学位論文要旨



No 123109
著者(漢字) 熊谷,たまき
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,タマキ
標題(和) 中年期にある血液透析患者と配偶者における生活上の支障と抑うつにストレッサーと心理社会的資源が及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 123109
報告番号 甲23109
学位授与日 2007.12.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2973号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 准教授 佐々木,司
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 講師 佐々木,美奈子
内容要旨 要旨を表示する

背景

末期慢性腎不全患者に対する治療は、血液透析治療、腹膜透析治療、腎移植の3つの方法に限られている。腎不全治療の割合は、欧米諸国と日本において大きく異なっており、わが国おいては透析治療が99.8%(うち血液透析96.3%、腹膜透析3.5%)、腎移植が0.2%であり、欧米に比べて透析治療が圧倒的に多く、腎移植が極めて少ないことが特徴である。血液透析患者が抱える問題は、原因疾患と透析治療に随伴する身体症状のほかに、透析施設への通院や透析治療による時間的拘束が大きいことから、家庭、職域、地域社会において果たしうる能力や役割の変化、役割遂行の困難を招き、経済的な問題がある。さらには自己にとって重要な興味・関心や活動にも制約を受けることになる。精神的には、腎臓機能の喪失感、社会的な役割機能の喪失感、依存、拒否、怒り、不安、抑うつ、自殺念慮が問題としてあげられている。精神的問題のうち、抑うつは生存の予測要因であることのほかに、治療中断、医療施設への入院に対するリスク要因であることが指摘されている。抑うつに関連する要因としては、身体的要因、疾病や透析治療に関連した要因、生活侵襲度、心理社会的資源があげられる。

家族の一員に透析治療が導入されることは、少なからず家族に何らかの影響を及ぼすものと推察されるが、これまでに配偶者・家族が透析治療による受ける生活上の影響や精神健康状態についてはほとんど検討されてきていない。さらに透析患者と配偶者の二者間における相互への影響は、欧米において検討がなされてきているが、わが国における血液透析患者と配偶者ではこれまでほとんど明らかにされていない

血液透析患者と配偶者における抑うつへの社会心理的資源の効果については、内的対処資源である自尊感情の効果はこれまでに検討されてきておらず、社会的支援については、情緒的支援、手段的支援、情報的支援の機能別の抑うつへの効果は明らかにされていない。また心理社会的資源の抑うつへの影響については直接効果の検討が多く、ストレスが精神健康へ及ぼす影響を緩衝する効果の検討はほとんど行われていない。

透析患者が抱える問題はライフステージによる異なる。中年期の透析患者が抱える身体的、心理社会的問題は高齢期の生活の安定に影響を及ぼすことが指摘されているが、この年齢層に着目した研究は少なく情報が乏しい。

そこで本研究では、1)中年期の透析患者とその配偶者、特に配偶者における抑うつ状態をCES-Dを用いて評価し、それぞれの背景因子との関連を検討すること、2)透析患者と配偶者のそれぞれにおいて、抑うつは自らが受けているストレッサーとともに、相手のストレッサーの影響を受けるか否かを検討すること、3)透析患者と配偶者それぞれにおいて、心理社会的資源が、生活上の支障と抑うつ状態に与える直接効果の有無と、ストレッサーが与える影響を緩衝する効果の有無を検討すること、を目的とした。

本研究では、患者と配偶者の抑うつ状態に影響する要因、二者間の相互の影響を構造的に明らかにするために、Pearlin, et al.(1990)が提唱したストレスプロセスモデルを分析枠組みに用いることを試みた。要因の配置は、一次ストレッサーとして透析患者に由来する「疾病・治療関連要因」を設定し、二次ストレッサーに透析患者と配偶者の各々が評価する「生活上の支障」を、アウトカムにストレスに対する心理的適応状態としての「抑うつ」を配置した。そして、患者と配偶者の心理社会的資源として個人の内的対処資源である「自尊感情」と外的資源である「社会的支援」を配置し、本研究の分析モデルを構築した。

方法

1)対象:本調査は、東京、愛知、千葉、新潟の各県に位置する8箇所の透析医療機関に通院する中年期(40~64歳)にある血液透析患者とその配偶者を対象とし、自記式質問票を用いて実施した。透析患者調査は透析医療施設において透析中に実施し、配偶者調査は郵送にて調査票の配布回収をおこなった。患者の医学的情報については、患者本人の同意を得て通院する医療機関から入手した。透析患者216人、配偶者188人から回答を得て、このうち透析患者と配偶者の両者から回答が得られた180組を本研究の解析に用いた。

2)測定:(1)透析患者と配偶者の抑うつは、Center for Epidemiological Studies Depressionで測定した。(2)疾病・治療関連要因(一次ストレッサー)として、身体機能レベル、合併症数、ヘマトクリット値、透析時間、通院時間を投入した。身体機能レベルの測定は腎疾患特異的QOL尺度(KDQOL-SF)の身体機能の尺度を用いた。合併症は、循環器合併症、慢性呼吸器疾患、消化器疾患など13疾患について罹患している疾患数とした。(3)透析患者と配偶者の生活上の支障(二次ストレッサー)は、Illness Intrusiveness Rating Scale13項目を参考にした。患者と配偶者における生活上の支障を同じ変数を用いて検討するために、以下の手順で潜在変数を抽出した。はじめに、患者回答に対して探索的因子分析を行い2因子モデルを抽出し、確証的因子分析により因子モデルの検証をおこなった。次に、得られた因子モデルが配偶者においても適応が可能か否かを多母集団同時分析によって確認した。(4)心理社会的資源とした自尊感情はRosenburgのself-esteem10項目を用いた。社会的支援は、情緒的支援、手段的支援、情報的支援の3つの機能について受領の程度を6段階で回答を得た。

3)分析:(1)透析患者と配偶者の相互への影響については、共分散構造分析をおこなった。(2)心理社会的資源の生活上の支障、抑うつへの直接効果、緩衝効果の検討には交互作用項を順次加える重回帰分析を用いた。

結果と考察

1)透析患者と配偶者の抑うつ状態の出現割合

抑うつ状態にあるものの割合は、透析患者では35.6%、配偶者では27.8%であった。抑うつ状態の出現割合を全国の一般集団と比較した。一般集団については厚生労働省が実施した「平成12年保健福祉動向調査」(厚生統計協会, 2000)の報告書に記載されているCES-D得点を用いた。抑うつ状態にあるものの割合は一般集団では13.8%であった。透析患者における抑うつの出現率は一般集団に比べ高かった。配偶者でうつ状態にあるものは、患者ほどではないものの一般集団より高い割合にあった。

2)透析患者と配偶者のストレッサーが抑うつに及ぼす効果

透析患者と配偶者それぞれの生活上の支障と関連が見られた要因は、患者の身体機能レベルであった。患者の身体機能レベルが低いほど、患者自身と配偶者の生活上の支障が高くっていた。そして透析患者、配偶者ともに生活上の支障は抑うつ状態に影響し、自分自身の生活支障が高いとしたものほど抑うつが高くなっていた。患者の身体機能状態は、患者および配偶者の両者に対して、直接的に抑うつ状態に影響するのではなく、生活上の支障を介して抑うつ状態に影響することが示された。さらに透析患者と配偶者の相互への影響については、透析患者の生活上の支障は配偶者の抑うつ状態に対して影響していなかった。しかし配偶者の生活上の支障は透析患者の抑うつ状態に影響を与え、配偶者の生活上の支障が高いほど透析患者の抑うつ度が高くなることが示された。支援の対象として家族を視野にいれることは、家族自身への援助だけではなく、その効果が相互作用の点から患者に対する間接的支援になるものと考えられる。これは今後の支援の方向性について示唆を与える結果であると考えられる。

3)透析患者と配偶者の生活上の支障と抑うつ状態への心理社会的資源の直接効果と緩衝効果

(1)自尊感情の効果について

透析患者・配偶者ともに生活上の支障と抑うつに対する自尊感情の直接効果がみとめられ、自尊感情が高いほど生活上の支障と抑うつが低いという効果であった。緩衝効果については患者においてのみみられ、身体機能レベルの生活上の支障への影響を自尊感情が緩和し、また透析年数が短いもので生活上の支障の抑うつへの影響を緩和することがわかった。

(2)社会的支援の効果について

社会的支援の生活支障への効果は、患者では透析導入経過年数の短い時期において、身体機能状態が障害されているものへの情報的支援の提供が、生活上の支障を軽減するために効果的に働いていると結果が得られた。配偶者では情報的支援が生活上の支障に直接効果を持っており、情報的支援が多いとしたものほど、生活上に支障が低いという関連であった。抑うつへの社会的支援の効果は、患者では情報的支援が多いとしたものほど、生活上の支障が抑うつ状態を低下させる影響を緩和する効果がみられた。また配偶者の抑うつは情緒的支援により軽減されることが示された。

以上より、原疾患や透析導入の影響は透析患者だけでなく配偶者を含めた家族に対しても及んでいる可能性があることから、配偶者を含めた患者以外の家族の生活支障を予防するための介入が必要である。本研究では透析患者と配偶者の相互への影響の検討において、配偶者の生活上の支障は患者の抑うつ状態に有意に関連しているという知見を得ている。したがって配偶者の生活上の支障を軽減することは、配偶者自身の抑うつ状態を防ぎ、さらに患者の抑うつ状態を増悪することも防ぐことになる。透析治療は、透析導入時に患者本人と家族に対して医療者から透析療法の説明がされ同意を得る場合が多い。しかし、導入後には、家族がさまざまな情報に接する機会が決して多くない現状が推察される。透析患者だけではなく配偶者においても、情報的支援を受けることが精神健康を維持する効果が明らかになったことから、透析患者とともに配偶者も対象に含めた情報提供などの支援体制を拡充することが必要である。

分析枠組み

審査要旨 要旨を表示する

本研究は中年期にある血液透析患者とその配偶者を対象として、抑うつの出現率を把握し、患者の疾患・治療関連要因と生活上の支障が抑うつ状態へ及ぼす影響と、患者と配偶者の相互への影響の有無を明らかにするためにストレスプロセスモデルを用いて検討を行ったものである。また透析患者と配偶者の抑うつ状態に自尊感情、社会的支援の心理社会的資源が及ぼす効果を、直接効果と緩衝効果について明らかにしようとしたものであり、以下の結果を得ている。

1.透析患者と配偶者における抑うつ状態にあるものの割合は、患者においては一般集団よりも高率であり、配偶者においても患者ほどではないが高くなっていた。

2.透析患者と配偶者において、透析患者の身体機能状態の低下は、透析患者と配偶者の生活上の支障を高め、生活上の支障が高いことが抑うつ状態を増悪させる。患者の身体機能状態は、患者および配偶者の両者に対して、直接的に抑うつ状態に影響するのではなく、生活上の支障を介して抑うつ状態に影響する。

3.患者と配偶者の二者における相互の影響については、透析患者の生活支障は配偶者の精神健康には影響を与えないが、配偶者の生活上の支障は透析患者の精神健康を低下させることが明らかになった。

4.透析患者がもつ自尊感情は生活上の支障と抑うつ状態に関連し、また透析年数が短いもので生活上の支障の抑うつへの影響を緩和する。配偶者では自尊感情は生活上の支障と抑うつを軽減する効果をもつ。

5.患者において、情報的支援を多く受けていることは、身体的機能レベルの生活上の支障に及ぼす影響を緩和し、さらに生活上の支障が抑うつへ及ぼす影響を緩衝し抑うつ状態の増悪を防ぐ。配偶者では、情報的支援を多く受けていることが生活上の支障を軽減させ、そして生活上の支障が精神健康を低下させることを防ぐ間接効果をもつ。また配偶者の抑うつ状態は情緒的支援によって軽減される。

以上、本論文は中年期にある血液透析患者とその配偶者を対象とし、これまでにほとんど検討されてこなかった透析患者の配偶者の抑うつ状態の出現率を把握し、患者と配偶者における抑うつ状態への関連要因と二者間における相互作用を詳細に分析した。また抑うつ状態を緩和する心理社会的資源の効果を明らかにしたもので、血液透析患者の配偶者への支援体制のあり方に有用な示唆を与えると考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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