学位論文要旨



No 123092
著者(漢字) 山下,清隆
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,キヨタカ
標題(和) 電界電子放出電流を振動検出機構に用いた真空マイクロメカニカル共振子に関する研究
標題(洋)
報告番号 123092
報告番号 甲23092
学位授与日 2007.11.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6669号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 年吉,洋
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 桜井,貴康
 東京大学 准教授 高橋,琢二
 東京大学 准教授 杉山,正和
 宇宙航空研究開発機構 教授 高野,忠
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,電界電子放出機構 (FE : Field Emission) を振動の検出に用いたMEMS (Micro Electro Mechanical Systems) 型の共振フィルタを提案し,振動検出の原理検証ためのデバイスの作製と,その理論的および実験的評価を行った.従来,用いられていた静電結合方式のMEMS型高周波フィルタでは,共振子の駆動だけでなく,信号の検出も静電結合を用いているため,デバイス寸法の小型化に伴って,信号出力電流が小さくなる問題があった.本研究では,半導体微細加工技術を用いて,MEMS共振フィルタを作製し,その振動の検出に真空マイクロエレクトロニクスにおける手段のひとつである電界電子放出機構を用いる新規な方法を提案した.真空中では,空気の粘性の影響が排除されるため,高い機械的Q値をもつ共振子が実現でき,また,搬送波となる電子の高速化が期待できる.さらに,電界電子放出機構にはデバイス寸法の小型化にともなって,出力電流が大きくなる特徴がある.以上から,無線通信機器に搭載する周波数フィルタの小型化,低コスト化,低消費電力化を実現することが本研究の目的である.

本論文では,まず序論で本研究の背景であるRFフィルタの無線通信機器における役割と現状を述べた.次に,MEMSのさまざまな応用例を挙げ,その中で高周波応用に着目し,携帯電話への応用の可能性について述べた.とりわけ,バンドパスフィルタの置き換えに着目し,MEMSの共振フィルタへの応用の利点と問題点を挙げた.また,本研究の目的と意義を明確にした後,研究の方法論と成果を示した.最後に,本論文の構成を図とともに説明した.

第2章では,電界電子放出機構を機械的振動の検出に用いたMEMS共振フィルタを提案した.主要な電子放出機構について理論を論じ,特徴を比較することで,本研究で採用した電界電子放出機構の優位性を示した.また,デバイスサイズに対するスケーリングから,本研究で提案したMEMS共振フィルタと,従来のMEMS共振フィルタに用いられている静電容量結合方式や,固体素子フィルタを比較し,今後のデバイスの小型化・高周波数化に合うデバイスであることを示した.さらに,本研究の設計論を歪み振動を持つLame共振子を用いて論じ,最終目標値を挙げた.また,目標値を主眼とした電界電子放出電流の電気機械的変調のシミュレーションを行い,電界放出電流が1 nmの変位感度を持つことを示した.

第3章では,シリコンバルクマイクロマシニングを用いて,MEMS微小真空管の設計,製作,および測定を行った.電界電子放出ティップの先鋭化について,本研究で採用したTMAHシリコン異方性ウェットエッチングを用いた.他のティップの先鋭化法と比較することで,この方法の優位性を示した.また,一回のフォトリソグラフィーとDeep-RIEで,電界電子放出電流の原理検証デバイスを作製できることに成功した.さらに,電界放出電極に囲まれた空間を狭くすることで,より大きな電界電子放出電流を得たことに成功した.

第4章では,シリコンMEMS技術を用いて,電界電子放出電流を電気機械的に変調する原理検証実験を行った.原理検証用の共振子を組み込んだデバイスの設計,製作,結果および測定を行った.製作の際,Vapor-HFで犠牲層をエッチングし共振子をリリースすることを除いて,MEMS微小真空管の作製プロセスと同じ方法で作製することに成功した.また,駆動電極に直流および交流信号を印加することで,電界電子放出電流をMEMS微小共振子の静特性によって電気機械的に変調することに成功した.さらに真空中での共振測定から,ゲイン特性を測定し,本デバイスのフィルタリングの可能性を示した.

第5章では考察として,シリコンデバイス表面(活性層)にさまざまな金属を蒸着した時の,電界電子放出電流の改善と安定性についての測定を行った.また,電界電子放出電流の測定の際に問題になったリーク電流について,等価回路を用いて考察を行った.その際,真空中で得られた電流から,大気中で測定した電流を差分し,加えて最小二乗法により抵抗性のリーク分を差分することで,電界電子放出電流の成分のみを取り出すことに成功した.さらに,第4章で得られた電界電子放出電流の電気機械的変調の結果について,大気中でのレーザードップラー変位計を用いた結果や,変調シミュレーションから,電気機械的変調の妥当性を示した.そして,測定された共振周波数と設計時のシミュレータによる共振周波数が一致しない点についての考察を行った.梁の断面形状や,梁に沿った分布質量を考慮して計算し,それぞれの結果を比較することで,梁の断面形状は,サブミクロン程度の差であれば,長方形近似で見積もることができることを示した.また,測定時に問題となるノイズについて,ショットノイズと熱ノイズを挙げ,ショットノイズの影響が大きいことを示した.その原因はトンネル確率によるゆらぎであり,FE電流と直接トンネル電流を比較し,FE電流の方が,ショットノイズの影響を受けにくく,このことが共振子の振動検出にFE電流を用いる利点の一つに挙げた.

第6章は本研究の結論と今後の展望を記述した.

以上が本論文の内容の要旨である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「電界電子放出電流を振動検出機構に用いた真空マイクロメカニカル共振子に関する研究」と題し、単結晶貼り合わせシリコン基板をマイクロマシニング加工して共振子とその振動検出機構を形成し、真空中において共振子の微細な振動を電界電子放出電流の変調成分として検出をおこなうMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)型周波数フィルタ素子の提案、構造設計、製作方法、および、特性評価についてまとめたものであり、6章より構成されている。

第1章は「序論」であり、研究の背景となる高周波フィルタの無線通信機器における役割と現状を述べ、MEMS技術の共振フィルタへの応用の利点と問題点を指摘した。また、本研究の目的と意義を説明し、研究の方法論と成果について述べている。

第2章は「電界電子放出電流を共振子の振動検出に用いたMEMS共振フィルタの提案」であり、同検出機構をMEMS共振フィルタとして構成する方法を提案した。まず、デバイスの基本概念を提案した後に、電界電子放出機構の理論と応用を述べ、機械振動子の微小振動検出機構として本研究で採用した電界電子放出機構の優位性について論じている。また、デバイスサイズに対するスケーリングから、従来の静電容量結合型MEMS共振子や、SAW(表面弾性波)デバイスやFBAR(圧電薄膜共振器)等の固体素子との比較を論じ、本研究の方法が共振フィルタの高周波数化と小型化に整合性がよいことを述べている。

第3章は「MEMSプロセスを用いた微小真空管による電界電子放出現象」であり、シリコンMEMS設計製作技術を用いて電界電子放出現象を発生するマイクロ真空機構を実現する方法について述べている。電界電子放出を発生するために最も重要な曲率半径数十ナノメートル以下の電界放出尖端を、シリコン異方性ドライエッチングとウェットエッチングの組み合わせによって製作する方法を新規に提案し、他の方法と比べた優位性について論じている。また、フォトリソグラフィーを1回だけ行うことによって、1枚の貼り合わせSOIウエハから大量のMEMS電界電子放出素子を製作できることを実験的に示している。

第4章は「MEMS共振子による電界電子放出電流の電気機械的変調」であり、MEMS型の電界電子放出尖端対の一方の電極を機械的に励振可能な共振子にすることで、2端子間の真空中を流れる電界電子放出電流を変調する機構について説明している。本研究の方法を原理的に検証するために、100kHz程度の比較的低い共振周波数をもつMEMS共振子を設計・製作し、その機械的振動によって電界電子放出電流が変調を受けることを実験的に示している。

第5章は「考察」であり、電界電子放出電流変調型のMEMS共振子のチップ内で発生するリーク電流の存在について指摘し、デバイスを構成するシリコンとそれを被覆する薄膜金属による等価回路を考慮して、オーミック型のリーク電流と、ショットキダイオード型のリーク電流が存在することを解析的に検討している。また、単結晶シリコン製の電界電子放出デバイス上に蒸着する被覆金属薄膜の種類を変えて実験を行い、その差異を測定することにより、電界電子放出電流とそれらのリーク電流を見分ける手法について考察している。また材料の組み合わせとプロセス整合性など、デバイスの設計製作全体を考慮したリーク電流の低減方法について述べている。

第6章は「結論」で、本論文で示した成果を総括している。

以上これを要するに本研究は、電界電子放出電流変調型の振動検出器とシリコンMEMS共振器を融合した新規な真空マイクロメカニカル素子を提案し、本素子の電気機械的および電界電子放出素子としての設計法を確立するとともに、経時劣化が少なく、かつ、効率よく電子を放出する先鋭な金属被覆シリコン尖端対を製作するためのマイクロマシニング技術を新たに考案し、実際に変調素子を作製して微小振動子の検出機構としての実現可能性を確認したものであり、電気工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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