学位論文要旨



No 123054
著者(漢字)
著者(英字) Daphne,GONDHALEKAR
著者(カナ) ダフネ,ゴンダレカー
標題(和) 中国・天津におけるエコシティ構築のための都市・農村関係の解析
標題(洋) Analyzing urban-rural interaction for establishing eco-city in Tianjin, China
報告番号 123054
報告番号 甲23054
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3225号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
内容要旨 要旨を表示する

アジア大都市は急速に変容しており,多様な環境問題を創出している。とりわけ中国では,近年の急速な経済成長に伴い,都市域が近郊農地の転用により拡大を続けている。都市近郊農地の保全は,食料の安定供給の観点から,さらには良好な都市緑地環境を創出する上で極めて重要である。本研究においてとりあげる中国・天津市は,都市域の急速な郊外への拡大が見られ,附随する水不足や土壌劣化などの環境問題に直面しており,農地転用に焦点をあてて土地利用動態を検証するにふさわしい事例都市といえる。また天津市は中央政府の直轄市であり,中国政府の都市近郊農地保全施策の効果を検証する上でも最適な対象地域といえよう。

本研究の目的は,天津市郊外部を事例として,中国経済開放政策開始時(1978年)から現在(2000年代)までの土地利用変化を,とりわけ農地の都市的土地利用への転用パターンに焦点をあてながら,定量的に検証することである。既存研究には,定性的な政策論研究や統計資料を用いた研究が多く,現実の土地利用が空間投影されていないものが過半である。衛星画像を用いた空間研究でも,都市中心部から郊外への単純なトランセクト調査にとどまっており,農地転用の詳細な空間パターンが投影された事例研究はほとんどない。こうした点をふまえ,本研究では,過去から現在まで3時期分の土地利用データベース,道路・水路ネットワーク,さらには土地条件の代用としての土壌図をデジタル化し,地理情報システムを援用して農地転用の空間パターンおよび各レイヤー間の空間解析を行う。最終的には,現状の土地利用計画および現地ステークホルダーに対するインタビュー結果と照らし合わせ,今後の農地保全施策の発展的運用に資する基礎情報を提示する。

具体的な空間解析は,以下3スケール:(1)マクロ,(2)メソ,(3)ミクロスケールにまたがって進められた。(1)天津市郊外を,北京-天津 都市廻廊の一部に位置づけ,広域都市圏スケールで農地転用パターンと行政管轄範囲との関係を考察した。(2)天津市郊外の4区に着目し,土地利用動態と土地条件(土壌)および道路・水路ネットワーク,さらには天津市農地マスタープランとの相互空間関係を解析・検証した。(3)上記4郊外区内のいくつかの鎮(最小行政単位)役所および実際の農地を訪問し,ステークホルダーへのインタビュー調査を通じて,都市化による農地転用の現場意志決定プロセスを把握した。

マクロな都市圏スケールの空間解析により,農地転用の空間パターン自体は行政界に依拠して異なっており,行政の強い土地利用決定権が反映されているものと考えられた。しかしながら,実際の農地転用は,1km解像度の土地利用データベースのミクセル内で進行しており,メソスケール以下の空間スケールにおいて,都市農村土地利用混在を検証していく必要性が示された。

天津市郊外4区における空間解析により,土地利用-道路・水路-土壌-マスタープランの相互関係が明らかとなった。天津市マスタープランによれば,2010年までに72km2の都市的土地利用の拡大および173km2の農地転用が見込まれていた。さらには,増加が見込まれる都市用地のうち81%もの面積が耕作適地土壌地区に設定されており,都市的土地利用-農地の競合関係が示唆された。このような都市化容認施策の一方で,菜園地など近郊農業用地が現在拡大傾向にあり,とりわけ主要道路沿いの小麦畑・水田が高付加価値な野菜畑に転用されていることが定量的に示された。これらの点をふまえ,現在拡大している菜園地など生産緑地を,マスタープラン,とりわけ緑地系統計画において積極的に位置づけていく必要性を指摘した。

鎮役所・農地におけるインタビュー調査により,上位階層における農地転用パターンの現場意志決定プロセスが明らかになった。要するに,中央政府が1994年に公布した農地保全法により,省・市レベル(本研究におけるマクロスケールに相当)での農地総量規制が課された。そのため,天津市においても,都市開発計画面積に比する農地のミティゲーションが緊迫課題となった。結果,計画経済時代の名残である農村の平屋集団居住区を新設高層マンション住区に集積させ,跡地で残壁を有効利用した高付加価値な野菜ハウス栽培などが拡大するに至った。また,塩害土壌区における耐塩性植物の栽培,さらには塩類集積土壌の改良による耕作地自体の拡大も確認された。このように,現場レベルでは,都市近郊化および市場経済化をふまえた農地確保・多角化対応がなされており,中央政府が意図する主要穀物作付面積の確保とは必ずしも整合していないことが示唆された。

以上マルチスケールな解析結果より,次のような計画的提言を行った。(a)広域都市圏(マクロ)スケールの空間計画においては,行政界レベルの数値目標のみにとどまらず,土地利用マスタープランを図示する。(b)天津市(メソ)スケールの土地利用計画においては,土地自然(土壌)条件および現実の土地利用動態,とりわけ拡大する菜園地を生産緑地として積極的にマスタープランに位置づける。(c)鎮(ミクロ)スケールの農地利用については,鎮役所および農民の意向もふまえつつ,営農インセンティブ附与も併用したミクロな農地利用調整を実施する。(d)こうした各階層における計画の改善に加え,より柔軟な階層間の計画調整・ネットワーク化を実施し,整合性を高めていく。

審査要旨 要旨を表示する

アジア大都市は急速に変容しており,多様な環境問題を生みだしている。とりわけ中国では,近年の急速な経済成長に伴い,近郊農地の転用により都市域が拡大を続けている。都市近郊農地の保全は,食料の安定供給の観点でも,良好な都市緑地環境を創出するうえでも極めて重要である。本研究においてとりあげる中国・天津市は,都市域の急速な郊外への拡大が見られ,附随する水不足や土壌劣化などの環境問題に直面しており,農地転用に焦点をあてて土地利用動態を検証するにふさわしい事例都市といえる。また天津市は中央政府の直轄市であり,中国政府の都市近郊農地保全施策の効果を検証する上でも最適な対象地域である。

本研究の目的は,天津市郊外部を事例として,中国経済開放政策開始時から現在までの土地利用変化を,とりわけ農地の都市的土地利用への転用パターンに焦点をあてながら,定量的に検証することである。既存研究には定性的な政策論研究や統計資料を用いた研究が多く,現実の土地利用分布を把握していないものが過半である。衛星画像を用いた空間解析でも,都市中心部から郊外への単純なトランセクト調査にとどまっており,農地転用の詳細な空間パターンを分析した事例研究はほとんどない。こうした点をふまえ,本研究では,過去から現在まで3時期の土地利用データベース,道路・水路ネットワーク,さらには土地条件の指標である土壌図をデジタル化し,地理情報システムを活用して農地転用の空間パターンおよび各レイヤー間の空間解析を行った。また,現状の土地利用計画および現地ステークホルダーに対するインタビュー結果と照らし合わせ,今後の農地保全施策の展開に資する基礎的知見を提示した。

具体的な空間解析は,(1)マクロ,(2)メソ,(3)ミクロの3スケールにまたがって進められた。(1)天津市郊外を北京-天津都市回廊の一部に位置づけ,1990年・1995年・2000年の1kmメッシュ土地利用データベースを用いて,広域都市圏スケールで農地転用パターンと行政管轄範囲との関係を考察した。(2)天津市郊外4区に着目し,土地利用動態と土地条件(土壌)および道路・水路ネットワーク,さらには天津市土地利用マスタープランとの相互空間関係を解析・検証した。(3)上記4郊外区内のいくつかの鎮(最小行政単位)役所および実際の農村を訪問し,ステークホルダーへのインタビュー調査を通じて,都市化による農地転用の現場意思決定プロセスを把握した。

マクロな都市圏スケールの空間解析により,農地転用の空間パターンは行政界ごとに異なっていることが分かった。すなわち,北京市界内と天津市界内で,さらには郊外区と地方区で農地転用空間パターンが異なっており,行政の強い土地利用決定権が反映されていると考えられた。一方,都市的土地利用の拡大は既存の都心から同心円状の地帯に集中しており,市場経済システムの影響も示唆された。さらには,実際の農地転用は1km解像度の土地利用データベースのミクセル内で進行しており,メソスケール以下の空間スケールにおいて,都市農村土地利用混在を検証していく必要性が示された。

天津市郊外4区における空間解析により,土地利用-道路・水路-土壌-マスタープランの相互関係が明らかとなった。天津市マスタープランによれば,2010年までに72km2の都市的土地利用の拡大および173km2の農地転用が見込まれていた。さらには,増加が見込まれる都市用地のうち81%もの面積が耕作適地土壌地区に設定されており,都市的土地利用-農地の競合関係が示唆された。このような都市化容認施策の一方で,菜園地など近郊農業用地が現在拡大傾向にあり,とりわけ主要道路沿いの小麦畑・水田が高付加価値な野菜畑に転用されていることが定量的に示された。これらの点をふまえ,現在拡大している菜園地など生産緑地を,マスタープラン,とりわけ緑地ネットワーク計画において積極的に位置づけていく必要性を指摘した。

鎮役所・農地におけるインタビュー調査により,上位階層における農地転用パターンの現場意思決定プロセスが明らかになった。要するに,中央政府が1994年に公布した農地保全法により,省・市レベル(本研究におけるマクロスケールに相当)での農地総量規制が課された。そのため,天津市においても,都市開発計画面積に比する農地の回復が緊迫課題となった。結果,計画経済時代の名残である中小工場を大規模工業団地に転出させた跡地や,農村の平屋集団居住区を新設高層マンション住区に集積させて生じた跡地で,高付加価値な野菜ハウス栽培などが拡大するに至った。また,塩害土壌区における耐塩性植物の栽培,さらには塩類集積土壌の改良による耕作地自体の拡大も確認された。生産された野菜は天津市域外に搬出されており,香港始め近隣のアジア諸国に輸出されている事例も多く見られた。

以上マルチスケールな解析結果より,次のような計画的提言を行った。(a)広域都市圏(マクロ)スケールの空間計画においては,行政界レベルの数値目標のみにとどまらず,土地利用マスタープランを図示する。(b)天津市(メソ)スケールの土地利用計画においては,土地(土壌)条件および現実の土地利用動態,とりわけ拡大する菜園地を生産緑地として積極的にマスタープランに位置づける。(c)鎮(ミクロ)スケールの農地利用については,鎮役所および農民の意向もふまえつつ,営農インセンティブ附与も併用したミクロな農地利用調整を実施する。(d)こうした各階層における計画の改善に加え,階層間を接合する多面的機能を保持した緑地ネットワークを誘導・創出する。

以上要するに,本研究は,急速に都市化が進行する中国天津市において,これまで不透明であった農地から都市的土地利用への変化を空間分布として解析した実証的な研究であり,政策的背景からその土地利用変化の実態がつかみがたい中国都市圏の空間変容に関するパイロットスタディとして位置づけられる。今後土地利用変更の現場意思決定プロセスをさらに精査していく必要があるものの,中国都市圏における現地調査を基軸とした実証研究として,他都市へのモデルとなる空間解析結果を提供している。よって,審査委員一同は,博士(農学)の学位を与えるに値する論文であると判断した。

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