No | 123061 | |
著者(漢字) | 磐田,朋子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イワタ,トモコ | |
標題(和) | 住民合意を考慮した家畜排せつ物処理・利用施策の提案手法に関する研究 | |
標題(洋) | Study on Policy Planning Method for Consensus Building on Livestock Manure Disposal and Utilization System | |
報告番号 | 123061 | |
報告番号 | 甲23061 | |
学位授与日 | 2007.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第328号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境システム学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景と目的 安価な輸入畜産物との価格競争に対抗するため、近年我が国の畜産業では集約化が急速に進んだ。同時に安価な輸入飼料への依存も年々高まっており、飼料自給率(TDN換算)は55%(1965年)から25%(2004年)まで低下した。その結果、集約化により日々大量に発生する家畜排せつ物を肥料として有効利用するための飼料用農地をもたない畜産農家が急増した。家畜排せつ物の主要な需要者である耕種農家においても、近年高齢化が進み、肥料濃度が高く散布時の労働負荷の少ない化学肥料に依存する傾向が強い。以上の背景から、日本の農業における家畜排せつ物の有効利用は進んでおらず、供給過剰問題が深刻化している状況にある。この現状に対処すべく、既に多くの地域で有機農業の奨励や家畜排せつ物処理に対する補助といった地域施策が導入されているが、複雑な農業システムにおいて施策の効果がどれほどであるのかを定量的に把握する手段が確立していないため、施策の効率的な組合せや優先順位が明らかとなっていない。 そこで本研究では、家畜排せつ物処理・利用施策の実施により期待される便益を明らかにし、地域が理想とする将来像に向けて有効な家畜排せつ物処理・利用施策を、定量的な根拠に基づいて提案するための手法の構築を目的とした。定量的な根拠に基づく施策の提案は、効率的な予算活用を可能にするだけでなく、行政と納税者との円滑な合意形成に貢献すると考えられる。本研究ではさらに、提案した手法を用いたケーススタディーを実施した。 2.「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」の構築 本研究では、地域(意思決定者)にとって最も好ましい割合で環境・社会便益がもたらされるように、自治体の予算を各家畜排せつ物対策に配分するための手法として、「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」を構築した(Fig.1)。 2.1家畜排せつ物対策の提案 家畜排せつ物過剰問題の解決方法を大きく3つに整理し、各解決方法に対応する5つの事業を抽出した(Fig.2)。 2.2LCA手法による便益定量化 まず、各家畜排せつ物処理・利用対策案を実施した場合に得られる環境・社会便益項目を、パネル法を用いて抽出した(Fig.2)。 抽出された各環境・社会便益の大きさは、多様な原因物質排出量あるいは物資消費量で決定される。多様な要因が対象便益項目に影響を与える場合、影響の大きさを代表的な原因物質に換算して指標とする「特性化手法」が一般的に用いられている。しかしながら、全ての環境影響物質に関してその影響の大きさが科学的に明らかとなっているわけではないため、本研究では可能な限り特性化を行うものとし[1]、特性化が困難な項目は独自に指標を設定した(Fig.3)。 次に、各指標化式において必要となる各原因物質排出量や物資消費量を定量的に算出するために、「物質フロー評価サブモデル」を構築した(Fig.4)。本モデルに対して、家畜(乳牛・肉牛・豚・採卵鶏)飼養頭数分布、作物(稲・野菜など)作付面積分布、そして飼料栽培面積の上限値となる耕作放棄地面積分布を入力すると、家畜排せつ物処理技術の選択結果、堆肥輸送経路、そして各環境・社会便益指標値が定量的に算出される。 2.3多基準分析による便益の統合化 複数の便益に関してその便益の重要度を指標化することで、複数の便益を単一の評価指標に統合する手法に多基準分析手法がある。本研究では、多基準分析手法の中でも特に適用範囲が広い「目標達成法」を用いた。目標達成法は、目標とする便益向上度合いに対する実際の便益向上度合いの割合(達成度指標)に、各便益に対する意志決定者の重要度合い(重み)を乗じることによって、「総合評価値」と呼ばれる単一評価指標に統合する手法である。 総合評価値= ΣWeight×Indicator Weighti= 各便益指標の重み(意思決定者にとっての重要度:アンケート調査から算出) Indicatori(達成度指標)=対策実施による便益指標値の変化量/(便益指標の目標値ー便益指標の現況値) ただし、i =各環境・社会便益の指標値: i = 1~8 2.4各対策への予算配分の検討 「総合評価値」には住民の意思が反映されているため、総合評価値が最大となるように、地域の家畜排せつ物対策予算を各対策に配分すれば、地域(意思決定者)にとって最も好ましい割合で環境・社会便益がもたらされると言える。よって、本研究では「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」の目的関数および制約条件を以下のように設定した。 目的関数: Maximize (総合評価値) 制約条件: Budget ≧ Σ BudjetDistributionj j = 各家畜排せつ物対策: j = 1~5 「総合評価値」最大化シミュレーションにおける最適化計算には、NUOPTver.6((株)数理システム)を用いた。 3.「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」を用いたケーススタディー 本研究では、日本でも有数の畜産地域であり家畜排せつ物の供給過剰が顕著に見られる群馬県前橋市を対象地域として、「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」を用いたケーススタディーを実施した。 3.1前橋市住民アンケートに基づく「各便益指標の重み」算出結果 前橋市に対するアンケート調査(住民998名を対象、回収率は20.8%)に基づき、各環境・社会便益の重みをAHP (Analytic Hierarchy Process,階層分析法)を用いて算出した(Fig.5)。その結果、「食料自給率の向上」と「水質汚染の軽減」の重要度が最も高く、農業地域であり利根川水系水源地である前橋市の地域性を反映した結果が得られたと考えられた。 3.2前橋市における家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化結果 総合評価値最大化シミュレーション結果をTable 1に示す。この時の各環境・社会便益向上率をFig.6に示す。最適配分時には全環境・社会便益項目に関して向上が期待されることが示された。 3.3感度分析結果 シミュレーション結果に関して感度分析を行った結果、食糧自給率の向上効果は大きいが酸性化とエネルギー自給率に関しては現状よりも悪化する効果を持つ「家畜用飼料の地域内生産支援策」と、他の対策と比較して食糧自給率指標を除く全ての便益項目に関して大きな向上効果を持つ「家畜頭数削減策」が、組合せられて導入されたことで、全環境・社会便益項目に関して便益が向上したことが示された。 さらに、食糧自給率指標の重みを変化させて感度分析を行ったところ、両対策の組合せには最適解が存在し、食糧自給率指標の重みが他指標の重みの約1.4倍になると総合評価値が最大となることが示された(Fig.7)。 4.結論 本研究では、理想とする将来像に向けて有効な家畜排せつ物処理・利用施策を定量的な根拠に基づいて提案するための手法として「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」を構築し、群馬県前橋市を対象としてケーススタディーを行った。その結果、対策の実施により全環境・社会便益項目に関して便益向上が期待されることが示された。さらに感度分析の結果、前橋市における家畜排せつ物対策への予算配分には最適解が存在し、各対策は互いに短所を補うことでより大きな便益を得ていたことが示された。 Fig.1 「家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデル」の構造 Fig.2 対象とする家畜排せつ物処理・利用対策案 Fig.3 各環境・社会便益の指標化式([1]) Fig.4 家畜排せつ物対策に伴う環境・社会便益定量化モデルの評価範囲 Fig.5 各環境・社会便益の重み(前橋市) Fig.6 最適予算配分時の各環境・社会便益現状比向上率 Fig.7 「食料自給率の重み」と総合評価値の関係 | |
審査要旨 | 本論文は、「住民合意を考慮した家畜排せつ物処理・利用施策の提案手法に関する研究」と題し、全7章から構成されている。 第1章では、序論として家畜排せつ物処理の関連研究をレビューし、家畜排せつ物問題解決のための課題を明らかにしている。それらの課題を踏まえ、本研罪は、家畜排せつ物対策が社会面・環境面におよぼす影響を総合的に評価した上で住民合意を考慮した最適な対策の組合せを決定する手法を構築し、実際の地方行政による家畜排せつ物対策に関してケーススタディーを行うことが目的であることを示している。 第2章では、本研究で新たに開発した家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデルについて述べている。モデルの最大の特徴は、家畜排せつ物対策の実施により期待される環境・社会便益を単一の評価指標で示すだけでなく、対策間の相互影響を物質フローにおける変化としてモデルに反映させた点にある。この工夫により、複数の家畜排せつ物対策の相反も考慮した最適な対策の組合せ検討が可能となった。既存のモデルで環境・社会便益の定量化を同時に行った例はなく、さらに家畜排せつ物対策間の相互影響を考慮した上で最適な組合せの検討を可能にする手法の提案は、本研究が初めてである。パネル法により家畜排せつ物対策の実施により期待される環境・社会便益項目を検討した結果、地域環境便益項目としては水質・土壌・大気汚染の軽減効果が抽出され、地球環境便益項目としては酸性雨原因物質・地球温暖化原因物質の軽減効果および枯渇性資源の保全効果が抽出され、そして社会便益項目としては食糧・エネルギー自給率の向上効果を抽出された。 第3章では、実際の地方行政における家畜排せつ物処理・利用施策提案に対して、開発した家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデルを適用させるためのケーススタディー対象地域を選定している。また、選定の結果から抽出された群馬県前橋市における、畜産業の現状および課題を示した。 第4章では、家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデルを構成している物質フロー評価サブモデルに関して、必要となるバックグラウンドデータベースの作成方法を、前橋市におけるデータベースを例にとって解説している。 第5章では、家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデルの目的関数である総合評価値の設定を行っている。総合評価値は、対象地域住民の意識調査によって決定される各環境・社会便益の「重み」に、対策実施に伴う環境・社会便益向上度を示す「達成度指標」を乗じて算出される指標と定義した。前橋市住民に対してアンケート調査を行い、各環境・社会便益の「重み」をAHP手法により算出した結果、食料自給率の向上と水質汚染の軽減の重みが最も大きく、農業地域であり利根川水系水源地である前橋市の地域性を反映した結果を得た。また、「達成度指標」の算出に必要となる各便益の現状値と目標値を算出した。 第6章では、家畜排せつ物対策に対する自治体予算配分最適化モデルを用いて前橋市における家畜排せつ物対策の提案を行った。その結果、予算の64.4%を「家畜用飼料の地域内生産支援策」に、20.5%を「汚水浄化処理施設の設置支援策」に、12.4%を「家畜頭数削減策」に、2.7%を「田畑での肥料利用促進策」に配分する場合、総合評価値が最大となった。さらに感度分析の結果、予算配分には複数対策の組合せによる最適解が存在することを明らかにした。これは、対策を組み合わせることにより、単独の対策が持つ短所を他の対策が補うことで、より大きな便益を得たためである。 第7章は、本研究の総括である。以上で述べてきたように、本論文において、家畜排せつ物対策が社会面・環境面におよぼす影響を総合的に評価した上で、住民合意を考慮した最適な対策の組合せを決定する手法を構築し、実際の地方行政による家畜排せつ物対策に関して合理的な対策案まで提案したことは極めて意義が大きい。よって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/24340 |