学位論文要旨



No 123131
著者(漢字) 高稻,正勝
著者(英字)
著者(カナ) タカイネ,マサカツ
標題(和) 分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いたアクチン細胞骨格の生化学的研究
標題(洋) Biochemical study of actin cytoskeleton using the fission yeast Schizosaccharomyces pombe as a model system
報告番号 123131
報告番号 甲23131
学位授与日 2008.02.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5098号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 准教授 広野,雅文
 学習院大学 教授 馬渕,一誠
内容要旨 要旨を表示する

分裂酵母Schizosacoharomyos pombeは遺伝学的操作が容易で、単純なアクチン細胞骨格を持つため、アクチン細胞骨格の役割を研究するのに適した優れたモデル系である。しかし、分裂酵母細胞を用いた細胞骨格研究の生化学的なアプローチは未だ発展途上である:これまでの研究において、分裂酵母アクチンは重合能を保持した状態で精製されておらず、したがってその生化学的解析もなされていなかった、それ故に分裂酵母アクチン結合タンパク質(ABP)や分裂酵母ミオシンの性質は、分裂酵母アクチンとは異なる性質を持つと考えられる骨格筋アクチンを用いて解析がなされていた。筆者は本研究において分裂酵母から、完全に生物学的活性を保持したアクチンを精製した。高純度に精製された分裂酵母アクチンは骨格筋アクチンとはいくぶん異なる様式で重合し、ほとんど骨格筋アクチン繊維と見分けがつかないような繊維を形成した。分裂酵母アクチンは骨格筋アクチンと比較して、骨格筋ヘビーメロミオシン(HMM)のMg(2+)-ATPase活性を弱く活性化した。分裂酵母プロフィリンCdc3は骨格筋アクチンよりも分裂酵母アクチンに対してより高い親和性を示し、分裂酵母アクチンの重合を、骨格筋アクチンのそれよりも強く阻害した。また分裂酵母Arp2/3複合体は、分裂酵母アクチンの重合および枝分かれを、骨格筋アクチンに対して作用する場合よりも効率的に促進した。分裂酵母アクチン精製法が確立したことにより、分裂酵母ABPやミオシンと、分裂酵母アクチンとの生理的に意味のある相互作用を、invoにおいて再構成することが可能になった。本研究は様々な細胞内現象に関与するアクチン細胞骨格の機能を明らかにする上で、多大な貢献をもたらすと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は序論、材料と方法、結果、考察、結論および参考文献から構成されている。

「序論」ではアクチン細胞骨格が担う細胞内現象、アクチン結合タンパク質(ABP)によるアクチン細胞骨格の制御について概説されている。また、真核細胞のモデル系としての、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeのアクチン細胞骨格研究についての現在までの知見が詳細に記述されている。申請者は、それらの知見は主に遺伝学的手法と分子の局在観察によって得られたものであること、分裂酵母アクチン自身の特性、および分裂酵母アクチンと分裂酵母ABPとの相互作用をin vitroで解析する研究が必要不可欠であるにも関わらず、これまで分裂酵母アクチンは単離されていなかったためそれができなかったことを指摘している。本研究の目的は、分裂酵母アクチンを単離精製することにより、分裂酵母においてアクチンとABPの相互作用の解明を行うことである。

「材料と方法」では分裂酵母アクチンの精製法と、生化学的解析の手法について、詳細に記述されている。

「結果」と「考察」では、分裂酵母アクチンの精製法、分裂酵母アクチンの細胞内濃度の測定、分裂酵母アクチンの生化学的特性の解析、および2種類の分裂酵母ABP(Cdc3プロフィリンとArp2/3複合体)の分裂酵母アクチンに対する作用の観察について記述されている。

非筋型アクチンを精製する際には、膵臓DNase IとG-アクチンの特異的な結合を利用した精製法が使用されることが多いが、この方法では活性のある分裂酵母アクチンを得られないことがわかっていたため、申請者は一般的なタンパク質分画法とF-アクチンの超遠心沈降を組み合わせて、活性を保持した分裂酵母アクチンを精製することに成功した。また、精製したアクチン、Cdc3、およびArp2/3複合体を標準として、定量的イムノブロッティング法により各々のタンパク質の細胞内濃度を算定した。

次に申請者は、分裂酵母アクチンの重合特性とその繊維構造について、骨格筋アクチンとの比較をしながら、詳細に調べている。分裂酵母Mg(2+)-アクチンは骨格筋Mg2+-アクチンに比べて重合核形成が迅速に起こり、また重合度の増加が途中で減速し、その後一定の速度で徐々にプラトーに達するという、二相性の重合を示した。また、分裂酵母Ca2+-アクチンはKCl存在下で繊維ではなく、粒子構造を形成することが明らかになった。これらは骨格筋アクチンとの相違点である。

分裂酵母プロフィリンCdc3は分裂酵母アクチンおよび骨格筋アクチンの重合核形成を抑制し、定常状態におけるアクチンの重合度を低下させた。Cdc3は、骨格筋アクチンよりも分裂酵母アクチンに対して強く結合し、またより強い作用を示した。分裂酵母Arp2/3複合体は、その活性化因子(ウシN-WASPあるいは分裂酵母Wsp1)の存在下でのみ、骨格筋アクチンの重合を促進したが、分裂酵母アクチンに対しては、活性化因子が無くても重合を促進することが明らかになった。また、Wsp1で活性化されたArp2/3複合体は分裂酵母アクチン繊維を枝分かれさせたが、骨格筋アクチン繊維は枝分かれさせなかった。これらの結果は分裂酵母のアクチンとプロフィリン、あるいはアクチンとArp2/3複合体の生理的な意味での真の相互作用が明らかになったことを意味する。

結論」では、本研究で確立された分裂酵母アクチン精製法の有用性について述べられている。また、本研究の結果から、ABPの作用を同種の生物種のアクチンを用いて検証することの重要性が論じられている。さらに、分裂酵母アクチンを含め、非筋型アクチンが繊維以外の構造を形成する可能性について述べられている。

分裂酵母のアクチンの単離精製はこれまで世界中のこの分野の研究室が試みてきたが成功しなかったものである。申請者はこれに初めて成功し、プロフィリンやArp2/3複合体との相互作用を明らかにした。これで分裂酵母アクチンの特殊な性質が明らかになり、また、これまで不可能であった、アクチン変異株の表現型をその生化学的特性から理解する研究が可能になった。今後さらに、ミオシンや多くのアクチン調節タンパク質との反応性を調べることによって、分裂酵母のアクチン細胞骨格の動的性質が明らかになることが期待される。本研究は細胞内アクチン構造体構築の分子機構を解明する上で大きな貢献をもたらすものであり、申請者は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。

なお、本論文は、馬渕一誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、高稻正勝に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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