No | 123071 | |
著者(漢字) | 堀,知行 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホリ,トモユキ | |
標題(和) | メタン生成環境における微生物の生態生理に関する研究 | |
標題(洋) | Ecophysiology of microorganisms in the methanogenic environments | |
報告番号 | 123071 | |
報告番号 | 甲23071 | |
学位授与日 | 2007.10.01 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3226号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | メタンは、異なる二つの側面を持つ。即ち拡散状態では温室効果ガスとして働き、濃縮状態ではエネルギー資源ともなる。メタンの大部分が生物活動由来であるため、メタン生成、抑制、酸化に関与する微生物は地球上炭素循環やエネルギー生産に大きな影響を与える。応用微生物学の視点に立てば、大気へと拡散するメタンは生成抑制が目的となり、一方エネルギーメタン産生場(嫌気廃水処理など)ではメタン生成の高効率化・安定化が求められる。対象環境により研究の最終目標は異なるが、メタン生成の代謝過程は同一である。高分子有機物は可溶化・酸生成過程を経て低級脂肪酸(VFAs; volatile fatty acids)へと変換され、更に共生酸化により酢酸へと分解される。嫌気有機物分解の中心中間代謝産物である酢酸は、無機電子受容体の存在時にはCO2へと酸化され、非存在時にはメタンへと分解される。またこれらの各過程で生じるCO2、H2もメタンへと変換される。このような段階的な分解ステップからなるメタン変換過程は、単一の微生物の代謝では完結し得ず、複数の微生物の強固な相互作用のもと進行する。ゆえにメタン産生の人為的促進や抑制のためには、嫌気複合微生物系における代謝ネットワークの理解・制御が必要である。本研究では、代表的なエネルギー回収型嫌気廃水処理槽である高温メタン発酵リアクターと大気中メタンの主要な発生源である嫌気水田土壌に焦点を当て、様々な分子生態学的手法を駆使することにより、メタン生成微生物群の環境応答機構・生態生理・微生物間相互作用の解明を試みた。 1. 高温メタン発酵リアクター 1) 微生物群集解析法としてのSSCPとDGGEの比較 (文献 2) 微生物生態系の全体像をとらえるには、培養を介さない微生物群集解析法の最適化が必須である。SSCP (single-strand conformation polymorphism)、DGGE (denaturing gradient gel electrophoresis) は、同一鎖長の遺伝子断片を塩基配列の違いにより分離する遺伝子多型検出法であり、微生物群集構造の解析に広く用いられてきた。しかし検出原理の異なるこれらの手法を直接的に比較・検討した報告はない。そこで基質組成変化に伴ったメタン発酵微生物群の変遷に着目し、その検出可否を評価基準としてSSCPとDGGEとによる群集プロファイルの比較を行った。結果、SSCPではシャープなバンドが多数検出され、群集構造のより僅かな変化をとらえることが可能であった。 2) pH低下・制御による発酵機能変化とメタン生成アーキア群の劇的な遷移 (文献 1) メタン発酵槽の酸性化は、プロセス荒廃の主要な原因の一つである。ここでは酸性化によって発酵機能低下期を、更に中性化によって回復過程を実験室レベルで人為的に創出し、それらに対する微生物群の応答を解析した。pHを制御せずにグルコースを唯一の炭素源とする培地(1%, w/v)をメタン発酵槽に連続的に流入出させた。運転開始後、ガスは安定に発生したが、40日目以降に発酵槽の酸性化を伴ったVFAsの急激な蓄積とガス発生量の低下が見られた。45日目からpHを中性に制御したところ、VFAsの蓄積が解消されガス発生が安定した。SSCP、定量PCR、FISH(fluorescence in situ hybridization)解析の結果、アーキア群が発酵機能変化に応答して推移することが示された。酢酸資化性メタン菌Methanosarcinaは、酢酸濃度の減少時期に選択的に増加したことから、高効率な酢酸分解に関与することが示唆された。またMethanoculleusとMethanothermobacterの優占性がプロピオン酸の蓄積により入れ替わったことから、これら水素資化性メタン菌は槽内のVFAs濃度、即ち溶存水素濃度を感知してその優占性を決定していることが示唆された。本研究により、高温メタン発酵槽内におけるシンプルなアーキア群のVFAs濃度に対する劇的な構造的応答が示された。 3) 有機物負荷変化に対するメタン発酵微生物群の代謝的・構造的応答 長期的な撹乱に対するメタン発酵微生物群の応答を解析するために、有機物負荷を変化させることで異なる発酵状態を創出し、微生物群の構造・代謝変化を解析した。培地グルコース濃度を2→4→6→4→2%(w/v)と変化させ、各段階で30日間以上運転を行った。2%ではVFAsの蓄積もなくメタンガスが安定に生成したが、続く4%ではガス発生量の低下と酢酸・プロピオン酸の濃度上昇が見られた。これら二種のVFAsに加え、6%では乳酸とギ酸が、その後の4%では酪酸が蓄積した。再び2%とするとVFAsの蓄積が解消されガス発生が安定した。SSCP、クローンライブラリ解析の結果、2%ではClostridium stercorarium様細菌(相同性:94%)とMethanoculleusが主要となり、その後の4→6→4%では代わってClostridium indolis様細菌(87%)とMethanobacteriumの優占性が増大した。最終の2%では、以前の状態とは異なり、Moorella thermoacetica様細菌(83%)とCoprothermobacter proteolyticus様細菌(98%)が主要となった。本研究において発酵機能の安定化は、二種類以上の微生物群集パターンにより達成され得ることが示された。これにより微生物群集の持つ高い代謝柔軟性が明らかにされるとともに、微生物コミュニティの更なる理解のためには構成微生物の生態生理・代謝相互作用を明らかにする必要があると考えられた。 4) 細菌群集由来formyltetrahydrofolate synthetase遺伝子の多様性と発現プロファイル 発酵機能の安定期において、酢酸資化性メタン菌が検出されず、更に桿状細菌と水素資化性メタンが隣接して存在することから、酢酸共生酸化の存在が示唆されていた。またホモ酢酸菌が還元的酢酸生成(CO2→酢酸)の逆反応によって酢酸を共生分解することが報告されている。そこで発酵槽内における酢酸共生酸化細菌の生理生態学的知見を得ることを目的として、還元的酢酸生成の鍵酵素formyltetrahydrofolate synthetase(FTHFS)遺伝子の発現解析を行った。採取した発酵液からDNA、RNAを共抽出し、細菌FTHFS遺伝子の特異的プライマーを用いたPCR、RT-PCRへと供したところ、いずれも目的とする増幅断片が得られた。メタン発酵槽内におけるFTHFS遺伝子の発現は、熱力学理論を合わせると酢酸共生酸化の機能性を強く示唆する。更にT-RFLP(terminal restriction fragment length polymorphism)、クローンライブラリを用いた発現プロファイル解析の結果、主要なホモ酢酸菌(Type I)のみならず、マイナー種(Type II)によっても本遺伝子が活発に発現されていることが示された。このことは、多様な代謝で知られるホモ酢酸菌の槽内での酢酸代謝における重要性、巧みな生存戦略を示している。 2. 嫌気水田土壌 1) メタン生成期における嫌気酢酸同化細菌の同定 (文献 3) 酢酸は嫌気有機物分解の主要中間代謝産物であり、メタンの起源の70%程を占める。酢酸資化性メタン菌の基質競合者である嫌気酢酸同化細菌はメタン産生抑制に重要であるが、その生態学的知見は乏しい。本研究では、13C-, 12C-酢酸を用いた比較RNA-SIP(stable isotope probing)を用いて代謝活性のある酢酸同化細菌を同定した。水田土壌を嫌気的に前培養し内在する電子受容体を減少させた。その後12日間本培養し、3日おきに実環境レベルの低濃度13C-酢酸(0.5 mM)を添加した。培養開始直後から13CラベルされたメタンとCO2が発生し、添加した13C-酢酸の約60%がガスとして回収された。培養土壌から抽出したRNAを超遠心によって密度ごとに分離し、RT-PCR、T-RFLP、クローンライブラリにより解析した。13C-酢酸培養系の高密度RNA画分で、鉄(III)還元細菌Geobacter、及びAnaeromyxobacterに属する未培養・新規な細菌が優占化した。これによりこれらの細菌が嫌気的に13C-酢酸を同化していることが示された。メタン生成水田土壌では生物易利用性の鉄(III)は枯渇しているため、これら未培養・新規な鉄還元細菌は生物難利用性の酸化鉄にアクセスし酢酸を嫌気的に酸化していると考えられる。本研究により実環境においてメタン生成菌と競合関係にある細菌(メタン産生抑制の鍵微生物)が同定された。 2) 嫌気酢酸同化細菌の鉄(III)化合物添加に対する生理学的応答 鉄(III)還元細菌は、酢酸資化性メタン菌との基質競合により、大気中メタンの地球規模循環に重要な役割を担う。しかし水田土壌に常在する鉄還元細菌の生理生態学的特徴についての知見は乏しい。そこで土壌に普遍的に存在する主要な結晶性酸化鉄であるFerrihydrite(生物易利用性)とGoethite(生物難利用性)の添加が嫌気酢酸同化細菌に与える影響について、RNA-SIPを用いて解析した。水田土壌を嫌気的に前培養した後、本培養開始時に13C酢酸を2mM、各鉄(III)化合物を140 μmol g-1添加した。培養3日目の土壌サンプルからRNAを抽出し、SIPへと供した。Ferrihydrite添加系ではメタン生成の著しい抑制が観察され、Geobacterが主要な酢酸同化細菌として同定された。Goethite添加系ではFerrihydrite添加系ほどメタン生成が抑制されなかったものの、AnaeromyxobacterやRhodocyclaceaeに属する細菌が酢酸同化に関与することが示された。これにより鉄(III)の添加に応答してメタン産生を抑制する酢酸同化微生物が同定されるとともに、鉄還元細菌の鉄(III)利用性の違いによる生理生態学的棲み分けが明らかとなった。 3. まとめ 本研究では、地球環境・資源エネルギー問題上極めて重要な二つのメタン生成環境において、微生物群の環境応答機構を明らかにし、更にメタンの最も主要な前駆物質である酢酸に焦点を当て、共生系による酢酸分解と酢酸をめぐって起こるメタン生成菌と嫌気酢酸同化細菌との間の基質競合に関して新規な知見を見出した。 | |
審査要旨 | メタンは、拡散状態では温室効果ガスとして働き、濃縮状態ではエネルギー資源ともなる。メタンの大部分が生物活動由来であるため、メタン生成、抑制に関与する微生物は地球上炭素循環やエネルギー生産に影響を与える。応用微生物学的には、大気へと拡散するメタンは生成抑制が目的となり、一方エネルギーメタン産生場ではメタン生成の高効率化が求められる。対象環境により研究の出口は異なるが、メタン生成の代謝過程は同一である。高分子有機物は低級脂肪酸へと変換され、更に共生酸化により酢酸へと分解される。酢酸は、直接メタンへと分解される。また各過程で生じるCO2、H2もメタンの前駆物質である。段階的な分解ステップからなるメタン変換は、単一の微生物の代謝では完結し得ず、複数の微生物の相互作用のもと進行する。メタン産生の促進や抑制のためには、嫌気複合微生物系における代謝ネットワークの理解が必要である。本研究では、嫌気廃水処理槽である高温メタン発酵槽と大気中メタンの主要な発生源である嫌気水田土壌に焦点を当て、メタン生成微生物群の環境応答機構・生態生理・微生物間相互作用の解明を試みた。 本論文は、大きく2章からなる。第1章では高温メタン発酵リアクターについて論じた。まず第1節において、微生物群集解析法としてのSSCP法とDGGE法を比較し、SSCP法の方が群集構造のより僅かな変化をとらえることが可能であることを確認した。 第2節では、pH低下・制御による発酵機能変化とメタン生成アーキア群の遷移について、酸性化によって「発酵機能低下期」を、更に中性化によって「回復過程期」を実験室レベルで人為的に創出し、それらに対する微生物群の応答を解析した。その結果、アーキア群が発酵機能変化に応答して推移することが示された。特にMethanosarcinaは、酢酸濃度の減少時期に選択的に増加したことから、高効率な酢酸分解に関与することが示された。また二種の水素資化性メタン菌の優占性がプロピオン酸の蓄積により入れ替わったことから、これらは槽内の溶存水素濃度を感知してその優占性を決定していることが示された。 第3節においては、 有機物負荷変化に対するメタン発酵微生物群の代謝的・構造的応答について検討した。すなわち有機物負荷を変化させることで異なる発酵状態を創出し、微生物群の構造・代謝変化を解析した。その結果、発酵機能の安定化は、二種類以上の微生物群集パターンにより達成され得ることが示された。これにより微生物群集の持つ高い代謝柔軟性が明らかにされるとともに、微生物コミュニティの更なる理解のためには構成微生物の生態生理・代謝相互作用を明らかにする必要があることが示された。 第4節では、発酵槽内における酢酸共生酸化細菌の生理生態学的知見を得ることを目的として、還元的酢酸生成の鍵酵素である細菌群由来formyltetrahydrofolate synthetase(FTHFS)遺伝子の多様性と発現プロファイルについて解析を行った。その結果、発酵槽内においてFTHFS遺伝子の発現が確認された。このことと熱力学理論とを併せて考えると、酢酸共生酸化の機能性を強く示唆する。また発現プロファイル解析の結果、主要なホモ酢酸菌のみならず、マイナー種によっても本遺伝子が活発に発現されていることが示された。 第2章では嫌気水田土壌を研究対象とした。第1節では、RNA-SIPを用いて代謝活性のある酢酸同化細菌を同定した。添加した13C-酢酸の約60%がガスとして回収された。13C-酢酸培養系の高密度RNA画分で、Geobacter、Anaeromyxobacterに属する未培養・新規な細菌が優占化した。よって、これらの鉄還元細菌が嫌気的に13C-酢酸を同化していることが示された。さらに実環境においてもこれらの微生物がメタン生成菌と競合関係にあると考えられた。 第2節では土壌に普遍的に存在する主要な結晶性酸化鉄であるFerrihydrite(生物易利用性)とGoethite(生物難利用性)の添加が嫌気酢酸同化細菌に与える影響について、RNA-SIPを用いて解析した。Ferrihydrite添加系ではメタン生成の著しい抑制が観察され、Geobacterが主要な酢酸同化細菌として同定された。Goethite添加系ではAnaeromyxobacterやRhodocyclaceaeに属する細菌が酢酸同化に関与することが示された。これらにより、鉄還元細菌の鉄(III)利用性の違いによる生理生態学的棲み分けが明らかとなった。 以上、本研究では、地球環境・資源エネルギー問題上極めて重要な二つのメタン生成環境において、微生物群の環境応答機構を明らかにし、更にメタンの最も主要な前駆物質である酢酸に焦点を当て、共生系による酢酸分解と酢酸をめぐって起こるメタン生成菌と嫌気酢酸同化細菌との間の基質競合に関して新規な知見を見出した。これらの知見は、学術上また応用上寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいと認めた。 | |
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