学位論文要旨



No 123055
著者(漢字) 疋田,育之
著者(英字)
著者(カナ) ヒキタ,ヤスユキ
標題(和) 遷移金属酸化物界面の物性
標題(洋) Physical Properties of Transition Metal Oxide Interfaces
報告番号 123055
報告番号 甲23055
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第322号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 教授 吉信,淳
 東京大学 准教授 Mikk,Lippmaa
 東京大学 准教授 中辻,知
 東京大学 准教授 Harold,Hwang
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

固体一固体ヘテロ界面のバンドダイアグラムは、電子デバイスの機能を決定付ける重要な要素である。近年、ペロブスカイト型遷移金属酸化物(Transition Metal Oxide、TMO)の多様な物性を活かす目的でTMOヘテロ界面の作製やデバイス動作が試みられている。しかし、ヘテロ界面の形成機構やエネルギーバンドオフセットの多角的な評価など、界面のバンドダイアグラムを基礎学理的な視点から研究した例は少ない。従来型半導体(Si、GaAsなど)と比べ、TMOは電荷・スピン・格子間での相互作用が強いことから、一電子近似に基づくバンドダイアグラムの適用範囲は定かではない。本研究では、TMO特有の物性が界面バンドダイアグラムに与える影響を研究し、従来の描像をTMO界面特有の効果を含めて理解し、発展させることを目的とした。研究対象は、TMOから構成された単結晶Schottky界面である。Schottky界面は、単純な界面でありながら、一般的なヘテロ界面を理解する上で重要な3要素を含んでいる。それらは、(1)エネルギー障壁(Schottky界面の場合はSchottky障壁、SBH)、(2)半導体内の空乏層形成に関わるバンドベンディング、(3)界面の形成機構を左右する界面準位である。

2.内部光電効果測定装置の設計と開発

TMO界面の研究を行うには、設計したヘテロ界面の作製及び界面電子状態の測定が必要となる。界面の作製にパルスレーザ堆積法を用いた。測定には、SBHを単純な原理のもと測定できる内部光電効果(Intemal Photoemission、IPE)法を行うため、測定装置の設計・導入を行った。図1にその測定装置の概要を示す。IPE法では、単色光をSchottky界面に照射し、金属側で励起された電子が半導体へ拡散することによる電流を計測し、光電流の波長依存性からSBHを導出する。電気的な手法と異なり印加電圧が不要なため、SBHを平衡状態で測定することができる利点がある。本システムは、光源から出射された光を回折格子で単色化し、超伝導磁石つき液体ヘリウム冷凍機内に設置された試料まで光ファイバで導く。IPE法の導入により、電気的測定(FV、C-V)と併せて3種のSBH測定方法が実現された。

3.誘電率の電場依存性がもたらす界面バンドベンディングへの影響

TMOの代表的な半導体として、恥ドープしたSITiO3(Nb:SrTiO3)が挙げられる。SrTiO3はその誘電率が電場に強く依存することが従来型半導体との大きな違いである。界面バンドベンディングは半導体の誘電率の関数でもあるので、Nb:SfriO3を用いた界面では、バンドベンディングの形自体が変化している可能性がある。そこで、界面電場を半導体ドープ量によって変化させ、SBHとC-V特性から誘電率の電場依存性のバンドベンディングに対する効果を検証した。金属側には、代表的なTMO金属であるSrRuO3を作製し、SrTiO3のNb濃度は0.Olwt%と0.5wt%を用いた。図2にIPEとC-Vの結果を示す。IPE法から得られたSBH:1.47±0.01eV(Nb=0.01awt%)と1.31±0.01eV(Nb=05wt%)は、C-Vから得られたSBHとよい一致を示した。ただし、Nb=0.5wt%の場合、1/C2-Vの関係が一次関数ではなく、二次関数的な振る舞いを示す。これは、界面電場による誘電率の減少によってもたらされた効果である。

以上より、IPE法がSBHを研究する上で電気的測定と独立な手法として有効に活用できること、誘電率が電場依存性を示す半導体を利用した界面では、バンドベンディングがドーパントイオンの電荷によって生じる電場によって大幅に変化することが明らかとなった1。

4.金属強磁性秩序のもたらすエネルギー障壁への影響

TMOの特徴として、多種にわたる磁気秩序の存在が挙げられる。特にMnを含むTMOは、強磁性秩序によって抵抗率が数桁変化することから、応用上も大きな注目を集めている。

ここでは、巨大磁気抵抗を示す物質La0.7Srα3MnO3(LSMO3)及び、Lao7Sro3MnO3δ(LSMO3-δ)とNb:SrTiO3間のSchottky界面を取り上げ、界面における磁気秩序の影響を追及した。図3(a)から明らかなように、LSMO蜀はLSMO3よりもTcが低く、抵抗率も一桁大きい。これは、酸素欠損の導入により、実効的にMn価数が下がっていることに対応すると推測できる。LSMO3-8/Nb:SrTiO3接合は、低温においてその1-V、C-V特性が磁場によって変化する一方、LsMo3/Nb:srTio3では変化しない2。そこで、PE法を用いSBHを低温・磁場下で求めた結果を図3(b)に示す。LSMO3一δが磁場によってSBHが5-10mewrで系統的に減少するのに対し、LSMO3では、ほとんどSBHに変化が見られなかった。この結果は、報告された1-V、C-Vの磁場依存性とも一致している。単純なバルク強磁性の性質だけでは、本現象を十分に説明できない。SBHの磁場依存牲の起源としては、(1)界面付近の強磁性と反強磁性秩序の競合に伴うMn-eg軌道の安定性の磁場による変化と、(2)界面分極不連続性に起因する界面電荷移動によって生じた局所的な絶縁体層の磁場による金属絶縁体転移の可能性、が強く示唆される。

誘電率の電場依存性を考慮する必要のあるC-V特性や、電気輸送特性が低温において定かでないI-V特性と異なり、平衡状態で単純な原理のもとSBHを測定できるIPE法の有効性が発揮された。本結果は、磁場による界面障壁の変化をIPE法で確認した初めての例でもあり、TMO界面における磁気秩序の障壁に対する効果は、界面に局所的な効果が重要であることが明らかとなった。

5.不純物導入による界面準位形成への影響

通常のScho晦界面における界面準位は、半導体側の表面準位の形成が支配的であり、金属側,の効果は小さい。しかし、TMO金属は遮蔽長が長く、不純物の導入によりその伝導性が失われることがしばしば起こる。このような乱れの導入された系が半導体との界面電子状態に与える影響は、従来のSchot血y界面の知識からは想像し難い。

本研究では、Mnを5%導入したSrRuO3(Mn:SrRuO3)を用い、Nb:SITiO3(Nb=0.5wt%)との界面の1-v特性を低温にて測定した。低温におけるs1TiO3の誘電率の電場依存性が強まることから、高濃度にドープされたNb:SrTio3は、界面におけるバンドベンディングが非常に急峻となり1-V特性はトンネル機構が支配的となる。図4に(a)Mn:SrRuO3/Nb:SIT童03の1-V特性及び、(b)d/dV/(VII)の結果を示す。60K以下では、1-V特性では負性抵抗が、dI/dV/(VII)には谷が現れ、低温で共に増加している。同様の負性抵抗がSrRuO3 /[Mh: SrRuO3] 1ML/Nb:SrTiO3の場合(1ML=原子層)に確認されたが、Mnを含まないSrRuO3の場合は確認されなかったことから、本現象が界面における漁導入による効果であることがわかる。負性抵抗の起源については、次のように推測される(図5)。SrRuO3はフェルミ準位付近のバンドが44のt2gから構成されている。一方、SfMnO3は絶縁体であり、価電子帯はMn-34のt2gと0-2ρが重なった状態密度を示す,44の結晶場分裂は、34のそれと比較すると大きいので、漁がRuを置換した場合、Mn-34のeg軌道に由来する非占有バンドが存在することとなる。Mn:SrRuO3とSrRuO3の格子定数が一致することから、SrRuO3の構造は維持されていると考えられ、導入されたMn03dのegバンドは局在していると考えられる。よって、正バイアス側での負性抵抗は、Nb:SrTiO3から局在したMn-34のegバンドへの共鳴トンネル電流であることが強く示唆される。

従来型Schotd{y界面では無視できた金属電子状態の界面準位への影響が、TMO界面では無視できないことが、負性抵抗を示す1-V特性から明らかとなった。背景には、TMO金属の狭いバンド幅と界面における化学結合がイオン結合性を含んでいることが従来型との違いとして挙げられる。また、SrTiO3の誘電率の電場依存性を積極的に活かし、単純なSchot晦界面を用いて電子状態をプローブできることを実証した。

6.まとめ

TMO金属に磁気秩序などの物性の自由度を持たせることで界面障壁の高さや構造を変化させることが実験的に明らかとなった。頻繁に使用されるTMO半導体Nb:SrTiO3では、誘電率が電場によって変化する効果が界面のバンドベンディングを大きく変化させ、電気特性を左右することがわかった。TMOの多くが敏感に外場応答するため、界面構造の評価も多角的に行うことの重要性が示された。・本研究は、TMO-Scho晦界面の研究を通じて、TMOヘテロ界面一般の界面電子状態を理解するための第一歩を踏み出せたと信じている。

1.Y. Hikita ea al., Phys.Lett. 90, 143507 (2007).2. N. Nakagawa et al., Appl.Pyhys. Lett. 86, 082504 (2005).

図1内部光電効果測定システムの概要

図2SrRuO3/Nb:SrTiO3の(a)IPEスペクトルと(b)C-V測定結果。

図3(a)LSMO3(-δ)/SrTiO3(001)の電気抵抗率の温度依存性と、(b)LSMO3(δ)/Nb:SrTiQ3のSBHの磁場依存性。

図4Mn:SrRuO3/Nb:SrTiO3の(a)1-V特性と(b)dI/dV(恥の温度依存性

図5SIRuO3、SrMhO3の状態密度。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、次世代デバイス材料として期待される遷移金属酸化物(TMO)デバイス界面の電子構造が、従来型半導体界面の理論やこれまでに蓄積されたバルクの電子構造の理解を踏まえた上で、どのように記述されるか、実験的に研究した論文である。論文は全8章からなる。

第1章では、研究の背景と動機が述べられている。電子デバイスの機能発現は界面の電子構造に起因しており、界面を理解することがデバイス設計に向けて必須である。将来の電子デバイス材料として期待されているTMOの物理的、化学的性質は、従来型半導体には無い新たな物理概念を要することが明らかになりつつある。これらTMOからなる界面がどのように記述されるかを研究することは、酸化物デバイス実現に向けて極めて重要な意味を持つ。その構造の単純さと接合界面の重要な概念を網羅していることから、本論文ではTMOからなる金属・半導体Schottky界面の基本的な物性を取り上げる。

第2章には、TMO金属・半導体Schottky界面に対する具体的アプローチと接合界面を理解する上で必須である3つの概念(半導体バンドベンディング、界面バンドオフセット、界面準位)が述べられている。初めに、TMO接合に最も頻繁に使用されるTMO半導体SrTiO3の界面バンドベンディングの記述方法を調べ(第5章)、次にTMOの特徴である磁気秩序が界面バンドオフセットに与える影響をMn酸化物金属とNb:SrTio3の接合を用いて研究し(第6章)、最後にTMO金属が不純物置換によって電子状態が劇的に変化する性質が界面でどのように反映されるかを追及する(第7章)。

第3章では、以後の章で必要となるSchottky接合に関する重要な関係を説明している。特にSchottky接合の電気特性がSchottky障壁(SBH)によって決まることから、SBHの測定を電気特性以外の手法も含めて多角的に行うことの重要性が強調されている。

第4章では、SBHの多角的評価のため電気測定に加え内部光電効果(IPE)法という手法を導入した経緯と装置の設計及び特徴が説明されている。本研究では、IPE法を低温、強磁場の環境でも測定できるよう数多くの技術的な工夫を施している。また、IPE法は電気特性と異なり、接合を平衡状態に維持したままSBHの測定が可能である有効な手法である。

第5章では、遷移金属酸化物の代表的な半導体であるSrTiO3の示す誘電率の電場依存性(量子常誘電性)が半導体のバンドベンディングに与える影響について調べるため、代表的なTMo金属srRuo31Nb:srTio3接合のsBHをIPE法、I-V法、C-V法を用いて多角的に評価した。従来型のC-V法ではNb:srTio3を含む接合のsBHを正確に評価できない場合があることが、IPE法の測定結果との比較から明らかとなった。誘電率の電場依存性の効果を取り込むことでC-V法から求めたSBHがIPE法と一致したことから、従来型半導体のバンドベンディングの概念は、量子常誘電性による補正は必要であるが、概ね成立していると結論付けられる。酸化物Schottky接合のSBHをIPE法によって測定したのは世界で初めてである。

第6章では、印加磁場によって接合の電流が流れやすくなるという性質を示すMn酸化物金属(La0.7Sr0.3MnO3(-δ))とNb:SrTiO3の接合を取り上げ、接合の電気特性の磁場依存性が、SB且の変化にあることをIPE測定により明らかとした。磁場中でのIPE法の測定は半導体、酸化物を含め今回が初めてとなる。磁場によるSBHの変化は、Zeeman分裂から予想される効果とは逆方向であり、TMOに特徴的な電子相関効果が背景にある。バルクMI1酸化物に特徴的な二重交換相互作用から予想される効果で本現象が説明できないことから、界面における化学結合とMn酸化物内の磁気秩序が強く結びついていることが強く示唆される。SBHの磁場による減少に加え、磁場依存性を示すトラップ準位が本接合界面付近に存在していることからも、界面化学結合が電気特性を理解する上で重要であることが示された。従来型半導体と比較しTMO界面では、バンド障壁が磁場によって変化すること、そして界面に局所的な化学結合が界面電子状態に従来型半導体以上に強く関係していることが明らかとなった。

第7章では、通常のSchottky接合の界面準位は、半導体のダングリングボンドによって形成されるが、遷移金属酸化物金属と半導体の場合は両者の化学結合の類似性や電子の遮蔽長が長いため、金属に起因した界面準位形成の可能性がある。金属内不純物の界面準位形成への寄与を調べるため、Mnを5%導入した酸化物金属SrRuO3とNb:SrTiO3のSchottky接合を作製し、低温におけるトンネル電流測定を行った。正バイアス側における負性抵抗より、Mnに由来する界面準位が共鳴準位の形成を確認し、I-V特性の温度依存性から界面におけるSBHの空間的な不均一性を著しく増加させることが明らかとなった。本結果は、金属側界面付近の電子状態の僅かな変化が界面の電子状態を大きく変化させるという、従来型半導体界面では見られない現象を実験的に示すことを実験的に確認した。

第8章では、TMO界面物理の構築の視点から、5章、6章、7章の結果をまとめ直し、全体像が提示されている。

本論文は、遷移金属酸化物の多彩な物性を電子デバイスに応用するために欠かすことのできない接合界面電子状態に注目したユニークな研究である。遷移金属酸化物界面の特徴をモデルケースごとに実験的に掴み、従来型半導体理論に加えて必要とされる新しい概念の提案を行った。同時に遷移金属酸化物デバイス作製に資する評価技術の確立し、デバイスの設計指針を提唱している。これらは応用物性学、電子工学に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24337