学位論文要旨



No 123057
著者(漢字) 徳永,彩未
著者(英字)
著者(カナ) トクナガ,サイミ
標題(和) 好酸球におけるタウリンの生理的機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 123057
報告番号 甲23057
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第324号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
内容要旨 要旨を表示する

〔序論〕

タウリンは、ヒトをはじめとする動物の多くの組織において、最も多量に存在する遊離型アミノ酸の一つである。タウリンが炎症を抑制するという報告が今まで数多くなされてきたが、そのメカニズムは不明であった。タウリンが好中球に多く存在することから、私は、免疫系細胞自身の働きに何らかの重要な影響を及ぼすと考え、好中球におけるタウリンの生理的機能に着目して研究を始めた。これまでの研究から、タウリンと好中球に特徴的に発現する酵素ミエロペルオキシダーゼ (Myeloperoxidase, MPO) から細菌貪食後に生成されるタウリンクロラミン (Taurine Chloramine, TauCl) は、IkBaのMet45をメチオニンスルフォキサイド (MetS=O) へと酸化することで、貪食刺激に応答したIkBaの分解を阻害し、NFkB活性化を遮断し、炎症と組織障害を抑制することが明らかになってきた (図1)。従来、生体内に存在する酸化剤はNFkBの活性化を促進するといわれてきたが、酸化剤であるTauClがNFkBの活性化を遮断することは大変興味深い。このアミノ酸の酸化という従来とは異なるシグナル伝達は、大変独創性の高い研究対象である。

(After Kanayama et al., 2002)

近年、様々なアレルギー反応を原因とする疾患が急増し、しかもその病状は悪化・難治化する傾向にあることから、その優れた治療薬の開発が強く望まれている。白血球には好中球の他に好酸球が存在するが、好酸球は気管支喘息や他のアレルギー炎症疾患において生じる炎症による組織障害に大きく関わっている。例えば、喘息患者の気管支では、気道の好酸球レベルが過剰に増加し、好酸球に特徴的に発現するエオシノフィルペルオキシダーゼ (Eosinophil Peroxidase, EPO) が産生する次亜臭素酸 (HOBr) やNFkBに依存した炎症性サイトカインが放出され炎症を引き起こしている。そして、放出された炎症性サイトカインの過剰産生によって、さらに好酸球が増加するという悪循環に陥る。喘息のしくみが解明されるにつれ、喘息は気管支の慢性的な炎症が主な原因であることがわかってきた。タウリンは、好酸球にも高濃度で存在し、刺激で生じるHOBrと反応してタウリンブロマミン (Taurine Bromamine, TauBr) が生成されると考えられる。しかし、生体内のBr量はClに比較すると極微量であることからEPOのこのような触媒反応にはほとんど着目されてこなかった。実際に生体内において、この反応によりTauBrが生成されているならば、IkBaが酸化されてNFkBの活性化が遮断され、アレルギー反応において炎症が抑制される可能性が考えられる。本研究では、生体内においてIkBaが酸化されてNFkBの活性化が遮断されているのかどうかを様々な実験手法により確認した。さらにTauClと比較してその性質がほとんど知られていないTauBrの生物学的特性を検証した。

〔結果と考察〕

1.TauBrによるIkBa分解抑制とNFaB活性化阻害

SDS-PAGEでは、TauClがIkBaを酸化すると、IkBaのバンドが上にシフトすることがわかっている (Kanayama et al., 2002)。NFkBに対するTauBrの影響を知るために、IkBaの酸化と分解に対するTauBrの効果をTauClと比較しながらウェスタンブロットで調べた (図2)。TauBrは、TauClとほぼ同じ濃度で、IkBaのバンドを上にシフトすることがわかった。ClとBrのハロゲンとしての性質は類似しており、TauClもTauBrもともに酸化剤としてはたらくため、IkBaのMetに対する酸化という反応機構は同様であると考えられる。細胞膜破壊前後 (図2A, B) で、TauClとTauBrの効果を比較することにより、TauClのほうがやや細胞膜透過性が低いことが示唆された。

刺激に応答して分解されるIkBaに対するTauBrの効果をTauClと比較しながら調べた (図3)。IkBaはTNFa刺激後にリン酸化され分解される。しかしTauBrで前処理することによってTauClの場合と同様に抑制された。このIIkBaの分解抑制が、NFkBの活性化を阻害しているかどうか、ゲルシフトアッセイによって観察した (図4)。TNFa刺激時間依存的に増加した核内のNFkBは、TauCl, TauBrで前処理することによって減少した。そして、TauClよりもTauBrの方がNFkBの核内移行阻害力がより強力であることがわかった。

NFkBの核内移行阻害にともなって、NFkBの転写活性が実際に抑制されているのかどうかをルシフェラーゼアッセイを用いて調べた。その結果、TNFa刺激前のTauBr処理によってTauBr濃度依存的にルシフェラーゼ活性が低下した。これはTauBrがNFkBの転写活性を実際に抑制することを示唆している。

2.ブロマミンの細胞膜透過性

白血球は高濃度のタウリンを含有しているため、TauClと同様、TauBrの形成とその反応性にも非常に興味がもたれる。これまではTauClが直接細胞内のターゲットであるIkBaを酸化すると考えられてきた。しかし、最近の研究によってTauClは細胞膜をほとんど透過しないことが報告されている。TauClによるIkBaの酸化は、培地中に存在する他のアミノ酸と塩素置換することによって生成された細胞膜透過性のグリシンクロラミン (GlyCl) を通して、間接的に起こっているということが報告されている。クロラミンは様々な細胞内制御経路と関わっていることが報告されているが、クロラミンの種類によって細胞膜透過性が異なるため、細胞への影響は細胞内サイトへ到達できるかどうかに依存している。このように、細胞膜透過性は非常に重要な要素であるが、ブロマミンの細胞膜透過性や細胞反応性についてはわかっていない。そこで、実際の白血球内外のアミノ酸組成に着目し検証した。

Jurkat細胞におけるNFkBシステムへのTauClとTauBrの効果を種々のアミノ酸が含まれている培地ではなくPBS中で比較した (図5A)。その結果、TauClは250μMに至ってもIkBaを酸化しないのに対し、TauBrは50μMというきわめて低濃度でIkBaの酸化を引き起こした。タウリン以外の生体内濃度が高い上位4つのアミノ酸 (Gly, Ala, Gln, Glu) のブロマミンについても同様に検証を行ったところ、TauBrよりも細胞膜透過性の高いものは見出されなかった。TauClは細胞膜をほとんど透過しない。一方、TauBrは、それ自身がクロラミンの中でも透過性が高いといわれているGlyClよりも、高い透過性を示すことが明らかになった。脂溶性のリン脂質細胞膜と親和性が高い方がより細胞膜透過性が高い。ClとBrの溶媒結合半径・電気陰性度の両面から、TauBrはTauClよりも脂溶性が高いと考えられる。さらに、細胞膜透過速度について検証を行ったところ、TauBrは5分以内という速いタイムスケールでIkBaを酸化していることがわかった (図5B)。同じハロゲン族であっても、ClとBrの違いにより細胞膜透過性への影響が大きく異なることは興味深い。

3.好酸球におけるタウリンの生理的機能

TauBrのはたらきがin vivoで観察できるのかという疑問を解決するため、好酸球の培養細胞を用いて検討した。細胞内にEPOが存在すれば、序論で述べたようにTauBrが生成されることが考えられる。TauBrが生合成されることによってIkBaの分解が抑制されるが、タウリン、Brは生体内に存在するので、残りの条件であるEPO活性をもち、かつMPO活性をほとんどもたない細胞モデルの探索から始めた。

(1)好酸球におけるMPOとEPO活性の選択的測定

MPOは好中球、EPOは好酸球にそれぞれ特徴的に発現する酵素であるが、細胞によっては両酵素が発現している可能性がある。MPOとEPOは生化学・免疫学的に全く異なる性質をもつ酵素であるが、構造が類似しているためそれらの活性を選択的に測定することは困難である。今までにヒト白血球におけるMPOとEPOの測定の報告はなかった。私は、分光学的手法による選択的測定法を開発し、それぞれを測定することができた。この方法により、いくつかの好酸球について測定を行い、EPO活性が高くMPO活性がほとんどないものを選んだ。その結果、EPO活性があると報告されている慢性骨髄性白血病細胞 (YJ細胞) がEPO活性が高く、MPO活性がほとんどないことが確認されたので (図6A)、この好酸球を用いて以降の検証を行うことに決定した。

(2)YJ細胞におけるタウリンの機能解析

YJ細胞を過酸化水素 (H2O2) で処理したとき、細胞内でTauBrが合成されIkBaが酸化されるかどうかをウェスタンブロットで観察した。その結果、両酵素の活性がほとんどないJurkat細胞ではIkBaのバンドは変化しなかったが、YJ細胞ではH2O2濃度依存的にIkBaが酸化された (図6B)。それぞれの細胞をH2O2で前処理したとき、TNFa刺激によるIkBaの分解が抑制されるかどうかを解析した。その結果、JurkatではH2O2前処理に関わらずIkBaは分解されたが、YJではH2O2前処理により分解が抑制された (図6C)。次に、NFkBの核移行に対する効果をゲルシフトアッセイで観察した (図6D)。TNFa刺激によって現れたNFkBのバンドは、H2O2で前処理することで消失し、酵素の阻害剤 (Resorcinol) で処理することにより再び現れた。以上のことより実際に刺激を受けた好酸球においてTauBrがIkBaの分解を抑制し、NFkBの核移行を阻害するというメカニズムが示唆された。

生理的ハロゲン濃度下におけるEPOによる主な酸化生成物としては、HOBrの他にHOSCNが近年になって様々に報告されている。HOSCNはHOBrのようにタウリンと化合物を作るかは全く報告がない。そこで、今回新たにEPO/H2O2/SCN-系列によるIkBa酸化への影響を調べた。まず、HOSCNを合成しタウリンと反応させたが、反応は起こらなかった。そこで、HOSCN自体がIkBa酸化能をもつかどうかをウェスタンブロットで解析した。その結果、HOSCNは750μMに至ってもIkBaのバンドをシフトさせることはなかった。

血漿中のBr- 濃度は20-100μMであることが知られているが、細胞内の濃度は報告されていない。どの程度のTauBrが細胞内で生成されているかは明確ではないが、好酸球によって生合成されたTauBrがIkBaを酸化することによりNFkBの活性化を抑制していることが示唆された。TauBrは非常に高い細胞膜透過性を有しているため、細胞外で生成されたとき、周囲の細胞内に直ちに入りNFkB活性化を抑制することが可能である。

〔結論〕

TauBrの生物学的性質はこれまでにほとんど知られていない。本研究により、TauBrはIkBaの分解を抑制することにより、NFkBの核移行と転写を抑制し、抗炎症効果を発揮するという抗炎症機構が初めて示された。これはTauClと同様のプロセスであるが、TauClが細胞膜をほとんど透過しないのに対し、TauBrは細胞膜透過性が高く、極めて低濃度で細胞内サイトへ到達できることが初めて明らかになった。MPOは好中球から自身の細胞内に放出される一方で、EPOは好酸球から自身の細胞内だけでなく細胞外にも放出される。喘息を含む様々なアレルギー疾患の炎症サイトにおいて、好酸球により細胞内外で生成されたTauBrは、アレルギー反応に関わるNFkB依存性の様々なサイトカインの放出抑制を行うことが示唆された。さらに、細胞膜透過性の高いTauBrは、他の様々な細胞シグナル伝達経路をも制御している可能性がある。

〔発表論文〕1) Saimi Tokunaga, Hideki Kato, Akihiko Kudo (2001)Selective preparation of Monoclinic and Tetragonal BiVO4 with Scheelite structure and their photocatalytic properties. Chem. Mater., 13(12), 4624-4628.2) Saimi Tokunaga, Atsuhiro Kanayama, Yusei Miyamoto (2007)Modification of IkBa by taurine bromamine inhibits tumor necrosis factor a-induced NF-kB activation.Inflammation Research, in press.

図1 好中球におけるタウリンの抗炎症メカニズム

図2 Jurkat細胞におけるIkBaの酸化に対するTauClとTauBrの効果の比較

図3 Jurkat細胞におけるIkBaの分解に対するTauClとTauBrの効果の比較

図4 TNFaに誘導されるNFkBの核移行性に対するTauClとTauBrの効果の比較

図5 TauClとTauBrの細胞膜透過性

図6 好酸球(YJ細胞)のH2O2処理

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり,第1章はTauBrによるIkBa分解抑制とNFkB活性化阻害,第2章はブロマミンの細胞膜透過性,第3章は好酸球におけるタウリンの生理的機能について述べられている。

気管支喘息,アトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患は,その難治性と近年の環境の変化に伴う患者数の増加によって社会的な問題となっている。このようなアレルギー性疾患では,白血球の1つである好酸球が骨髄,末梢血および炎症部位で増加し,細胞内顆粒を放出することによって組織を傷害し,炎症を誘発すると考えられている。これまでに喘息の実験モデルにおけるタウリン処理の有益な効果が報告されてはいるが,その詳細なメカニズムはわかっていない。また,好酸球がアレルギー疾患の炎症部位で集積する理由やその役割については不明な点が数多く残されており,解明されていない。

本論文提出者の徳永彩未は,新たなアレルギー疾患治療法の開発を目指して,ウェスタンブロット,ゲルシフトアッセイ,ルシフェラーゼアッセイを始めとする種々の分子生物学的手法によって好酸球における抗炎症機構の解明を行った。本論文は,世界的に模索されている新規なアレルギー疾患治療法の開発に一石を投ずるものである。

タウリンは,好酸球に高濃度で存在し,刺激によって,好酸球特異的に発現しているEosinophil peroxidase (EPO) の触媒反応より生じるHOBrと反応してタウリンブロマミン (Taurine Bromamine, TauBr) が生成されると考えられる。

第1章では,炎症を制御する重要な転写因子であるNFkBを取り上げ,NFkB活性化経路に対するTauBrの効果を検証している。TauBrはNFkB活性化プロセスの要であるIkBaを酸化することにより,分解を抑制し,NFkBの核移行と転写を阻害,抗炎症効果を発揮するという抗炎症機構が明らかになった。

TauBrの生物学的性質はほとんど知られていない。第2章では,その一つとして細胞内シグナル伝達に重要な要素である細胞膜透過性を解析している。ウェスタンブロット,Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase (GAPDH) アッセイの結果から,TauBrは細胞膜透過性が高く,極めて低濃度で細胞内サイトへ到達できることが初めて明らかになった。

第3章では,以上のようなTauBrのはたらきがin vivoで観察できるのかという疑問を解決するため,好酸球の培養細胞を用いて検討した。細胞内にEPOが存在すれば,TauBrが生成されることが予想される。TauBrが生合成されることによってIkBaの分解が抑制されるが,タウリン,Brは生体内に存在するので,残りの条件であるEPO活性をもつ細胞モデルの探索をまず行った。分光学的手法により選択的酵素活性測定法を開発し,過酸化水素処理することにより,TauBrが生合成される条件の整った株化細胞を選択した。EPO-H2O2-halide systemのもうひとつの主産物であるHOSCNはHOBrのようにアミノ酸とは反応せず,またそれ自体にもIkBaを酸化する能力がなかった。白血球内の臭素イオン濃度は未だ報告されていないため,どの程度のTauBrが細胞内で生成されているかについてはさらに解析する必要があるが,以上の結果から,好酸球においてEPOによりTauBrが生成され,NFkBの活性化を抑制することが間接的に示唆された。TauBrは高い細胞膜透過性をもつため,周囲の細胞内に直ちに入り,NFkB活性化を阻害することが可能である。したがって,いずれにせよTauBrは好酸球の炎症部位において,強い抗炎症効果を発揮することが予想される。

本研究の結果から,本論文提出者は,TauBrが喘息を含むさまざまなアレルギー疾患の炎症部位において好酸球によって細胞内外で生成され,NFkBの活性化を抑制する役割をもつという仮説を提案した。細胞膜透過性の高いTauBrはまた,他の様々なメディエーター経路をも制御し得ることが考えられ,生理的に重要である可能性を秘めている。タウリンだけ投与する従来の方法とは異なり,TauBrもしくはタウリンと臭素イオンの両者を投与するという新しい着想により,アレルギー疾患に対する新たな治療法となる可能性があり,今後の研究への進展が大いに期待される。

なお,本論文第1章は,金山敦宏,宮本有正との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって,博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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