No | 123056 | |
著者(漢字) | 宮内,健常 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤウチ,ケンジョウ | |
標題(和) | 往復循環クロマトグラフィー法の開発と機能性RNAの自動単離精製 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123056 | |
報告番号 | 甲23056 | |
学位授与日 | 2007.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第323号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生命の複雑さとゲノムのタンパク質をコードしない領域(non-coding領域)の増加には明確な相関が見られ、ヒトゲノムに至ってはタンパク質をコードする領域はわずか2%にも満たず、98%がnon-coding領域で占められている。近年の網羅的なトランスクリプトーム解析の結果、これらの領域の約7割が転写されていることが判明した。これらのnon-coding RNA (ncRNA)は、タンパク質に翻訳されることなく存在し、機能性RNAとして振舞い、RNA干渉による翻訳調節や、転写調節、エピジェネティックな制御など、遺伝子発現の様々な局面において、重要な役割を演じていることが次第に明らかになりつつある。複雑な生命活動を分子レベルで理解するためには、これら新規な機能性RNAの探索とその解析が重要な鍵を握っていると考えられる。 RNAは、転写後に様々なプロセシングや修飾を受けることで成熟する。そのため、RNAを単なる配列情報としてのみ捉える従来のアプローチでは、RNAが有する質的な情報を解析することは不可能である。転写後に生じる塩基修飾や末端構造など、機能に影響を与えるような質的情報を解析するためには、生体内に存在するRNAを直接単離して解析を行う必要がある。しかし、微量なRNAの単離精製は難易度が高く一般的な手法ではない。今後、膨大な数の機能性RNAの機能、構造を明らかにしていくためには、より効率的な精製技術の開発が求められている。 そこで、本研究では往復循環クロマトグラフィーという新しい概念に基づいた生体高分子の精製法を考案し、全自動RNA精製装置の試作を行い、RNA精製への応用を試みた。本方法は、多種類の生体高分子を同一試料から同時に同条件で単離するための手法であり、自動化が容易、全てのアフィニティー精製に適用可能などの特長を持つ。これにより、少ない試料から複数の目的物を効率よく得ることができる。また、自動化によって、精製工程が煩雑で条件設定の難しいような場合でも、少ない労力で再現性良く精製を行うことが可能となる。 1. 往復循環の概念と装置の試作 まず、往復循環クロマトグラフィー法の概念を考案した。マルチチャネルのピペッターに別々のターゲット用のチップを装着し、吸引、吐出、攪拌を繰り返していくことで、全ての溶液を全てのチップに均一に循環させることを基本原理としている(図1)。十分な循環後、各チップを別々に洗浄、溶出し、各目的物を得る。原理的にチップの容量の数十倍の試料溶液を扱えるので、微量な物質の精製に向く。また、チップ数やプログラムも必要に応じ変更できる。 次に、このような概念に基づき、自動分注機をベースとしたRNAの自動精製装置を試作した。分注機に、96穴のヒートブロック2個、8チップを同時に差し込める試料溶液用リザーバー(往復循環槽)、溶液攪拌用のペリスタポンプ、蒸発した水分を補給するポンプ、パソコンを組み合わせた(図2)。ペリスタポンプは分注機本体と連動するようにした。全ての動作がパソコンから制御でき、様々な動作をプログラムすることが可能である。 RNAの精製法としては固相化プローブ法を用いた。チップにストレプトアビジン樹脂を詰め、目的RNAに相補的な30塩基のビオチン化オリゴDNAプローブを結合させて使用した。 2. 理論式の導出と検証 次に、ピペッティング回数などを見積もるため、簡易なモデルを構築し理論式を導出した。まず、チップ内での平衡を仮定した式(式1)を考える。 ここから得られる質量作用式と他の収支関係の式から、最終的に次の漸化式を得た。 (L: 試料の液量, l: チップが吸う液量, n : ピペッティング回数, Nmax : チップの最大結合量, Cn : n回後の試料溶液濃度, θn : n回後の被覆率, K:平衡定数, ) 次に、理論式の検証のため、実際に大腸菌tRNAPro2の自動精製を行った。ピペッティングごとに試料溶液からサンプリングし、tRNAPro2についてドットブロットで定量し、理論式へのフィッティングを行った(図3)。見かけの平衡定数K=1.1×10-7 M-1が、R2=0.888で得られ、理論式の妥当性が確認できた。さらに、得られた平衡定数値を用いて、試料の初期濃度を変えた場合の収量を予測し、実験値と比較した(図4)。その結果、値が比較的良く一致していることが分かり、平衡定数値が分かれば回数や収量の予測が可能であることが確認できた。 3. 大腸菌の全tRNA及びsRNA数種の自動精製 往復循環クロマトグラフィー法のパフォーマンスと安定性を検証するため、大腸菌の全tRNAと4種のsRNAの自動精製を試みた。大腸菌のtRNAは48種類存在するが、そのうち4組8種のtRNAは配列が酷似しているため各組共通のプローブを用いた。合計48種を8つずつ6組に分けて単離精製を行った。チップへのプローブ結合も往復循環装置で行い、それぞれ50μg程度のプローブが結合できた。次に、大腸菌tRNA画分16 mgを用いて、66℃でピペッティングを40回行い、RNAをチップに行き渡らせた。チップを40℃で洗浄した後、68℃で目的RNAを溶出させた。溶出物を電気泳動したところ、十分な精製度(50-95%)で各tRNAが精製できていた(図5A)。収量は平均50μg程度であった。従来、全tRNAの単離は非常に手間がかかり事実上不可能であったが、本装置を用いれば労力や時間が大幅に削減され、多種類のRNAの精製が比較的容易に実行できた。sRNAのうち、DsrAとSraHは非常に存在量が少なかったが、ノーザンハイブリダイゼーションで精製自体はできていることを確認した(図5B)。素通り画分からは検出されないことから、非常に微量なRNAでも収率良く精製可能なことが証明できた。 4. LC/MSによるRNAの同定と修飾が未知であるtRNAの修飾塩基決定 得られたRNAの同定はLC/MSで行った。泳動の各バンドを切り出し精製し、RNase T1で断片化した後、LC/MSで解析した(T1マッピング)。95%以上の断片が同定され、全ての目的RNAが得られていることが確認された。 大腸菌のtRNAのうち、Leu3、Thr2、Thr4、Pro2、Pro3の5種類は修飾塩基が未報告であったため、修飾塩基を含めた一次構造解析をLC/MSで行った。まず、tRNAのゲノム配列情報とT1マッピングの結果を合わせることで、ほとんどの修飾を推定することができた。次に、シュードウリジンはウリジンと同質量で区別できないため、シュードウリジン特異的な化学修飾を施してT1マッピングを行い、位置を決定した。T1断片中に修飾位置候補が複数あるものについては、当該断片をMS/MSで解析し、位置を決定した(図6)。バクテリアでの新規修飾塩基としてAmが見出された。修飾が一部不明であったtRNAの修飾も決定した。また、今回のデータ、これまでの文献、データベース、ゲノム配列を整理し、最も確からしい大腸菌tRNAの修飾を含む全配列を決定した。 5. 真核生物ncRNAの自動精製 次に真核生物のncRNAの複数同時自動精製を試みた。出芽酵母8種、マウス6種(図7)の様々なクラスのncRNAの精製に成功した。様々な生物種の様々なncRNAが往復循環クロマトグラフィーで単離精製可能であることが示唆された。報告が急増している真核生物ncRNAの解析に非常に有用であると考えられる。 結論 単一の試料から、複数の目的物を同時に同条件で自動精製できる往復循環クロマトグラフィー法及びその自動化装置を開発した。本装置でRNAの単離精製を試み、理論式が妥当であることを確認した。さらに、大腸菌の全tRNA、4種のsRNA、8種の酵母ncRNA、6種のマウスncRNAの自動単離に成功した。本手法の開発によりRNAの単離精製を飛躍的に簡易化することができた。また、本手法が様々な生物種の様々なRNAで有効であることを確認した。大腸菌tRNAについては網羅的な一次構造解析をLC/MSで行い、未報告であった修飾塩基を全て決定した。 当研究室では、LC/MSのデータから自動的にRNAの同定、修飾解析を行うRNAマスフィンガープリント法の開発も進めており、これらの手法の開発により、RNAの精製から同定、修飾解析までが自動化され、ハイスループットなRNAの質的解析のための基盤技術がほぼ確立されたと考えている。 現在は更なる装置の改良を進めており、将来的には汎用的な自動精製装置として製品化を目指したい。また、全てのアフィニティー精製に応用可能であるため、RNA精製以外への応用、特に抗体カラムを用いた免疫沈降への応用を図っていく予定である 図1 往復循環クロマトグラフィーの原理 図2 往復循環装置の模式図 図3 理論式へのフィッティング 図4 収量の予測値と実測値 図5 自動精製された大腸菌RNA 図6 新規に修飾を決定したtRNAの二次構造 図7 マウスncRNAの精製 | |
審査要旨 | 本論文は往復循環クロマトグラフィー法という新規アフィニティー精製手法を考案し、それに基づいた自動分注機ベースの自動精製装置を開発し、実際に大腸菌、酵母、マウスの機能性RNAの単離精製に成功したものである。 第1章ではRNA単離精製手法開発の必要性とこれまでの手法が述べられている。ゲノム解読の結果、高等な生物ほどゲノム中の非コード領域の割合が高く、しかもその領域のほとんどが転写されていることが明らかになりつつある。これらの転写物であるncRNA(非コードRNA)は様々な種類が続々と判明しているが機能、構造(RNA修飾、末端構造など)が解析された例は少ない。機能、構造解析を進めるにはRNAの単離技術が求められるが、従来のRNA単離手法は多くの時間、労力、熟練が必要で、実用は困難であった。本論文で開発された手法はより簡便で効率的に多数のRNAの単離が可能であり、実用的なRNA単離手法となっている。 第2章では本手法の概念、理論式、装置開発、理論式の検証が述べられている。往復循環クロマトグラフィー法は、各ターゲットと結合する樹脂を詰めた複数のチップをマルチチャネルピペッターに装着し、試料溶液中で吸引、吐出、攪拌を繰り返し、試料溶液を全てのチップに循環させることを基本原理としている。十分な循環後、各チップを別々に洗浄、溶出し、各目的物を得る。1つの溶液から複数の目的物を同時に精製でき、試料に無駄が出ない、全てが同一条件化で精製される、スケールが変更可能、自動化が容易などの利点がある。次に、必要なピペッティング回数などの見積のため、簡略化したモデルから往復循環の理論式を導出している。更に、これらの概念に基づく自動精製装置を柏キャンパス周辺企業の協力の下で開発している。自動分注機に3種の特製恒温槽、攪拌用ポンプ、水供給ポンプが接続され、パソコン上でプログラムを作成し運転が行われる。次に、試作機を用いて実際に大腸菌tRNAPro2を精製し、理論式を検証している。ピペッティング毎にサンプリングし、tRNA Pro2を定量して理論式へフィッティングを試みたところ、妥当な平衡定数値で比較的良くフィッティングできており、理論式の妥当性、実用性の証明となっている。得られた平衡定数値からの収量、収率の予測も行われ、実験値と理論値が比較的近い値となり、実際に大まかな予測が可能であった。理論式から試料が微量であるほど収率が高いことが予測されていたが、実験値でも同じ傾向が見られ、実際に本手法が微量成分に対し有効であることが示された。 第3章では本手法のパフォーマンス検証のため、様々な機能性RNAの単離精製を試みている。まず、大腸菌の全tRNAと4種のsRNAの自動精製が行われた。48種類の大腸菌tRNAのうち4組8種は配列が似ているため共通のプローブを用い、sRNAを入れた合計48種を8つずつ6組に分けて単離精製が試みられた。洗浄法の改良などにより全ての目的RNAの単離精製に成功している。その際、非常に微量なsRNAについても高回収率での精製に成功している。次に、真核生物ncRNAの複数同時自動精製を試み、出芽酵母ncRNA8種、マウスncRNA6種、マウスmiRNA(miR-122a)の単離精製に成功している。 第4章では、単離されたRNAの質量分析を行い、RNA種の同定と修飾、末端構造の解析が行われた。修飾が未知な大腸菌tRNA5種については様々な質量分析により修飾を決定している。これにより初めて大腸菌tRNAの全修飾が明らかとなった。マウスncRNAのLC/MS解析ではcap構造、末端へのAやUの付加といった末端構造が検出できた。miRNAは122aについて質量分析が行われ、122aは4種類の末端バリアントの混合物であることが判明している。 以上のように本論文では、往復循環クロマトグラフィー法という新規手法の考案から装置開発を行い、実際に様々なncRNAの単離精製に成功している。また、単離されたRNAを解析することでマイクロアレイやクローニングでは分からない様々な情報が得られることが示された。報告が急増している真核生物ncRNAの解析に非常に有用であり、新たな生命現象の発見へと繋がる研究成果である。 なお、第2章における装置開発では加工は協力企業が行ったが、論文提出者が主たる設計、組立を行っている。また、第3章の酵母、マウスのRNA精製は大原智也、折戸智美との共同研究であるが、論文提出者が主体となって精製法の立案、検証が行われた。上記以外の往復循環クロマトグラフィー法に関する理論の考案や実験はすべて論文提出者により行われたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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