学位論文要旨



No 123127
著者(漢字) 川森,智彦
著者(英字)
著者(カナ) カワモリ,トモヒコ
標題(和) 提携交渉に関する論考
標題(洋) Essays on Coalitional Bargaining
報告番号 123127
報告番号 甲23127
学位授与日 2008.01.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第227号
研究科 経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,正寛
 東京大学 教授 井堀,利宏
 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 教授 松村,敏弘
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文は,提携交渉(coalitional bargaining)と議会交渉(legislative bargaining)についての3編の論文から構成される.

提携交渉では,n人のプレイヤーが,どういう提携を形成するか,および,その提携の中で利得をどのように分配するかを逐次的交渉によって決める.より具体的には,あるプレイヤーが提案者として選ばれ,そのプレイヤーが提携とその提携内での利得の分配を提案する.提案された提携に含まれるプレイヤーが提案の諾否を表明する.提携内の全員が提案を受諾すれば,その提携が形成され利得が提案通り分配される.一方,誰か1人でも拒否すれば,提携は形成されず,交渉は次のラウンドに移り,新たな提案者が選ばれる.

議会交渉では,n人のプレイヤーが,利得をどのように分配するかを,多数決ルールに基づいて決定がなされるような逐次的交渉によって,決める.具体的には,あるプレイヤーが提案者として選ばれ,提案者は利得の分配方法を提案し,全てのプレイヤーがその提案の諾否を表明する.過半数のプレイヤーが賛成すれば,提案通り利得が分配される.それ以外の場合には,利得は分配されず,交渉は次のラウンドに移り,新たな提案者が選ばれる.

第1論文では,提携交渉における提案者選択過程が,交渉結果の効率性に与える影響を分析する.逐次的交渉においては,提案者が強い立場にあり,誰が提案者になるかに,交渉結果が影響を受けると考えられる.本論文では,より一般的な提案者選択過程を用いて提携交渉を定式化し,提案者選択過程が交渉結果の効率性に与える影響を包括的に明らかにすることが目的である.具体的には,前ラウンドで誰が最初に提案を拒否したかに依存して,今ラウンドで各プレイヤーが提案者として選ばれる確率が規定されているような提案者選択過程を用いたモデルを導入する.このモデルは,提携交渉で多用される2つの提案者選択過程を特殊ケースとして含んでいる.すなわち,前ラウンドで最初に提案を拒否したプレイヤーが今ラウンドの提案者になる固定順序提案者プロトコル(fixed-order-proposer protocol)と各ラウンドで各プレイヤーが等確率で提案者として選ばれる無作為提案者プロトコル(random-proposer protocol)を特殊ケースとして含む.優加法的な特性関数形ゲームで記述される経済環境を仮定する.また,プレイヤーは,将来の利得を割り引く.したがって,第1ラウンドで全体提携が形成されることが効率性のための条件である.本論文では,効率的な,すなわち,第1ラウンドで全体提携が形成される定常部分ゲーム完全均衡が存在するための必要十分条件を導いた.この必要十分条件から,ある仮定の下では,前ラウンドで最初に提案を拒否したプレイヤーが今ラウンドで提案者になる確率が低いほど,効率的な定常部分ゲーム完全均衡が存在しやすいことが示される.一方で,その仮定が満たされない場合には,全てのラウンドにおいて,その前のラウンドで最初に提案を拒否したプレイヤーが提案者としてより低い確率で選ばれるにもかかわらず,効率的な定常部分ゲーム完全均衡が存在しづらいケースが存在することが例示される.

第2論文では,プレイヤーが長期的関係で結ばれている場合の提携交渉について分析される.現実の社会において,人々が長期的関係で結ばれている場合がしばしばある.そうした場合,ある課題について交渉を行い妥結すれば,続いてまた別の課題について交渉を行うというように,交渉が繰り返し行われるであろう.第2論文は,提携交渉が繰り返し行われるモデルを分析する.具体的には,無作為提案者プロトコルに基づく提携交渉が無限回繰り返される可能性のあるモデルを分析する.1つの提携交渉は,提案された提携に含まれるプレイヤー全てが提案を受諾し,その提携が形成されると終了する.その後,新たな提携交渉が始まる.このモデルでは,一つの提携交渉の中の連続するラウンド間での割引因子は,連続する提携交渉間の割引因子以上であることを仮定する.経済環境は,優加法的な特性関数形ゲームによって記述される.このゲームにおいて,効率的な,すなわち,均衡経路上で,すべての提携ゲームにおいてその第1ラウンドで全体提携が形成される定常部分ゲーム完全均衡が存在するための必要十分条件を提示する.この条件から,連続する提携交渉間の割引因子がより大きくなるほど,効率的な定常部分ゲーム完全均衡が存在しやすいことが示される.このことは,各プレイヤーたちにとって,将来の提携交渉をより重視するほど,あるいは,長期的関係をより重視するほど,効率的な定常部分ゲーム完全均衡が存在しやすいと解釈することができる.

第3論文は,議会交渉における均衡利得を明示的に特徴付けることが目的である.議会交渉ゲームにおいて,定常部分ゲーム完全均衡の存在や,均衡期待利得の一意性は,示されている.しかし,その値が明示的に与えられてはおらず,第3論文において均衡期待利得の特徴付けを行う.具体的には,各プレイヤーの割引因子がプレイヤーごとに異なり得,各プレイヤーが提案者として選ばれる確率もプレイヤーごとに異なり得,さらにq人以上の受諾で提案が可決するq-多数決ルールによって決定がなされる一般化された議会交渉ゲームを分析する.各プレイヤーの割引因子が十分に1に近く,各プレイヤーが提案者として選ばれる確率が十分に等確率に近い時,各プレイヤーの唯一の定常部分ゲーム完全均衡期待利得は,各プレイヤーの割引因子の,全てのプレイヤーの割引因子の調和平均に対する比率に反比例して特徴付けられることが示される.このことから,次のことが示される.(i)割引因子が大きいプレイヤーほど,その均衡期待利得は小さくなる.(ii)任意のプレイヤーについて,そのプレイヤーの割引因子が限界的に大きくなると,その均衡利得は小さくなる.(iii)各プレイヤーの割引因子が1に近づく時,その近づき方のスピードに依存することなく,各プレイヤーの均衡期待利得は,全体のパイの等分配に収束する.(iv)均衡期待利得は,各プレイヤーが提案者として選ばれる確率には依存しない.(v)均衡期待利得は,qに依存しない.

審査要旨 要旨を表示する

I.審査論文の主題と位置付け

本論文は、社会における交渉を通じて、どのような提携が形成されどのような資源配分・所得分配が実現されるかを、交渉ゲーム理論の立場から検討した一連の研究成果をまとめたものである。学位請求論文は、研究全体の問題背景を記述し論文全体のまとめを行っている第1章と、逐次提携交渉ゲームの一般的モデルをさらに一般化し、一般的な提案者決定ルールの下で効率的解決が実現されるための必要十分条件を解明する第2章、通常の逐次提携交渉ゲーム自体が繰り返しプレイされるゲームを分析しそこでの効率的解決実現のための条件を検討した第3章、多数決制に基づく議会内交渉という特定の逐次提携交渉ゲームに対象を絞ったうえで、均衡期待利得を具体的に特徴付け、プレイヤーの割引因子が利得分配にどう影響するかを分析した第4章という、4つの章から構成されている。

John Nash Jr.の古典的な業績以来、交渉ゲームは協力ゲームと非協力ゲームの双方にとって中心的なトピックの一つとして取り扱われてきた。特にいわゆるナッシュ・プログラムは、公理系によって裏打ちされたさまざまな解概念が鼎立する協力ゲーム理論と、交渉過程をより自然な理論構成を通じて分析する非協力ゲーム理論の間の関係を明確にすることを目標に、ゲーム理論の中心的な研究課題の一つになってきた。Rubinsteinの交互提案二人交渉ゲームによる画期的な研究結果はこの分野に楔を打ち込み、さまざまな研究成果が輩出し、協力理論の解概念であるコアやシャプリー値が実現する具体的な交渉過程を明らかにしただけでなく、契約と交渉を組み合わせた不完備契約の理論や、本論文でも使われる議会内交渉の理論などの成立・発展に貢献してきた。とはいえ、交渉ゲーム理論には未だ解明すべき課題も多く残されている。特に、交渉が効率的な結果を生むための条件は何か、交渉によって獲得される期待利得を決定する要因は何かなど、当然明らかにされているべきであるのにいまだに明確な結果が得られていない領域も多い。特に、割引因子がプレイヤー間で異なる場合、提案者になって交渉力を行使できる可能性がプレイヤーによって異なる場合、将来繰り返し交渉が行われることが予想される場合など、さまざまな理由で戦略的な誘因が存在する。この場合、プレイヤー間の交渉力に違いが生まれ均衡利得に違いが生まれ、妥結までに無駄な時間がかかり部分提携が形成されるため非効率性が生じることが考えられる。本研究では、逐次提携交渉ゲームという大きな一般的枠組みの中で、これらさまざまな戦略的要因を明示的に仮定した上で、均衡期待利得の性質と効率的交渉結果の実現可能性が体系的に分析されている。

以下、第2章から第4章の各章のより詳しい内容とその主な貢献、残された課題などについて述べることにしたい。

II.各章の概要と評価

第2章では、提携ゲームを使った一般的な逐次提携交渉の分析枠組みを使って、交渉結果の効率性が実現するための十分条件を導出する。ここで一般的な分析枠組みと述べたのは、次のようなプロセスである。いま、n人のプレイヤーからなる提携ゲームが定義され、全体提携Nを含むすべての提携Sに対して総価値v(S)を与える特性関数vが与えられたとしよう。逐次提携ゲームではまず、Nの中から何らかの仕組みに従って一人の提案者が選ばれ、そのプレイヤーがどの提携を実現し、その提携内で(提携関数を満たす範囲で)どのように利得を分配するかを提案する。この提案に対して提案された提携内のすべてのメンバーが合意すれば、提案は受理され提案された提携とその中での分配が実現され、ゲームは終了する。(場合によっては、提携形成から取り残されたプレイヤー間で、さらなる提携形成・所得分配の提案と交渉が行われる。)しかしもし提案された提携内のメンバーが一人でも反対すれば、提携は形成されず交渉は次のラウンドに移り、n人のプレイヤーの中から改めて提案者が選ばれ、上記のプロセスが繰り返される。使用される均衡概念は定常部分ゲーム完全均衡であり、交渉結果が効率的になるとは、最初から全員提携が提案されそれが最初のラウンドで直ぐに受け入れられることが均衡になることを指している。

提案者になれば、どんな提携を形成しどんな分配を行うかを提案できるという大きな交渉力を持つことになることから明らかなように、このモデルで鍵となるのは、最初のラウンドで誰が提案者になり、また交渉が次のラウンドに持ち越された時、誰が新しく提案者になるのかという点である。このモデルを用いた先行研究には、Chaterjee, Dutta, Ray and Sengupta [1993]とOkada [1996]という二つの重要な業績が存在するが、この点についてこの二つの研究は対極的な仮定を置いている。すなわち前者では、提案に対して諾否を述べる順序が固定されており、最初のラウンドの提案者はこの固定順序の一番目のプレイヤーであり、次のラウンドの提案者になるのは前のラウンドで提案を最初に拒否したプレイヤーである。他方、後者では、各ラウンドの提案者はn人のプレイヤーから等確率で選ばれる。前者のモデルでは(割引因子が1より小さい場合)固定順序の最初のプレイヤーが他のプレイヤーより大きな交渉力を持つことになり、交渉の初期の数期間で提案が拒否されたり、固定順序が生み出す交渉力に従って均衡利得の差が生まれたりする。これに対して後者のモデルでは弱い条件が満たされれば、結果が効率的になることが示されるが、前者のモデルとどのような関連をもつかは明らかではない。

第2章では提案者の選抜方法を一般化し、次のラウンドで提案者になる確率が、前のラウンドで誰が拒否したかによって決まるようなモデル化を行うことで、上記二つのモデルをその特殊ケースとする形で提案者決定ルールを一般化し、全体提携が最初のラウンドで合意されるという効率均衡が生まれるための必要十分条件を明示的に導出している。この必要十分条件から得られる帰結として、ある種の対称性の下では、提案を拒否したプレイヤーが提案者になれる確率が高いほど、効率的な均衡が存在しにくくなることを明らかにした点を強調しておくべきだろう。つまり、提案を拒否したプレイヤーが提案者になれる確率が高いほど、提案を拒否して交渉力を発揮する誘因が高まるため、均衡で合意が得られる可能性が低まり、また合意で全体提携が実現する可能性が低くなる。いくつもの要因が複雑に絡み合う一般的なモデルを構築し、興味深い必要十分条件を導出するとともに、非効率性が生まれる経済学的に重要な場合を解明した点に、著者の非凡な能力がうかがわれる。

第3章では、Rubinsteinの研究や第2章の研究をはじめ、この分野の多くの研究が、逐次的提携交渉を1回だけ行う研究であるのに対して、このような逐次提携交渉が無限回にわたって繰り返しプレイされる「逐次提携交渉ゲームの繰り返しゲーム」を分析している。このような研究としては、Rubinsteinの交互提案二人交渉ゲームを繰り返すMuthoo[1995]の研究が知られているが、一般的な逐次提携交渉ゲームについてゲームが繰り返される効果を分析したのは、この論文が初めてである。簡単に全体ゲームを説明すると、それは次のような形をとる。個々の逐次提携交渉ゲームはほぼ第2章を踏襲し、各ラウンドの提案者は常にn人の中から無作為に選ばれる。個々の逐次提携交渉ゲームの決着がつくと一定の時間をおいて次の逐次提携交渉ゲームがスタートする。具体的には、個々の逐次提携交渉ゲームのラウンド間の割引因子をδ、逐次提携交渉ゲーム間の割引因子をαとしたとき、δ≧αを仮定する。つまり、一つの逐次提携交渉ゲームが終了してから、次の交渉ゲームが始まるまでに、個々の逐次提携交渉ゲームのラウンド間に必要な時間以上の時間がかかると仮定する。この研究においても、効率的な均衡が実現するための明示的な必要十分条件が導出される。その帰結としてとりわけ重要と考えられるのは、次の命題である。すなわちαの値が大きく、将来の提携交渉ゲームの重要性が増すにつれ、現在の提携交渉ゲームで効率的な均衡が実現しやすくなることである。このことは、個々の逐次提携交渉ゲームでプレイヤーが提案をすぐに受諾すればするほど、より早く次の逐次提携交渉ゲームに移行し次の利得をより早く獲得できるから、それだけ現在の提案を受諾する誘因が高まることを表している。それだけ、より低い提案でも受諾されやすくなり、より大きな提携が形成されやすくなり、効率的な結果が得られることになる。

実際の繰り返しゲームでは、次の逐次提携交渉ゲームが始まるタイミングは外生的に与えられることが多く、直前の逐次提携ゲームが終了するタイミングには依存しないだろうから、一つの交渉ゲームが終了してから一定時間後に次の交渉ゲームがスタートするという第3章の仮定はもっともらしさを欠いている。とはいえ、実際の経済交渉や議会内交渉では、一つの経済問題や政治問題に関する交渉が終わると、当事者間で次の経済問題や政治問題が出現し、そのための交渉が新たに始められることが普通である。その意味で、交渉は基本的に一回限りのものではない。将来当事者間で再び異なる交渉が繰り返されることが予測されるのならば、現在進行中の交渉においても、それを見通して要求が行われ受諾の検討が行われるだろうから、将来の交渉の存在が現在の交渉に影響を与えることは当然である。著者は、このような問題の重要性にいち早く着目し、ロバストで直観的にも説得力のある結論を導出することに成功している。

第4章では、第2章・第3章の一般的な逐次提携交渉ゲームの枠組みをさらに具体化した、Baron-Ferejohn型の議会交渉モデルを考え、均衡期待利得ベクトルの特徴付けを行う。Baron-Ferejohn型の議会モデルでは、多数決制が前提され、q ( < n )人以上が提案を受け入れる場合にのみ提案が可決される。また、各プレイヤーの割引因子や各プレイヤーが提案者になる確率はお互いに異なることが許容される。このとき、各プレイヤーの割引因子が1に近く、各プレイヤーが提案者になる確率があまり大きく違わない、という二つの条件が満たされれば、各プレイヤーが均衡で獲得する期待利得は一意的に決定され、すべてのプレイヤーの割引因子の調和平均と当該プレイヤーの割引因子の比率に比例する、という明確な特徴付けを導出している。

このような明確な特徴付けを行える結果、きわめて面白い逆説的な結論が得られる。特に、割引因子が大きいほど均衡利得が低くなるという結論は、直観に反するショッキングな結果である。通常、割引因子が大きいことは将来に対して忍耐強いことを意味するから、交渉においてはより有利な立場に立つことになり、その交渉力を反映して均衡期待利得が高くなるのが、通常の交渉理論の結論である。第4章の結果が通常の直観と逆になるのは、この交渉ゲームが多数決制に基づいているからである。つまり、提案者としては多数決に必要な人数分の賛成者を集める必要があり、賛成者としてはできるだけ少ない分配で満足する人が望ましい。割引因子が低くより性急なプレイヤーほど少ない分配で満足し賛成票を投じるだろうから、勝利者提携に入る可能性が高まる。他方、割引因子が高く忍耐強いプレイヤーは勝利者提携に入らない。これが、性急なプレイヤーの方ほど均衡期待利得が高いという逆説的な結論が生まれる理由である。著者はこのような直観に反する興味深い結果を導出するだけでなく、なぜそのような逆説的な結果が生まれるかという点についての直観をも余すところなく説明することに成功している。

以上のような内容と意義をもつ本研究であるが、いくつかの改良の余地がないわけではない。特に、研究全体が交渉や提携の形成という具体的な社会問題を対象にしているにもかかわらず、現実社会からの問題意識が希薄である。たとえば、第2章のような提案者決定ルールに関する一般化を行うならば、固定順序に基づいたルールや無作為に提案者を選出するルールに変わる具体的な仕組みを考えてみることも重要である。たとえば、議会などでは提案者になる資格は議席数の多寡に応じて決まることが多いが、現実社会でどのようなルールが使われているのかを明確にし、それらの例では均衡期待利得や提携形成がどのように変化するかを検討することで、分析から得られた一般的な結論の現実的意味がより明確になったと考えられる。また、第2章や第3章では、効率的な結果が得られるための必要十分条件に分析が集中しており、非効率な結果が得られる場合には、どんな問題が生じているのかを分析し例示することで、研究の重厚さを高められたのではないかと思われる。さらに第3章の繰り返しゲームでの結論は、第4章の多数決に基づく交渉の結論と逆の関係になっており、多数決交渉を繰り返した場合を分析することで、より興味深い結果が得られたことと思われる。

最後に、簡潔に書かれた本研究は、通常の経済学の博士学位請求論文としては異例に短い。しかし、内容と質の高さはその分量を代替して余りあることは明白である。事実、第4章はすでにEconomics Bulletin誌の2005年度分に掲載済みであり、第3章もMathematical Social Science誌に掲載が決定している。第2章もInternational Journal of Game Theory誌での掲載を含みとした改訂版を再投稿・再審査中である。

以上述べたように本研究はそれぞれ将来的な分析課題を残してはいるものの、その学術的な貢献は十分に高いものと評価される。従って、本論文は全体として学位請求論文としての要件を十分に満たしており、審査委員会は川森智彦氏が博士(経済学)の学位を取得するにふさわしい水準にあるという結論に達した。

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