学位論文要旨



No 123080
著者(漢字) 丸井,徹也
著者(英字)
著者(カナ) マルイ,テツヤ
標題(和) 染色体7q領域における自閉症関連遺伝子の探索
標題(洋)
報告番号 123080
報告番号 甲23080
学位授与日 2007.10.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2969号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 准教授 熊野,宏昭
 東京大学 講師 後藤,順
 東京大学 講師 渡邊,孝弘
 東京大学 講師 美代,賢吾
内容要旨 要旨を表示する

<背景と研究目的>

1943年、Kannerは自閉症(MIM 209850)という発達障害について記した。彼は(1)コミュニケーションとしての言語使用の障害、(2)社会性の発達の障害、(3)常同性:反復する儀式的行動、強固に限局した関心、の3つの主要症状を定義した(Kanner L 1943;2:217-250 Nervous Child)。

双子研究では二卵性双生児と比べ、一卵性双生児の自閉症発症一致率は非常に高く、自閉症は遺伝的基盤が存在すると考えられるようになっている。また特発性と判断される一般的な自閉症はいくつかの遺伝子の相互作用により自閉症症状が出現すると考えられている。

連鎖解析ではいくつかの研究が一致して染色体上7q領域を自閉症関連領域としている。その他の注目領域としては2q、15q、16pなどが比較的一致した候補領域とされている。

家族研究、双子研究より自閉症の病因に占める遺伝因子の割合は90%以上と推定されている。この値は糖尿病、慢性関節リウマチといった他の多因子疾患をはじめ、統合失調症やうつ病といった精神疾患と比べても非常に高く、自閉症の遺伝研究の重要性を示している。しかし関連解析などによる自閉症分野の疾患感受性遺伝子の探索については前述の疾患などと比べて未検討の遺伝子が多数存在するなど立ち後れており、さらなる研究が必要である。

本研究では連鎖解析で自閉症候補領域とされる7q領域にあり、神経発達などに重要な働きを持つ6個の遺伝子、FOXP2, PTPRZ1, NRCAM, S-SCAM, NPTX2, TAC1についてcase-control studyを行った。

<対象と方法>

1.この研究は日本人を対象に170人の自閉症患者(男147人、女23人、年齢分布3-41歳、平均20.8歳)及び214人の正常対照群(男145人、女69人、年齢分布21-65歳、平均34.6歳)の検体を用いて行われた。

2.DNAの抽出は抹消血の白血球を使用し、一般的なフェノールクロロホルム法で行った。遺伝子上のSingle nucleotide polymorphisms (SNPs)のgenotypeはABI prism 7900HT sequence detective system (Applied Biosystems Foster City, CA , USA)を用いて調べられ、プライマープローブはABI Assays-on-DemandTM kitのprimer-probeが用いられた。統計的検出力を上げるためNCBI dbSNPデータベースやprimer-probe製品リストに記載してあるminor allele頻度を参考にして日本人でminor allele頻度が高い物を中心に選ばれた。

3.χ2乗テストその他の統計解析は、SAS/Genetics 9.1 ソフトウェア (SAS Institute Inc. Cary, North Carolina, USA)を用いて行われた。このソフトを使用してSNPs間の連鎖不平衡を示すD' 及び r2や、高い連鎖不平衡を示すSNPsからなるハプロタイプを推定した。Case-control間のハプロタイプ頻度の算出と比較は10000回パーミュテーションを用いたlikelihood ratio testを用いて行われた。

4.これらから得られたallele, genotype, haplotypeそれぞれの頻度分布をcase-control間で6遺伝子FOXP2, PTPRZ1, NRCAM, S-SCAM, NPTX2, TAC1について比較した。

<結果>

NRCAM遺伝子ではSNPs、ハプロタイプ共に有意差が見られた。これは多重性の補正をかけても有意であった。

18SNPs中、7つのSNPs(rs1269621, rs1269642, rs1269655, rs2300043, rs2300045, rs1034825, rs1859767)で自閉症との関連が見られた。有意差を示したSNPsはproプロモーター領域、 intron 1、 intron 3に存在した。rs2300045はBonferroni法によるNRCAMの18SNPs、もしくは今回調べた全50SNPsの多重検定の補正をかけた後でも有意であった (p= 0.0009 uncorrected)。

D'の値よりハプロタイプブロックを形成するSNP 1-5において、大半を占める二つのハプロタイプC-A-C-T-C(48%)と C-T-T-C-T(26%)がそれぞれ有意差を示した。Controlと比較した場合、自閉症患者でC-A-C-T-Cの頻度は増加しており(P = 0.0071 uncorrected)、C-T-T-C-Tの頻度は減少していた(P = 0.0008 uncorrected)。ハプロタイプ頻度1%をcut-off値としてハプロタイプの出現種類の数(7種)でBonferroni法で多重補正をかけた。その場合でもこれらのハプロタイプのcase-control間の頻度差は有意であった。

S-SCAMではgenotypeに有意差があったがBonferroniの補正をかけると有意でなくなるnominally positiveであった。Case-control間にnominally significantな分布差が見られたのはrs980354 (P=0.032 uncorrected)およびrs10224972 (P=0.049 uncorrected)であった。

また、FOXP2遺伝子では男性に限った場合、nominally positiveが見られた。

PTPRZ1, NPTX2, TAC1遺伝子では有意差は見られなかった。

<考察>

1.本研究は7q領域の自閉症感受性遺伝子の検索を目的に行われた。

本研究はTAC1遺伝子、S-SCAM遺伝子、NPTX2遺伝子と自閉症の関連を調べた初めての研究である。また、NRCAM遺伝子には二つの矛盾した結果を持つ先行研究があり、共にサンプルサイズや統計処理の面で不十分であった。PTPRZ1遺伝子はnegativeの先行研究が一報ある。

FOXP2遺伝子はこの中では例外的に自閉症と関連する遺伝子として注目されているものである。

2.NRCAM遺伝子ではSNPs、ハプロタイプ共に有意差が見られた。これは多重性の補正をかけても有意であった。また、S-SCAM, FOXP2遺伝子にnominally positiveが見られた。

FOXP2遺伝子については多くの先行研究がなされており結果は一定していない。我々の結果(nominally positive)は先行研究の結果に沿うものかもしれない。

3.本研究は多重性の検定を用いた上で、NRCAM遺伝子と自閉症との明確な関連を示した初めての研究である。我々の結果はNRCAM 遺伝子のpromoter-exon1領域が自閉症の発症に関与することを示した。この結果は自閉症の感受性遺伝子としてNRCAM遺伝子の重要性を示すものである。この結果今後の自閉症研究に大きな知見を与えるものと考えられる。我々の結果についてreplication studyが強く望まれる。

また、S-SCAM遺伝子については多重検定の補正をかけるとgenotype頻度の差は有意ではなくなってしまう。しかし、この遺伝子の調査は現在まで行われておらず、探索的研究としてこの結果は有用な情報となると考えられる。S-SCAM遺伝子は今後重要な候補遺伝子としてさらなる研究が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

自閉症は遺伝的要因が重要な役割を示し、連鎖解析研究では7qその他の領域が自閉症の候補領域とされている。本研究はこれらの先行研究に基づき、7q領域における5遺伝子についてcase-control studyを行い、自閉症の関連遺伝子探索を試みたものである。

本研究では下記の結果を得ている。

1.NRCAM遺伝子では、SNPs、ハプロタイプ共にcase-control間において多形の分布に有意差が見られた。これらの有意差はmultiple correctionsをかけても有意差を示した。有意差を示したSNPs、ハプロタイプ共にNRCAMのプロモーター領域に存在した。

2.S-SCAM遺伝子ではgenotype分布にcase-control間で有意差が見られたが、multiple correctionsを行うと有意では無かった。

3.FOXP2遺伝子では男性に限り、SNPsの分布に有意差が見られたが、multiple correctionsを行うと有意では無かった。

4.その他、PTPRZ1, TAC1, NPTX2の各遺伝子については自閉症との関連は示されなかった。

以上、本論文は自閉症と正常検体間のcase-control studyにおいて、NRCAM遺伝子の自閉症への関与の可能性を示した。本研究はmultiple correctionsを適用後にNRCAMと自閉症との関連を示した初めての研究であり、自閉症関連遺伝子の探索に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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