学位論文要旨



No 123099
著者(漢字) 沢村,香苗
著者(英字)
著者(カナ) サワムラ,カナエ
標題(和) 精神科病棟における誤薬の回避に関連する要因の検討
標題(洋) Factors Related to Interception of Potential Adverse Drug Events in Long-term Psychiatric Care Units.
報告番号 123099
報告番号 甲23099
学位授与日 2007.11.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2972号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 准教授 坂井,克之
内容要旨 要旨を表示する

背景:医療サービスの現場では様々なエラーが起こりうる。中でも頻度が高いのが誤薬である。誤薬は国際的なリスク・マネジメントの中心課題であり、非常に関心を集めている分野ではあるが、十分な研究はなされていないのが現状である。精神科医療においては薬物治療が治療の中心の1つであり、誤薬を防ぐことは重要な課題であると考えられる。また、誤薬に関する研究では、発生の過程やその危険因子について検討しているものが多く、発生した誤薬がその後回避される過程に注目しているものは我々の知る限りでは存在しない。発生を防ぐことはもちろん重要であるが、同時に、発生した誤薬をいかに回避するかについて検討することも、あわせて重要と考えられる。

目的:本研究の目的は、精神科病棟において発生した誤薬の回避に関する要因を、患者特性、誤薬の特性、施設特性という複数の観点から明らかにすることである。

方法:本研究では、2000年10月1日より11月30日の2ヶ月間、全国44病院から選ばれた132病棟において調査を行った。本研究における誤薬の定義は、「回避されたかどうかに関わらず、患者に害を与える可能性があった、薬に関する事象」とした。すべての対象施設に同一のインシデント・レポートを配布し、医師・薬剤師・看護師に記入を依頼した。記入するのは、その誤薬を引き起こした者あるいは誤薬に対応した者だった。対象となった病棟の看護師長が、全てのスタッフに対してこの調査の報告システムの説明を行った。

インシデント・レポートの内容は、大きく1)患者の属性、2)誤薬の属性、3)スタッフの属性の3つに分類できる。1)は性別・年齢・在院期間・ICD-10による診断・コンプライアンス・入院回数・投薬頻度・薬剤数・同姓同名の入院患者の有無とした。2)は発生日時・スタッフの勤務時間帯・誤薬の種類・原因・発生した過程・患者や治療への実際の影響・予測される最大の影響であった。「誤薬の種類」は処方薬の間違い・処方量の間違い・調剤の間違い・服薬時間の間違い・処方回数の間違い・処方薬間の相互作用・患者の取り違い・その他とした。「患者や治療への実際の影響」の項目中で、「患者さんまで問題は行かなかった(事前に対応できた)」が選択された場合、誤薬が回避されたと判断した。3)はスタッフの年齢や性別・勤務年数とした。その他に、病棟の特性を把握するため、病床数や看護管理体制、患者構成についても情報を得た。

参加した132の病棟のうち、1つも誤薬の報告がなかった47病棟については、誤薬が全くなかったと判断するのは難しいため分析から除外した。よって85病棟が分析の対象となった。まず誤薬の実態を把握するために、単純集計を行った。次に、回避に関連する要因を明らかにするために、報告された誤薬のうち・回避された58件を「回避群」、それ以外の153件を「非回避群」として分析を行った。群間比較では、連続変数ではMann-Whitney検定とT検定、カテゴリー変数ではχ2検定を行った。群間比較の結果をもとに、誤薬の回避・非回避を従属変数、錠剤数・入院回数・統合失調症患者の処方で発生したこと・準夜帯における看護師1人あたりの患者数・誤薬の種類を独立変数として、ロジスティック回帰分析を行った。有意水準は5%に設定した。

結果:報告された誤薬の総数は221件であった。221件の誤薬のうち、58件(26.2%)は事前に回避された。ロジスティック回帰分析の結果、服用している錠数が多かったこと、患者の入院回数が多かったこと、統合失調症以外の患者であることが誤薬の非回避と関連していた。

考察:服用している錠数が多い患者では誤薬が回避されない傾向があった。錠数の多さは多剤併用と関連している可能性もあり、複雑な処方の中で誤薬を回避することの困難さを示していると考えられる。統合失調症の患者は、他疾患の患者より多くの錠数を服用していたにも関わらず、誤薬が回避される傾向があるという結果であった。統合失調症患者は病棟の中で多数を占め、また在院期間は他の疾患の患者よりも有意に長かった。スタッフがよりその患者についてよく知っていること、処方の変更が少ないことによって、早い段階で誤薬に気づき回避しやすかったと考えられる。また、多くの入院を経験している患者では、誤薬が回避されなかった。この因子は患者の病状の不安定さを示している可能性がある。薬の変更が多いこと、不定期の服薬が多いことにより、早い段階で誤薬に気づくのが困難だった可能性がある。

結論:発生した誤薬をより多く回避するためには、シンプルな処方が最も重要である。また、薬物治療についてのスタッフの知識を深めるといったような組織的な取り組みも重要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、精神科病棟において発生した誤薬の回避に関する要因を、患者特性、誤薬の特性、施設特性という複数の観点から明らかにしたものである。

本研究では、2000年10月1日より11月30日の2ヶ月間、全国44病院から選ばれた132病棟において調査を行った。132病棟のうち85の病棟から221件の誤薬について報告が得られた。報告はその誤薬を引き起こした者あるいは誤薬に対応した者がインシデント・レポートによって行った。インシデント・レポートの内容は、大きく1)患者の属性、2)誤薬の属性、3)スタッフの属性であった。

報告のあった221件の誤薬について、患者に渡る前に発見された(回避された)58件を回避群、残りの153件を非回避群とし、回避に関連する要因を検討した。

主要な結果は下記の通りである。

1.服用している錠数が多いことは誤薬の回避可能性を低下させた。

2.統合失調症であることは誤薬の回避可能性を上昇させた。

3.入院回数の多さ(特に4回以上)は誤薬の回避可能性を低下させた。

以上、本論文は、精神科病棟において発生した誤薬が回避されることに関連する要因を明らかにした。発生後の誤薬の回避に関連する要因についての研究はあまり行われておらず、本研究の特徴は、発生後の誤薬の回避に関連する要因を検討した点、また患者の特徴だけではなく施設要因も合わせて検討した点にある。本研究は今後の誤薬による有害事象の発生を防ぐための臨床的な有用性を有しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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