学位論文要旨



No 123063
著者(漢字) 福島,寿和
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,トシカズ
標題(和) 生物学的リン除去プロセスにおけるポリリン酸蓄積細菌の新規定量手法の確立とその生理・生態学的研究への応用
標題(洋) Development of Novel Quantitative Methods for Polyphosphate Accumulating Organisms in Enhanced Biological Phosphorus Removal Process and Its Application to Study of Their Ecophysiology
報告番号 123063
報告番号 甲23063
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第330号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 木暮,一啓
 東京大学 准教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 栗栖,太
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、廃水処理法の一つである生物学的リン除去(EBPR; Enhanced Biological Phosphorus Removal)プロセスにおいてリン除去を担っているポリリン酸蓄積細菌(PAOs:Polyphosphate Accumulating Organisms)の新規定量手法を確立し、その手法を用いてPAOsの生理・生態学的知見を得ることを目的とした。EBPRプロセスはリンの処理性能が不安定な点が最大の課題となっており、この課題を解決するためにはPAOsについての知見が必要不可欠である。すなわち、本研究で得られた結果は、EBPRプロセスのより安定した処理性能を実現するために有用な知見となることが期待される。

本論文の構成は以下の通りである。

1章および2章では、EBPRプロセスおよびPAOsに関する既存の研究および課題をまとめ、本研究の位置づけを示した。3章および4章では、PAOsとして知られているCandidatus 'Accumulibacter phosphatis' (以下、'Accumulibacter'と記す。)、および、Microlunatus phosphovorus(以下、M. phosphovorusと記す)を対象とする定量PCR法を確立した。

つづいて、この定量手法を用いてPAOsの生理・生態学的知見を収集した。5章では、'Accumulibacter'の好気培養における増殖条件を探索するとともに分離を試みた。6章では、運転途中でpHを低下させた実験室規模EBPRリアクター内の'Accumulibacter'の挙動を解析した。7章では、6章で得られたデータを用いて、処理性能とPAOsの存在量を数値モデルによって再現することを試みた。最後に、8章で、研究成果を整理し、今後の展望を示した。

以下に、3章から7章までの各章でおこなった研究の内容と、その成果をまとめる。

3章では、定量PCR法を用いて'Accumulibacter'の新規定量手法を確立し、活性汚泥への適用性を検討した。

'Accumulibacter'は主要なPAOsとして認識されており、実下水処理場や実験室規模リアクターの汚泥に対して定量的な解析が頻繁におこなわれている。これらの報告の多くでは、FISH法を用いた定量がおこなわれている。しかしながら、FISH法は、定量操作に非常に時間がかかるため、日変動のような詳細な挙動を把握することには不向きである。そこで、プロセス内の'Accumulibacter'の挙動を詳細に把握するために、定量PCR法による新規定量方法を確立し、その活性汚泥試料への適用性を検討した。

まず、定量PCR法によって'Accumulibacter'の16S rRNA遺伝子の定量方法を検討した結果、インターカレーター法によって定量方法を確立することができた。つづいて、活性汚泥中の'Accumulibacter'を、インターカレーター法およびFISH法によって定量した結果、両手法による定量結果には若干弱いながらも有意な相関関係(R2=0.687)が認められた。

今回確立したインターカレーター法は、FISH法よりも迅速且つ高感度に定量可能であった。定量値の再現性については、FISH法と同等もしくは、若干よいと考えられた。このように、インターカレーター法によって、'Accumulibacter'を迅速且つ高感度に定量する手法を確立することができた。

4章では、定量PCR法を用いて、M. phosphovorusを定量する手法を確立し、活性汚泥への適用性を検討した。

M. phosphovorusはPAOsと共通する代謝能を持つ数少ない分離株であるが、EBPRプロセスにおけるリン除去への寄与はあまりわかっていない。これは、M. phosphovorusはグラム陽性の細菌であることから、FISH法による定量が困難なことが一因であった。そこで、本研究では、定量PCR法によってM. phosphovorusの定量手法を確立し、EBPRプロセスにおけるリン除去への寄与を評価することを目的とした。

定量手法を検討した結果、QPrimer PCR法によって、M. phosphovorusの16S rRNA遺伝子の定量手法を確立することができた。つづいて、異なる炭素源を与えて運転した実験室規模EBPRリアクター内のM. phosphovorusを定量し、また、その経時的変化を追跡し、リン除去性能との関連を調べた。この結果、M. phosphovorusの存在量はリアクターごとに大きく異なっており、一部のリアクターではリン除去性能と類似した変動を示した。但し、M. phosphovorusのリン除去への寄与は最大でもPAOsの数%であると推定され、リン除去への寄与は小さいと考えられた。

続いて、5章・6章では確立した定量PCR法を用いて、'Accumulibacter'の生理・生態学的知見を収集した。M. phosphovorusはリン除去への寄与が小さいと考えられたため、研究の対象としなかった。

5章では、好気培養における'Accumulibacter'の増殖条件を探索し、分離を試みた。

上述のように、'Accumulibacter'は主要なPAOsとして考えられているが、いまだ分離されていない。

液体培養での増殖条件を探索した結果、グルコース(500mgC/L)を炭素源として、pH10.0および20℃の条件で培養すると、'Accumulibacter'が有意に増殖していることが確認された。つづいて、より確実に分離をおこなうために、活性汚泥試料中の'Accumulibacter'を濃縮する方法を検討した。この結果、Percollを用いた密度分離法によって濃縮することができた。最後に、密度分離した汚泥を、上述の条件で液体培養することで分離を試みたが、'Accumulibacter'を分離することはできなかった。

6章では、運転途中でpHを低下させた実験室規模EBPRリアクターにおける'Accumulibacter'の挙動を解析した。

EBPRプロセスの欠点はリンの処理性能が不安定な点であり、リン除去が悪化する要因の一つとして、pHによる影響がこれまで報告されている。そこで、運転途中でpHを低下させたリアクターにおける'Accumulibacter'の挙動を調査した。

pHを運転途中に6.5±0.1に低下させたリアクターについて、リン除去性能および'Accumulibacter'の変動を把握した結果、'Accumulibacter'がリン除去の悪化に先立って減少いく様子が見られた。但し、リン除去の悪化や'Accumulibacter'の減少はpH低下後すぐに起こるのではなく、リン除去の悪化はpH低下から20~26日後、'Accumulibacter'の減少は0~19日後にみられた。また、運転期間を通してpHを6.5±0.1に設定して運転したリアクター(R20)でも良好なリン除去がみられ、'Accumulibacter'が増加する様子が見られたた。こうした結果から、リアクターのpHを6.5±0.1に設定することで、リン除去および'Accumulibacter'の増殖に即座に大きな影響は与えることはないが、運転途中でpHを6.5±0.1に下げることで、0~19日程度の後に'Accumulibacter'が減少し、さらに、それを追ってリン除去が悪化することがわかった。このような変動はこれまでに報告されておらず、定量PCR法を用いて詳細に挙動を把握することで初めて得られた知見である。

7章では、6章で運転したリアクターにおける処理性能およびPAOsのモデル評価をおこなった。

活性汚泥モデルのAMS2はEBPRプロセスのモデルとして様々な研究がおこなわれているが、PAOsそのものの実プロセス内での挙動を数値モデルによる計算結果と比較した事例はほとんど無い。なぜならば、既存の手法ではPAOsを正確且つ高い頻度で定量することが困難なためである。そこで、6章で運転したリアクターのPAOsの挙動について、定量PCR法による定量結果とモデルにより計算した結果を比較し、モデルの有効性および問題点を検討した。なお、本章では'Accumulibacter'を唯一のPAOsと仮定した。

検討に先だって、リアクターの処理性能を正確に再現するために、モデルのキャリブレーションをおこなった。この結果、4つの反応速度定数および化学量論係数を、標準的な値(ASMモデルの推奨値)から変更することによって処理性能を再現することができた。

続いて、上述のようにキャリブレーションをおこなったモデルから計算されたPAOsの挙動と、実際の挙動を比較した。この結果、実際の挙動をモデルで再現できていなかった。再現できていない理由を検討した結果、運転開始時のPAOsの入力値に問題がある可能性が挙げられ、正しくキャリブレーションをする必要性が考えられた。

このように、'Accumulibacter'の実測値を用いることによって、PAOsをモデルによりシミュレートした結果と比較することができ、問題点を明らかにすることができた。

以上、本研究では、定量PCR法によってPAOsの新規定量方法を確立することができ、確立した手法を用いて主要なPAOsである'Accumulibacter'の増殖条件や、汚泥内における詳細な挙動等、既存の手法では解析が困難であった生理・生態学的知見を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究(「生物学的リン除去プロセスにおけるポリリン酸蓄積細菌の新規定量手法の確立とその生理・生態学的研究への応用」)は、廃水処理法の一つである生物学的リン除去プロセス(以下EBPRプロセス)においてリン除去を担っているポリリン酸蓄積細菌(以下PAOs)の生理・生態学的知見を得ることを目的として行われたものである。また、PAOsの増殖や衰退を捉えるための定量手法の開発も、本研究の相当な部分を占めている。論文の構成および内容は次の通りである。

1章は緒論、また、2章は関連する文献のレビューである。

3章では、主要なPAOs の一つとして知られるCandidatus 'Accumulibacter phosphatis'(以下A.p.)の定量PCR法による定量条件を確立し、活性汚泥への適用性を検討している。さまざまな条件について検討した結果、インターカレーター法による定量PCR法を用いて方法を確立することができた。この手法は従来A.p.の定量のために用いられて来た蛍光遺伝子プローブ法よりもきわめて簡便かつ迅速である。

4章では、Microlunatus phosphovorus(以下M.p.)を定量PCR法により定量することを試みている。M.p.はPAOsと共通する代謝能を持つ数少ない分離株である。また、グラム陽性細菌であるために蛍光遺伝子プローブ法による定量が困難であることが知られており、そのために、実下水処理場でのリン除去への寄与について信頼に足る情報が限られていた。本章ではQP-PCR法により定量する方法を確立し、かつ、さまざまな活性汚泥中のM.p.の定量を行った。この結果、下水中の有機成分の種類によってはリン除去性能と類似した変動を示すことを見いだしたが、それでもM.p.のリン除去への寄与は最大でも全PAOsの数%に過ぎないとの結果となった。また、酢酸系の成分が多く含まれる場合にはその寄与はさらに小さかった。こうしたことから、M.p.のリン除去への寄与はそれほど大きくないと結論した。

つづく5章では、3章にて確立した定量PCR法を用いて、A.p.の好気培養での増殖条件の探索を試みた。希釈した活性汚泥を好気条件下さまざまな温度、pH、および炭素源を用いて液体培養し、A.p.の増殖の有無を定量PCR法により確認した。グルコース(500mgC/L)を炭素源として、pH10.0および20℃の条件で培養すると、A.p.がわずかではあるが統計的にも有意に増殖することがわかった。つづいて、その培養条件を用いてA.p.の分離を試みたが、うまくいかなかった。

6章では、実験室規模EBPRリアクターを運転し、A.p.の挙動を解析した。EBPRプロセスの欠点はリンの処理性能が不安定性な点であるが、それに関して低pHでは特にリン除去が悪化しやすいとのことがこれまでに報告されている。そこで、運転中にpHを変動させ、それに伴うA.p.の挙動を調査した。

pHを運転途中に6.5に低下させたリアクターについて、リン除去性能およびA.p.の変動を把握した結果、A.p.がリン除去の悪化に一週間ほど先立って減少することがわかった。そうした現象には再現性があった。また、リン除去の悪化やA.p.の減少はpH低下後すぐに見られるものではなかった。また、はじめからpHを6.5に設定して運転したリアクターでは、A.p.が増加し良好なリン除去がみられた。これらの結果から、低pHはリン除去やA.p.の増殖に悪影響を及ぼすようである事はわかったものの、リン除去の悪化には低pHが直接の原因となるのではない可能性が強く示唆された。

7章では、6章で運転したA.p.の挙動を数値シミュレーションにより再現する事を試みた。シミュレーションにあたっては、IWA ASM2モデルをもとに行った。リアクターの運転開始からリン除去が良好に行われる過程での、シミュレーション上でのPAOsの挙動は、実際に定量PCR法により観察されたA.p.の挙動と定性的には似通っていた。

以上のように、本研究では、定量PCR法によってPAOsの新規定量方法を確立し、さらに主要なPAOの一つである A.p.の活性汚泥内における詳細な挙動を得ることができた。特に、6章でおこなった検討からは、pHの低下はリン除去悪化の引き金になる事はあるようだが、直接リン除去の悪化に結びつくとは考えにくいような結果が得られた。リン除去を不安定にする要因の一つとしてpHをあげる事ができることは本研究においても確認されたが、さらに複雑な要因がある可能性を示唆するものである。今後より正確な議論を行っていくために、非常に有用なツールおよび知見を導出した研究として評価できる。よって、博士(環境学)の学位を授与できるものと認める。

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