学位論文要旨



No 123044
著者(漢字) 野間,章子
著者(英字)
著者(カナ) ノマ,アキコ
標題(和) 出芽酵母における新規RNA修飾遺伝子の同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 123044
報告番号 甲23044
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6661号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 准教授 和田,猛
内容要旨 要旨を表示する

RNA転写後プロセシングの中でもRNA修飾は、RNAの機能発現に重要である。これまでに100種類以上の修飾が知られているが、その機能と生合成過程には未解明な部分も多い。本研究では、真核生物のモデルとして出芽酵母を用い、RNA修飾に関して最も研究されているtRNAを題材に、新規RNA修飾遺伝子の同定と機能解析と生合成機構を明らかにすることを目的とした。

本研究では高速液体クロマトグラフィー・質量分析法(LC/MS)による機器分析とゲノム情報を活用した逆遺伝学的な新規手法(リボヌクレオーム解析)を確立した。

初めに、ゲノム情報の利用による候補遺伝子の絞込みを行った。出芽酵母全ORF約6300のうち、出芽酵母と同じRNA修飾を有する分裂酵母と相同性のある遺伝子を選出すると、3,482遺伝子に絞り込まれた。このうち、遺伝子破壊株の入手可能な非必須遺伝子であり、さらにデータベース上の出芽酵母ORF機能分類を参照して機能が未知な分類を選出すると、351に絞り込まれた。これを最初の解析対象とした。

次に多穴プレートを用いて多検体のRNAサンプル同時調製を行った。この遺伝子破壊株から抽出したRNAのLC/MS解析結果と野生株の解析結果を比較して、欠失した修飾塩基と破壊されている遺伝子との対応付けを行うことにより、逆遺伝学的に修飾遺伝子の同定を行った。

本研究の結果、2-メチルグアノシン(m2G)、3-メチルシチジン(m3C)、5-メトキシカルボニルメチル2-チオウリジン(mcm5s2U)、ワイブトシン(yW)の欠失した遺伝子破壊株を合計12株発見し、12の新規RNA修飾遺伝子を同定することができた。

m2G、m3Cは、未修飾のG、Cにメチル基がひとつ付加した修飾塩基であり、それぞれ細胞質のtRNA上の10位、32位に存在する。それぞれの修飾の機能はよくわかっていないが、m2GはtRNAの構造を維持する役割があると考えられており、m3Cはアンチコドンループに存在することから、遺伝暗号の解読能に何らかの影響を与えると考えられている。今回、m2G、m3Cの生合成遺伝子をそれぞれ同定した。

yWは、出芽酵母細胞質のtRNAのアンチコドンに隣接する37位に存在し、コドン・アンチコドンの対合を強める働きがあり、フレームシフトの抑制に関わっている。しかし、その生合成に関しては、未修飾のGからTRM5により1位がメチル化(m1G)される第一段階の反応のみが知られ、その後、どのような反応を経てyWが形成されるのかは不明であった。

本研究では新規のyW生合成遺伝子を4つ同定し、TYW(tRNA yW synthesizing protein)1,2,3,4と命名した。また、TYW1, 2, 3, 4の各遺伝子破壊株から、tRNAPheを単離し、LC/MS/MS解析により修飾中間体の構造を決定した結果、中間体はそれぞれ、m1G(yW-211)、yW-187、yW-86、yW-72であることが判明した。

また、TYW2,3,4の組換えタンパク質を用い、S-adenosyl methionine(Ado-Met)を基質として、試験管内でyW生合成反応系を構築した結果、TYW2はyW-187→yW-86、TYW3はyW-86→yW-72、TYW4はyW-72→(yW-58)→yWの反応をそれぞれ触媒すると判明した。これにより今まで不明であったyWの複雑な反応経路の大半を解明できた。

TYW1とそのホモログには、保存性の高い鉄-硫黄クラスター結合モチーフが存在した。そこで、出芽酵母において鉄-硫黄クラスター生成に必須のNFS1タンパク質の発現制御株において発現を抑制した場合、yW修飾の減少が確認できた。また鉄-硫黄クラスター結合モチーフに変異を入れると、yW修飾が欠失した。このことから、yW修飾の形成は、鉄-硫黄クラスターの生成とそのTYW1への結合が必須であることが分かった。

TYW2-4の植物ホモログはN末からTYW3、TYW4のC末ドメイン、TYW2の順番に連結された構造を有する1つの長い融合タンパク質になっていることが判明した。これはつまり、TYW2,3,4がtRNAとマルチコンプレックスを形成し、連続した反応を触媒することで、yW-187からyWへの生合成を協調的に進行させていることを示唆している。

mcm5s2Uは、細胞質tRNA上のアンチコドン1字目に存在するウリジンの修飾で、5位と2位が修飾されている。この修飾は翻訳性能の維持に関わっている。しかし真核生物の細胞質のmcm5s2Uに関しては、生合成経路が不明であった。

本研究の結果、mcm5s2U の5位の修飾に関する遺伝子を1つ、2位のチオ化に関する遺伝子を5つ同定し、チオ化遺伝子群をTUT(tRNA uridine thiolation protein)1,2,3,4,5と命名した。これらTUT遺伝子は、大腸菌チアミンの合成系に関わる遺伝子群のホモログであり、この反応系と、TUT遺伝子群を並べ替えてみると、出芽酵母では2位のチオ化に使われる硫黄が、ユビキチン経路と類似した機構で伝達されていくことが示唆された。一方で、大腸菌では、これとは異なった経路で硫黄が伝達されることが報告されており、同一構造の修飾塩基でも、生物種によって異なる経路を通って形成されていることが示唆された。

さらに同定された修飾遺伝子には、ヒトホモログが存在することから、今後これらに関しても解析を行っていくことで、ヒトのRNA修飾異常に起因する疾患や高次生命現象とのかかわりが明らかになることが期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、RNA転写後プロセシングの中でも、RNAの機能発現に重要であるRNA修飾の未だ不明な機能と生合成遺伝子や生合成機構を解明することを目的とし、出芽酵母におけるRNA修飾遺伝子を網羅的に探索、同定したものである。

まず、本論第1章では、本研究の特徴である、高速液体クロマトグラフィー・質量分析法(LC/MS)による機器分析とゲノム情報を活用した逆遺伝学的な新規手法(リボヌクレオーム解析)についてその手法の確立と検証実験を行っている。さらにゲノム情報の利用による候補遺伝子の絞込みを行い、出芽酵母全ORF約6300のうち、出芽酵母と同じRNA修飾を有する分裂酵母と相同性のある遺伝子を選出すると、3,482遺伝子に絞り込まれた。このうち、遺伝子破壊株の入手可能な非必須遺伝子であり、さらにデータベース上の出芽酵母ORF機能分類を参照して機能が未知な分類を選出すると、351に絞り込まれた。これを最初の解析対象とし、探索を行った結果、12の新規修飾遺伝子の同定に成功している。

第2章では 2-メチルグアノシン(m2G)修飾遺伝子の同定と機能解析を行っている。単独のタンパク質では試験管内での反応系再構成ができなかったことから考えても、タンパク質の活性を指標としてRNA修飾遺伝子を同定する手法では同定できないものに関しても本研究での解析により同定できるということを証明している。

第3章ではワイブトシン(yW)修飾遺伝子の同定と機能解析を行っている。4つの新規修飾遺伝子を同定し、TYW(tRNA yW synthesizing protein)1,2,3,4と命名した。さらに各遺伝子破壊株における中間体はそれぞれ、m1G(yW-211)、yW-187、yW-86、yW-72であることを明らかにしている。また、TYW2,3,4の組換えタンパク質を用い、S-adenosyl methionine(Ado-Met)を基質として、試験管内でyW生合成反応系を構築した結果、TYW2はyW-187→yW-86、TYW3はyW-86→yW-72、TYW4はyW-72→(yW-58)→yWの反応をそれぞれ触媒すると判明した。これにより今まで不明であったyWの複雑な反応経路の大半を解明している。

TYW1とそのホモログには、保存性の高い鉄-硫黄クラスター結合モチーフが存在した。そこで、出芽酵母において鉄-硫黄クラスター生成に必須のNFS1タンパク質の発現制御株において発現を抑制した場合、yW修飾の減少が確認できた。また鉄-硫黄クラスター結合モチーフに変異を入れると、yW修飾が欠失した。このことから、yW修飾の形成は、鉄-硫黄クラスターの生成とそのTYW1への結合が必須であることが分かった。

TYW2-4の植物ホモログはN末からTYW3、TYW4のC末ドメイン、TYW2の順番に連結された構造を有する1つの長い融合タンパク質になっていることが判明した。これはつまり、TYW2,3,4がtRNAとマルチコンプレックスを形成し、連続した反応を触媒することで、yW-187からyWへの生合成を協調的に進行させていることを示唆している。

第4章では5-メトキシカルボニルメチル2-チオウリジン(mcm5s2U)修飾遺伝子の同定と機能解析を行っている。5位の修飾に関する遺伝子を1つ、2位のチオ化に関する遺伝子を5つ同定し、チオ化遺伝子群をTUT(tRNA uridine thiolation protein)1,2,3,4,5と命名した。これらTUT遺伝子は、大腸菌チアミンの合成系に関わる遺伝子群のホモログであり、この反応系と、TUT遺伝子群を並べ替えてみると、出芽酵母では2位のチオ化に使われる硫黄が、ユビキチン経路と類似した機構で伝達されていくことが示唆され、大腸菌では、これとは異なった経路で硫黄が伝達されることが報告されていることから、同一構造の修飾塩基でも、生物種によって異なる経路を通って形成されていることが示唆されている。

第5章では3-メチルシチジン(m3C)の生合成遺伝子を同定し、機能解析を行っている。

本研究において12もの新規修飾遺伝子を同定でき、生合成経路の解明もできたことから、本研究で用いているリボヌクレオーム解析の有効性が示された。以上のようなRNA修飾遺伝子群の網羅的探索は、修飾遺伝子の同定にとどまらず、生合成機構や生体内で起こる化学反応への理解や生物間での違い、他の代謝系との関わりなど様々な生命現象の理解につながることが期待できる。さらに同定された修飾遺伝子には、ヒトホモログが存在することから、今後これらに関しても解析を行っていくことで、ヒトのRNA修飾異常に起因する疾患や高次生命現象とのかかわりが明らかになることが期待できる。なお、以上の研究成果は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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