学位論文要旨



No 123115
著者(漢字) 田川,美穂
著者(英字)
著者(カナ) タガワ,ミホ
標題(和) ナノ部品のプログラム可能なセルフアセンブリのための二次元DNAアレイの構築
標題(洋) Construction of two-dimensional DNA arrays for programmable self-assembly of nanocomponents
報告番号 123115
報告番号 甲23115
学位授与日 2007.12.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第782号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 陶山,明
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 友田,修司
 東京大学 准教授 栗栖,源嗣
 東京大学 准教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

分子やナノサイズの粒子等のナノ部品を、ナノスケールの精度で制御し配置する技術を確立することは、ナノテクノロジー分野における最も重要な課題である。従来からのトップダウン的なアセンブリ技術が限界に近づくのに伴い、近年、生体分子のセルフアセンブリを利用したボトムアップ的なアセンブリ技術が注目を集めている。特にDNAは、塩基配列を自由に設計し合成することが可能であり、比較的安定な分子であることから、ナノスケールのアセンブリを行うためのビルディングブロックとしての利用が期待されている。適切に配列設計されたDNAは、熱処理過程を経て、その配列にコードされた情報に従って複雑な構造にセルフアセンブリすることができる。作成されたDNA構造体は、ナノ部品を特異的に配置するためのテンプレートとして利用できる可能性がある。

これまでに、DNAタイル(数本のDNAでできたDNA構造体の最小単位)をビルディングブロックとしてセルフアセンブリし、ナノスケールの周期的な二次元DNAアレイを形成する研究が多数報告されている。DNAのパターン構造、多面体等も作られるようになった。しかし、これらの構造体は常温では安定であるが、熱をかけると簡単に壊れてしまう。分子エレクトロニクス等の実際のナノテク技術として利用するためには、熱処理を繰り返してナノ部品を階層的に結合させる必要があるため、耐熱性のDNA構造体が必要である。耐熱性を高めるためには、一般的なライゲーション方法である酵素によるライゲーションを行ってニックを繋げ、構造体の融解温度を高める方法が考えられる。しかし、DNA構造体の様な複雑で狭い部分には酵素が入り込みにくく、ライゲーション効率が低かった。本研究1では、酵素を必要とせず、バッファー条件にも拠らず、高いライゲーション効率が得られるフォトライゲーションによりDNAタイルを結合し、耐熱性DNAアレイの形成を行った。

DNAのパターン構造を形成することができる"プログラム可能なDNAセルフアセンブリ"は、ナノスケールの複雑な構造またはシステムを構築するナノファブリケーションへの応用が期待されているため、耐熱性DNA構造体に並んで重要な課題である。これまでに報告されているプログラム可能なセルフアセンブリでは、DNAのビルディングブロックそれ自身にアドレスを持たせていた。そのため、アドレスの数だけビルディングブロックを用意しなければならない、DNA配列が異なるとビルディングブロックの形も微妙に異なってしまい設計通りの構造体形成ができない、という問題点があった。将来的にDNA構造体をナノファブリケーションのテンプレートとして用いるためには、ナノ部品をナノスケールの精度で配置することができなければならない。そのためには、構造周期性を維持した上でアドレスを持ったテンプレートにしなければならない。本研究2では、基板の構造周期性と、基板上のアドレスの非周期化(異なるアドレスの配置)の両方を実現するプログラム可能なセルフアセンブリを行い、これまでの問題点を解決した。

研究1:耐熱性DNAアレイのセルフアセンブリ

マイクロスケールまで成長できる程平坦な構造で、かつフォトライゲーションにより生じるわずかな構造の歪みを吸収できる、double-crossover AB-staggered (DXAB)タイルというDNAタイルを考案した(図1a)。DXABタイルは、6箇所に粘着末端を有し、相補的な粘着末端同士nとn'(n=1,2,3)が結合することにより二次元アレイを形成することができる(図1b)。タイルを構成する9本のDNAのうち2本のDNAの5'末端に、UV感受性の5-carboxyvinyl-2'-deoxyuridine (CVU)を導入した。CVUは、366nmのUV光照射により隣り合う3'末端のチミンまたはシトシンと結合することができる。

DXABタイルを構成する9本のDNAの混合溶液を、95度から25度までゆっくり温度を下げ、溶液の一部を分注して366nmのUV光を照射した。ゲル電気泳動により、UV照射後のサンプルはゲルに浸透しない程分子量が大きく、タイル同士がフォトライゲーションにより結合されたアレイが出来ていることが予想された。原子間力顕微鏡(AFM)により、UV照射前後のサンプルを画像化したところ、共にマイクロスケールの大きさまで成長した周期的な二次元アレイが形成されていた。UV照射後もアレイ全体として構造変化を起していないことから、DXABタイルがフォトライゲーションにより生ずるわずかな構造変化を吸収することで、ライゲーション後も周期的な二次元アレイを維持できたと考えられる。

UV照射前後のDXABアレイの熱耐性を調べるため、二種類の方法(溶液中、マイカ基板上に吸着した状態でバッファー液滴下)で熱処理を行った。この結果、溶液中熱処理ではUV照射前後で10度以上の熱耐性の向上が見られ、マイカ基板上に吸着した状態での熱処理に関しては、20度以上の熱耐性の向上が確認された。UV照射後のサンプルをマイカ基板上で60度に熱処理した後のAFM像を示す(図1c)。60度という温度は、アドレスDNAと相補的なデータDNAに結合させたナノ部品の結合及び取り外しの操作を行うのに十分な温度である。

研究2:周期構造上に非周期アドレスを持つDNA構造体のプログラム可能なアセンブリ

生体内で行われているタンパク合成過程において、mRNAに書き込まれたコドンの情報に従って、わずか20種類のアミノ酸から多種多機能のタンパク質が合成されることに着目し、これに習った方法でプログラム可能なセルフアセンブリを行った。mRNAに相当するメッセンジャーDNA(mDNA)を用い、少ないタイルで複雑な構造を形成することを試みた。DNA構造体の基板を形成する部分はわずか二種類のタイルSO及びSEから成り、アドレスタグ部分に固有のアドレスを持たせることで、構造周期性とアドレス化の両方を実現可能にした(図2)。一次元方向と二次元方向のタイルの並び順を決めるmDNA1, mDNA2によりアセンブリの順序が制御され、プログラム可能なアセンブリが行われる。mDNA1(図2aの赤線部分)は、アドレスタグの配列と、構造体の基板となるタイルSO及びSEの一部の配列とから成る。一次元のタイルの配列を決める情報はアドレスタグ部分にコードされており、タイル部分にはアドレス配列が含まれない構造となっているため、基板の構造周期性が保たれる。mDNA1の端は、アンチコドン配列aC1となっており、mDNA2にコードされた相補的なコドン配列C1に結合することが出来る。

本実験では、mDNA1に6種類のアドレスAN ( N = 1-6)をエンコードし、mDNA2は共通のコドン配列C1を4つエンコードして、一次元方向に6種類の固有アドレス持つ6 (row)×M (column) DNAアレイのプログラム可能なアセンブリを行った。AFM測定により、幅が約100nmのDNAアレイが確認された(図2b断面図下段)。これはアレイに結合したmDNA2を含めると、ほぼ設計通りのサイズに相当する。また、mDNA2に平行な断面図より、周期的な構造であることが確認された(図2b断面図上段)。形成された6×M DNAアレイは、一次元の非周期パターンを形成することができる。

本研究のプログラム可能なアセンブリとフォトライゲーションを組合せれば、位置アドレスを持った(各部にアドレスタグを持った)耐熱性のDNAアレイを作成し、ナノファブリケーションのテンプレートとして利用することができる。アドレスタグの配列に相補的な配列を持ったデータDNAをナノ部品に結合し、これを付けたり外したりしながら階層的アセンブリをすることにより、溶液中で浮遊状態では合成不可能な複雑な構造体またはシステムを構築することが可能となるであろう。

また、フォトライゲーションとプログラム可能なアセンブリにより作成した耐熱性のDNA構造体を部品として、再び熱処理によりアセンブルすることで、今までに不可能であった複雑な構造を作ることも可能になるであろう。これらは、微細な電子回路を形成するナノエレクトロニクスの分野だけでなく、バイオロジー、ドラッグデリバリー、マテリアルサイエンス等の分野への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章から構成されている。第1章では、本論文の研究の背景であるDNAナノテクノロジーについて概説が行われたのち、本論文の研究の目的について述べられている。第2章では、本論文の一つ目の研究成果である、セルフアセンブリにより構築された耐熱性の二次元DNAアレイについて述べられている。第3章では、本論文の二つ目の研究成果である、プログラム可能なセルフアセンブリにより構築された二次元DNAアレイについて述べられている。最後の第4章では、第2章及び第3章の研究成果について総括的な議論が行われたのち、本論文の結論が述べられている。

分子やナノサイズの粒子等のナノ部品を、ナノスケールの精度で制御して配置する技術を確立することは、ナノテクノロジー分野における最も重要な課題である。その課題を解決するための方法は、大きく、トップダウン的手法とボトムアップ的手法に分類される。半導体製造のための微細加工技術をさらに超微細化したトップダウン的手法が限界に近づくにつれ、近年、生体分子のセルフアセンブリを利用したボトムアップ的なアセンブリ技術が注目を集めている。特にDNAは塩基配列を自由に設計し合成することが可能であり、しかも比較的安定な分子であることから、ナノスケールのアセンブリを行うためのビルディングブロックを構築するための分子として期待されている。適切に配列設計されたDNAは、熱処理過程を経て、その配列にコードされた情報に従って複雑な構造にセルフアセンブリさせることができる。こうして形成されたDNA構造体は、ナノ部品を特異的に配置するためのテンプレートとして利用できる。本論文では、ナノ部品のボトムアップ的アセンブリのためのテンプレートとして利用可能な二次元DNAアレイの構築に関する、独創性の高い2つの研究成果が報告されている。

最初の研究成果は耐熱性の二次元DNAアレイに関するものである。これまでに、DNAタイルという数本のDNA鎖でできた方形状のDNAナノ構造体をセルフアセンブリしてナノスケールの周期的な二次元DNAアレイを構築する研究が多数報告されている。DNAのパターン構造、多面体等も作られるようになった。しかし、これらの構造体は常温では安定であるが、熱をかけると簡単に壊れてしまった。分子エレクトロニクス等の実際のナノテク技術として利用するためには、熱処理を繰り返してナノ部品を階層的に結合させる必要があるため、耐熱性のDNA構造体が必要となる。耐熱性を高めるためには、DNAリガーゼ酵素によるライゲーションを行ってニックを繋げ、構造体の融解温度を高める方法が考えられる。しかし、DNA構造体のように複雑で狭い部分には酵素は入り込みにくく、ライゲーションは困難であった。

論文提出者は、酵素によるライゲーションではなく、光化学反応によるフォトライゲーションを利用することにより、DNA構造体のライゲーションの問題を解決した。紫外光(366 nm)感受性の5-carboxyvinyl-2'-deoxyuridineを末端に導入したDXABタイルを新規に開発し、それをセルフアセンブリして二次元DNAアレイを構築したのち、フォトライゲーションによりニックを繋ぎ、その耐熱性を高めることを行った。DXABタイルのセルフアセンブリにより構築された二次元DNAアレイは、フォトライゲーション後も大きな構造変化を起こさず、マイカ基板に吸着した状態で、20℃以上の熱耐性の向上が確認された。また、60℃においても、マイクロメートルにまで広がる、短軸方向6 nmの周期構造を保つことが、原子間力顕微鏡による観察により明らかにされた。

二つ目の研究成果は、ナノ部品をアセンブリするためのテンプレートを構築するためのプログラム可能なDNAタイルのセルフアセンブリに関するものである。これは、ボトムアップ的手法によるナノファブリケーションの実現において、耐熱性DNA構造体と並んで重要な課題である。これまでに報告されているプログラム可能なDNAセルフアセンブリでは、DNAのビルディングブロックそれ自身にアドレスを持たせていた。そのため、アドレスの数だけビルディングブロックを用意しなければならない、アドレスを表すDNA配列が異なるとビルディングブロックの形も微妙に異なり構造体形成ができない、などの問題点があった。DNA構造体をナノファブリケーションのテンプレートとして用いるためには、ナノ部品を識別するためのアドレス配列をもつタグDNAが、任意の指定したパターンで配置されたテンプレートを構築しなければならない。

論文提出者は、タンパク質の翻訳過程の機構に学ぶことにより、このようなテンプレートを構築するための独創的な方法を考案した。DXABタイルから作られた耐熱性二次元DNAアレイをテンプレートの骨格とし、その上に、アドレス配列をもつタグDNAをmDNAで指定した配置で並べることができるDNAアレイを構築した。一次元目及び二次元目のアドレスの順序を指定するために、2種類のmDNAが用いられた。構築された二次元DNAアレイは、少なくとも設計された大きさになっていることが原子間力顕微鏡により観察により確認された。

以上のように、論文提出者は耐熱性とマイクロメートルまで成長できる平坦性を有した二次元DNAアレイを世界で初めて構築するとともに、周期構造をもつそのDNAアレイ上に任意のパターンでアドレス・タグDNAを配置する方法を開発し、ボトムアップ的にナノ部品をアセンブリする手法の実現に向けた大きな進展をもたらす研究成果をあげた。なお、本論文は庄田耕一郎、藤本健造、菅原正、陶山明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって方法の開発、実験、解析及び考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(学術)の学位を授与できると認める。

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