学位論文要旨



No 123037
著者(漢字) 田中,陽
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨウ
標題(和) 心血管細胞を用いたバイオマイクロデバイスの創成
標題(洋) Creation of Bio-Microdevices Using Cardiovascular Cells
報告番号 123037
報告番号 甲23037
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6654号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 川合,真紀
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 講師 佐藤,香枝
 東京女子医科大学 教授 岡野,光夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「Creation of bio-microdevices using cardiovascular cells(心血管細胞を用いたバイオマイクロデバイスの創成)」と題し、心筋・血管細胞の機能をマイクロデバイスに組み込んだバイオマイクロデバイスの開発に関する研究結果をまとめたものである。近年、微小空間への化学プロセスの集積化の研究が世界的に注目されている。これは化学プロセスの短縮化、試薬量・廃液量の低減、省スペース化など様々な利点がある。当研究室においても、微小空間の物理特性効果を利用した分析、合成、細胞実験などの高効率なマイクロ化学プロセスを実現してきた。マイクロ化学デバイスは細胞を扱うのに適した空間サイズを持ち、上記のようなプロセス効率化の他に、高い空間分解能・時間分解能が必要な実験や、単一細胞レベルの実験が可能であるといった利点があり、細胞生物学的に新しい知見を見出せると期待できることから、当研究室ではこれまでに様々な高効率生化学分析システムを実現してきた。世界的にみても、細胞とマイクロデバイスの組み合わせに関する研究は近年非常に多く報告されているが、これらのほとんどはマイクロ空間特性を利用した細胞実験システムであるといえる。

これに対し、本研究では、心臓および血管の流体駆動・制御機能に着目し、心筋細胞および血管細胞の力学的・化学的機能とマイクロデバイスを融合した、電力不用・自律駆動型の新しい原理のマイクロ流体デバイスを実現することを着想した。本発想は、細胞による化学エネルギーから力学エネルギーへの高効率変換機能を利用する点、さらに細胞という高機能かつ生体適合性材料を利用する点が画期的であり、従来の電力駆動型マイクロデバイスとは根本的に異なるものである。

以上をふまえ、本研究の目的は、心血管細胞の機能を利用したバイオマイクロデバイスの創成とした。具体的には、(1)心筋細胞バイオマイクロアクチュエータの原理検証、ここから得られた知見をもとに(2)心筋細胞を用いたマイクロポンプの開発、これを微小化した(3)擬似心臓デバイスの開発、さらに(4)血管細胞マイクロ流体制御デバイス開発のための基礎検討に取り組んだ。

第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-chipといわれる類似的研究の歴史的背景とその意義をまとめ、マイクロ化学システムの有用性を示した。また微小空間で細胞を操作する有用性や開発されている細胞操作デバイスについてまとめた。そして、これらの研究に対し、心筋・血管細胞の力学的・化学的機能をマイクロ化学システムに組み込むことの意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした

第2章では、心筋細胞バイオマイクロアクチュエータの原理を検証した。心筋細胞を用いた流体デバイス作製にあたり、心筋細胞の駆動性能の見積もりが必要と考え、心筋細胞によってマイクロ構造物を駆動させ、その変位から性能を評価した。構造物の形状は、駆動が容易で鋳型鋳造法により作製可能なピラー構造とした。心筋細胞の伸展、接着能力を利用して基板とピラーに心筋細胞を接着させ、その伸縮運動で駆動する。

まず、材料は非常に柔軟なハイドロゲルとした。ピラーは、シリコン基板に格子状の微細溝を作製し、これを鋳型として鋳造加工して作製した。ゲル表面は細胞接着性ペプチドで修飾し、新生ラット心臓から遊離した心筋細胞を加え、培養したところ、ピラーの駆動が観測され、その変位からピラーを変形させている力を概算した(80 pN以上)。

次に、材料をより細胞接着性の良いシリコンゴムの一種であるポリジメチルシロキサン(PDMS)に変更した。ピラーはゲルと同様の方法で作製し、心筋細胞を培養したところ、ピラー駆動が観測され、力は3.8 μN以上となり、ゲルに比べ、2桁上昇した。単位断面積あたりの力は、約10mN/mm2となり、これはマイクロポンプの素子として用いられるピエゾ素子とほぼ等しく、心筋細胞が流体駆動素子として使用できることを実証できたといえる。

第3章では、心筋細胞マイクロポンプを開発した。前章で得られた知見を基に、心筋細胞機能をマイクロチップへ実装し、マイクロポンプを作製可能と考えたが、単一の細胞では流体の駆動は困難である。そこで、心筋細胞シートの利用を着想した。これは、温度応答性高分子を固定化した培養皿表面を、温度を下げることで細胞接着性から非接着性へと変化させ、細胞をシート状で剥離したものである。

流体駆動の原理を検証するために、まずバルブなしで流体駆動を実証し、性能評価した。マイクロチップの各部品は、鋳型鋳造法で作製した。マイクロチャネル幅と深さは200 μmとし、マイクロチップ組み立て後、心筋細胞シートを接着させた。流体(培養液)を可視化するためにポリスチレン粒子溶液でチャネル内を満たし、粒子の挙動を観察したところ、粒子の拍動が確認され、逆流や抵抗のない理想的な逆止弁を装着したと仮定したとき期待される流量は0.24 μL/minと計算された。これは、実際にマイクロチップで細胞培養に用いられている流量とほぼ等しい。

次に、ポリイミドを材料とするチェックバルブを開発した。形状はカンチレバー型とし、順流に対しては駆動部分が開き、逆流に対しては閉じる。これを、チャンバーの入口と出口に設置することでチャンバー収縮・拡張に応じて流体を一方向に送液できる。バルブを含めたマイクロチップを組み立て、水を手動送液し、駆動原理を検証した。

最後に、開発した心筋細胞アクチュエータとバルブを組み合わせ、ポンプ機能を実証した。流量は2 nL/minであった。これは、バルブなしのときの期待される流量よりは2桁小さく、このポンプを細胞培養等に利用するには逆止弁の改良が必要である。本実験は、細胞を駆動素子として用いた流体駆動およびポンプの最初の実証例である。

第4章では、擬似心臓デバイスを開発した。前章のポンプは機械加工で作製するダイアフラム型ポンプが原型となっており、複雑な構成要素が微小化の妨げとなっていた。そこで、実際の心臓を参考にし、球形の擬似心臓デバイスを考案した。PDMSの中空球の周りを心筋細胞シートが覆い、球全体が収縮・拡張する。本構造により、デバイス体積を微小化できると考えた。

まず、PDMSの中空球を作製した。直径5 mmの砂糖球の中心部に穴を開け、細管を通し、球の周りにPDMS硬化前原液を垂らし、回転・加熱してPDMS硬化後、水を流して砂糖を溶かし、中空球を作製した。ここに心筋細胞シートを巻きつけて接着させ、擬似心臓デバイスを完成させた。

擬似心臓デバイスの駆動を確認するために、細管内の流体をポリスチレン粒子で可視化し、粒子の変位を測定した。粒子の拍動が観察され、理想的バルブ装着時に期待される流量は0.09 μL/minとなり、前章ポンプよりも低くなったが、デバイス体積は一桁小さくなり、微小化に成功した。本デバイスの構造は、原初的な動物の一心室の心臓に似たものであり、バルブや複数チャンバーの作製・細胞シート積層などにより高度な心臓デバイスへと発展させる予定である。

第5章では、血管細胞マイクロ流体制御デバイス開発のための基礎検討を行った。血管は、平滑筋細胞の内側を内皮細胞が覆っており、内皮細胞が血液中の化学・力学刺激を感知して様々なシグナル物質を放出し、これが平滑筋細胞に作用して血管を弛緩・収縮させ、血流を制御している。血管細胞機能の利用により、マイクロデバイスに流体制御機能を付与でき、不安定になりがちな心筋ポンプの流量制御などに応用できると考えた。本章では、まずセンサーの役割をする内皮細胞のマイクロチャネルでの培養・刺激を実証し、またアクチュエータの役割をする平滑筋細胞の駆動性能を見積もることにより、血管細胞マイクロ流体制御デバイス作製のための基礎的技術・知見の確立を目指した。

まず、血管内皮細胞をマイクロデバイスへ組み込んだ。ヒト大動脈血管内皮細胞(HAEC)のマイクロチャネル内培養法を確立し、さらに、炎症発生時の白血球接着機能を実証した。以上より、内皮細胞に関する血管デバイスの基礎的技術を確立できた。

次に、血管平滑筋細胞駆動型マイクロデバイスの原理を検証した。平滑筋細胞のマイクロデバイスへの組み込みにあたり、化学刺激による細胞の駆動性能を評価した。PDMSピラー上にラット大動脈平滑筋細胞を培養し、内皮細胞由来平滑筋収縮物質エンドセリン-1 (ET-1)および平滑筋弛緩物質Y27632で刺激したところ、細胞が接着したピラーの駆動が観測され、収縮・弛緩両方を実証できた。以上より、血管平滑筋細胞に関する血管デバイス作製のための基礎的な知見が得られた。

第6章では、第2章から第5章までで開発した心血管細胞マイクロデバイスの意義についてまとめ、展望を示した。

以上要約したように、本研究では、心血管細胞の機能を利用したバイオマイクロデバイスを目的として、心筋細胞バイオマイクロアクチュエータの原理検証、心筋細胞を用いたマイクロポンプの開発、擬似心臓デバイスの開発、血管細胞マイクロ流体制御デバイス開発のための基礎検討に取り組んだ。今後、デバイス性能向上と心筋・血管デバイスの有機的な結合により、自律駆動細胞マイクロ流体デバイスとして様々な分野への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Creation of bio-microdevices using cardiovascular cells(心血管細胞を用いたバイオマイクロデバイスの創成)」と題し、心筋・血管細胞の機能をマイクロデバイスに組み込んだバイオマイクロデバイスの開発に関する研究結果をまとめたものである。

第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-chipといわれる類似的研究の歴史的背景とその意義をまとめ、マイクロ化学システムの有用性を示した。また微小空間で細胞を操作する有用性や開発されている細胞操作デバイスについてまとめた。そして、これらの研究に対し、心筋・血管細胞の力学的・化学的機能をマイクロ化学システムに組み込むことの意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

第2章では、心筋細胞バイオマイクロアクチュエータの原理を検証した。心筋細胞を用いた流体デバイス作製にあたり、心筋細胞の駆動性能の見積もりが必要と考え、心筋細胞によってマイクロ構造物を駆動させ、その変位から性能を評価した。構造物の形状は、駆動が容易で鋳型鋳造法により作製可能なピラー構造とした。心筋細胞の伸展、接着能力を利用して基板とピラーに心筋細胞を接着させ、その伸縮運動で駆動する。単位断面積あたりの力は、これはマイクロポンプの素子として用いられるピエゾ素子とほぼ等しく、心筋細胞が流体駆動素子として使用できることを実証できたといえる。

第3章では、心筋細胞マイクロポンプを開発した。前章で得られた知見を基に、心筋細胞機能をマイクロチップへ実装し、マイクロポンプを作製可能と考えたが、単一の細胞では流体の駆動は困難である。そこで、心筋細胞シートの利用を着想した。これは、温度応答性高分子を固定化した培養皿表面を、温度を下げることで細胞接着性から非接着性へと変化させ、細胞をシート状で剥離したものである。まずバルブなしで流体駆動を実証し、性能評価し、次に、ポリイミドを材料とするチェックバルブを開発した。最後に、開発した心筋細胞アクチュエータとバルブを組み合わせ、ポンプ機能を実証した。本実験は、細胞を駆動素子として用いた流体駆動およびポンプの最初の実証例である。

第4章では、擬似心臓デバイスを開発した。前章のポンプは機械加工で作製するダイアフラム型ポンプが原型となっており、複雑な構成要素が微小化の妨げとなっていた。そこで、実際の心臓を参考にし、球形の擬似心臓デバイスを考案・作製した。擬似心臓デバイスの駆動を確認するために、細管内の流体をポリスチレン粒子で可視化し、粒子の変位を測定した。粒子の拍動が観察され、デバイス体積は一桁小さくなり、微小化に成功した。本デバイスの構造は、原初的な動物の一心室の心臓に似たものであり、バルブや複数チャンバーの作製・細胞シート積層などにより高度な心臓デバイスへと発展させる予定である。

第5章では、血管細胞マイクロ流体制御デバイス開発のための基礎検討を行った。血管は、平滑筋細胞の内側を内皮細胞が覆っており、内皮細胞が血液中の化学・力学刺激を感知して様々なシグナル物質を放出し、これが平滑筋細胞に作用して血管を弛緩・収縮させ、血流を制御している。血管細胞機能の利用により、マイクロデバイスに流体制御機能を付与でき、不安定になりがちな心筋ポンプの流量制御などに応用できると考えた。本章では、まずセンサーの役割をする内皮細胞のマイクロチャネルでの培養・刺激を実証し、またアクチュエータの役割をする平滑筋細胞の駆動性能を見積もることにより、血管細胞マイクロ流体制御デバイス作製のための基礎的技術・知見を確立した。まず、血管内皮細胞をマイクロチャネルに培養・刺激実証し、内皮細胞に関する血管デバイスの基礎的技術を確立した。次に、血管平滑筋細胞駆動型マイクロデバイスの原理を検証した。次に、平滑筋細胞のマイクロデバイスへの組み込みにあたり、化学刺激による細胞の駆動性能を評価した。以上より、血管平滑筋細胞に関する血管デバイス作製のための基礎的な知見が得られた。

第6章では、第2章から第5章までで開発した心血管細胞マイクロデバイスの意義についてまとめ、展望を示した。

以上要約したように、本論文は、心血管細胞の機能を利用したバイオマイクロデバイスの創成により、細胞がマイクロフルーディックスデバイスの素子として使用できることを実証したものである。今後、開発したデバイスの性能向上と心筋・血管デバイスの有機的な結合により、自律駆動細胞マイクロフルーディックデバイスとして様々な分野への応用が期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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