学位論文要旨



No 123101
著者(漢字) 藤澤,啓子
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,ケイコ
標題(和) 幼児における社会関係の調整と発達
標題(洋) Regulation and Development of Social Relationships in Preschool Children.
報告番号 123101
報告番号 甲23101
学位授与日 2007.11.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第777号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長谷川,寿一
 東京大学 教授 繁桝,算男
 東京大学 教授 丹野,義彦
 東京大学 教授 里見,大作
 東京大学 講師 星野,崇宏
内容要旨 要旨を表示する

I. 緒言

社会関係の質は、社会行動のやり取りの積み重ねによって決定される。また、社会関係の質により構成員間における社会行動のやり取りが特徴づけられる。子ども間に生起する社会行動のやり取りは、他者理解などの社会的認知能力や社会スキルなどの発達と関連している。また、子ども間のやり取りを分析することにより、子ども間における社会関係やその発達を明らかにすることができる。

社会関係の質には、親和行動や向社会行動のやり取りをもとにした「ポジティブ」な関係と、攻撃行動をもとにした「ネガティブ」な関係の二種類がある。前者は成員同士が結びついた、凝集された集団を形成させる機能があり、後者は成員同士が互いに距離を取り、分散的な集団を形成させる機能があると考えられている。先行研究は、さまざまな種類の社会行動のやり取りとそのパターンから、子ども間における順位関係や友達関係などを明らかにしてきた。しかし、子ども間の社会関係を機能の異なる「ポジティブ」な関係と「ネガティブ」な関係とに質的に区別されるものとしてとらえた研究は少ない。

二種類の社会関係のうち、「ポジティブ」な社会関係の最も明らかな特徴として挙げられるのが、向社会行動の互恵的交換である。子ども間における向社会行動の互恵的交換は、これまで主に実験的状況下において検証されてきた。互恵的交換には必ず二人の行為者が含まれるため、二者間の社会関係が反映されると考えられる。それにも関わらず、実験的に向社会行動の互恵的交換を示した先行研究は、子ども間の社会関係を考慮してこなかった。また、自然状況においては、ある向社会行動をした者が、その相手から同じ行動によってお返しを受けることもあるが、その行為者が必要としている行動によってお返しを受けることも多いと考えられる。このように、異なる種類の向社会行動による互恵的交換の成立についてはこれまで検証されていない。

幼児はクラスメイトにたいして選択的に社会行動をおこない、二者関係を形成する。一人ひとりの子どもは、クラス内において複雑に形成された二者関係から構成される社会ネットワークの一員となっている。これにより、子どもは二者関係である友達のみならず、普段あまりやり取りをしないクラスメイトからも社会化の影響を受けると考えられている。しかし、幼児の社会関係に関する先行研究は、二者間レベルで分析をしたものがほとんどであり、幼児間の社会関係を社会ネットワークの視点で検証した研究は少ない。

このような背景に基づき、本論文では、研究1において幼児間における向社会行動の互恵的交換について検証し、研究2において幼児クラス内に形成される社会ネットワークについて検証した。

II. データ収集

研究1と研究2は、共通のデータセットを元に分析をおこなった。観察対象児、観察方法、及び記録した行動は以下の通りである。

観察対象児

都内保育園3・4歳児クラスに在籍した、3歳児30名(計2クラス、男児17名、女児13名)と4歳児28名(計2クラス、男児16名、女児12名)を対象とした。

観察方法

午前中の教室内における自由遊びの時間に、1回5分間の個体追跡法によるビデオ撮影を一人あたり20回(合計100分間)実施した。

記録した行動

親和行動(「(相手の)体に触れる」など)、向社会行動(「物をあげる」「助ける」)、攻撃行動(「たたく」など)のうち15種類の社会行動の生起を記録した。

III. [研究1]幼児間における向社会行動の互恵的交換に関する研究

子ども間で向社会行動を互恵的に交換することは、向社会行動自体の発達にとって重要である。また、向社会行動の互恵的交換は、社会関係の調整にとっても非常に重要な役割を担う。研究1では、3・4歳児が自発的におこなう向社会行動の互恵的交換について調べた。

二者間における「物をあげた」回数と「物をもらった」回数、「助けた」回数と「助けてもらった」回数は、それぞれ有意に相関していた。これは、幼児が向社会行動を互恵的に交換していることを示している。さらに、向社会行動の互恵的交換が頻繁な親和的社会交渉に付随して成立するという可能性を検証した。その結果、4歳児クラスでは、「物をあげた」回数と「物をもらった」回数、「助けた」回数と「助けてもらった」回数の相関は、二者間で生起した親和行動の頻度を統制した後にも有意であった。これは、幼児が単に頻繁に親和的な社会交渉を行っている相手にたいして互恵的に向社会行動を交換しているのではなく、向社会行動をしてくれた相手にたいして選択的に向社会行動をおこなっていることを示唆する。3歳児では、二クラスのうち一クラスのみ4歳児と同様の結果が得られた。

4歳児クラスでは、「物をあげた」回数と「助けてもらった」回数の間の相関は、「物をもらった」回数を統制した後にも有意であった。また「助けた」回数と「物をもらった」回数の間の相関は、「助けてもらった」回数を統制した後にも有意であった。これは、4歳児は異なる種類の行動でも向社会行動を交換していることを示している。また、「同物」であることよりも「等価」である(Gouldner, 1960)というルールによって向社会行動が互恵的に交換されていることを示唆する。3歳児クラスでは、異なる種類の向社会行動の互恵的交換の成立は確証されなかった。

互恵的交換を量的にとらえる試みから、幼児は、友達間の方が非友達(クラスメイト)との間に比べ、「物をあげる」行動の交換をより互恵的におこなっていることが示された。これにより、幼児が社会交渉の相手との社会関係に応じて、お返しの"量"を調節することによって社会関係を調整していると考えられた。

IV. [研究2]幼児クラス内における社会ネットワークに関する研究

幼児は、社会交渉の交換により、「ポジティブな」関係であれ「ネガティブな」関係であれ、クラスメイトと二者間レベルで社会関係を形成する。集団レベルでは、二者間レベルの社会関係の複合的な集合によって社会ネットワークが形成されており、子どもは社会ネットワークの一端を担っていると見ることができる。研究2では、二者間での社会行動のやり取りから「ポジティブな」関係にもとづく社会ネットワーク("Positive network"; PN)と「ネガティブな」関係にもとづく社会ネットワーク("Negative network"; NN)を抽出した。さらに、両ネットワークの違いや両ネットワーク内に形成されるサブグループ(クリーク)について調べた。

4歳児クラスでは、PNがNNよりもネットワークの密度(凝集性)が高く、3歳児クラスでは有意な違いが確認されなかった。また、3歳児クラスに比べて4歳児クラスでは、NNよりもPNにおいてクリークが形成されやすいことが示された。これらのことから、4歳児集団は3歳児集団に比べて、親和行動や向社会行動などポジティブな行動からなる社会関係が優勢であることが示唆された。また、3歳から4歳にかけての間に社会関係をポジティブな社会行動により調整する方略が集団内においてみられるようになることが示唆された。

V. 結語

本論文は、自然場面における幼児間の社会行動のやり取りの観察を元に、幼児間の社会関係を二者間レベルと社会ネットワークのレベルの両方から分析し、幼児間の社会関係の調整とその発達について検証した。

幼児間における社会行動のやり取りやそれに基づく社会関係には、他者理解や感情理解などの社会的認知能力の発達が影響すると考えられている。それらの社会的認知能力は4歳ごろに急激な発達がみられる。また、この時期に幼児間のやり取りや仲間関係が変化することが指摘されている。例えば、年少児の遊びでは互いに無干渉に活動をする並行遊びが多く見られるが、役割分担や目的を共有し互いにやり取りをしながら活動する協同遊びが、3歳から4歳児の遊びに多く観察されるようになる。また、4歳になると特定の仲間にたいする選好を安定して示すようになる。しかし、これまでの発達研究においては、社会関係を日々の社会行動のやり取りの積み重ねととらえる試みや、やり取りされる社会行動の種類から、社会関係を「ポジティブな」関係と「ネガティブな」関係と質的に異なる関係性としてとらえる試みはなされてこなかった。そのため、幼児間の社会関係の何が3歳から4歳ごろにかけて変化するのかについては十分な検討ができていなかった。

本論文は、社会的認知能力が急激に発達する3歳から4歳の時期に着目し、1)4歳児では異なる種類の行動間での互恵的交換(「等価」による交換)が成立しているが3歳児では確認されなかった、2)4歳児クラスでは「ポジティブな」関係にもとづく社会ネットワークと「ネガティブな」関係にもとづく社会ネットワークの間に、ネットワーク密度とクリークの形成されやすさに違いが見られたが、3歳児クラスでは明確な違いが見出されなかった、という年齢差を明らかにした。これらは、幼児間の社会関係の質が二者間レベルと社会ネットワークレベルの両方において、3歳から4歳にかけての間に大きく変化することを示唆する。

3歳児に比べて、4歳児がよりポジティブな方略によって社会関係を調整しているとする本論文の報告は、社会的認知能力の発達が子ども間の社会関係に影響するとするこれまでの発達研究における考察に寄与するものである。また、年齢が上がるにつれてポジティブな方略によって社会関係を調整するようになり、より安定した社会関係を築くことができるようになることが考えられた。これは、幼児間における社会関係やその発達的変化を理解するにあたって重要な知見であるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

集団における社会関係の性質は、構成員間の社会的相互作用(やり取り)の積み重ねによって構築される。例えば、喧嘩を頻繁にする二者間の社会関係は敵対的であると説明される。それと同時に、社会関係の性質は、二者間の個別の相互作用に影響を与える。例えば敵対的関係にある二人は、両者が共に欲しがる資源(例えばおもちゃやおやつ)を目の前にしたときに喧嘩に至る確率が、そうでない関係の二者間よりも高いであろう。このように社会関係の質と個々の社会的相互作用(やり取り)は双方向的に影響を及ぼしあう。本論文では、保育園児の個体間で生じるさまざまな社会的なやり取りを詳細に観察し、そこから抽出される「ポジティブ」な社会関係(親和行動や向社会行動のやり取りをもとにした関係で凝集された集団を形成させる機能がある)と「ネガティブ」な社会関係(攻撃行動をもとにした関係で分散的な集団を形成させる機能がある)を軸に、一人一人の幼児の社会的認知能力や社会スキルの発達と、幼児間における社会関係やその発達を明らかにすることを目的にしている。本論文は次の2つの研究から構成されている。

二種類の社会関係のうち、「ポジティブ」な社会関係の最も特徴づけるものとして挙げられるのが、向社会行動の互恵的交換である。研究1では、同種の向社会行動の互恵的交換と異なる種類の向社会行動による互恵的交換がどのように発達するか、また、そのような互恵的交換が社会関係の質によってどのような影響を受けるかを検討した。

幼児はクラスメイトにたいして選択的に社会行動をおこない、二者関係を形成するが、クラス内では多数の二者関係が織りなす社会ネットワークが構成される。それゆえ、幼児は二者関係である友達のみならず、普段あまりやり取りをしないクラスメイトからも社会化の影響を受けると考えられている。研究2では、幼児間の「ポジティブ」な関係と「ネガティブ」な関係の発達的変化を、社会ネットワークの視点から検証した。

研究1と研究2は、共通のデータセットを元に分析をおこなった。観察対象児は、都内保育園3・4歳児クラスに在籍した3歳児30名(計2クラス、男児17名、女児13名)と4歳児28名(計2クラス、男児16名、女児12名)でああった。午前中の教室内における自由遊びの時間に、1回5分間の個体追跡法によるビデオ撮影を一人あたり20回(合計100分間)実施し、親和行動(「(相手の)体に触れる」など)、向社会行動(「物をあげる」「助ける」)、攻撃行動(「たたく」など)のうち15種類の社会行動の生起を観察し記録した。

研究1では、3・4歳児が自発的におこなう向社会行動の互恵的交換について観察、記録した。二者間における同種の向社会行動の社会的交換(「物をあげた」回数と「物をもらった」回数、「助けた」回数と「助けてもらった」回数)は、両年齢群でそれぞれ有意に相関していた。さらに、向社会行動の互恵的交換が頻繁な親和的社会交渉に付随して成立するかどうかを検討したところ、4歳児クラスでは、同種の向社会行動の社会的交換の相関は、二者間で生起した親和行動の頻度を統制した後においても有意であった。すなわち、幼児は親しいか親しくないかにかかわらず、向社会行動をしてくれた相手にたいしては選択的に向社会行動を返報していることが示唆された。3歳児では、二クラスのうち一クラスのみにおいて4歳児と同様の結果が得られた。

4歳児クラスでは、「物をあげた」回数と「助けてもらった」回数の間の相関は、「物をもらった」回数を統制した後にも有意であった。また「助けた」回数と「物をもらった」回数の間の相関は、「助けてもらった」回数を統制した後にも有意であった。この結果より、4歳児が異なる種類の行動でも向社会行動を交換していることを示している。他方、3歳児クラスでは、異なる種類の向社会行動の互恵的交換の成立は確証されなかった。

教師が評定する友達関係と友達関係ではないクラスメイト関係の間で、互恵的交換の生起頻度を比較したところ、前者において「物をあげる」行動の交換をより互恵的におこなっていることが示された。これより、幼児がお返しの"量"を調節することによって社会関係を調整していると考えられた。

研究2では、二者間での社会行動のやり取りから「ポジティブな」関係にもとづく社会ネットワーク(Positive network)と「ネガティブな」関係にもとづく社会ネットワーク(Negative network)を抽出し、両ネットワークの構造の違いや両ネットワーク内に形成されるサブグループ(クリーク)について分析した。4歳児クラスでは、Positive networkがNegative networkよりもネットワークの密度(凝集性)が有意に高かったが、3歳児クラスでは有意差が確認されなかった。また、3歳児クラスに比べて4歳児クラスでは、Negative networkよりもPositive networkにおいてクリークが形成されやすいことが示された。これらのことから、4歳児集団は3歳児集団に比べて、親和行動や向社会行動などポジティブな行動からなる社会関係が優勢であることが示唆された。また、3歳から4歳にかけての間に社会関係をポジティブな社会行動を用いて調整する方略が集団内においてみられるようになることが示唆された。

本論文では、社会的認知能力が急激に発達する3歳から4歳の時期に着目し、1)4歳児では異なる種類の行動間での互恵的交換(「等価」による交換)が成立しているが、3歳児では未成立であること、2)4歳児クラスでは「ポジティブな」関係にもとづく社会ネットワークと「ネガティブな」関係にもとづく社会ネットワークの間に、ネットワーク密度とクリークの形成されやすさに違いが見られたが、3歳児クラスでは明確な違いが見出されないこと、という年齢差を明らかにした。これらより、幼児間の社会関係の質が二者間レベルと社会ネットワークレベルの両方において、3歳から4歳にかけての間に大きく変化することが示唆された。これらの発見は、幼児の社会性の発達研究に大きく貢献するものである。本論文の内容は、研究1.2ともに発達科学の国際誌に受理されており、国際学会でも多数回の発表を行っている。

これらの成果により、本論文は、東京大学総合文化研究科課程博士(学術)の学位請求論文として合格であると、審査委員が全員一致で判定した。

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