学位論文要旨



No 123087
著者(漢字) 猿楽,祐樹
著者(英字)
著者(カナ) サルガク,ユウキ
標題(和) 2P/エンケ 彗星ダスト雲の観測の研究
標題(洋) Observational Study Of Comet 2P/Encke Dust Cloud
報告番号 123087
報告番号 甲23087
学位授与日 2007.10.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5092号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岩上,直幹
 東京大学 准教授 阿部,豊
 国立天文台 准教授 渡部,潤一
 東京大学 教授 早川,基
 東京大学 准教授 杉田,精司
 東京大学 教授 加藤,学
内容要旨 要旨を表示する

彗星から放出されたダストは、サイズ、放出速度、放出時刻などの条件の違いによって、異なる軌道をとる。さらに、放出率、観測時の幾何学的条件の違いなどにより、様々な形状のダスト雲が観測される。ダスト雲の形状は、彗星の活動の履歴を反映しており、彗星核の物理的、化学的性質を調べる手がかりとなる。また、彗星から放出されたダストは、惑星間ダストの主な供給源のひとつと考えられている。そのため、古くから、彗星のコマやテイルの観測が行われ、0.1μm-10μmザイズのダスト放出の研究が行われてきた。しかし、1983年に打ち上げられた赤外線天文衛星IRASにより、8つの彗星にダストトレイルが検出され、彗星は、より大きなダスト(mm以上)によって、より多くの質量を放出していることが明らかとなった。彗星の質量放出を考える上でこのような大きいダストの放出が重要となったが、ダスト雲の表面輝度への寄与が小さいために、効率良く観測する方法がなく、研究は滞っていた。近年になり、地上望遠鏡を用いた可視光の観測で、ダストトレイルが検出されるようになり、また、Spitzer赤外線宇宙望遠鏡が打ち上げられ、ダスト雲の解像度・感度のよいデータが得られるようになった。そのため、可視・赤外の両波長において、大きいダストに焦点を当てた彗星ダスト雲のサーベイ観測が実施されている。本研究では、Spitzer赤外線宇宙望遠鏡で観測された2P/Encke彗星のダスト雲の形状(表面輝度)をシミュレーションで再現し、放出されているダストの最大径、サイズ分布、放出量を推定した。さらに可視光の観測データからmm一cmサイズのダストのアルベドを求めた。

Spitzer赤外線宇宙望遠鏡による観測は、2004年6月20日に行われた。観測波長は24μm。観測時の彗星の位置は、日心距離2.53AU、地心距離2.01AUであった。可視光での観測は、東京大学木曽観測所1.05mシュミット望遠鏡、ハワイ大学2.2m望遠鏡を用いて行われた。アルベドの推定には、Spitzer赤外線宇宙望遠鏡の観測日に最も近い、2004年5月23日にハワイ大学2.2m望遠鏡を用いて取得したデータを使った。この観測時の彗星の位置は、日心距離2.29AU、地心距離2.12AU、また、位相角は26.2度であった。両観測画像において、彗星の軌道方向へ伸びた構造と軌道に交差した構造が観測されている・軌道方向へ伸びた構造は、前回の回帰以前に放出された古いダストによって形成されたダスト雲(ダストトレイル)で、軌道に交差した構造は、最近の回帰時(近日点通過日は2003年12月29日)に放出された新しいダストによって形成されたダスト雲である。本研究では、放出された回帰が特定できる後者のダスト雲に着目して、2P/Encke彗星のダスト放出を検証した。

2P/Encke彗星は、発見年が古く、公転周期も3.3年と短いため、多くの観測が行われており,様々な物理的性質が研究されている(サイズ、自転軸、自転周期等)。さらに、ガスやダストを放出する活動領域の位置が推定されている。本研究では、放出率の時間変化も考慮して、活動領域でのダスト放出をモデル化した。放出されたダストの軌道を計算して、観測時のダスト雲の形状のシミュレーションを行い、その中から、観測されたダスト雲の形状(輝度分布)を再現できる放出条件を検証した。ダスト放出のモデル化は次のように行った。

・活動領域での日射量をもとにして、ガスの放出率を仮定する。

・ガスの放出率から、ダストの放出率、放出速度、最大径を与える。

ダストのサイズ分布は、dn/da∝a(-q)(n:個数、a:サイズ、q:パラメータ)の幕分布で与える。

ダストは、密度1g/cm3の球形のダストを仮定し、放出後の軌道は、太陽の重力と輻射圧を考慮して計算を行った。

本研究の結果から、2P/Encke彗星は、2003年の回帰時に少なくとも1.5×109-1.2×10(10)kgのダストを放出したと推定される。これは、2P/Encke彗星の質量の3.2×10(-3)-2.6×10(-2)%に相当する。放出されたダストの最大半径は0.04-1.0m、サイズ分布のパラメータはq=3.2-3.6であった。また、その質量放出の71-98%が、近日点通過後の短期間(~10日間)に、集中的に放出されたと考えられる。最大径、サイズ分布、放出量は、先行研究とほぼ同じ結果となったが、短期間での集中的なダスト放出を示唆しているのは、本研究のみである。注目すべきことに、2P/Encke彗星は、過去の回帰において近日点通過付近でバーストを起こしているのが観測ざれている。2P/Encke彗星のダスト放出は、周期的と仮定して、今回得られたダストの放出条件を用いて、過去の回帰時に放出されたダスト雲の形状を再現したところ、観測されたダストトレイルの形状とよく一致した。この彗星は、近日点通過付近で周期的にバーストを起こし、その時に放出された大量の大きなダストによってダストトレイルが形成されている可能性があると考えられる。また、近日点付近での集中的なダスト放出は、2P/Encke彗星の特異なサイズ分布(μmサイズのダストの欠乏)にひとつの説明を与えることができる。2P/Encke彗星は、可視光のコマやテイルの観測からは、ダスト放出の少ない彗星と考えられてきた。しかし、赤外線でのダストトレイルの観測からmm-cmサイズのダストを大量に放出していることが明らかになっている。2P/Encke彗星は、軌道の大部分では、ダストの放出が少なく、近日点付近で集中的にダストを放出するために、小さいダスト(~μm)に放出されてもすぐに散逸し、大きいダスト(>mm)の存在(ダストトレイル)だけが顕著になっていると考えることができる。

Spitzer赤外線宇宙望遠鏡の観測画像から得られたダスト放出モデルを用いて、ハワイ大学2.2m望遠鏡の観測時(2004年5月23日)のダスト雲の形状を再現した。モデルから求められた幾何学的断面積に対する観測画像の表面輝度から、ダストの幾何学的アルベド0.029±0.010(位相角26.2度)を推定した。可視・赤外同時期の観測からmm-cmサイズの彗星ダストのアルベドを推定したこと、小さいダストやガスのコンタミがないことは特筆すべき点である。得られた2P/Encke彗星のダストの幾何学的アルベドは、2P/Encke彗星の彗星核の幾何学的アルベドと同程度であった。つまり、放出物と表面物質のアルベドは同程度であると言える。これまでに、mm-cmサイズの彗星ダストのアルベドは求められていないため、本研究の結果は、可視のダストトレイルの観測から彗星のダスト放出量を見積もる際のひとつの基準となる。

今回得られたダスト放出量を、2P/Encke彗星の一周期で時間平均した放出率は、現在の惑星間ダストの消失率の0.2-1%程度に相当する。確定番号のついた全ての短周期彗星(約200個)が同じ割合でダストを放出しているとすると、短周期彗星から惑星間ダストへの質量供給量は、その消失率の約40-200%となる。短周期彗星の寄与は、個々の彗星のダスト放出量によって大きく変わりうるため、個々の彗星について放出量を見積もっていく必要がある。また一方で、本研究で推定された2P/Encke彗星のmm-cmサイズのダストのアルベドは、惑星間ダストのアルベドに比べて、数倍暗いことが分かった。他の彗星でも同様にmm-cmサイズのダストのアルベドが低ければ、彗星ダストは、惑星間ダストの供給の大半を担うことができないと考えられる。彗星が大半を供給しているとすると、彗星間でダストめアルベドに大きな違いがあり、2P/Encke彗星は、特に暗いダストを放出していることになる。

審査要旨 要旨を表示する

"0bservational Study of Comet 2P/Encke Qust Cloud"と題するこの論文は6章よりなり、第1章ではこの研究の研究の背景となる過去の観測とその解釈の現状がまとめられ、第2章では観測データが、第3章ではモデルが記述され、第4・5章で両者め比較が議論され、第6章が結論となっている。

彗星から放出される0.1-10μmサイズのダストは近日点付近で見られるダスト雲(コマおよびテール)の存在により古くから知られ、研究されてきた。ダスト雲の形状は彗星の活動を反映しており、その物理的・化学的性質を知る手がかりとなる。一方1983年打ち上げの赤外天文衛星IRASにより、主にmm-cmサイズのダストにより成る別種のダスト雲(ダストトレール)が発見され、このサイズのダストを研究する道が拓けた。本研究ではSpitzer宇宙赤外望遠鏡などにより観測されたEncke彗星のダスト雲の面輝度分布をシミュレーションと比較し、ダスト放出に関する種々のパラメタを推定している。さらに赤外で求めた粒子数と可視での面輝度の比較からmm-cmサイズダストのアルベドをはじめて導いている。

Encke彗星は発見が古くかつ公転周期がき,3年と短いため、多くの観測がなされており、様々なパラメタ(自転周期、自転軸方向、局所的放出域など)が推定されている。本研究ではこれらの情報を最大限に活用し、さらに放出率の時間変化をも考慮した可能な限り現実に近いモデル化を行うことにより、観測と詳細な比較をすべくシミュレーションを行った。この結果、Encke彗星は2003年の回帰時には全質量の0.003-0.026%に相当するダストを放出したこと、ダストの最大径を4-100cm、粒径分布の負冪を32-3.6と推定している、。特筆すべきは質量放出の71-98%が近日点通過後の10日間に集中していることを見出したことにある。放出量・最大粒径・粒径分布は過去の研究とほぼ同じ結果を得ているが、バースト的なダスト放出を示唆しているのは本研究のみである。Encke彗星は過去の回帰においても近日点付近でのバーストが観測されており、このバースト的放出が「ガスおよびμmサイズダストの放出に比べ、mm-cmサイズダストの放出が異様に多い」というこの彗星の特異な性質を説明できうるという発見と評価できる。

また赤外データから得られたダスト量と可視から得られた面輝度からmm-cmサイズダストの幾何的アルベドを0.029±0.010(位相角26度)と求めた。これはガスやμmサイズダストの影響が除かれている点で新しく、過去の例に比べ信頼性が高いと考えられる。

今回得られたEncke彗星のダスト放出率は惑星間ダスト消失率の0.2-1%となり、全短周期彗星(200個)を合わせれば、すべてを供給できる可能性もあるが、Encke彗星は他の周期彗星に比べて放出率が飛びぬけて多いなど彗星毎の個性差は大きく、結論は下せなかった。一方で、今回得られたアルベドは知られている惑星間ダストのアルベド0.15(位相角30度)に比べて有意に小さく、このようなダストだけでは惑星間ダストの供給は説明できないという興味ある意味も含んでいる。

このように、本研究はこれまでにない詳細かつ現実的なモデル設定により、Encke彗星のダスト放出に関し数々の新知見を得ることに成功した。

本論文の2章は右黒正晃博士・上野宗孝博士などとの共同研究であるが、いずれの場合においても論文提出者の創意・工夫と努力によるとこちが大きいものと判断する。

以上に示したように、本研究は地球惑星科学の進展に輝ける貢献を成しており、提出論文は博士(理学)の学位請求論文として合格と認める。

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