学位論文要旨



No 123038
著者(漢字) 豊田,智史
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,サトシ
標題(和) 放射光光電子分光によるゲート絶縁膜/シリコンの電子状態解析
標題(洋) Electronic structure analysis of gate insulator films/silicon studied by synchrotron-radiation photoemission spectroscopy
報告番号 123038
報告番号 甲23038
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6655号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 川合,真紀
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 准教授 霜垣,幸浩
 東京大学 准教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、放射光光電子分光によるゲート絶縁膜/シリコンの電子状態解析に関して述べられたたものである。光電子分光法は電子状態を直接観測できる有力な手法であるが、ゲート絶縁膜内部に光誘起による電荷がトラップされ、観測されるスペクトルのエネルギー軸に変動が生じる。これはバンド不連続の決定における大きな妨害要因となる。一方、ゲート絶縁膜の化学結合状態を識別した深さ方向元素濃度分布の決定法の確立が強く求められているものの、既存の解析手法における不明な点が多く、信頼して利用できないといった問題があった。本論文では、これら従来の光電子分光法スペクトル解析手法における問題点を克服し、ゲート絶縁膜/シリコンのバンド不連続・トラップ電荷分布・化学状態識別深さ方向分布の解析手法を開発した。また、化学状態解析を元にした高誘電率(high-k)ゲート絶縁膜の設計指針についても論じている。

第一章では、本研究の背景について述べられている。近年、ULSIは高集積化とともに微細化が進行しており、MOSFET素子の心臓部に相当するゲート絶縁膜は1 nm程度まで薄くなっている。このため、量子力学的なトンネル効果によるゲート漏れ電流が深刻な問題となっている。そこで、従来の酸化シリコン(SiO2)膜を窒化した酸窒化シリコン(SiOxNy)膜およびhigh-k酸化物薄膜を用いた素子開発が精力的に行われている。しかしながら、バンド不連続性、トラップ電荷、半導体基板との反応性等、材料の選択上考慮しなくてはならない課題が多い。これらの問題を解決するには、ゲート絶縁膜/シリコン界面の電子構造や化学構造を明らかにする評価手法の開発が必要不可欠である。

第二章では、光電子分光法の原理と実験に主に用いられた放射光光電子分光装置に関して述べられている。実験は高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設(PF)アンジュレータビームラインBL-2Cにおいて行った。放射光を用いた光電子分光法は高いエネルギー分解能で元素選択性を持ち、電子の平均自由行程を自由に変化させることが可能等、本実験方法の特徴についても述べられている。

第三章では、ゲート絶縁膜/シリコン界面バンド不連続の決定に関して述べられている。バンド不連続値を決定することはゲート絶縁膜の漏れ電流特性を理解する上で重要である。近年、high-kゲート絶縁膜系で数多くの研究がなされたが、実験値にばらつきが大きく値が定まらないという問題があった。このため、実験上の誤差要因を明らかにするとともに、正確かつ高精度なバンド不連続決定法の確立が強く求められている。種々材料に対して解析法を検討した結果、水素終端化シリコン基板からの価電子帯スペクトルを差し引くことで、ゲート絶縁膜とシリコン界面の価電子帯不連続(△Ev)を決定できることが分かった。一方、伝導帯不連続(△Ec)を決定するためには、バンド間損失を利用したエネルギー損失分光法が広く用いられてきた。しかしながら、直線近似法による誤差が存在するため、X線吸収スペクトル(XAS)を用いる手法を開発した。一階微分スペクトルのピークトップから吸収端を決定することで、直線近似法に依存しない決定法を確立できた。また、絶縁膜中への電荷トラップによって△Evの測定値の変動が生じてしまうという問題についても論じている。内殻準位エネルギーの放射光照射時間依存性に着目し、時刻をゼロに外挿したピーク位置を評価した結果、理論的に予測された値に近づくことが分かった。以上のように、放射光照射時間依存性による変動の補正を行った結果、0.1 eV以内に実験誤差を押さえることが可能になった。

第四章では、放射光照射に伴う内殻準位エネルギーの変動を積極的に利用し、非接触でゲート絶縁膜の電気的な性質を明らかにする手法を開発した結果について述べられている。過去に、エネルギー準位の変動をゲート絶縁膜中の電荷トラップによるバンドの湾曲量だとみなし、トラップ密度を決定した研究報告はなされているが、深さ方向の電荷分布を決定した報告例はなく、電荷分布評価手法の開発が強く求められている。光源に高輝度放射光を用いることで、短時間で測定したスペクトルのS/N比が向上し詳細な議論が可能となる。はじめに界面の欠陥準位密度が小さいSiO2膜の膜厚依存性を解析し、トラップの性質が異なる二種類のSiOxNy膜へ展開した。放射光照射時間とともに明瞭な内殻準位エネルギーの変動を観測することができ、数10分で飽和する傾向が見られた。変動量に関しては、膜厚が5.0 nmから薄くなると増大し、1.2 nmを境に減少するという特異な振る舞いが得られた。これらの結果は従来の電荷トラップを元にしたモデルでは説明できないため、酸化膜の容量に関連づけて電荷分布モデルの再構築を行い、表面に正電荷が集中したことによる表面分極の変調効果として考察した。次に、電気的な評価によってトラップの性質(電子および正孔トラップ)が分かっている5.5 nm SiOxNy膜を評価した。トラップの性質の違いによって、変動の方向性やその大きさに違いを観測することができた。以上の結果はトラップ電荷の非接触解析法の確立へ向けての有効な知見であり、電気特性との対応づけ等の応用が期待できる。

第五章では、次世代high-kゲート絶縁膜として有望なHf系ゲート絶縁膜/シリコン界面の熱的安定性に関して述べられている。特に、デバイスプロセスでは高温熱処理工程を経るため、新しいhigh-k材料をゲート絶縁膜として用いる際にはシリコン基板との反応性を考慮しなくてはならない。高温熱処理における還元反応機構解明およびその抑制法を提案することを目的とした。HfO2/SiO2試料の熱的安定性を評価した結果、900 ℃の熱処理によってHfSi合金がHfO2/SiO2界面付近に生じることが分かった。熱処理温度を上げていくと酸化物由来の信号強度が減少することから、界面SiO2層が還元され、最終的には完全にHfSi合金化することが分かった。合金化すると絶縁膜中の漏れ電流が増大するため、これを抑制するプロセスを探索する必要がある。そこで、界面SiO2層にHfが混入した構造試料に対して同様の評価を行ったところ、HfSi合金化温度を900 ℃以上に上昇できることが分かった。さらに、HfSiOxを窒化することにより形成したHfSiOxNy膜に対して熱的安定性を評価した。熱処理温度900 ℃でも二層構造が保たれており、HfSi合金化反応の抑制を確認した。一方、断面透過型電子顕微鏡(TEM)像の評価により、界面層の厚みが2.6 nmから1.4 nmに減少していることが分かった。この結果から、界面SiO2層は熱処理によってシリコン基板と反応することで、気体のSiOがSi基板界面付近から脱離種として発生し、界面SiO2層が薄くなったと考察した。熱的安定性を向上させるには、界面層におけるHf濃度および窒素濃度分布の制御が重要であることを明らかにした。

第六章では、非破壊で薄膜の元素選択的な深さ方向分析が可能な角度分解法について述べられている。角度分解法では、スペクトルの解析手法に結果が強く依存してしまうため、あくまでも定性的な評価に留まることが多い。そこで、最大エントロピー法を用いた解析プログラムを開発し、ゲート絶縁膜の化学状態識別深さ方向分布を決定した。SiO2/SiOxNy構造試料からの内殻光電子スペクトル強度比のデータを解析した結果、表面から1.0 nm付近までSiO2であり、1.0 nmから2.5 nmまで窒素濃度が25 %程度のSiOxNy膜であることが分かった。さらに、窒素1s内殻準位スペクトルの化学シフトを詳細に解析することによって、窒素の結合形態が明らかになった。本手法をHfO2/SiOx膜に対して適用した結果、二層構造を再現でき、サブオキサイドの分解にも成功した。従来法であるラザフォード後方散乱法では、元素濃度の深さ方向分布は決定できるが、化学結合状態を分離することができない。また、断面TEM像でも窒素や酸素の結合形態まで区別するのに難点がある。本解析技術は、より詳細な界面化学反応機構の解明に利用でき、応用の幅が広い。

第七章では、本論文の結論および今後の展開が述べられている。

以上、本論文は放射光光電子分光によりゲート絶縁膜/シリコン界面の電子状態を明らかにするために、バンド不連続・トラップ電荷分布・化学状態識別深さ方向分布の観点からスペクトル解析について論じたものである。ゲート絶縁膜の薄膜化がさらに進行すると、バンド不連続の決定誤差による漏れ電流の見誤りを引き起こす可能性がある。また、ゲート絶縁膜のトラップに関する性質を電極の形成なく非接触で評価できれば、トランジスタ特性の劣化要因が電極側にあるのかゲート絶縁膜自体に存在するのかを特定することが可能となる。さらに、本研究で開発した深さ方向分布の解析手法を用いることにより、薄膜形成の初期成長モデル構築や、薄膜の機能発現の機構解明等に応用が可能となる。本研究で開発した解析手法はゲート絶縁膜/シリコン界面のみに限らず、薄膜材料一般に対しても応用できるため、デバイスプロセスへのフィードバックだけに留まらず、基礎科学の立場からも幅広い研究展開が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はULSI用ゲート絶縁膜の電子構造および化学状態について述べられたものである。特に、従来の光電子分光解析の問題点を明らかにするとともにそれを克服するための手法を開発し、バンド構造・トラップ電荷・化学状態の観点から電子状態の総合的な解釈を行った点が新しい部分である。

第1章では、本研究のテーマであるゲート絶縁膜/シリコン系に関する研究背景について述べられている。特に、本研究で取り扱う絶縁膜SiO2、SiOxNy、高誘電率(High-k)材料と従来の研究における問題点について述べられている。

第2章では、本研究で用いた光電子分光・X線吸収分光の原理とその解析手法について述べられている。

第3章では、絶縁膜/シリコン界面におけるバンド不連続の決定に関して述べられている。バンド不連続はゲートリーク電流解析等において必要不可欠なパラメータであり、高精度な決定法の確立が強く望まれている。光電子分光・X線吸収分光を組み合わせた解析手法を考案することによって、実験的な誤差要因を明らかにすることができ、高い精度および高い正確性を有するバンド不連続決定法を実現した。

第4章では、電気的な性質を評価する解析について述べられている。具体的には光照射に伴う内殻スペクトルの経時変化を測定・解析し、ゲート絶縁膜/シリコン構造における深さ方向の電荷分布をモデル化することである。界面準位密度の小さいSiO2膜の膜厚依存性、電気的な性質の異なるSiOxNy膜の結果から考察される電荷分布のモデル化と内殻スペクトルのシフトの要因について論じている。

第5章では、Hf系High-kゲート絶縁膜における熱的安定性の解析に関して述べられている。特に、デバイスプロセスでは高温熱処理工程を経るため、新しいhigh-k材料をゲート絶縁膜として用いる際にはシリコン基板との反応性を考慮する必要がある。合金化すると絶縁膜中の漏れ電流が増大するため、これを抑制するプロセスを探索する必要がある。熱的安定性を向上させるには、界面層におけるHf濃度および窒素濃度分布の制御が重要であること明らかにした。

第6章では、ゲート絶縁膜積層構造における化学状態の解析法について述べられている。角度分解光電子分光法は非破壊で深さ方向の元素濃度分析が可能であることから広く用いられているが、あくまでも定性的な評価に留まることが多い。そこで、定量的な元素濃度分布の解析手法として、最大エントロピー法を用いた解析プログラムを開発することに成功し、SiO2/SiOxNyおよびHfO2/SiOx積層構造に対して適用した。

第7章では、本論文のまとめおよび今後の展開が述べられている。

以上、要約したように、本研究では従来の光電子分光解析の問題点を克服するための新しい手法の開発、それによって得られた電子構造および化学状態に関する新たな知見について述べられている。さらに、本研究にて確立した解析手法は、今後素子構造が複雑化していく半導体の研究分野において必要不可欠であると思われる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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