学位論文要旨



No 123043
著者(漢字) 塩田,真紀
著者(英字)
著者(カナ) シオタ,マキ
標題(和) 癌細胞を標的とした遺伝子導入系の開発
標題(洋) Development of a cancer cell-targeted gene delivery system
報告番号 123043
報告番号 甲23043
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6660号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 准教授 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

遺伝子治療は、治療用タンパク質の局所的発現、疾患の原因となっている遺伝子の修正などを目的とした治療法である。遺伝子治療において、治療用の遺伝子を体内または細胞内に導入するための方法は大きな課題の一つであるが、より臨床に近い、in vivoでの応用は導入効率の高いウイルスベクターの利用が多い。一方で、ウイルスベクターはその安全性や抗原性に問題が残されており、またコストがかかることも難点である。そこで、一般的に安全性の高い非ウイルスベクターの開発が急務となっている。非ウイルスベクターによる遺伝子(核酸)導入には様々な障壁がある。特に特異的な組織や細胞に遺伝子を導入するターゲッティングの技術は、治療の副作用を軽減し、またコストを抑えるためにも希求性の高い技術である。本研究では、「非ウイルスベクターを用いた遺伝子治療における、標的細胞特異的な遺伝子導入技術の開発」を目的として研究を遂行した。

標的細胞特異的な遺伝子導入を実現するためには、遺伝子導入キャリアに細胞特異性を付加することが一つの解決策となる。現在、様々な細胞を標的とするリガンドが用いられており、これらの細胞標的リガンドを遺伝子導入キャリアに結合(コンジュゲート)することにより、細胞特異性を有する遺伝子導入キャリアを創製した例は数多く報告されている。細胞標的リガンドと遺伝子導入キャリアとをコンジュゲートする手法により得られた、導入キャリアが適切に目的の機能を発揮するためには、そのコンジュゲート方法の特性や機能、性質というものが重要な要因となってくる。特に細胞標的リガンドがペプチドや抗体等のタンパク質である場合、これら細胞標的リガンドの活性を損なわずに、遺伝子導入キャリアにコンジュゲートする必要があり、適切な手法の選択が極めて重要である。このような観点から、蛍光基によるモデルタンパク質化学修飾を上記コンジュゲート法のモデルケースとして、その修飾方法の違いが修飾後のタンパク質の活性に与える影響を明らかにした1。その結果、一般的に用いられているアミノ基に対する化学修飾法では、本実験条件下において、修飾後のモデルタンパク質の活性が著しく低下したこと、また活性中心から離れた箇所に部位特異的に修飾を行うことで、モデルタンパク質の活性を維持できること、部位特異的修飾を行うためにトランスグルタミナーゼによる酵素的な修飾方法が有効であるという知見を得た1。

これらの知見を基に、細胞標的リガンドを遺伝子導入キャリアにコンジュゲートし、標的遺伝子導入を中心にした種々の検討を行った。

まず細胞標的リガンドとしてまったく新規の試みである、抗モータリンモノクローナル抗体を用いた研究を行った。抗モータリンモノクローナル抗体は、癌細胞で特に発現量が増加しているモータリンに結合すること、また自発的に細胞内に内在化するものがあることが明らかになり、抗モータリンモノクローナル抗体を癌細胞特異的な薬剤輸送系に用いることの有用性が示唆されていた2。本研究においては、この癌細胞特異的内在性を有する抗モータリンモノクローナル抗体を癌細胞標的リガンドとして用い、遺伝子導入キャリアの一つであるポリエチレンイミン(PEI)とコンジュゲートした。この新規遺伝子導入キャリアによる遺伝子導入では、コントロールと比較して抗モータリン抗体依存的な遺伝子導入効率の上昇が観察され、さらに本研究で用いたすべてのヒト癌細胞において遺伝子導入効率が向上した3, 4。このことから、抗モータリン抗体をコンジュゲートすることにより、従来から利用されている遺伝子導入キャリア(PEI)に、癌細胞特異性を付加することができたと考えられる。本研究の結果は、抗モータリン抗体を細胞標的リガンドとして用いて癌細胞特異的に遺伝子導入を促進する系を開発したという点で、高い新規性を有するものである3, 4。モータリンは多くの癌由来の細胞において発現量が増加しているという報告があり、特定の癌組織に限られず、生体の組織の癌全般に広く適用しうる可能性があるという点でも有用な系であり、将来の臨床応用への端緒となる、意義のある成果であるといえる。また癌細胞標的リガンドとしての有用性が示された抗モータリン抗体についてのエピトープマッピングも行った5。

次に、新規の三価性クロスリンカーにより細胞標的リガンドの遺伝子キャリア分子上の提示密度を増し,細胞への親和性の高い遺伝子導入キャリアを開発するという着想に基づいて、種々の実験を行った。この新規三価性クロスリンカーは、これまでに報告されている三価性クロスリンカーと比較して、反応基の汎用性が高く、また合成や精製も容易であるという点で優れており、この新規三価性クロスリンカーを用いて実際にリガンドの二量化、及びそのヒンジ部位へ機能性分子を修飾できることを示すことに成功した。さらにこの新規三価性クロスリンカーを用いて、PEIに細胞標的リガンドを提示した遺伝子導入キャリアを合成し、既存の二価性クロスリンカーを用いた場合と比較して、遺伝子導入効率を上昇させることに成功した6。また表面プラズモン共鳴に基づく分子間相互作用解析を行った結果、新規三価性クロスリンカーを用いた場合では、標的分子に対する親和性(解離定数)が向上していることがわかった6。本研究により、今回検討した系では、細胞標的リガンドのキャリア分子上の提示密度の増加が、そのキャリアの遺伝子導入効率の上昇に寄与するものであると結論付けることに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

学位論文研究においては、「非ウイルスベクターを用いた遺伝子治療における、標的細胞特異的な遺伝子導入技術の開発」を目的として研究を遂行した。

細胞標的リガンドを遺伝子導入キャリアに結合(コンジュゲート)することにより、細胞特異性を有する遺伝子導入キャリアを創製した例は数多く報告されている。細胞標的リガンドと遺伝子導入キャリアとをコンジュゲートする手法により得られた、導入キャリアが適切に目的の機能を発揮するためには、そのコンジュゲート方法の特性や機能、性質というものが重要な要因となってくる。特に細胞標的リガンドがペプチドや抗体等のタンパク質である場合、これら細胞標的リガンドの活性を損なわずに、遺伝子導入キャリアにコンジュゲートする必要があり、適切な手法の選択が極めて重要である。このような観点から、まず第2章において蛍光基によるモデルタンパク質化学修飾を上記コンジュゲート法のモデルケースとして、その修飾方法の違いが修飾後のタンパク質の活性に与える影響を明らかにした。その結果、一般的に用いられているアミノ基に対する化学修飾法では、本実験条件下において、修飾後のモデルタンパク質の活性が著しく低下したこと、また活性中心から離れた箇所に部位特異的に修飾を行うことで、モデルタンパク質の活性を維持できること、部位特異的修飾を行うためにトランスグルタミナーゼによる酵素的な修飾方法が有効であるという知見を得た。

引き続いて第3章、第4章において、細胞標的リガンドを遺伝子導入キャリアにコンジュゲートし、標的遺伝子導入を中心にした種々の検討を行った。

第3章においては、細胞標的リガンドとしてまったく新規の試みである、抗モータリンモノクローナル抗体を用いた研究を行った。抗モータリンモノクローナル抗体は、癌細胞で特に発現量が増加しているモータリンに結合すること、また自発的に細胞内に内在化するものがあることが明らかになり、抗モータリンモノクローナル抗体を癌細胞特異的な薬剤輸送系に用いることの有用性が示唆されていた。第3章においては、この癌細胞特異的内在性を有する抗モータリンモノクローナル抗体を癌細胞標的リガンドとして用い,遺伝子導入キャリアの一つであるポリエチレンイミン(PEI)とコンジュゲートした。この新規遺伝子導入キャリアによる遺伝子導入では、コントロールと比較して抗モータリン抗体依存的な遺伝子導入効率の上昇が観察され、さらに本研究で用いたすべてのヒト癌細胞において遺伝子導入効率が向上した。抗モータリン抗体をコンジュゲートすることにより、従来から利用されている遺伝子導入キャリア(PEI)に、癌細胞特異性を付加することができたと考えられる。第3章の結果は、抗モータリン抗体を細胞標的リガンドとして用いて癌細胞特異的に遺伝子導入を促進する系を開発したという点で、高い新規性を有するものである。モータリンは多くの癌由来の細胞において発現量が増加しているという報告があり、特定の癌組織に限られず、生体の組織の癌全般に広く適用しうる可能性があるという点でも有用な系であり、将来の臨床応用への端緒となる、意義のある成果であるといえる。

第4章においては、新規の三価性クロスリンカーにより細胞標的リガンドの遺伝子キャリア分子上の提示密度を増し、細胞への親和性の高い遺伝子導入キャリアを開発するという着想に基づいて、種々の実験を行った。この新規三価性クロスリンカーは、これまでに報告されている三価性クロスリンカーと比較して、反応基の汎用性が高く、また合成や精製も容易であるという点で優れている。この新規三価性クロスリンカーを用いて実際にリガンドの二量化、及びそのヒンジ部位へ機能性分子を修飾できることを示すことに成功した。さらにこの新規三価性クロスリンカーを用いて、PEIに細胞標的リガンドを提示した遺伝子導入キャリアを合成し、既存の二価性クロスリンカーを用いた場合と比較して、遺伝子導入効率を上昇させることに成功した。また表面プラズモン共鳴に基づく分子間相互作用解析を行った結果、新規三価性クロスリンカーを用いた場合では、標的分子に対する親和性(解離定数)が向上していることがわかった。第4章での実験の結果、今回検討した系では、細胞標的リガンドのキャリア分子上の提示密度の増加が、そのキャリアの遺伝子導入効率の上昇に寄与するものであると結論付けることに成功した。第4章で用いた、三価性クロスリンカーによりリガンドをニ量化する方法論は、他の抗体フラグメントや抗原結合性タンパク質にも応用できる上、リガンドの組み合わせ等により多様な系に応用できる可能性があることから、本章で得られた知見は非常に意義深いものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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