン酸化物原料が製造できることを実験的に明らかにした。また、脱鉄したチタン酸化物のプリフォームを金属カルシウムの蒸気で還元することで、均一なチタン粉末を効率良く製造できることを実証した。

本研究により、従来の手法とは全く異なるタイプの高速、半連続、環境調和型の新しいチタン製造プロセスが原理的に可能であることが示された。チタン鉱石から選択的に脱鉄する反応を利用するため、本プロセスでは安価な低品位チタン鉱石の使用が可能となる。また、脱鉄反応により生成する塩化物廃棄物は、チタンスクラップを利用して回収することでチタン原料として再利用できることも、基礎的な実験により明らかにした。この方法は、環境に対する負荷が低減できるだけでなく、チタン製錬における塩素ロスをも大幅に低減できる。塩化物廃棄物を有効利用する本プロセスは、タンタルなどの他のレアメタルのスクラップの回収にも応用することが可能である。脱鉄処理したチタン鉱石をプリフォーム還元法により直接還元し、高い純度の金属チタンを効率良く製造する新しい還元プロセスが実用化されれば、チタンの製造コストが大幅に低下する可能性がある。

本研究は、小規模の極めて基礎的な実験によるものであるが、本研究の結果から得られた知見の一部は、今後、チタン製錬の研究分野の発展に寄与し、チタンがレアメタルからコメンメタルへと変貌し、より豊かな社会を構築するために貢献することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

金属チタンは優れた特性かつ豊富な資源を有しているが、現行のチタンの量産方法であるクロール法は生産性が極めて低く、製造コストが高い。このため、工業生産が始まってから半世紀以上も経った現在でも、未だチタンはレアメタルの域にとどまっている。本論文は、選択塩化法を利用した高効率かつ環境調和型の新規チタン製造プロセスの開発を行ったものである。本論文は以下の6章から構成される。

第1章では、チタンの発見から工業生産までの歴史、これまでに行われてきたチタンの製造プロセスの研究やその特徴について述べ、各種プロセスの問題点などを解析している。次いで、選択塩化法を利用したチタンの新製造プロセスの原理と特長について論じ、本研究の位置付けと目的を明確化している。

第2章では、選択塩化によるチタン鉱石からの脱鉄、カルシウムによるチタン酸化物の還元ならびにチタンのスクラップを利用した塩化物廃棄物からの塩素回収について、熱力学的な検討を行っている。この結果、反応系内の酸素や塩素の化学ポテンシャルの制御により、チタン鉱石に含まれる鉄のみを選択的に塩化して揮発除去できることに明らかにしている。また、脱鉄処理したチタン酸化物を金属カルシウムの蒸気により還元し、低酸素濃度の金属チタンを製造できることも明らかにしている。さらに、金属チタンのスクラップを用いて塩化物廃棄物中の塩素を抽出し、チタン原料(TiCl4)として分離回収する反応条件を解析している。

第3章では、第2章の熱力学的な考察結果を踏まえ、金属塩化物を塩素源とした選択塩化法を用い、低品位のチタン鉱石中の鉄などの不純物除去に関する基礎的な実験を行っている。1023~1293 K窒素と水との混合ガス雰囲気下で低品位のチタン鉱石と塩化カルシウム(CaCl2)を反応させた結果、チタン鉱石中の不純物の鉄を選択的に除去できることを実証している。また、反応温度を上げると選択塩化による脱鉄の効率が増大することも明らかにしている。さらに、実験結果をもとに、選択塩化による脱鉄メカニズムを熱力学的に解析した結果、チタン鉱石からの脱鉄反応はHClガスおよびCaTiO3の生成反応によって進行することを見出している。

第4章では、チタンスクラップを利用した塩化物廃棄物からの塩素回収とチタン原料(TiCl4)製造について基礎的な実験を行っている。900~1200 Kで塩化鉄(FeCl2)と金属チタンとを反応させたところ、金属鉄とTiCl4が得られ、チタンをTiCl4として分離回収できることを実証している。チタンの反応率は反応温度の上昇に伴って高くなり、1100 Kでは90% に達した。また、チタンスクラップの原料として、チタン粉末を利用すると、大きな表面積のために反応がより効率良く進行することも明らかにしている。

第5章では、還元剤として金属カルシウム蒸気を用い、チタン鉱石を還元して金属チタンを製造する実験を行っている。本研究で新たに開発したプリフォーム還元法により、天然のチタン鉱石から直接99%以上の均一な粉末状の金属チタンを製造できることに成功している。また、チタン鉱石を焼成してプリフォームを製造する際にCaCl2をフラックスとして用いれば、選択塩化反応により鉱石中の不純物の鉄を除去でき、さらに、プリフォームを製造する際に添加物として炭素を加えた場合、脱鉄反応がさらに効率良く進行することも明らかにしている。

第6章では、本研究で得られた成果を総括している。

以上要するに、本論文は、選択塩化法を利用してチタン鉱石あるいはチタン富化鉱から鉄などの不純物を除去し、直接還元用のチタン酸化物原料が製造できることを熱力学的な考察および基礎的な実験により明らかにしている。また、脱鉄したチタン酸化物のプリフォームを金属カルシウムの蒸気で還元することで、均一なチタン粉末を効率良く製造できることを実証し、従来の手法とは全く異なるタイプの高速、半連続、環境調和型の新しいチタン製造プロセスを開発することに成功している。これらの一連の研究成果から得られた知見の一部は、チタン製錬の研究分野の発展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク