学位論文要旨



No 123106
著者(漢字) 赤塚,慎
著者(英字)
著者(カナ) アカツカ,シン
標題(和) 衛星リモートセンシングを用いた陸域可降水量の時空間変動評価に関する研究
標題(洋) Evaluation of spatiotemporal variation in precipitable water over land by satellite remote sensing
報告番号 123106
報告番号 甲23106
学位授与日 2007.12.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6673号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

近年、都市部ではヒートアイランド現象が原因と考えられる集中豪雨が発生している。集中豪雨をもたらす積乱雲は対流性雲の一つであり、対流性雲の形成には大気中の水蒸気量が大きく影響していることから、大気中の水蒸気量を数km~数十kmのスケールで観測することが必要であると考えられる。また、地球レベルでみても、水蒸気は最も支配的な温室効果ガスであり、大気中の水蒸気量は温暖化の進行とともに増加していくことが明らかになって来ているため、長期間にわたる水蒸気量の変化を把握することが重要である

大気中の水蒸気量を表す物理量の一つとして可降水量があり、従来は可降水量の計測にラジオゾンデが使用されているが、ラジオゾンデによる計測は1日2回、日本全体では20地点でしか行われておらず、時空間分解能が制限されているため、日本列島のスケールより小さなスケールの水蒸気量の局地的な動態を捉えることは困難であった。近年、地殻変動監視や測量を目的として展開されている国土地理院のGPS連続観測網のデータから可降水量を推定することが可能になり、その時間分解能は3時間、空間分解能は約25kmに向上した。しかし、GPSによる可降水量の計測は、観測期間が短いため可降水量の時間変動を把握するために利用することが難しいことが問題点として挙げられる。また、日本のGPS連続観測網は世界的に見ても希な高密度の観測網であるが、他の国々、特にアジア地域において日本のように高密度なGPS観測網を整備するのは経済的にも困難であると考えられる。そのため、GPS観測網の整備が十分ではない地域においても時空間分解能が比較的高く連続的な可降水量分布を把握することができる手法を開発することが望まれる。そこで、空間的に連続な分布を把握するのに有効で、GPS観測網の整備が十分ではない地域の可降水量計測にも適用できる方法としてリモートセンシングを用いた計測がある。リモートセンシングの特徴は、広域性・周期性・均質性にあり、ある周期で地球全域において均質なデータを得ることが可能であるため、GPS観測網が整備されていない地域の可降水量もリモートセンシングデータから推定することが可能になる。また、1日に1回以上データが取得できる衛星として、NOAA/AVHRR、Terra・Aqua/MODIS、MTSATなどが現在運用されており、これらのセンサで取得したデータを使用することで1日数回の可降水量計測が可能になる。

さらに、ある物理量の長期変動モニタリングを行う場合、データの均質性が最も重要な問題となるが、ラジオゾンデ可降水量は測器の変更や観測地の移動が頻繁に行われ、その履歴も十分整備されていないため、データの均質性に問題がある。一方、気象観測衛星NOAA/AVHRRは1970年代から運用されており、この期間に複数のAVHRRセンサが使用されているが、センサ間のデータ補正を行うことで均質なデータを確保できる。現在NOAA-18号までが打ち上げられているが、今後は次世代実用極軌道気象衛星NPOESSに交代することから、将来に渡って均質なデータを確保するためには、次世代のセンサにも適用できる継続性のある計測アルゴリズムを開発することが必要である。リモートセンシングによる可降水量の計測には、中間赤外にある水蒸気の吸収バンドを用いるアルゴリズム、熱赤外の2つのバンドを用いるアルゴリズム(Split-windowアルゴリズム)、マイクロ波を用いるアルゴリズムの3つがあるが、20年以上のデータの蓄積があるNOAA/AVHRRには中間赤外の水蒸気吸収バンドに対応する波長帯とマイクロ波領域の観測バンドがなく、熱赤外の2バンドはNOAA/AVHRR、NPOESS/VIIRS、Terra・Aqua/MODIS、MTSATのそれぞれに存在するため、継続性があり、かつ様々なセンサに適用できるアルゴリズムとして熱赤外の2つのバンドを用いるアルゴリズムが適している。

そこで、本研究では、NOAA/AVHRRの熱赤外の2バンドを用いた継続性のある陸域可降水量推定式の開発を行い、1984年から2001年までの18年間の日本全域の陸域可降水量分布図の作成を行った。さらに、作成した分布図を用いて陸域可降水量の空間変動及び時間変動の評価を行った。本研究の独自性は、衛星リモートセンシングデータからSplit-windowアルゴリズムを用いて可降水量を推定する際、モデルに基づいた種々の補正方法を開発し、高精度の可降水量推定手法を提案した点、1984年から2001年までの18年間の毎日のデータを処理し分布図を作成した点、さらに作成した分布図から陸域可降水量の空間分布の特徴を明らかにし、時間変動の評価を行った点である。

はじめに、リモートセンシングの特徴である、広域性・周期性・均質性を活かし、次世代のセンサにも適用可能な、熱赤外の2バンドを利用した陸域可降水量推定手法の開発を行った。本手法は、NOAA/AVHRRの2つの熱赤外バンドに対する大気中の水蒸気の影響の違い、つまりAVHRRのチャンネル4と5の輝度温度値の差が大気中の水蒸気量に比例するという関係を利用した手法である。輝度温度値の差には水蒸気量の他に衛星の走査角や地表面温度が影響すると考えられたため、放射伝達プログラムGLI Signal Simulatorを用いて、その影響について検討し、補正を行った。その後、GPS可降水量との関係を回帰分析により検討し、可降水量分布推定式の導出を行った。この推定式の二乗平均平方根誤差は約6mmであり、これは解析に用いた全GPS可降水量の平均値の約30%の誤差であった。また、この推定式を用いて推定した可降水量とラジオゾンデで計測した可降水量の18年間の時間変動について比較検討したところ、この推定式を用いてAVHRRデータから推定した可降水量は大気中の水蒸気量の時間変動を把握することに有効であることが明らかになった。また、韓国浦項の高層気象観測所でも日本の高層気象観測所と同程度の精度で推定できており、時間変動も捉えることが可能であった。したがって、導出した陸域可降水量推定式は日本の周辺地域に対しても適用可能であり、GPSによる可降水量の計測が行われていない地域の可降水量を推定することも可能であると考えられる。

次に、導出した陸域可降水量推定式を用いて1984年から2001年までの18年間の陸域可降水量分布図を作成し、正規化植生指数(NDVI)、気温、降水量の空間分布との比較により、陸域可降水量の空間分布の特徴を検討した。その結果、NDVIの値が低い都市域において可降水量が多い傾向にあり、NDVI値が高い植生域などでは可降水量が少ない傾向にあるということが明らかになった。また、気温が高いエリアでは可降水量が多く、気温が低いエリアでは可降水量が少ない傾向にあり、陸域可降水量の空間分布には大気の温度が大きな影響を与えていることが示唆された。さらに、可降水量と日積算降水量との間にはほとんど相関が無く、可降水量が多くとも降水が起きるとは限らず、その量も可降水量に関係がないことが示唆された。また、可降水量に対するNDVI、気温、日積算降水量、海岸からの距離、標高の相互作用を定量化するために重回帰分析を行ったところ、NDVIが低く、気温が高く、降水量が多く、海に近く、標高が低いほど可降水量が多くなる傾向にあり、特に気温の影響が大きいことが明らかになった。

最後に、1984年から2001年までの18年間の4月と10月の可降水量の時間変動、土地被覆別の時間変動、可降水量の時間変動と気温及び降水量の時間変動との関係について検討した。その結果、4月と10月の可降水量は日本全域で増加傾向にあり、土地被覆別でも同様の傾向にあることが明らかになった。また、気温との関係では、多くの場所で気温の上昇とともに可降水量も増加している傾向にあったが、場所によってその傾向には違いが見られた。さらに、可降水量の時間変動と日積算降水量の時間変動の間には明確な関連性は見られないということが明らかになった。

本研究で開発した陸域可降水量推定手法は、AVHRRと共通した2つの熱赤外観測波長帯を持つTerra・Aqua/MODIS、NPOESS/VIIRS、MTSATにも適用可能であるため、継続性のある可降水量計測を行うことが期待できる。さらに、これによって計測の時間分解能も向上するため、可降水量と降水量の関係が明らかになる可能性があり、集中豪雨の予測が可能になることも期待できる。また、本手法により日本付近の可降水量の推定が可能であることが明らかになったが、さらに中国やモンゴルにおけるラジオゾンデ可降水量などと比較することで推定式の適用可能範囲を検討する必要がある。中国やモンゴルにも適用可能であれば、本手法を用いてGPS可降水量が計測されていない地域の可降水量を推定することも可能になり、さらに大規模な土地被覆改変や沙漠化が起こっている地域の可降水量の変化を考察することも可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、都市部ではヒートアイランド現象が原因と考えられる集中豪雨が発生している。集中豪雨をもたらす積乱雲は対流性雲の一つであり、対流性雲の形成には大気中の水蒸気量が大きく影響していることから、大気中の水蒸気量を数km~数十kmのスケールで観測することが必要である。また、地球レベルでみても、水蒸気は最も支配的な温室効果ガスであり、大気中の水蒸気量は温暖化の進行とともに増加していくことが明らかになって来ているため、長期間にわたる水蒸気量の変化を把握することが重要である。

大気中の水蒸気量を表す物理量の一つとして可降水量があり、従来はその計測にラジオゾンデが使用されているが、ラジオゾンデによる計測は時空間分解能が制限されている。近年、国土地理院GPS連続観測網データからの可降水量推定が可能になり、時空間分解能は向上した。しかし、日本のGPS観測網は世界的に見ても希な高密度の観測網であるため、GPS観測網の整備が十分ではない地域においても時空間分解能が高く連続的な可降水量分布を把握することができる手法を開発することが望まれる。空間的に連続な分布を把握するのに有効で、GPS観測網の整備が十分ではない地域の可降水量計測にも適用できる方法としてリモートセンシングを用いた計測がある。リモートセンシングの特徴は、広域性・周期性・均質性にあり、ある周期で地球全域において均質なデータを得ることが可能であるため、GPS観測網が整備されていない地域の可降水量もリモートセンシングデータから推定することが可能になる。

そこで、本研究では、熱赤外の2バンドを用いた陸域可降水量推定式の開発を行い、1984年から2001年までの18年間の日本全域の陸域可降水量分布図の作成を行った。さらに、作成した分布図を用いて陸域可降水量の空間変動及び時間変動の評価を行った。

はじめに、NOAA/AVHRRセンサの熱赤外の2バンドを利用した陸域可降水量推定手法の開発を行った。本手法は、AVHRRのチャンネル4と5の輝度温度差が大気中の水蒸気量に比例するという関係を利用した手法であるが、輝度温度差には水蒸気量の他に衛星の走査角や地表面温度が影響すると考えられたため、放射伝達プログラムを用いて、その影響について検討し、補正を行った。その後、GPS可降水量との関係を回帰分析により検討し、可降水量分布推定式の導出を行った。この推定式の二乗平均平方根誤差は約6mmであり、これは解析に用いた全GPS可降水量の平均値の約30%であった。また、この推定式を用いて推定した可降水量とラジオゾンデで計測した可降水量の18年間の時間変動について比較検討したところ、この推定式を用いてAVHRRデータから推定した可降水量は大気中の水蒸気量の時間変動を把握することに有効であることが明らかになった。

次に、導出した陸域可降水量推定式を用いて1984年から2001年までの18年間の陸域可降水量分布図を作成し、正規化植生指数(NDVI)、気温、降水量の空間分布との比較により、陸域可降水量の空間分布の特徴を検討した。その結果、NDVIの値が低い都市域において可降水量が多い傾向にあり、NDVI値が高い植生域などでは可降水量が少ない傾向にあるということが明らかになった。また、気温が高いエリアでは可降水量が多く、気温が低いエリアでは可降水量が少ない傾向にあり、陸域可降水量の空間分布には大気温度が大きな影響を与えていることが示唆された。さらに、可降水量と日積算降水量との間にはほとんど相関が無く、可降水量が多くとも降水が起きるとは限らず、その量も可降水量に関係がないことが示唆された。また、可降水量に対するNDVI、気温、日積算降水量、海岸からの距離、標高の相互作用を定量化するために重回帰分析を行ったところ、NDVIが低く、気温が高く、降水量が多く、海に近く、標高が低いほど可降水量が多くなる傾向にあり、特に気温の影響が大きいことが明らかになった。

最後に、1984年から2001年までの18年間の4月と10月の可降水量の時間変動、土地被覆別時間変動、可降水量の時間変動と気温及び降水量の時間変動との関係について検討した。その結果、4月と10月の可降水量は日本全域で増加傾向にあり、土地被覆別でも同様の傾向にあることが明らかになった。また、気温との関係では、多くの場所で気温の上昇とともに可降水量も増加している傾向にあったが、場所によってその傾向には違いが見られた。さらに、可降水量の時間変動と日積算降水量の時間変動の間には明確な関連性は見られないということが明らかになった。

本論文の新規性は、人工衛星画像を利用して可降水量の空間分布図を作成する手法を開発し、15年以上にわたる長期衛星データセットから、その時空間分布変動特性を評価したことにある。その結果、ここ18年間の気温上昇にともない、日本の殆どの地域において可降水量が増加していること、可降水量が地表面の被覆状況(植生分布)に依存していること、などの新たな科学的知見が示された。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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