学位論文要旨



No 123126
著者(漢字) 佐藤,大悟
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ダイゴ
標題(和) 超・極超音速デルタ翼周り剥離流れ場の構造に関する数値的研究
標題(洋)
報告番号 123126
報告番号 甲23126
学位授与日 2008.01.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6676号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 准教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

現在、次世代型の超・極超音速輸送機開発に向け各分野で鋭意研究が進められている。機体周りの熱及び空気力学的特性の把握とその手段としての空力現象の解明は飛行体の研究開発における重要な課題の一つである。特にスペースシャトルやコンコルドなど、滑空飛行を行う航空宇宙機は一般に主翼を持ち、これにより揚力を得るため、主翼周りの流れの把握は極めて重要な課題である。超・極超音速輸送機や有翼の宇宙往還機などにおいては多くの場合、デルタ翼或いはそれを基礎とする形状の翼が主翼として用いられる。遷音速域において衝撃波の発生を遅らせ、その強度を抑制するという空力特性をもち、翼構造の面でも捻り強度に優れていることなどがその理由として挙げられる。一方、デルタ翼に代表される後退角の大きな翼は揚力傾斜が小さいため、低速時には所要の揚力を得るために迎角を大きくとる必要がある。このような大迎角の条件では翼前縁部で空気の流れが剥離し翼背面側に渦が形成され、渦中心部の圧力が低いために翼背面側が負圧の状態となり揚力が得られる。剥離渦の挙動が翼の空力特性に直接関わるため、この速度域の翼背面流れの研究は既に数多く行われている。これに対して、高速飛行時には、通常動圧が大きいため迎角を大きくすることなく十分な揚力を確保できるが、高高度の空気の密度が小さい領域では必要な動圧を得るために迎角を大きくとって飛行することになる。また、極超音速域においては機体先端部における空力加熱を抑制するためにも大迎角飛行を行う必要がある。このような大迎角超音速の気流条件においては、翼背面側では、低速時と同様の大規模な剥離渦に加え衝撃波や剪断層が発生して互いに干渉しあう複雑な流れ場が形成される。高速度域においては揚力は主に、翼下面側に衝突する気流の動圧により発生するため、背面流れ場の翼性能に対する影響は低速時と比較して小さい。しかしながら、実機形状においては背面側で発生する衝撃波や剪断層が機体各部に衝突し、局所的な影響を与えることが考えられる。また、特に極超音速域においては剥離渦の衝突により背面上で局所的な空力加熱が生じることも過去の研究で指摘されており、高速度域も含めた全速度域において翼周り流れ場を正確に把握することは、航空宇宙機の設計を合理化し、また、機体の安全かつ効率的な運用を図る上で意義のあることである。

超音速流中のデルタ翼背面流れ場に関する研究は1960年代前半から行われている。StanbrookとSquireが、流れが前縁を回り込む際に前縁剥離するか、付着したまま背面上を流れるかにより流れ場を大別したことがその始まりであるといえ、それ以降、低速から極超音速域に至るまで、実験及び数値計算による研究例が数多く報告されている。1980年代以降、数値計算による研究結果が数多く報告されているが、特に超音速以上の速度域に関しては数値計算法や計算コードの妥当性の検証を主な目的としたものが多く、流れ場の物理現象やその熱空力特性との関係について詳細に議論した研究例は数少ない。本論文では物理現象の把握に有効な数値的手法を用い、超音速デルタ翼背面流れ場の構造を解明することを目的とする。考察にあたっては背面流れ場で重要な役割を果たす剥離渦と、気流がもつ圧縮性のために現われる衝撃波や剪断層との関係に注目して考える。特に、極超音速域においては剥離渦の挙動と背面上空力加熱の関係について明らかにする。また、大迎角の場合には流れ場が本質的に3次元的であることを踏まえ、翼弦方向の流れ場の変化にも注意して考察する。

本論文の第1章において超音速デルタ翼背面流れに関するこれまでの研究を概観する。その中で超音速以上の速度域におけるデルタ翼背面流れに関する研究の重要性を示し、本論文の目的及び意義を述べる。

第2章で本論文の対象とする流れ場の支配方程式について述べる。本論文では3次元圧縮性Navier-Stokes方程を支配方程式とし、計算に際しては全域で層流を仮定する。支配方程式は無次元化した上で、任意形状に対して適用するため一般曲線座標系に変換する。この際に用いられる座標変換のヤコビヤンとメトリクスを求める手順も併せて本章で説明する。

第3章では本論文で用いた数値計算手法と計算上の各種条件、ならびに用いる計算格子について説明する。支配方程式の対流項の離散化にはAUSM-DV法を利用し、MUSCL法により高次精度化する。粘性項は2次精度中心差分で評価する。時間積分としてはLU-SGS陰解法を利用する。

第4章において計算結果を示す。

先ず第1節で超音速域(M∞≦2.5)における計算結果と風洞実験可視化結果を併せて示し、比較する。また、同じ速度域における過去に行われた数値計算結果との比較を行う。これらにより本研究で用いる計算格子及び数値計算手法の妥当性について検証する。

第2節において各条件におけるデルタ翼背面流れの構造について考察する。計算に際して設定した主流条件は表1に示される通りである。

マッハ数 (M∞)2.5 , 3.5 , 5 , 7 , 10

迎角 (α)[°]0 , 5, 10 , 15, 20 ,25 , 30

レイノルズ数3.17×106

先ず第1項で各条件において得られるデルタ翼背面の断面流れを分類する。次いで第2項で背面流れ場において現われる現象について各パターン毎に詳細な考察を加える。第1項、ならびに第2項における議論で得られた知見に基き、超~極超音速域におけるデルタ翼背面流れのパターンを整理して示す。背面流れのパターンは過去に報告された図を高速・高迎角領域に拡張する形で図1のように表される。ただし、MNおよびαNはそれぞれ図2に示されるような翼前縁に対する入射マッハ数と入射迎角を示しており、式(1)および式(2)で定義される。

但し、α:迎角、χ:後退角

第3項において主流マッハ数及び迎角を変化させて計算した結果を示し、それらのパラメータに対する背面流れの依存性について考察する。

第3節ではデルタ翼の翼性能と背面流れとの関係について考察する。本研究では翼性能を表す指標として、揚力係数の値を比較する。先ず1,2項で背面側の流れを考慮しないNewton流理論に基く揚力係数の値を計算結果と比較することにより、揚力係数の大きさに対する背面流れの影響の程度に関して確認する。次いで、主流マッハ数及び迎角を変化させた場合にみられる揚力係数の値の不規則的な変化と背面流れの変化を比較対照することにより、背面流れの変化と算出される揚力係数との関係を詳細に検討する。

第4節において極超音速背面流れにおける空力加熱と流れ場との関係について考察する。先ず、M∞=10,α=30°の条件において、翼背面上で生じうる加熱率の大きさについて評価し、条件次第ではそれが設計上問題となる水準にまで達し得ることを示す。次いでM∞=7および10の条件で計算される加熱率と背面流れ中の各現象との関係を考察することにより、極超音速流れ中に存在するデルタ翼背面上で生じる空力加熱に対する背面流れの影響について明らかにする。

最後に第5章において前章までの結果をまとめ、結論を述べる。

表:1 数値計算における主流条件

図1:計算結果に基く超・極超音速デルタ翼背面流れのパターン分類

図2:前縁に対する入射マッハ数、入射迎角

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)佐藤 大悟 提出の論文は、「超・極超音速デルタ翼周り剥離流れ場の構造に関する数値的研究」と題し、本文5章および付録2項から成っている。

超音速あるいは極超音速の輸送機や有翼宇宙往還機の開発において、機体周り流れ場における現象の理解と熱的空気力学的特性の把握は、重要な課題の一つである。これらの高速飛行体ではデルタ翼を用いることが多く、空力性能あるいは空力加熱上の理由により広範囲の迎角をとる。一般に、大迎角をとったデルタ翼背面では気流が剥離して渦が形成される。それに加え、超音速や極超音速飛行時では、背面に衝撃波や膨張波が発生し、剥離渦や剪断層と干渉するため、背面流れ場は低速飛行時のそれと比べて複雑なものとなる。超音速流中のデルタ翼背面流れ場に関する研究は1960年代前半から行われており、StanbrookとSquireが、背面流れ場は前縁剥離の有無で大別されることを見出して以来、実験および数値解析による研究が数多くなされている。Millerらは超音速流中にあるデルタ翼背面の流れ場を翼前縁に対する入射マッハ数と入射迎角をパラメータとして6つのパターンに分類した。しかし、極超音速領域までカバーする分類は見出されておらず、また、その際の背面流れ場の構造の詳細や背面での加熱率分布との関連は明らかになっていない。

このような背景から筆者は、デルタ翼周りの流れ場について極超音速を含む広範囲のマッハ数と広範囲の迎角において数値解析し、背面流れ場の構造の詳細とそのパターン分類を明らかにし、空力特性や加熱率分布との関連を解明することに成功している。

第1章は序論であり、超音速流中でのデルタ翼背面流れ場の構造に関するこれまでの研究を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

第2章では、支配方程式である3次元層流圧縮性Navier-Stokes方程式が示され、各種物理量の無次元化や一般曲線座標系への変換が説明されている。解析対象となる物体形状としては、過去の研究との比較を考慮し、上面が後退角70度のデルタ形状で鋭い前縁を持つ三角錐が設定されている。

第3章では、本論文で用いた数値計算法と各種計算条件、計算格子について説明されている。対流項の離散化にはAUSM-DV法が、高次精度化にはMUSCL法が、時間積分にはLU-SGS陰解法が用いられている。

第4章は数値解析結果とその考察であり、一様流条件としてマッハ数を2.5から10まで、迎角を0度から30度まで変化させて行われた計算結果が示され、それに対する詳細な検討がなされている。まず、予備研究として行われた超音速風洞実験によって得られたオイルフローパターンが示され、同じ条件における数値解析結果と比較されている。これに加え、他計算例との比較、および補遺に示された格子収束性により、本研究で用いる数値解析手法および計算格子の妥当性が検証されている。

次に、マッハ数と迎角を変化させて行った計算結果を概観し、デルタ翼中央における背面の断面流れに着目したパターン分類が行われている。その結果、Millerらによって示された翼前縁に対する入射マッハ数と入射迎角をパラメータとした分類は、極超音速領域まで拡張できることを見出している。衝撃波を伴う剥離渦流れ、衝撃波を伴う剥離泡流れ、衝撃波を伴わない剥離泡流れ、前縁での付着流と背面上での衝撃波流れ、前縁の付着流と背面上の衝撃波に剥離渦を伴う流れ、剥離も衝撃波も伴わない付着流れ、の各パターンについて断面での流線、渦度分布、等マッハ線および背面上での表面流線や3次元流線を詳細に検討し、流れ場の構造を説明している。また、圧力勾配と速度分布を組み合わせ、波面に垂直なマッハ数が1となる場所を求めることで衝撃波面を同定し、その空間構造を明らかにしている。その結果、渦からの吹下ろしが背面中央部付近に作る衝撃波など、細かな衝撃波構造の存在を指摘している。さらに、それらのパターン変化の主流マッハ数依存性および迎角依存性についても明らかにしている。超音速流れでは前縁周りの気流の膨張現象が背面流れパターンを決める際に支配的であることが知られているが、このことが極超音速流れにおいても成立することを見出している。また、背面流れの構造と揚力および加熱率分布との関係についても考察を行い、極超音速流において、背面の剥離渦や剥離泡がつくる吹下ろし流れが局所的に加熱率のピークを生成する機構を説明している。

第5章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

付録は2項から成り、計算格子数による数値解の収束性、予備研究として行われたデルタ翼背面に関する超音速風洞実験と数値解析によるオイルフローパターンの比較データ、が示されている。

以上要するに、本論文は数値流体力学を用い、広範囲の迎角と極超音速を含む広範囲のマッハ数にわたってデルタ翼背面における剥離流れ場のパターン変化を解明し、流れ場の構造と空力特性や加熱率分布の関係を明らかにしているものであり、超音速および極超音速におけるデルタ翼周りの流れ場の理解について新しい知見をもたらすとともに、極超音速飛行体や有翼宇宙往還機の空力形状設計に有用な指針を与える点で、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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