学位論文要旨



No 123047
著者(漢字) 辰野,健二
著者(英字)
著者(カナ) タツノ,ケンジ
標題(和) 薬剤感受性の個人差を規定する遺伝子多型の探索方法の研究
標題(洋)
報告番号 123047
報告番号 甲23047
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6664号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 准教授 田中,十志也
 東京大学 准教授 金田,篤志
 東京女子医科大学 教授 鎌谷,直之
内容要旨 要旨を表示する

【目的】薬の効果や副作用の現れ方には個人差があり、その機構を解明することは、医薬品の有効性と安全性の向上、臨床試験の効率化、および医療経済面からも重要な課題となっている。こうした薬剤感受性の個人差は遺伝子多型の影響を受けていると考えられており、一部の薬剤では薬剤代謝酵素に存在する遺伝子多型を調べることで効果や毒性の出現を予測できるようになってきた。しかしながらこれまでの遺伝子多型の探索は、薬剤の標的分子や薬剤代謝酵素などに限定されており、そのような遺伝子の多型では説明しきれない場合も多い。薬剤感受性は多数の因子が複雑に関連していると考えられており、遺伝子を限定した探索ではその機構を詳細に解明することは困難である。また臨床事例で解析できる薬剤の種類と数には限りがあり、多くの薬剤に存在しうる潜在的な感受性の個人差の機構を解明することはできない。

不死化リンパ球細胞株(LCLs)を用いた薬剤感受性測定モデルは、人への薬剤投与が不要なために解析対象とする薬剤が限定されず、多様な薬剤の感受性を測定できる系である。

本研究はこのモデルを用い、ゲノムワイド連鎖解析などの遺伝子網羅的な解析手法によって薬剤感受性に関連する遺伝子の探索を行い、その手法の有効性を検討したものである。

【方法】連鎖解析は5家系のCEPH由来のLCLsを用いて行った。薬剤感受性の測定は、多数の細胞株の同時処理や複数薬剤での感受性試験を繰り返し実施可能とするために、細胞株を一枚の96wellプレートに集めたLCLsパネルを用いたハイスループット測定系を構築して行った。この測定系を用い、代表的な抗癌剤である5-フルオロウラシル、パクリタキセル、およびカンプトテシンのLCLsに対する細胞毒性を測定した。

連鎖解析に使用する遺伝子多型マーカーはSNPを用いた。5家系のCEPHサンプルよりゲノムDNAを抽出し、Affymetrix 500K SNPアレイを用いてタイピングを行った。得られた3世代のSNP情報から創始者が判定できるSNPを用い、Lander & Greenのアルゴリズムと比較して精度が高い組換え地図を作成した。組換えに矛盾すると考えられるSNPはタイピングエラーとして除外したinformative SNPを用い、Haseman-Elston法での同胞QTL解析を行い薬剤感受性と連鎖する領域を求めた。

【結果および考察】薬剤感受性には多数の因子が関わっていると考えられているので、遺伝解析によって原因となる遺伝子を同定するには多数のサンプルを収集し解析する必要が生じる。本研究で構築したLCLsパネルでのハイスループット測定系は、多数のサンプルでの測定を精度よく行うことを可能としたものである。感受性モデルとして用いたLCLsはリンパ球由来の細胞株で同じ操作によって不死化された細胞株であるので、測定さ

れた薬剤感受性のvariationは遺伝子の個人差を反映していると考えられた。今回測定した種の抗癌剤はそれぞれ作用機序の異なる薬剤であるが、これらの3薬剤同士の感受性に相関関係が認められたことは、感受性を決める因子のなかに共通する因子が存在することを示唆している。

マイクロアレイ法によるSNPタイピングはゲノム全域にわたる情報が高密度に得られるが、同時に相応量のタイピングエラーが含まれてしまう。これを用いてIBD (Identical by decent)を計算した場合、非常に狭い領域でIBDが変動するノイズが現れて正確に算出できていないことがわかった。エラーを除去したinfbrmative SNPを用いて算出した場合にはノイズが消え、IBDが0,1,2のいずれかに確定していた。一方公共データベースからダウンロードしたマイクロサテライトマーカーのタイピングデータを用いてIBDを算出した場合は、情報量が少ないためにIBDが確率的にしか求まらない領域や、狭い領域ではIBDの変化を検出できない場合があることがわかった。これらのIBDを用いて連鎖解析を行った場合、IBDのノイズがそのまま連鎖解析でのp-valueのノイズとなって現れ、誤った領域を連鎖領域と判定してしまう可能性があった。また、マイクロサテライトマーカーでの連鎖解析はinfbrmative SNPでの連鎖解析を比較して検出力が低いことが推定された。

Inibrmative SNPを用いた連鎖解析により、抗癌剤3種の感受性を連鎖する領域が複数同定された。これは、5家系のサンプルでの解析では不十分で偽陽性の領域が含まれた可能性は残るが、薬剤感受性には多数の遺伝子が関わっていることを反映したものと考えた。

連鎖領域には複数薬剤の感受性と連鎖する領域と、1薬剤のみが連鎖する領域の双方が存在し、連鎖解析からも感受性に関わる薬剤共通の因子の存在が示唆された。3薬剤が共通する連鎖領域は11q23.3-24.1に存在したが、この領域はPTX、CPTの2薬剤でもっとも小さなp-valueを示した領域(3.32×10-4、1.78×10-4)でもあった。

【結論】LCLsパネルを用いたハイスループット測定系を用いることで、多数のサンプルの薬剤感受性を繰り返し精度よく測定することが可能となった。500KSNPタイピングアレイから得られた高密度のSNPデータからinfbrmative SNPを選び出す手法を考案し、infbrmativeSNPによる連鎖解析が有効であることを示した。InfbrmativeSNPによる連鎖解析により5-フルオロウラシル、パクリタキセル、およびカンプトテシン3薬剤の感受性に共通に連鎖する領域として1h23.3-24.1を同定した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は薬剤感受性の個人差を規定する遺伝子多型の探索方法の研究を行ったものである。

薬剤感受性の個人差の機構を解明することは、医薬品の有効性と安全性の向上の点からもちろん、医療経済面からも重要な課題となっているが、これまでに薬剤感受性の個人差に関連する遺伝子多型が明らかになった薬剤はごく一部にすぎない。これは臨床サンプルを使った解析では薬剤を患者に投与する必要があり、収集できる患者サンプルの数や解析できる薬剤に制限があることに一因がある。

本研究が用いた不死化リンパ球での探索モデルは、人への薬剤投与を要しない評価系であるため、解析する薬剤の制限を受けない。本研究ではこのリンパ球細胞株のハイスループット測定系を構築し、多数の細胞株を用いた薬剤感受性の測定が精度よく効率的に実施できるようにしている。実際に3種の抗癌剤、5-FU、パクリタキセル、カンプトテシンでの感受性を、CEPHの5家系の53細胞株、および日本人の45細胞株に対して測定し、感受性の個人差を測定することに成功している。

感受性の個人差に関わる遺伝子の探索手法として連鎖解析を実施しているが、ここではDNAマイクロアレイ法による高密度のSNP情報を用いた連鎖解析の新しい手法を提示している。DNAマイクロアレイ法によって得られたSNPデータにはタイピングエラーが含まれることは避けられないが、本研究では高密度のSNP情報をもとにした組換え地図を作成し、タイピングエラーを正確に取り除いて確定的なIBDを計算している。この確定的なIBDを用いた連鎖解析は、従来のマイクロサテライトマーカーを用いた連鎖解析では検出できない連鎖領域を検出できることを示している。この手法を用いて連鎖解析によって、上記3種の抗癌剤の感受性と連鎖する領域を求め、3薬剤に共通する連鎖領域として11q23.3-24.1を同定している。

連鎖解析で同定できる領域は比較的広い領域であり、そこには複数の遺伝子や遺伝子多型が存在するが、本研究では遺伝子発現解析を組み合わせることで遺伝子の絞込みを行っている。ここで用いた発現解析は、家系サンプルでの発現解析であることを考慮し、また連鎖解析と整合性をもった解析手法を考案している。

本研究では薬剤感受性の個人差に関わる遺伝子多型の同定には至っていないが、候補となる遺伝子が探索されたことは、遺伝子多型の同定にとって大きな情報を与えるものである。

以上のように本研究が提示した探索手法は、これまでは不可能であった医薬品の開発段階にある薬剤に対しても感受性の個人差を探索できる手法を提示したものであり、また医薬品開発の実用的な見地に立った探索手法を開発したことで、個人差を考慮した安全で有効な医薬品開発に寄与することが期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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