学位論文要旨



No 123103
著者(漢字) パダン,ウィチャクソノ
著者(英字)
著者(カナ) パダン,ウィチャクソノ
標題(和) インドネシアにおける日本人の技術移転と現地企業の能力構築 : 織布・加工糸・染色メーカーを中心に
標題(洋)
報告番号 123103
報告番号 甲23103
学位授与日 2007.11.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第226号
研究科 経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,圭介
 東京大学 教授 仁田,道夫
 東京大学 教授 末廣,昭
 東京大学 教授 加納,啓良
 東京大学 教授 佐口,和郎
内容要旨 要旨を表示する

インドネシアにおいて、繊維産業は輸入代替、そして輸出志向への転換を成功させた貴重な産業である。こうしたインドネシア繊維産業の発展において、日本企業の果たした役割は大きい。そして日本の繊維関連業者からの技術移転がなければ、インドネシア繊維産業が海外市場に展開していくことは難しかったと考えられる。

そこで、本稿では、インドネシア繊維産業を素材に、日本からの技術移転がどのようなプロセスで進み,どのような効果をあげているのかを,インドネシア進出日系企業(2社,J1社,J2社),日本人技術者を活用していない現地企業(1社,L社)、日本人技術者を活用する現地企業(3社,LJ1社、(LJ2社,LJ3社)の比較を通して,明らかにする。そして,こうした技術移転が現地企業の本来的な技術的自立化につながっていくのかどうか、つまり日本からの技術移転と「現地企業の能力構築」(Local Capacity Building)の相互関係を究明することを、目的とする。

従来の研究のほとんどは、外資系企業あるいは日系企業を事例として扱ったものであり、必ずしも、現地企業に焦点をあてた研究とはいえない。現地企業事例との比較研究を抜きにしては、果たしてどのように技術が移転されたのか,移転された技術がどのような成果をもたらしているのかが不明である。本稿は上述した6社の比較事例を通じて、そうした不足を補うことを試みている。

以下は、本稿における実証分析および比較分析の視点である。

第一に、品質水準、不良率、生産性などを指標とする。

第二に、もしこうした指標について企業ごとに相違があれば、そういった相違はなぜ生じるのか。管理体制や管理水準などに違いがあるからだろうか。

第三に、管理を担う人々にはどのような違いがあるのだろうか。

第四に、第二と第三における相違は、経営方針や労務管理の違いとも関係しているのではないだろうか。

このような視点から6社の事例の比較分析を行った。結果は、下記のようにまとめることができる。

(1)品質基準の違いと日本人技術者の果たしてきた役割

社における品質基準の差は、各企業の戦略の相違によるものであると考えられる。機械設備・装置の要素を抜きにして見ると、J1社・J2社は日本並みの品質基準を厳守することが当然求められており、現地企業の場合には、日本人技術者の受け入れを通じて日本および先進国並みの品質基準を図っている企業と、そうでない企業とで、求められる品質基準は大きく異なっている。したがって、現地企業が日本人技術者の受け入れを決定するか否かという戦略は、品質基準の面で重要な要素の一つとして考えられる。生産設備ヴィンテージから見れば、日系企業とLJ3社以外の現地企業とではそれほど大きな違いは見られない。特にJ2社は、本論文で取り上げた6社のなかでもっとも設備・装置の老朽化が進んでいる。しかし、驚くべきことに、日系企業2社の品質基準は、現地企業3社(L社、LJ1社、LJ2社)のレベルをはるかに上回っている。では、その差はなぜ、どのように生まれるのであろうか。それはまさに、品質管理体制の違いや生産現場管理を担う要員の違い、経営方針及び労務管理の違いなどから来ている。

(2)品質管理体制の違いと日本人技術者の果たしてきた役割

6社における品質管理体制の違いは、少なくとも部分的には日本人技術者の指導の有無によってもたらされたものと考えられる。また、同じ「日本人在り」でも、日本人が経営者として指導する日系企業と、日本人技術者・アドバイザーが指導する現地企業とでは、権限の違いによって品質管理の効果が異なっている。日系企業2社においては、日本人経営者がインドネシア人幹部のみならず職場末端に至るまで指導を行っているのに対して、日本人が技術者・アドバイザーとして指導する現地企業3社においては、指導は主にインドネシア人管理職のみを対象としている。

(3)一般作業員及び現場監督クラスの役割:共通点と相違点

6社すべての共通点としては、次の二つが挙げられる。一つは、生産現場で生じた変化と異常への対処にあたって、各社とも現場監督クラスが原因究明や原因分析、さらには問題解決作業を担っているということである。もう一つは、一般作業員に期待されているのはトラブルの原因究明・分析ではなく、問題の早期発見および上司への早期通告であるということである。

相違点としては、次のようなことが挙げられる。日系企業J1・J2社が現場監督クラスだけでなく、仕事の幅こそ異なるが、オペレータクラスでも多能工化を進めているのとは異なり、LJ1・LJ2社はオペレータを多様な技能習得の対象外とし、現場監督クラスのみに習得させている。さらに、日本人技術者を受け入れないL社及び日本人技術者の受け入れを決定したLJ3社の場合は、ほとんどの現場監督クラス及び一般作業員が専門系列を超えた人事異動を経験せず、つねに同じ職場で専門的な職務に就いている。

その意味で、仕事の幅やキャリアについて言えば、日系企業2社の方が、本論文で取り上げた他の現地企業により広いことが明らかになった。

(4)労務管理の比較

L社を除いて、各社は、程度こそ異なるにせよ、労務管理が整備されている。人事考課の面ではかなり明確な指標が用いられ、公平な方法が取られているという共通点が見られる。

以上の分析結果によると、インドネシア企業が能力構築をおこなうためには、いくつかの方法があると考えられる。

第一に、日系企業J1・J2社のように、職場の末・端にまで日本の技術を徹底して学習させる方法がある。しかし、その反面では中簡管理職をはじめとする現地人従業員は「設計」「デザイン」等、中核の技術能力に欠け、日本人への依存度が高いというデメリットがしばしば指摘される。

第二に、現地企業のL社のように、日本人技術者を採用せず、自力で技術を学習するという方法である。しかし、独力で新製品やブランドを開発し、もしくは新しい技術を生み出そうとすれば、大きなコスト・労力・時間を要する。また、そうした方法を選んだ場合に必ずしも成功を収めると限らない。

最後に、第一と第二の中間に位置する現地企業のLJ1・LJ2・LJ3社のように、品質管理を中心とした管理技術を日本人経由で習得させる方法である。ただし、職場の監督クラスか、あるいは技術者を中心に技術を学習させる選択肢があった。これら3社のようなタイプは、自社独自の技術形成を試しつつも技術能力を自力では十分に向上させることができるとは限らないので、現地人の力の足りない分野を補うべく、日本人技術者が現地人従業員に技術指導を行ってきた。このメリットはきわめて大きいといえよう。しかし、日本人技術者の専門性を考慮すると、当然ながら幅広い知識やノウハウの獲得を期待することは難しい。

このように、先進国からの技術の導入は、より安価で効率的な方法であることが判明した。しかし、先進国からの導入された技術が現地企業の能力構築に悪影響を及ぼすことを回避するためには、現地企業がその経済社会環境に合わせて適切な技術を選択する戦略を取ることが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、先進国から途上国への技術移転のプロセスと成果を実証的に明らかにし、それを通じて、現地企業の能力構築の道を探ろうとしたものである。対象として取り上げられたのは、日本(先進国)からインドネシア(途上国)の繊維産業への技術移転である。

この課題を解くために、本論文が用意する方法と分析枠組みは次のようである。

まず、研究対象を日系企業だけにとどまらず、日本人技術者のいる現地企業、日本人技術者のいない現地企業にまで広げる。さらに、研究の焦点を生産管理技術とりわけ品質管理技術にあてる。こうした方法を採ることによって、技術移転の進展の程度を、日系企業、日本人技術者のいる現地企業、日本人技術者のいない現地企業における品質水準の違い(具体的には品質基準の達成度の違い)で測定することが可能となる。

その上で、これら3タイプの企業間にみられる品質基準達成度の違いは何によって生じているのかを実証的に明らかにする。その際、第1に、技術を移転する側(日本人経営者や日本人技術者)の権限、役割の違いに着目する。第2に、技術を受け入れる側の管理体制、管理者を始めとする従業員の仕事内容、熟練、キャリアの違いに着目する。それは技術が、どこに、どのような形で移転されていったかを明らかにすることである。第3に、教育訓練や賃金制度などの労務管理の違いをも見ていく。労務管理のあり様が、技術移転のプロセスを促すのか、あるいは逆に、それを押しとどめるのかを明らかにするためである。

こうした方法、分析枠組みを用いることによって、本論文は上記の課題を解くことに成功し、国際技術移転研究に新しい知見を付け加えたといってよい。インタビュー調査の丹念さ、内部資料を含めた資料収集の徹底さ、それら事実発見を分析枠組みに沿いつつ整理し、叙述していく論理力の明快さ、構成力の確かさのいずれをとっても、パダン・ウィチャクソノ氏は十分に高い能力を示しており、博士号(経済学)を授与するのにふさわしいと評価しうる。以下、本論文の要旨を紹介する。

序章「課題と方法」では、多数の国際技術移転に関する研究を5つの潮流に分類しながらレビューし、それを踏まえて、生産管理と労務管理の双方に着目しつつ、日本的な管理技術の移転、変容、定着に関心を寄せる研究潮流を取り上げ、上述のような研究方法と分析枠組みを提示する。

第1章「インドネシア繊維産業の発展と日本の役割」では、20世紀以降のインドネシア繊維産業の発展の軌跡が語られる。1960年代後半以降の輸入代替戦略、87以降の輸出志向戦略の国家政策にうまく乗りながら、繊維産業は急速に成長していく。その過程で、資本集約的である化合繊部門に進出した日本の繊維企業、日本の商社や海外貿易開発協会(JODC)を通じてインドネシア(日系企業および現地企業)に派遣された日本人技術者の果たした役割が大きいことが示唆される。その実態を解き明かすこと、それが第2章以下の課題となる。

第2章から第7章までが本論文の核となる部分である。日系企業2社、日本人技術者のいない現地企業1社、日本人技術者のいる現地企業3社のそれぞれについて、生産の流れについての説明から始まる、極めて詳細なケース・レコードが記されており、それを紹介する余裕はない。本研究の主要な論点を上述の枠組みにそって述べることとする。

品質基準とは、一般にAグレード、Bグレード、Cグレードなどと言われるものであって、完成製品にみられるキズやヨレなどの点数によって決められる。最も高い品質の製品がAグレードとなる。ところが、この品質基準には国際標準や日本標準はなく、日本企業であれば帝人ならば帝人独自の基準、東レならば東レ独自の基準があるだけだと言われている。もっとも、高品質製品で激しい競争をしている日本企業であれば、おそらくは、各社独自の基準もほぼ似たようなものになってくると考えられる。

問題はインドネシアの現地企業である。日本人技術者を受け入れている現地企業(LJ1社)では、日本人技術者受け入れた直後、グレードAの達成率が大きく下がっている。この企業のそれまでの品質基準が緩かったからであり、日本並みの品質基準にするまでに数年かかっていることが明らかにされている。

以上のことを前提に、Aグレードの達成率を比較すると、次のような極めて興味深いことがわかる。日系企業のグレードA達成率は94-95%(J1社)、95%以上(J2社)であるのに対して、日本人技術者のいない現地企業(L社)のそれは50-55%、日本人技術者のいる現地企業(LJ1社、LJ2社)ではそれぞれ62-74%、87-88%となっている。このうち、L社の品質基準は、他の企業に比べて緩いことが十分に予想されるにもかかわらず、Aグレード達成率は最も低いのである。明らかに、日系企業>日本人技術者のいる現地企業>日本人技術者のいない現地企業の順で、Aグレード達成率が低くなる。

例外は、日本人技術者のいる現地企業(LJ3社)であり、Aグレード達成率は98%と、日系企業並み、あるいはそれ以上の高品質を達成できている。

日系企業と現地企業の間に見られる違い、同じく現地企業であっても日本人技術者のいる企業といない企業の間に見られる違いは、日本からの技術移転の程度、あるいは移転の仕方の違いによるものだと考えられる。それを先に示した諸点に焦点をあてながら明らかにしていくこと、これが本論文で解かれるべき課題となる。加えて、LJ3社はなぜ、高品質を維持できているのか、日系企業、他のLJ1社、LJ2社との違いはどこにあるのか、これもまた解かれるべき課題となる。

ところで、Aグレード達成率に影響を及ぼすものは、品質管理技術の移転と定着の程度だけでなく、機械設備の性能もまた影響を及ぼそう。6社の機械設備を比較すると、LJ3社が最新鋭の機械設備を保有しているのに対し、他の5社は中古の機械設備あるいは老朽設備を使用している。LJ3社の日系企業並みの高い品質水準の一つの理由は、同社が最新鋭の機械設備を導入している点にある。機械設備のビンテージの違いを与件として、技術移転の状況が明らかにされていく。

まずは、技術を移転する側の日本人の役割である。日系企業の場合、日本人は社長として全権を握っているから高品質維持を目標に、品質管理の徹底を図ることは当然である。他方、現地企業に雇用されている日本人技術者の場合、状況はそれほど単純ではない。LJ1社では日本人技術者は生産工程全体ではなく、染色、仕上げを中心とした一部の生産工程についての指導にとどまる。LJ2社は、これまで長期、短期を合わせて20名ほどの日本人技術者を使っているが、権限はあまりなく、その役割はアドバイザー的なものにとどまる。これに対して、LJ3社の日本人技術者は、まずは経営陣に品質意識の改革を迫り、品質管理部門を独立させ、全工程に対して指導を行うなど、品質管理の徹底を図っている。

管理体制はどうであろうか。日本人技術者のいない現地企業L社から見よう。L社では半年に1回、社長、工場長、課長クラスを集めて、経営検討会議が開催され、品質目標が決定される。この他、3ヵ月に1回の内部品質監査委員会、年に1回の外部品質監査委員会があり、作業指示書、防止対策及び問題処理指図書、原因究明指図書がチェックされている。この頻度は、他の企業と比べると極めて少ない。いわゆる5S活動も行われているということだが、スローガンにとどまり、実行されているようには見えない。

日系企業J1社では、従業員数が約100人ということもあって、毎朝ミーティングがある。そこには日本人社長、部長、第一線監督者および品質管理スタッフなどが出席し、前日の品質および生産実績、問題点と対策などを話し合っている。その結果は一般作業員にも伝えられる。日系企業J2社では月に2回のTQCミーティング、月に1回の安全検討会(課ごと、ついで工場全体)、週に1回のオトシモノ活動が行われている。これらの会議、活動には第一線監督者、場合によっては一般作業員までが出席、参加している。

日本人技術者のいる現地企業も、L社と比較すれば、管理体制ははるかに整っている。LJ1社では毎日の日常検討会、週に1回の品質保証についての報告会、月に1回の管理報告会が開かれ、LJ2社でも月に3回(旬間)の品質ミーティングが開かれ、品質目標の達成状況をチェックし、改善を図るための「Monitoring Result of Performance Management」が実行されている。いずれの企業でも5S活動がおこなわれている。LJ3社では、上述したように品質管理部門を工場長の下から独立させ、独自の立場で、品質管理を進めている。品質管理部門内には改善チームも組織されており、また月に1回の月例生産会議では、工場長、各課長らを集めて品質目標の達成状況のチェック、対策が論じられている。LJ1社、LJ2社、LJ3社の現地企業と日系企業との違いは、それらの品質管理活動に一般作業員を巻き込んでいるかどうかである。

次に、従業員の仕事内容、熟練はどうであろうか。現場で生じた変化や異常への対応にあたっては、6社すべてで次のようなことが見られた。すなわち、一般作業員は簡単なトラブルを除けば、問題を発見した場合の迅速な報告が求められ、それを処理するのは第一線監督者の役割である。違いは主としてキャリアに見られる。日系企業では一般作業員を多能工として育成しようとしているのに対し、現地企業では、日本人技術者の有無にかかわらず、単能工として育成する。また、第一線監督者については、日系企業では一般作業員出身者が多く、現場経験を踏まえた後に抜擢されるのに対し、日本人技術者のいる現地企業では工科短大卒をそのまま第一線監督者にすることが多い。ただ、日本人技術者のいないL社では、第一線監督者を日系企業と同様に、現場経験のある一般作業員から選んでいる。

最後に、労務管理制度について見よう。教育訓練は新しく採用した従業員に対する導入訓練は6社全てで行われている。L社はこれ以外の教育訓練を行っていない。他の5社は技能向上訓練、第一線監督者訓練なども行っている。日系企業ではこれに加えて、日本への派遣研修プログラムが用意されている。現地企業との大きな違いである。

賃金制度については、日系企業では一般作業員に対して定期昇給があるのに対して、現地企業ではそうした制度がない。日系企業では一般作業員が自ら熟練を高めていくことに対するインセンティブがある。

以上を踏まえて、本論文は、品質基準達成度の違いに見られる技術移転の進展度の差を生んでいる諸要因を次のようにまとめる。

第1に、技術移転を進める側である日本人の権限、役割の大きさである。日本人技術者のいないL社は別としても、LJ1社、LJ2社が日系企業やLJ3社に比べて達成度が劣る1つの原因がそこにある。

第2に、品質管理体制は日本人が存在することで、はるかに整う。いわば日本人を通して組織に品質管理技術が移転される。L社とそれ以外の5社を比べればすぐにそのことはわかる。日系企業2社と他の現地企業3社とにある違いは、一般作業者を品質管理活動に積極的に巻き込もうとしているかどうかである。

第3に、一般作業員を多能工として育てるか、単能工として育てるのかである。第2、第3であげた一般作業員についてのこれらの違いが、品質基準達成度の違いにどれだけ影響しているかを定量的に把握することは難しいが、おそらくは影響があるというのが本論文の主張である。第一線監督者のキャリアも日系企業と現地企業で異なるが、これが達成度の差にどう影響するのかを推測することはさらに難しい。

第4に、教育訓練制度はL社を除けば整っていると見えるが、ただ日系企業では日本への派遣研修プログラムが用意されており、管理者、第一線監督者の能力向上には貢献していよう。

第5に、賃金制度についていえば、一般作業員に対して定期昇給があるかどうかという違いがある。一般作業員が自ら熟練を高めていくインセンティブが日系企業では用意されている。こうした労務管理制度に見られる違いは、おそらくは、従業員が移転される技術を積極的に獲得していこうということを促すと考えてよいのではないか。日系企業では、一般作業員が第一線監督者にまで昇進するチャンスがあるということも、インセンティブの1つとして捉えることもできる。

ここで考慮すべきはLJ3社である。日系企業並みあるいはそれ以上の高品質を維持できているLJ3社は、一般作業員への取り組みは日系企業とは異なり、日本への派遣研修プログラムはない。これを補うのが最新鋭の機械設備である。技術をどのように、どの程度、受け入れるべきかについての選択肢がここにあるようだ。

それでは、途上国であるインドネシアの現地企業の能力構築を図るためには、どのような道があるのだろうか。本論文は結論部分で、1つの道は「日系企業とLJ3社の長所をあわせもつことだ」と述べている。すなわち、全工程を指導する権限をもち、品質管理を徹底しうる日本人技術者を雇用し、一般作業者を品質管理活動に積極的に巻き込むとともに多能工として育てる。さらに教育訓練を充実させて、賃金制度に一般作業者に対するインセンティブを埋め込む。その上で、最新鋭の機械設備を利用していく。

以上、簡単にまとめたように、本論文は独自の方法と枠組みを持ち、丹念な事例研究を踏まえ、国際技術移転研究に新たな知見を付け加えたものと評価できる。

もっとも、いくつかの問題も残されている。1つには、この研究の理論的な貢献は何であるのかについては十分に展開されていない。2つには、事例研究であるがゆえに、諸要因の貢献度を定量的に把握することが難しく、説得的な議論が行われているとは言い難い面がある。氏は今後、アンケート調査を行うと述べているが、是非とも、今後の研究に期待したい。

かかる問題はあるものの、本研究の成果が極めて重要な意義を有していることにはかわりなく、氏の研究者としての高い能力を示すものであり、頭書の評価となった。

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