No | 123105 | |
著者(漢字) | 張,寧 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チョウ,ネイ | |
標題(和) | 青斑核による海馬CA3野シナプス伝達の調節 | |
標題(洋) | Modulation of Locus Coeruleus on Hippocampal CA3 Synaptic Transmission | |
報告番号 | 123105 | |
報告番号 | 甲23105 | |
学位授与日 | 2007.12.05 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1240号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 海馬CA3野は海馬が担っている記憶・学習などの脳高次機能にユニークかつ重要な役割を果たしている。大脳皮質嗅内野から海馬CA3野への入力には2つの経路がある。古典的な海馬trisynaptic回路論では、歯状回顆粒細胞の軸索である苔状線維を経由して、CA3野錐体細胞の近位樹状突起への間接投射であるが、貫通線維(perlbrant path,PP)から遠位樹状突起への直接投射もある。歯状回からの入力を切断してもCA3野錐体細胞の一定の場所だけ発火する性質は阻害されない、つまり、皮質からの場所情報を正常にcodingされていることが報告され、嗅内皮質から海馬CA3野への直接投射経路の重要性が示唆された。しかし、この神経経路の生理的な性質や機能はまだ十分に解明されていない。 青斑核は脳幹に位置するノルアドレナリン神経の起始核で、人では10,000~15,000、ラットではおよそ1,500個のニューロンからなり、脳の覚醒や不安などに深く関与していると考えられてきたが、脳の高次機能における役割はまだ明らかにされていない。海馬へのノルアドレナリン神経投射はほとんど青斑核由来であり、免疫染色法で歯状回門(dentate hirus)や明瞭層(stratum lucidum)、網状分子層(stratum lacunosum-moleculare,SLM)にノルアドレナリン神経終末は数多く存在することがすでに分かっており、海馬機能を調節していることが推測される。海馬機能が情動に関与する扁桃体の活動により調節されていることは当教室の研究などで明らかにされつつあるが、青斑核による調節についてはほとんど明らかにされていない。そこで、本研究では麻酔下ラットを用い、まず、PP経由の嗅内野皮質から海馬CA3野への単シナプス伝達をin vivoで記録し、当経路の可塑性などの性質について調べた。そして、青斑核興奮よる海馬CA3野シナプス伝達や可塑性への影響、及びそのメカニズムについて解析を行った。 【方法と結果】 雄のSDラット(340~440g)をウレタン麻酔し、PPを刺激して、海馬CA3野より誘発集合シナプス電位(fEPSP)を記録した。また同時に青斑核にグルタミン酸を局所注入し、PP-CA3シナプス伝達に対する影響を検討した。 1.PP刺激による海、.CA3野誘発シナプス電位のプロフールおよびその電流源密度解析 in vivoにおけるPP-CA3野シナプス電位の解析した研究は少ないので、まずそのプロフィールを明らかにした。PPを刺激し、海馬アンモン角(海馬CA1からCA3野の総称)層に対して垂直に記録電極を移動して細胞外電位を記録し、電流源密度解析法を使い、シナプス電位の発生源を求めた。PP刺激による電流吸い込み(s血k)は網状分子層に、電流湧き出し(source)はCA3錐体細胞層(stratum pyramidale,SP)に観察された(Fig.1)。シナプス結合部位はsinkの観察された部位、すなわち網状分子層であることが分かった。そしてsinkやsourceの潜時は2-3msという短い時間であることから、単シナプス応答であることが推測された。 2.PP-CA3経路における両方向性のシナプス可塑性 PPを単発刺激すると網状分子層で下向きのfEPSPを記録できた。PPに200Hz10発の高頻度刺激を5Hzで5回与えるθバースト刺激(TBS)を4回繰り返すと、PP-CA3シナプス伝達に長期増強(班P)が誘導された(Fig2A)。同様に、1Hz900発の低頻度バースト刺激(LFBS)をPPに与えると、PP-CA3シナプス伝達が長期に減少するLTDが誘導された(Fig.2B)。本研究はin vivoでPP-CA3経路の両方向性のシナプス可塑性を初めて示したものである。次にCA3錐体細胞層で上向きのfEPSPを記録した。400Hzの強いTBSを与えても、わずかなLTPが誘導されるだけで(Fig.3A)、LTDは誘導されなかった(Fig.3B)。短期可塑性(short-ter plasticity, STP)について検討も行った。入力線維を数10ms~数100msの間隔で2回刺激すると、2発目のシナプス応答が1発目に比べて大きくなるpaired-pulse facilitation(PPF)、小さくなるpaired-pulse depression(PPD)という短期可塑陸が見られる。この短期可塑性はシナプス前終末からの伝達物質放出確率の変化に依存する現象であるとされている。PP-CA3シナプスにおいては網状分子層にて150ms間隔以下でPPFが観察され、150ms間隔以上でPPDが観察されたが、錐体細胞層にてPPFが観察されず、PPDしか観察されなかった。 これらの結果からシナプス部位とシナプスを離れた部位で記録したfEPSPの性質が異なることが示唆された。したがって、従来の多くの研究でなされてきた細胞体部位での記録はシナプス伝達の大事な性質が検出できていない恐れがあり、本研究で初めて行ったシナプス近傍での記録はより正確にシナプス伝達の性質を反映していると考えられる。以降の研究では網状分子層にて記録電極を置き、PP-CA3シナプス伝達を記録し、青斑核の調節作用を観察した。 3.青斑核(hC)活性化によるPP-CA3シナプス伝達の調節 グルタミン酸(Glu)をLCに局所投与するとLCニューロンのphasicの発火を引き起こすことがすでに報告され、そこでLCを興奮させるためGluを選んだ。まず、グルタミン酸注入によりLCが活性化されることを確認した。LCにGlu注入2時間後に神経活動の指標であると考えられているc-Fos発現を解析した。その結果、Glu注入群においてLCで多くのc-Fos発現細胞が観察され、LCが活性化されたことが認められた。 LCにGlu50nmolを局所注入するとPP-CA3シナプス伝達がすぐに増大し(Fig.4A, 4B)、その後徐々に元に戻った。250nmolに用量を上げても大きさが変わらず、30分以上の間隔をおいた50nmolの反復投与が同程度の増強を誘発したので(Fig.4C、D、E)、以後の実験では50nmolを用いた。 LC活性化によるシナプス伝達増大のメカニズムを薬理学的に解析した。まず、β-アドレナリン受容体拮抗薬であるプロプラノロール(Prop.)やチモロール(Tim.)、そして、α-アドレナリン受容体拮抗薬であるフェントラミン(Phent)を脳室内投与した。これらの薬物はいずれもLC活性化によるPP-CA3シナプスの増強を有意に減少させた(Fig.5左).そして、ノルアドレナリン神経毒の一つである6-ヒドロキシドパミン(6-OHDA)を記録電極に貼り付けているカニューレにより、記録部位すなわち網状分子層に局所注入し、LC活性化によるPP-CA3シナプス伝達増大の影響について調べた。6-OHDA局所投与により、LC活性化によるPP-CA3シナプス伝達の増大が有意に抑制された(Fig.5右)。これらの結果からLC活性化によるノルアドレナリンの放出、特にシナプス近傍への放出はPP-CA3伝達の増強に関与している可能性が示唆された。 4.LC活性化によるPP-CA3シナプス可塑への影響 LCにaCSFあるいはGlu50μmolを局所注入し、すぐに200Hz10発の高頻度刺激を5Hzで5回繰り返すTBSを4回PPに与えてLTPを誘導した。LC活性化によるLTPへの影響は観察されなかった。1Hz900発のLFBSをPPに与えてLTDを誘導した。Glu群は刺激後30分以内のearly phaseにおいてLTDを抑制する傾向があったが、30~60分のlate phaseにおいてはLTDを抑制しなかった。そして、10Hz900発LFBSをPPに与えた場合、0~30分のearly phaseでGlu群はaCSF群より大きなpotentiationが観察されたが、late phaseでは両方の差が認められなかった。従って、PP-CA3シナプスに誘発した強い可塑性に対してはLC活動の影響は小さいものの、弱いLTPのearly phaseにおいて、促進作用が観察された。青斑核活性化のPP-CA3シナプス可塑性のearly phaseにおける作用は、青斑核活性化のPP・CA3伝達一過性増強作用の加算によるものだと推測された。 5.PP-CA3シナプス長期可塑性を誘導した後にLC活性化によるPP-CA3伝達への影響 TBSをPPに与え、60分後に50μmolGluをLCに局所注入し、PPCA3シナプス伝達を観察した。Glu注入により、伝達が一過性に増強したが、増強の程度はTBSの30分前のGlu注入時と比べ、わずかに減弱したが有意ではなかった。LFBSをPPに与え、60分後にGluをLCに注入し、PP-CA3シナプス伝達を観察した。Glu注入により伝達が一過性に増強したが、LFBSの30分前のGlu注入時と比べほぼ同程度であった。LTPやLTDを誘導するとベースのシナプス応答が変化するので、PP刺激電流を調節してシナプス可塑性時とほぼ同じ大きさのシナプス伝達にした場合でも、LC活性化の影響が観察された。従って、LC活性化によるシナプス伝達増強メカニズムはシナプス可塑性と異なるユニークなものであることが示唆された。 【総括】 本研究において、私は以下の点を明らかにした。(1)in vivoにおいて、PP-CA3シナプスは両方向性の可塑性が存在する。また、シナプス結合部位とシナプスを離れた部位で記録したfEPSPは違う性質を有している。(2)LC活性化により、PP-CA3シナプス伝達が増強される。この増強は青斑核より投射しているアドレナリン作動性神経から遊離したノルアドレナリンがアドレナリンα、β受容体を介して作用したものと考えられる。(3)PP-CA3シナプスに誘発した弱い長期増強のearly phaseにおいてLC活動によりearly phaseのLTPが促進される。(4)LC活性化によるPP-CA3シナプス伝達の増強はシナプス可塑性とは異なるメカニズムによる。 以上の結果から、嗅内野皮質から海馬CA3野への直接投射は自身の可塑性を持つうえに、青斑核の活動による修飾を受けることが明らかになった。海馬の機能を知る上で重要な知見と考えられる。今後は記憶・学習などの高次機能との関連を解明していく必要がある。 | |
審査要旨 | 海馬CA3野は海馬が担っている記憶・学習などの脳高次機能においてユニークかっ重要な役割を果たしている。嗅内野皮質から海馬CA3野への入力には2つの経路がある。古典的な海馬trisynaptic回路で示される歯状回顆粒細胞の軸索(苔状線維)を経由したCA3野錐体細胞の近位樹状突起への間接投射と貫通線維(PP:perfbrant path)から遠位樹状突起への直接投射である。歯状回からの入力を切断してもCA3野錐体細胞の一定の場所だけ発火する性質は阻害されない。つまり、皮質からの場所情報が間接投射なし}と正常にコーディングされていることになり、嗅内皮質から海馬CA3野への直接投射経路の重要性が示唆された。しかし、この神経経路の生理的な性質や機能はまだ十分に解明されていない。 青斑核(LC:Locus Caeruleus)は脳幹に位置するノルアドレナリン神経の起始核で、脳の覚醒や不安などに深く関与していると考えられてきた。海馬へのノルアドレナリン神経投射はほとんどLC由来であるが、その投射の海馬機能への役割は明らかにされていない。そこで、本研究では麻酔下ラットを用い、まず、PP経由の嗅内野皮質から海馬CA3野への単シナプス伝達をin vivoで記録し、当経路の可塑性などの性質について調べた。そして、LC興奮よる海馬CA3野シナプス伝達や可塑性への影響及びそのメカニズムについて解析を行った。 まず、ウレタン麻酔したラットのPPを刺激して海馬CA3野に誘発される集合シナプス電位(fEPSP)の性質を解析した。電流源密度解析法を使い、シナプス電位の発生源が網状分子層であり、単シナプス応答であることを示した。次に、この網状分子層で記録される下向きのfEPSPを指標に、シナプス可塑性を解析した。高頻度のシータ・バースト刺激(TBS)を繰り返すと、PP-CA3シナプス伝達に長期増強(LTP)が誘導され、逆に、低頻度バースト刺激(LFBS)をPPに与えると、長期抑圧(LTD)が誘導された。in vivoでPP-CA3経路に両方向性のシナプス可塑性が存在することを本研究で初めて示した。また、paired-pulse刺激を行い、短期可塑性を解析した。刺激間隔が150ミリ秒以下で増強(PPF)、それ以上の間隔では抑制(PPD)が観察され、シナプス終末機能が可塑性に関与することを示した。次に、従来の研究で用いられていたCA3錐体細胞層で記録される上向きのfEPSPを指標に解析を行った。この部位は電流源密度解析により電流吹きだし部位であることを確認した。強いTBSを与えてもわずかなLTPが誘導されるだけであり、低頻度刺激の条件を変えてもLTDは全く誘導されなかった。短期可塑性についてもPPDしか観察されなかった。 これらの結果からシナプス部位とシナプスを離れた部位で記録したfEPSPの性質が異なることを明確に示した。従来は、技術的な容易さから細胞体部位で記録が行われていたが、シナプス伝達の性質を正確には反映していなかったと考えられる。以降の研究では、網状分子層に記録電極を置き、PP-CA3シナプス伝達を記録した。 次に、青斑核(LC)にグルタミン酸(Glu)を局所注入し、PP-CA3シナプス伝達に対する影響を検討した。Glu注入によりLCが活性化されることをc-Fosの発現上昇で確認した。注入直後にPP-CA3シナプス伝達が増大し、その後徐々に回復した。このLC活性化によるシナプス伝達増大のメカニズムを薬理学的に解析した。β_アドレナリン受容体拮抗薬であるプロプラノロール、チモロール、そして、<-アドレナリン受容体拮抗薬であるフェントラミンの脳室内投与により、有意に減少した。アドレナリン作動性神経終末を破壊する6-ヒドロキシドパミンを網状分子層に局所注入すると、(LC活性化によるPP-CA3シナプス伝達の増大が有意に抑制された。これらの結果からLC活性化によるPP-CA3伝達の増強にはシナプス近傍でのノルアドレナリンの放出が関与していることが示唆された。 次に、PP-CA3シナプス伝達可塑性に対するLC活性化の影響を検討した。初期相でLTP増強とLTDの抑制が認められたが、こうした影響は短時間しか認められず、強度も小さかった。次に、シナプス可塑性が起こったシナプスに対するLC活性化の影響を検討した。Glu注入による一過性の伝達増強は、シナプス可塑性後も大きく影響されなかっ左。従って、LC活性化によるシナプス伝達増強メカニズムはシナプス可塑性とは異なるユニークなメカニズムによるものであることが考えられた。 本研究はin vivoにおけるPP-CA3伝達について解析し、(1)in vivoにおいて、PP-CA3シナプスには両方向性の可塑性が存在すること。また、シナプス結合部位とシナプスを離れた部位で記録したfEPSPは異なる性質を有していること、(2)LC活性化によりPP-CA3シナプス伝達が増強され、その原因としてLCより投射しているアドレナリン作動性神経から遊離したノルアドレナリンがアドレナリンα、β両受容体を介して作用したものと考えられること。(3)PP-CA3シナプスに誘発した弱い長期増強の初期相においてのみLC活動によりLTPが促進されること.(4)LC活性化によるPPCA3シナプス伝達の増強はシナプス可塑性とは異なるメカニズムによること、を明らかにした。嗅内野皮質から海馬CA3野への直接投射はそれ自身が両方向性のシナプス可塑性を示すうえに、青斑核の活動による修飾を受けることが明らかになった。以上は、海馬の機能や疾病治療薬を開発する上で重要な知見であり、博士(薬学)の学位に値する内容であると判断した。 | |
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