学位論文要旨



No 123035
著者(漢字) 井上,茂
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,シゲル
標題(和) fccおよびhcp金属基板上に成長したIII族窒化物の特性
標題(洋) Characteristics of group III nitrides grown on fcc and hcp metal substrates
報告番号 123035
報告番号 甲23035
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6652号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 准教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、パルスレーザー堆積法(PLD法)を用いたfccおよびhcp金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長、および第一原理計算を用いた面内配向関係の解明に関して述べたものである。III族窒化物はその優れた光学・電気特性から光デバイスや高周波電子デバイスへの応用が進められている。これらのデバイスは通常、化学的・熱的に安定なサファイア基板上に作製されるが、サファイアの熱伝導率は33W/mKと低いため、高出力動作時の効率低下が問題となっている。一方、CuやAgなどの金属基板は熱伝導率が>400 W/mKと高いことから極めて高い放熱効率を示すと期待される。また鏡面状のAgは可視全域で高い反射率を示すことからAg基板上にLEDを作製できれば光利用効率の向上も期待できる。このような特徴から、単結晶金属基板上へIII族窒化物を直接エピタキシャル成長させる技術の開発が強く望まれている。

しかしながら、III族窒化物の一般的な成長手法であるMOCVD法やMBE法における成長温度は700℃以上と高いため、金属基板とIII族原料が反応し、エピタキシャル成長が困難であることが知られている。一方、PLD(Pulsed Laser Deposition)法においてはIII族原料が高い運動エネルギー状態で供給されるため、基板温度を低減しても結晶前駆体のマイグレーションが可能となり、金属基板上へのIII族窒化物のエピタキシャル成長が期待できる。本論文ではfccおよびhcp金属基板上に成長したIII族窒化物の特性について以下の5章に大別して論じている。

第1章では、本論文で対象とするIII族窒化物薄膜のエピタキシャル成長について述べられている。III族窒化物の基本的な性質、各種結晶成長、III族窒化物デバイスの問題点について説明し、これらの現状を背景として、本研究の目的が述べられている。

第2章では、fcc金属基板上へのIII族窒化物成長について述べられている。Cu, Ag, Rhの各fcc基板上へIII族窒化物のエピタキシャル成長を試みた。

放熱基板として重要なCu基板上へPLD法による低温成長手法を用いてIII族窒化物のエピタキシャル成長を試みた。超高真空中で加熱清浄化を行ったCu(111)基板上に350℃でAlNの成長を行ったところ、AlNのエピタキシャル成長が実現した。面内配向関係はAlN(0001) // Cu(111), AlN[11-20] // Cu[1-10]であることが分かった。このときの格子不整合は21.8%であり、格子不整合最小(5.5%)の面内配向(AlN[11-20] //Cu[11-2])は実現しないことが確かめられた。また、AlN/Cu(111)界面で反応層は存在せず、急峻なヘテロ界面が得られていることが分かった。一方、650℃でAlNを成長した場合、多結晶成長であることが分かった。AlN/Cu(111)界面には膜厚10.5 nmに及ぶ反応層が存在することが確かめられ、界面反応に起因して多結晶成長が生じたと考えられる。このように、PLD法による低温成長によってCu(111)基板上へのAlN薄膜のエピタキシャル成長が実現することが確かめられた。さらに、350℃でエピタキシャル成長したAlN薄膜上に、700℃においてGaNの成長を行った平坦なGaN薄膜がエピタキシャル成長していることが確認できた。

反射機能を有する放熱基板として有望なAg基板上へIII族窒化物のエピタキシャル成長を試みた。450℃でAg(111)基板上へAlNの成長を行ったところ、Cu(111)基板上の場合と同様に単結晶AlNのエピタキシャル成長が可能であることが分かった。このときのAlN/Ag界面反応層厚は0.8 nmであり、急峻な界面が実現していることが分かった。また、面内配向関係はAlN[11-20] // Ag[1-10]であり、Cuの場合と同様の配向関係を示すことが分かった。この配向関係における格子不整合は7.7%であり、30°回転した配向関係(AlN[11-20] // Ag[11-2])における格子不整合(6.7%)に比べ、むしろ大きな値をとった。また、AlNの表面荒さは4.1 nmであり、平坦なAlN薄膜が得られていることが分かった。一方、600℃で成長した場合には多結晶成長であり、AlNの表面荒さが132 nmと非常に荒れた表面を持つことが分かった。以上の結果から、平坦な表面を持ったエピタキシャル薄膜の成長にはPLD法による低温成長が有効であることが示された。次に、450℃でエピタキシャル成長したAlN/Ag(111)構造の耐熱性について評価した。エピタキシャル成長したAlN薄膜を超高真空中でアニールして界面反応層厚の変化を測定したところ、700℃までのアニールを施してもas-grownで形成された急峻な界面を維持していることが確認された。また、アニール過程においてAlN表面へのAg原子の拡散が見られないことから、AlN/AgがGaN成長のためのバッファー層として機能することが分かった。AlN/Ag(111)構造上に700℃でGaNの成長を試みたところ、平坦なGaN薄膜がエピタキシャル成長していることが確認された。

紫外域における反射機能を有する放熱基板として有望なRh基板上へIII族窒化物のエピタキシャル成長を試みた。Rh(111)基板上へAlNの成長を行ったところ、650℃以上では激しい界面反応を生じ、多結晶成長であったが、350-550℃で急峻な界面を有するAlN薄膜がエピタキシャル成長した。面内配向関係はCu, Ag基板と同様のAlN[11-20] // Rh[1-10]であった。このときの格子不整合は15.7%であり、30°回転した配向関係(AlN[11-20] // Rh[11-2])における格子不整合(0.2%)に比べ、むしろ大きな格子不整合が実現した。450℃でエピタキシャル成長したAlN薄膜上に700℃でGaNの成長を試みたところ、平坦はGaNがエピタキシャル成長した。

以上のように、PLD法による低温成長技術を用いることでfcc金属(111)基板上へIII族窒化物薄膜のエピタキシャル成長を実現した。また、得られたAlN薄膜と基板の面内配向関係は全て格子不整合の観点からは不利なAlN[11-20] // fcc-metal[1-10]が実現した。

第3章では、hcp金属基板上へのIII族窒化物成長について述べられている。Hf, Ruの各hcp基板上へIII族窒化物のエピタキシャル成長を試みた。

Hf(0001)基板は、GaNとの格子不整合が面内で0.3%、面直で2.4%と小さいため、GaN成長用の格子整合基板として有望である。MBE法でのGaN成長温度に対応する700℃で成長を行ったところ、界面反応を生じ、多結晶成長となった。基板温度を室温に低減して成長を行ったところ、GaNがエピタキシャル成長した。このとき、明瞭なRHEED強度振動が確認され、layer-by-layerモードで成長が進行していることが分かった。

Ruは周波数フィルター素子FBARの下部電極材料として優れた特性を有している。FBARの圧電材料であるAlNがRu上に成長されているが、単結晶AlN薄膜は得られていないのが現状である。本研究ではPLD法による低温成長技術を用いて600℃以下でRu(0001)基板上へ単結晶AlN薄膜のエピタキシャル成長を実現した。

第4章では、第一原理計算による面内配向関係の解明について述べられている。第2章で述べたように、PLD法による低温成長技術を用いることでfcc金属(111)基板上へAlNのエピタキシャル成長を実現した。得られた面内配向関係はAlN[11-20] // fcc-metal[1-10]であり、格子不整から期待される配向関係(AlN[11-20] // fcc-metal[11-2])とは30°ずれている。そこで、金属基板上AlN成長の配向関係は歪エネルギーではなく結晶成長初期の吸着エネルギーにより決定されると考え、Cu(111)表面上へのAl原子およびN原子の吸着エネルギーを第一原理的計算手法により求めた。その結果、(1) Al, N原子ともにon-topサイトの吸着エネルギーは最も小さく、不安定であり、(2) N原子がhollowサイトに吸着した場合に、最も吸着エネルギーが大きくなり安定であることが分かった。N原子をhollowサイトに配置してAlNの第1層を構成したところ、実験で得られた面内配向関係が再現されることが分かった。以上のように、面内配向関係は歪エネルギーではなく結晶成長初期の吸着過程で決定されることが解明された。

第5章では、本論文のまとめ、および今後の展開が述べられている。

以上、本論文ではPLD法による低温成長技術を用いることでfccおよびhcp金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長を実現した。また、第一原理計算を用いることにより、Cu(111)基板上AlNエピタキシャル薄膜の面内配向関係を解明した。本研究で得られた知見は、III族窒化物発光デバイスの高効率化・高出力化に大きな進展を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、結晶成長技術の進歩により、GaNに代表されるIII族窒化物半導体を利用した青色発光ダイオードおよびレーザーダイオードが実用化した。しかしながら、III族窒化物薄膜の成長用基板として用いられているサファイアは熱伝導率が33 W/mKと低く、放熱性が悪いため、高出力動作時の効率低下を引き起こすことが問題となっている。一方、CuやAgなどの金属基板は熱伝導率が>400 W/mKであるため極めて高い放熱性を示すと期待される。また鏡面状のAgは可視全域で高い反射率を示すことから光取り出し効率の向上も期待できる。このような特徴から、単結晶金属基板上へIII族窒化物を直接エピタキシャル成長させる技術の開発が強く望まれている。ところが、III族窒化物の一般的な成長手法であるMOCVD法やMBE法における成長温度は700℃以上と高いため、金属基板とIII族原料が反応し、エピタキシャル成長が困難であることが知られている。一方、PLD(Pulsed Laser Deposition)法においてはIII族原料が高い運動エネルギー状態で供給されるため、基板温度を低減してもマイグレーションが促進される。したがって、PLD法による低温成長法を用いることで金属基板上へのIII族窒化物のエピタキシャル成長が期待できる。本論文はPLD法を用いたfccおよびhcp金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長、および第一原理計算を用いた面内配向関係の解明に関してまとめたものである。

第1章ではIII族窒化物半導体の概要が述べられ、その成長方法に関する問題点を挙げ、発光素子の放熱効率および光取り出し効率向上には金属基板の利用が有効な手段として提案されている。金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長には、PLD法による低温成長技術が必要であることが述べられている。また、これらの現状を背景として、本研究の目的が述べられている。

第2章では、fcc金属基板上へのIII族窒化物成長について述べられている。PLD法による低温成長技術を用いてCu, Ag, Rhの各fcc基板上へAlNのエピタキシャル成長を初めて達成し、成長温度依存性および耐熱性について述べられている。従来の成長手法が必要とする高温では界面反応に起因してエピタキシャル成長は不可能であるが、PLD法による低温成長技術を適用することで急峻な界面を持つIII族窒化物のエピタキシャル成長に成功している。また、面内配向関係は、歪みエネルギーから有利な配向ではなく、それから30度回転したAlN[11-20] // fcc-metal[1-10]が実現していることが明らかとなっている。このように、AlN/fcc金属基板の面内配向関係決定には共通の成長メカニズムの存在が示唆される。それが結晶成長初期過程に起因すると考え、第4章で第一原理計算を用いてメカニズム解明を試みている。

第3章では、hcp金属基板上へのIII族窒化物成長について述べられている。PLD法による低温成長技術を用いてHf, Ruの各hcp基板上へIII族窒化物のエピタキシャル成長を初めて達成し、成長温度依存性および耐熱性について述べられている。Hf基板上へは、成長温度を室温にまで低減することでGaNの直接エピタキシャル成長に成功している。この構造は垂直伝導型光学デバイスに有利な構造であり、その他の金属基板においてもPLD法の低温成長技術を用いることでGaNの直接エピタキシャル成長が可能になると述べられている。

第4章では、第一原理計算を用いたAlN/fcc金属基板の面内配向関係の解明について述べられている。Cu(111)表面へのAlおよびNの吸着エネルギーを計算した結果、Nがhollowサイトに吸着した場合に最も安定であることが明らかにされている。この吸着を実現する配置から、実験結果と同様の配向関係が再現されることを確認している。fcc金属基板上へのAlNの面内配向関係は、歪みエネルギーではなく、結晶成長初期の吸着過程で決定されることが述べられている。

第5章では本論文を総括し、本研究で得られた知見を実用化させるための展望が述べられている。III族窒化物を用いた発光素子の放熱効率および光取り出し効率改善には金属基板の利用が有効であり、PLD法による低温成長技術を用いることで初めてIII族窒化物のエピタキシャル成長が可能となると述べられている。また、fcc金属基板上のAlNの面内配向関係は結晶成長初期の吸着過程で決定されることが明らかとなっている。

以上のように、III族窒化物半導体発光素子の放熱効率および光取り出し効率向上に必要な金属基板上へのエピタキシャル成長に成功しており、今後の窒化物半導体結晶成長及びエレクトロニクスの発展に大きく寄与するものとして高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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